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閑話① 団長の語り
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陛下とサイカ嬢をクライス領まで護衛してから、騎士団ではちょっとした変化があった。
それから…カイルが超恐いんだが。
「カイル。」
「……。」
「カイルやー。」
「……。」
「カイルやーい。」
「……。」
「カイルちゃー「ちゃん言うな。」…聞こえてんじゃねーか。」
「煩い。今、集中してる…。」
カイルは目に見えて機嫌が悪い。
まあそれもこれも、サイカ嬢が関わってるんだが。
まず一つ、自分がクライス領まで護衛出来なかった事に機嫌が悪い。
終わった事をねちねち…ったく。ねちこい男はサイカ嬢に嫌われるぞーと言ってやりたいが…言ったらもっと機嫌が悪くなるだろう。それは分かる。
「まだ拗ねてんのかよ。仕方ねえだろ?花街に行ってからの仕事が溜まっちまってたんだから。」
「…拗ねてるって、言うな。
…俺がサイカを護衛したかった…何で団長?…俺の仕事、団長がやればよかった。」
「いやいや。自分の仕事は自分でしろよ。お前も俺にそう言ってんじゃねぇか。
侯爵領まで二日は掛かんだぞ?早急に提出する書類もあったんだ。仕方ねえよ。もうぐちぐち言うな。」
「……その顔、やめて。」
「顔?顔が何だよ。こういう顔なんだっての。人の顔にケチつけんなよなー。」
「…違う。…いつもは、そんなニヤけた顔…してない。」
「…そんなニヤけてたか?俺…」
「……腹立つくらい。……他も。」
二つ。俺がサイカ嬢に会ってからニヤけた顔をしているのが気に食わないらしい。いや…まあ、それも仕方ないことだ。
何せ人生で初めて、あんな絶世の美女を見たんだ。
カイルの言う“他にも”はあの日、俺と一緒に陛下とサイカ嬢の護衛をした奴等だ。
陛下からはサイカ嬢の全てを他言無用と命じられている。
つまり今この騎士団の中でサイカ嬢を知っているのはサイカ嬢の客であるカイルと俺と、あとはあの日護衛をしていた六人の精鋭だけとなるわけで……まあ帰って来てからも当然凄かった。今も部下たちはサイカ孃に熱を上げている。
『うおおおお、ま、マジでもう何なんだ…何だったんだ…あの至福の二日間…』
『うっそだろあの美女……まじで天使か…!』
『“気を付けてお帰り下さい”って言われて前後左右確認しまくってたわ俺!!』
『…だからキョロキョロ落ち着いてなかったのか、お前。
…いやでも分かる。』
『あの女神が娼婦とか……嘘だろ、あんな美女が娼婦してていいのか?
俺、客になってもいいのか!?お相手してもらってもいいのか!?』
『最低でも大金貨一枚らしいぞ。あと醜い容姿専門の高級娼婦らしい。
前からそういう娼婦が月光館にいるって宣伝されてたからな。』
『たっか!!…いやでも当然か!?何せあの美貌だろ!?…てか醜い容姿専門かよ……あ……だから陛下が、』
『馬鹿だなお前。陛下見ただろ?あの溺愛っぷり…。
お前…陛下に消されたいか?』
『おっふ。』
『……お前ら、帝都に帰ったらその話題は控えろよ?
