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32 サイカ、女子を頑張る
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娼婦になって七ヶ月が過ぎた。
突然異世界にやってきて、老夫婦に売られ…月光館に来て、高級娼婦になる為の手習いをして…マティアス様に出会って、そしてヴァレリア様、カイル様、リュカ様と出会っていった期間はあっという間だったように思う。
というか中々数奇な体験をしているのではないかと思う。いや、不運とも不幸とも思ってないのだけれど。
まず日本で暮らしていれば絶対にお近づきにはなれないイケメンたちに出会えた。
…日本にもいるかどうかのレベルのイケメンだ。まるで漫画や小説の世界から出てきたような超絶イケメン。本当にありがとうございます。
マティアス様に本当の初めてを捧げたし、以降は超絶イケメンたちと最高のセックスを体験している。
二回目になるが本当にありがとうございます。
娼館の暮らしは思った以上に楽しい。本当に。
オーナーや皆と笑って、たまに泣いたり怒ったり。それから喧嘩したり…を見かけたりする。
仲直りして、まあ拗れる事もあったりするけれど、きちんとお互いが向き合って話し合って、そうやって絆が深まっているのを見るとじんとくるものだ。
正直仲直りした時は泣きそうになる。よかったねよかったねと拍手したくなる。
「…不便だけど、でも、好きだなぁ…この世界。」
格差や差別が多いのはまた別として。
この世界の人…というかこの娼館の中の事しか知らないけれど。
ここは人と人が支え合って、一生懸命生きているのが分かる。
何というか…皆、生きる事を諦めてないというか。大変だし苦労も多いけど、楽しんでいるというか。人生、頑張って生きてます!がありありと伝わってくるのだ。
対して日本にいた頃の私や周りはというと…『生きるの辛い。』この一言である。皆表情が疲れてる…いや、死んでる。
セレブやパリピは毎日楽しいかどうか知らない。
でも、毎月お金のやりくりをしながら細々と生きてきた私はほぼ家と職場の往復しかしておらず、そんな生活を楽しいとも思わなかった。
唯一の楽しみは…あれだし。妄想しながら一人で大人の玩具を楽しむことくらいだったし。
便利だけと煩わしいものが沢山ある。
喧嘩だって仲直りだって直接会わなくても文字や音声で済ませられる。
いつでもどこでも、誰かと繋がることが出来る。
だけど何だか、それを寂しく思うのだ。私は。
嬉しい事、楽しい事、悲しい事、苦しい事。それを誰かと共有したい時は文字や音声ではなく直接会って話したい。
自分の気持ちや相手の気持ちを、会って知りたいのだ。
目を見て、表情を見て、目の前の相手が今どう思っているか、どんな事を考えているのかを感じたい。
昔は…と言っても私が生まれたのはそれほど昔ではない。
既に携帯電話は普及されていて、小学校高学年になると防犯がなんちゃらとかで皆キッズ携帯を持ち始めていた。
スマホも何も持っていなかった幼い頃は友人の誕生日を祝う為に手紙を書いたりした。喜んでくれるかなと、色んなイラストを書いて、当時流行ったキャラクターのシールなんかも貼ったり。
学校で会った時に遊ぶ約束をしたり。喧嘩した時は翌日顔を見るまで不安だったり。
そういう面倒なものが、私は好きだった。
日本で少しずつ忘れられている事が、この世界ではまだまだ当たり前だ。浅く広くの付き合いではなく、深く狭い、そんな付き合いが出来る世界だ。私はそれが嬉しいし楽しい。
誰かと会うには相応の手間が掛かる。
探して、見つけて、約束する。その手間がある。
恐らく私は古くさい人間なのだろう。現代社会が合わなかったと言ってもいい。
だけどこの世界は当たり前な“手間”がある。その“手間”があるから、人と人との付き合いが深みを増しているのだ。
スマホ?いや便利だけど。かなりお世話にもなりました。
「サイカ、荷物だよー!」
「はーい!……え、何です、これ、」
「これ?リュカ様からだよ。持ってきた商人が言ってたからね。」
「…これ、全部…です?」
「そう。全部。何だろうね?」
リュカ様から贈られた物。その数全部で八つ。
手鏡、小物入れ、靴、香水、ドレス、ストールっぽいの、イヤリング。
お…多い多い!多いよリュカ様!ちょっと前にカイル様に贈り物はこれだけでいいですよーと言った所なのに!
あわわどうしようと思っていると、イヤリングの箱の中に小