“他言無用”だって命令受けたんだからな。』
『分かってますって!!』
帝都まで二日掛かる帰路の途中。休む事になった宿屋で飯を食いながら俺と部下六人は旅路の間の話に盛り上がる。
部屋で休むと言った陛下から『見張りはいい。皆で食事でもしろ。酒は飲んでもいいが明日に差障りないように。』とそんな労りをかけられその言葉に甘えて一杯だけ酒を頼んだ。酒を飲まないと色々考えが追い付かない。
陛下もそうだがカイルがあのサイカ孃の客…そして惚気るカイルの話通りであれば……うおおマジかよ!と色々追い付いてない。羨ましいやら何やらで色々…そう、本当に色々。
部下たちとの話は勿論、あのとんでもない美貌を持つサイカ嬢の話だ。
『……腫れた頬が痛々しかったよな…』
『娼婦っても一人の人間だろ?…娼婦だからって虐げていいって理由はないよな。
しかもか弱い女性だ。…どれだけ恐い思いをしたんだろうな…男の俺には想像もつかん…。』
『そうそう。陛下は“醜い容姿”だけど、でも俺は尊敬するね。
陛下が即位してから暮らしやすくなったし、変わった事も色々あるし。
副団長だってそうだ。あの人がかなり強いのも、実は結構頭もいいって上になって分かった事も沢山あったし。
…それまではこいつが上司かよって……まあ、今思えばかなり失礼だった。』
『だな。……しかし、一体何があったんだろう…。』
その疑問はすぐに分かった。
俺たちが陛下とサイカ嬢を護衛した数十日後、ある記事が国中に発行される。
その記事を見た俺たちは目を疑った。
『いや、そんな性悪じゃないぞ!ふざけんな!』
『あの女神が高慢ちきで野蛮!?んなわけねー!!』
『有り得ないだろこの記事!無礼極まりなく?暴言を吐いた?いや暴言は吐くだろ!襲われてんだから!』
『ぬわぁにが伯爵の行為は正当なものであった、だ!!ぶぁぁぁかっ!!』
『この新聞嘘だな。ああ。これ嘘だ。分かる。女神に会った俺は分かるね。』
『ファニーニ伯爵とやらが女神を襲って、必死に抵抗したんだきっと!絶対そうだ!断言できる!
団長!何なんですかこの記事!!』
記事を握りしめて俺の執務室に飛び込んできた部下六人。
記事は俺が出したんじゃないし知らねえよと言いたい所だが…俺も届いた記事を見て不快感があったので気持ちは分かる。
『…お前ら……陛下からの命令、守ってんだろうな。』
『当然ですよ!』
『俺ら、あれから誰かの部屋に定期的に集まってるんです!』
『そうそう!集まって、“サイカ嬢の会”を開いてるんです!』
『……は?何?“サイカ嬢の会”?…んだそりゃ…』
『集まって、サイカ嬢について話す会です!』
『いや、そういうことを聞いてんじゃ……まあいい。…他の奴等の耳に入らないようにだけ気を付けろよ…。』
『了解です!!』
“他言無用”の命令を一応はちゃんと守っている六人の部下は、定期的に集まっているらしい。
何だよ“サイカ嬢の会”って。何してんだお前らって思ったね。
兎も角、俺や部下六人がサイカ嬢に会って、色めき立っているのがカイルは相当気にくわないらしい。
『今すぐ記憶を消して』とまで言われた。無茶言うなや。あんな衝撃的な出会い&絶世の美女を忘れられっか。
初めてサイカ嬢を見た時はかなり驚いたもんだ。驚いたというか、頭と体に衝撃が走った。
ちゃんと話せた事が奇跡的だった。
いやー、本当にいたんだな、絶世の美女って。伝説上の存在かと思ってたわ。
俺や部下がサイカ嬢を知った事にも苛立っているが…カイルの機嫌が一番悪いその理由はサイカ嬢を傷付けたファニーニ伯爵に対してだった。
「…それで、どんな感じだ?何か分かったのか?」
「…ん。…武器の質、落ちてる。」
「…マジか?」
「分かる。…今、俺も団長も、自分の剣、持ってるから…鍛練する時も、自分のしか使わないけど。……俺が見習いだった時より、すごく、脆い。」
「…支払ってる金は?」
「…例年通りの金額。…騎士団の予算から、支払われてるから。
数は、変わってない。でも、質がすごく落ちてる。これで…戦なんかしたら……多分、何回か使ったらもう、もたない。」
「……まあ、今はこの国も大国になったし…簡単に戦なんか起こらねぇからな……盗賊なんかはプレートアーマーなんぞそんな高価なもん着てねぇし。」
「…浮いた金、すごくあると思う。」
「ファニーニの武具は他国へ輸出禁止になっている代わりに国へ卸してもらって、そんで相当な金銭が支払われてんだろ?つーか騎士団の予算から。…こりゃ横領だな。」
「…ん……徹底的に、やる。」
「……こえー……だがまあ、やれ!やっちまえ!」
カイルが負けん気の強い性格だってのは知っていた。
こいつは見習い時代から上や同期から嫌な目で見られていたし、こいつを指導していた騎士からは教えではなく“洗礼”を受けていた。
気に入らない人間を叩き潰したい人間はどこにでもいるもんだ。
俺も似たような事をされた覚えがある。
騎士と一般兵士の格差が大きかった時代に、俺はカイルと同じ“扱い”を受けた。
当時騎士は貴族しかなれない職で、周りからはかなりの厚待遇を受けていた。
街を巡回すれは羨望の目を向けられ、敬われる職の一つだった。
だが陛下がまだ王太子殿下だった頃、政務に携わるようになった殿下が騎士の在り方に意義を唱えた。
『有能な人材がいるのに埋もれたままでいさせるのは国にとって大きな損失だ。恥だ。』
騎士の中にも色々いる。
本当に実力のある騎士。
騎士は貴族がなる職であるが、騎士の家の出である者はそれなりに実力が備わっていた。
けれど問題は、騎士という職の厚待遇受けたい奴等と周りから羨ましがられたいから、自慢出来るからと、そんな下らない理由で騎士になった馬鹿貴族たちだった。
今でこそ、正規の騎士になる為の“見習い騎士期間”というものがあるが…俺が十代の頃はそんなものはなかった。
兵士も騎士も、お粗末な指導しかされない。
兵士だった頃、体力作りという基礎の基礎は死ぬほどやらされたが…剣の技術を磨く鍛練などは自主性に任されていた。
兵士から騎士へ。兵士と騎士では給金が遥かに違う。名誉な話ではあったし、弟妹たちもまだ小さかった事もあって了承したが…当然、嫌ではあった。
けれどその気持ちは殿下のある話を聞いて変わる。
騎士になって初めての日。騎士団の訓練所で見たのは…やる気のない、実力もない騎士たちがただ談笑している姿と実力があり鍛練を欠かさない騎士たちの二分した姿だった。
当時、それまでの騎士団の在り方を変えようとする殿下の提案は反対意見が大きかった。
まあ当然と言えば当然だろう。
貴族でもない、ただの平民たちの実力を測り、能力があれば兵士から騎士へ。
それまで個々に任せていた訓練や鍛練は日にちと時間を割り振り、平等に行うものとする。
厚待遇、そして自慢出来るからという理由で騎士になった貴族の坊っちゃんたち、そしてその家からは猛反対だった。
『この国は大国となった。だが、戦が起こらない保証もない。戦になった場合、真っ先に死ぬのは実力のない騎士や兵士たちだ。
反対するというのは余計な死者を増やすという事。
今の騎士たちは…一部を除いた大部分が、賊にさえ手こずる始末だと聞く。』
兵士から騎士になるよう推薦され、一般兵士代表として当時参加した話し合いの場。
怒り、反対する貴族たちに淡々とそう言う殿下の目は何も映っていない硝子玉のようだった。
『今までの戦で勝てたのは、単に数で勝っただけだ。当然その犠牲者は多い。』
『殿下とて“戦”を知らぬでしょうに!
従来より騎士は貴族がなるべき職!それを、平民がなる一般兵と一緒にされては困りますぞ!!
貴族と平民には大きな差があるのですからな!!』
『それを言うならそなたらとて戦を知らぬだろう。最後に戦があったのは凡そ120年程前のこと…其ほど昔ではないが、そなたらは生まれていないではないか。
そなたたちは戦を何と捉える。自分らが無事であればそれでよいか。
負ければ帝都とて安全とはいかん。今、在り方を変えねば余計な死者を増やすのだ。』
『それでも、従来通りであるべきです!!』
『であれば、そなたらは自分の息子らが死んでも一切文句を言わぬのだな。騎士になったのだ。有事の際に高みの見物とはいかぬだろう。
そしてこれまで、実力のある騎士や兵がだらけた騎士たちの負担を背負ってきた。
何が騎士は名誉な職だ。そなたの息子は騎士になって何をした。武功の一つでも上げたか。
先日、大捕物があった。向かった騎士は五十。
その中にそなたらの息子も含まれていた。』
『殿下!失礼でありますぞ!!
息子から聞いておりますとも!勇敢に戦い、何人もの賊を捕らえる事が出来たと!』
『何を言っている。そなたらの息子は怯え、隠れて様子を見るしかなかったと報告を受けている。
勇敢に戦った?馬鹿な。勇敢に戦ったのは二十にも満たない騎士たちだけだ。
そのものたちが居なければ今、そなたらの息子はいない。
実力もない、立ち向かう根性もない、隠れ、事が終わるまで待つしかない者たちが真っ先に戦では死ぬだろう。』
『な…、』
『そうであっても良いなら、そなたらは自分らの息子を見殺すがいい。
後になって、どうしてと言われても俺は知らん。勿論陛下もだろう。
事はそなたらの息子、そして人の命に関わる。
尤も大切な事であるのに、今変えなくてどうする。
そなたらは予知が出来るのか?この先、このレスト帝国で一切の戦が起こらないと断言出来るのか。
度重なる戦で多くの死者が出た、それを、その事実は史実に記載されている。』
『……、』
『120年前の戦。敵国は10万の騎士と兵。
我が国からは30万の勇気ある騎士と兵が戦へ向かった。
敵国の死者は4万。……我が国は、20万もの死者を出した事実がある。果たして“名誉ある死”を迎えた者が何人いたか…。
この数字を、ただの数字と思うな。この数は人の命の数である!大捕物では実力ある騎士たちがいてくれたお陰で無事、重傷者や死者もなく終わったが…そなたらの息子たちだけで討伐に行かせ、結果どうなるか。見物だな。』
まだ十五の子供の言葉に、俺は体が震えた。
この方なら、安心して付いて行けるとそう思った。
それまで兵士から騎士になる事に嫌々だった気持ちはもう、とっくになかった。
騎士になったからにはこの方に騎士として、生涯の忠誠を捧げよう。
そうすべき方だ、マティアス殿下は。
きっとこの国をもっと、より良い方向へ導いて下さる。当時、そう確信した。
それからはどんな嫌がらせにも蔑むような視線や容赦ない悪意の言葉にも耐えた。
騎士たちの“洗礼”にも耐えた。
まあ、その“洗礼”をしていた騎士は実力のない騎士ばかりだったが。
実力のある騎士たちはそんな下らない事はしない。
助けもしないが態々自分の時間を割いてまで俺をいびったりはしなかったんだ。
「……陛下に、資料提出して……もう一回、裁判、起こさせる。
横領、だけじゃ…まだ、大した罪にならないかも…だけど。
でも、…多分……陛下も、やる。絶対。…サイカが、関わってる、から。」
「…だろうなあ。」
陛下もカイルも、サイカ嬢をかなり大切にしている様子だ。
陛下のあのいつも一定だった、淡々として、何も写してない硝子玉みたいな目が。
この国にも誰にも興味がない、そんな感じがしていた雰囲気が。
サイカ嬢の前ではあんなにころころと変わっていた。
いや、サイカ嬢の前だけでなく、俺と話をする時も表情を見せていたのに驚いたが。
カイルもカイルで何を考えているか分からん所がある。
口数も少ないし、流暢には喋らないカイル。
幼い頃から虐げられた人間特有の雰囲気というか…そういうのが全身から漂っていたのに、今じゃ綺麗さっぱりだ。
「……地獄に落ちればいい。……絶対、許さない。
サイカを傷付けたこと……襲おうとしたこと、…あんな、記事、書かせたこと……その全部、報いを受ければいい…。…死ぬなんて、…許さない。…生きて、苦しませる、」
「……こえぇ……」
ファニーニ伯爵に実刑が下るまでの間…俺はカイルに戦々恐々としながら過ごしていた。
それから…カイルが超恐いんだが。
「カイル。」
「……。」
「カイルやー。」
「……。」
「カイルやーい。」
「……。」
「カイルちゃー「ちゃん言うな。」…聞こえてんじゃねーか。」
「煩い。今、集中してる…。」
カイルは目に見えて機嫌が悪い。
まあそれもこれも、サイカ嬢が関わってるんだが。
まず一つ、自分がクライス領まで護衛出来なかった事に機嫌が悪い。
終わった事をねちねち…ったく。ねちこい男はサイカ嬢に嫌われるぞーと言ってやりたいが…言ったらもっと機嫌が悪くなるだろう。それは分かる。
「まだ拗ねてんのかよ。仕方ねえだろ?花街に行ってからの仕事が溜まっちまってたんだから。」
「…拗ねてるって、言うな。
…俺がサイカを護衛したかった…何で団長?…俺の仕事、団長がやればよかった。」
「いやいや。自分の仕事は自分でしろよ。お前も俺にそう言ってんじゃねぇか。
侯爵領まで二日は掛かんだぞ?早急に提出する書類もあったんだ。仕方ねえよ。もうぐちぐち言うな。」
「……その顔、やめて。」
「顔?顔が何だよ。こういう顔なんだっての。人の顔にケチつけんなよなー。」
「…違う。…いつもは、そんなニヤけた顔…してない。」
「…そんなニヤけてたか?俺…」
「……腹立つくらい。……他も。」
二つ。俺がサイカ嬢に会ってからニヤけた顔をしているのが気に食わないらしい。いや…まあ、それも仕方ないことだ。
何せ人生で初めて、あんな絶世の美女を見たんだ。
カイルの言う“他にも”はあの日、俺と一緒に陛下とサイカ嬢の護衛をした奴等だ。
陛下からはサイカ嬢の全てを他言無用と命じられている。
つまり今この騎士団の中でサイカ嬢を知っているのはサイカ嬢の客であるカイルと俺と、あとはあの日護衛をしていた六人の精鋭だけとなるわけで……まあ帰って来てからも当然凄かった。今も部下たちはサイカ孃に熱を上げている。
『うおおおお、ま、マジでもう何なんだ…何だったんだ…あの至福の二日間…』
『うっそだろあの美女……まじで天使か…!』
『“気を付けてお帰り下さい”って言われて前後左右確認しまくってたわ俺!!』
『…だからキョロキョロ落ち着いてなかったのか、お前。
…いやでも分かる。』
『あの女神が娼婦とか……嘘だろ、あんな美女が娼婦してていいのか?
俺、客になってもいいのか!?お相手してもらってもいいのか!?』
『最低でも大金貨一枚らしいぞ。あと醜い容姿専門の高級娼婦らしい。
前からそういう娼婦が月光館にいるって宣伝されてたからな。』
『たっか!!…いやでも当然か!?何せあの美貌だろ!?…てか醜い容姿専門かよ……あ……だから陛下が、』
『馬鹿だなお前。陛下見ただろ?あの溺愛っぷり…。
お前…陛下に消されたいか?』
『おっふ。』
『……お前ら、帝都に帰ったらその話題は控えろよ?
“他言無用”だって命令受けたんだからな。』
『分かってますって!!』
帝都まで二日掛かる帰路の途中。休む事になった宿屋で飯を食いながら俺と部下六人は旅路の間の話に盛り上がる。
部屋で休むと言った陛下から『見張りはいい。皆で食事でもしろ。酒は飲んでもいいが明日に差障りないように。』とそんな労りをかけられその言葉に甘えて一杯だけ酒を頼んだ。酒を飲まないと色々考えが追い付かない。
陛下もそうだがカイルがあのサイカ孃の客…そして惚気るカイルの話通りであれば……うおおマジかよ!と色々追い付いてない。羨ましいやら何やらで色々…そう、本当に色々。
部下たちとの話は勿論、あのとんでもない美貌を持つサイカ嬢の話だ。
『……腫れた頬が痛々しかったよな…』
『娼婦っても一人の人間だろ?…娼婦だからって虐げていいって理由はないよな。
しかもか弱い女性だ。…どれだけ恐い思いをしたんだろうな…男の俺には想像もつかん…。』
『そうそう。陛下は“醜い容姿”だけど、でも俺は尊敬するね。
陛下が即位してから暮らしやすくなったし、変わった事も色々あるし。
副団長だってそうだ。あの人がかなり強いのも、実は結構頭もいいって上になって分かった事も沢山あったし。
…それまではこいつが上司かよって……まあ、今思えばかなり失礼だった。』
『だな。……しかし、一体何があったんだろう…。』
その疑問はすぐに分かった。
俺たちが陛下とサイカ嬢を護衛した数十日後、ある記事が国中に発行される。
その記事を見た俺たちは目を疑った。
『いや、そんな性悪じゃないぞ!ふざけんな!』
『あの女神が高慢ちきで野蛮!?んなわけねー!!』
『有り得ないだろこの記事!無礼極まりなく?暴言を吐いた?いや暴言は吐くだろ!襲われてんだから!』
『ぬわぁにが伯爵の行為は正当なものであった、だ!!ぶぁぁぁかっ!!』
『この新聞嘘だな。ああ。これ嘘だ。分かる。女神に会った俺は分かるね。』
『ファニーニ伯爵とやらが女神を襲って、必死に抵抗したんだきっと!絶対そうだ!断言できる!
団長!何なんですかこの記事!!』
記事を握りしめて俺の執務室に飛び込んできた部下六人。
記事は俺が出したんじゃないし知らねえよと言いたい所だが…俺も届いた記事を見て不快感があったので気持ちは分かる。
『…お前ら……陛下からの命令、守ってんだろうな。』
『当然ですよ!』
『俺ら、あれから誰かの部屋に定期的に集まってるんです!』
『そうそう!集まって、“サイカ嬢の会”を開いてるんです!』
『……は?何?“サイカ嬢の会”?…んだそりゃ…』
『集まって、サイカ嬢について話す会です!』
『いや、そういうことを聞いてんじゃ……まあいい。…他の奴等の耳に入らないようにだけ気を付けろよ…。』
『了解です!!』
“他言無用”の命令を一応はちゃんと守っている六人の部下は、定期的に集まっているらしい。
何だよ“サイカ嬢の会”って。何してんだお前らって思ったね。
兎も角、俺や部下六人がサイカ嬢に会って、色めき立っているのがカイルは相当気にくわないらしい。
『今すぐ記憶を消して』とまで言われた。無茶言うなや。あんな衝撃的な出会い&絶世の美女を忘れられっか。
初めてサイカ嬢を見た時はかなり驚いたもんだ。驚いたというか、頭と体に衝撃が走った。
ちゃんと話せた事が奇跡的だった。
いやー、本当にいたんだな、絶世の美女って。伝説上の存在かと思ってたわ。
俺や部下がサイカ嬢を知った事にも苛立っているが…カイルの機嫌が一番悪いその理由はサイカ嬢を傷付けたファニーニ伯爵に対してだった。
「…それで、どんな感じだ?何か分かったのか?」
「…ん。…武器の質、落ちてる。」
「…マジか?」
「分かる。…今、俺も団長も、自分の剣、持ってるから…鍛練する時も、自分のしか使わないけど。……俺が見習いだった時より、すごく、脆い。」
「…支払ってる金は?」
「…例年通りの金額。…騎士団の予算から、支払われてるから。
数は、変わってない。でも、質がすごく落ちてる。これで…戦なんかしたら……多分、何回か使ったらもう、もたない。」
「……まあ、今はこの国も大国になったし…簡単に戦なんか起こらねぇからな……盗賊なんかはプレートアーマーなんぞそんな高価なもん着てねぇし。」
「…浮いた金、すごくあると思う。」
「ファニーニの武具は他国へ輸出禁止になっている代わりに国へ卸してもらって、そんで相当な金銭が支払われてんだろ?つーか騎士団の予算から。…こりゃ横領だな。」
「…ん……徹底的に、やる。」
「……こえー……だがまあ、やれ!やっちまえ!」
カイルが負けん気の強い性格だってのは知っていた。
こいつは見習い時代から上や同期から嫌な目で見られていたし、こいつを指導していた騎士からは教えではなく“洗礼”を受けていた。
気に入らない人間を叩き潰したい人間はどこにでもいるもんだ。
俺も似たような事をされた覚えがある。
騎士と一般兵士の格差が大きかった時代に、俺はカイルと同じ“扱い”を受けた。
当時騎士は貴族しかなれない職で、周りからはかなりの厚待遇を受けていた。
街を巡回すれは羨望の目を向けられ、敬われる職の一つだった。
だが陛下がまだ王太子殿下だった頃、政務に携わるようになった殿下が騎士の在り方に意義を唱えた。
『有能な人材がいるのに埋もれたままでいさせるのは国にとって大きな損失だ。恥だ。』
騎士の中にも色々いる。
本当に実力のある騎士。
騎士は貴族がなる職であるが、騎士の家の出である者はそれなりに実力が備わっていた。
けれど問題は、騎士という職の厚待遇受けたい奴等と周りから羨ましがられたいから、自慢出来るからと、そんな下らない理由で騎士になった馬鹿貴族たちだった。
今でこそ、正規の騎士になる為の“見習い騎士期間”というものがあるが…俺が十代の頃はそんなものはなかった。
兵士も騎士も、お粗末な指導しかされない。
兵士だった頃、体力作りという基礎の基礎は死ぬほどやらされたが…剣の技術を磨く鍛練などは自主性に任されていた。
兵士から騎士へ。兵士と騎士では給金が遥かに違う。名誉な話ではあったし、弟妹たちもまだ小さかった事もあって了承したが…当然、嫌ではあった。
けれどその気持ちは殿下のある話を聞いて変わる。
騎士になって初めての日。騎士団の訓練所で見たのは…やる気のない、実力もない騎士たちがただ談笑している姿と実力があり鍛練を欠かさない騎士たちの二分した姿だった。
当時、それまでの騎士団の在り方を変えようとする殿下の提案は反対意見が大きかった。
まあ当然と言えば当然だろう。
貴族でもない、ただの平民たちの実力を測り、能力があれば兵士から騎士へ。
それまで個々に任せていた訓練や鍛練は日にちと時間を割り振り、平等に行うものとする。
厚待遇、そして自慢出来るからという理由で騎士になった貴族の坊っちゃんたち、そしてその家からは猛反対だった。
『この国は大国となった。だが、戦が起こらない保証もない。戦になった場合、真っ先に死ぬのは実力のない騎士や兵士たちだ。
反対するというのは余計な死者を増やすという事。
今の騎士たちは…一部を除いた大部分が、賊にさえ手こずる始末だと聞く。』
兵士から騎士になるよう推薦され、一般兵士代表として当時参加した話し合いの場。
怒り、反対する貴族たちに淡々とそう言う殿下の目は何も映っていない硝子玉のようだった。
『今までの戦で勝てたのは、単に数で勝っただけだ。当然その犠牲者は多い。』
『殿下とて“戦”を知らぬでしょうに!
従来より騎士は貴族がなるべき職!それを、平民がなる一般兵と一緒にされては困りますぞ!!
貴族と平民には大きな差があるのですからな!!』
『それを言うならそなたらとて戦を知らぬだろう。最後に戦があったのは凡そ120年程前のこと…其ほど昔ではないが、そなたらは生まれていないではないか。
そなたたちは戦を何と捉える。自分らが無事であればそれでよいか。
負ければ帝都とて安全とはいかん。今、在り方を変えねば余計な死者を増やすのだ。』
『それでも、従来通りであるべきです!!』
『であれば、そなたらは自分の息子らが死んでも一切文句を言わぬのだな。騎士になったのだ。有事の際に高みの見物とはいかぬだろう。
そしてこれまで、実力のある騎士や兵がだらけた騎士たちの負担を背負ってきた。
何が騎士は名誉な職だ。そなたの息子は騎士になって何をした。武功の一つでも上げたか。
先日、大捕物があった。向かった騎士は五十。
その中にそなたらの息子も含まれていた。』
『殿下!失礼でありますぞ!!
息子から聞いておりますとも!勇敢に戦い、何人もの賊を捕らえる事が出来たと!』
『何を言っている。そなたらの息子は怯え、隠れて様子を見るしかなかったと報告を受けている。
勇敢に戦った?馬鹿な。勇敢に戦ったのは二十にも満たない騎士たちだけだ。
そのものたちが居なければ今、そなたらの息子はいない。
実力もない、立ち向かう根性もない、隠れ、事が終わるまで待つしかない者たちが真っ先に戦では死ぬだろう。』
『な…、』
『そうであっても良いなら、そなたらは自分らの息子を見殺すがいい。
後になって、どうしてと言われても俺は知らん。勿論陛下もだろう。
事はそなたらの息子、そして人の命に関わる。
尤も大切な事であるのに、今変えなくてどうする。
そなたらは予知が出来るのか?この先、このレスト帝国で一切の戦が起こらないと断言出来るのか。
度重なる戦で多くの死者が出た、それを、その事実は史実に記載されている。』
『……、』
『120年前の戦。敵国は10万の騎士と兵。
我が国からは30万の勇気ある騎士と兵が戦へ向かった。
敵国の死者は4万。……我が国は、20万もの死者を出した事実がある。果たして“名誉ある死”を迎えた者が何人いたか…。
この数字を、ただの数字と思うな。この数は人の命の数である!大捕物では実力ある騎士たちがいてくれたお陰で無事、重傷者や死者もなく終わったが…そなたらの息子たちだけで討伐に行かせ、結果どうなるか。見物だな。』
まだ十五の子供の言葉に、俺は体が震えた。
この方なら、安心して付いて行けるとそう思った。
それまで兵士から騎士になる事に嫌々だった気持ちはもう、とっくになかった。
騎士になったからにはこの方に騎士として、生涯の忠誠を捧げよう。
そうすべき方だ、マティアス殿下は。
きっとこの国をもっと、より良い方向へ導いて下さる。当時、そう確信した。
それからはどんな嫌がらせにも蔑むような視線や容赦ない悪意の言葉にも耐えた。
騎士たちの“洗礼”にも耐えた。
まあ、その“洗礼”をしていた騎士は実力のない騎士ばかりだったが。
実力のある騎士たちはそんな下らない事はしない。
助けもしないが態々自分の時間を割いてまで俺をいびったりはしなかったんだ。
「……陛下に、資料提出して……もう一回、裁判、起こさせる。
横領、だけじゃ…まだ、大した罪にならないかも…だけど。
でも、…多分……陛下も、やる。絶対。…サイカが、関わってる、から。」
「…だろうなあ。」
陛下もカイルも、サイカ嬢をかなり大切にしている様子だ。
陛下のあのいつも一定だった、淡々として、何も写してない硝子玉みたいな目が。
この国にも誰にも興味がない、そんな感じがしていた雰囲気が。
サイカ嬢の前ではあんなにころころと変わっていた。
いや、サイカ嬢の前だけでなく、俺と話をする時も表情を見せていたのに驚いたが。
カイルもカイルで何を考えているか分からん所がある。
口数も少ないし、流暢には喋らないカイル。
幼い頃から虐げられた人間特有の雰囲気というか…そういうのが全身から漂っていたのに、今じゃ綺麗さっぱりだ。
「……地獄に落ちればいい。……絶対、許さない。
サイカを傷付けたこと……襲おうとしたこと、…あんな、記事、書かせたこと……その全部、報いを受ければいい…。…死ぬなんて、…許さない。…生きて、苦しませる、」
「……こえぇ……」
ファニーニ伯爵に実刑が下るまでの間…俺はカイルに戦々恐々としながら過ごしていた。
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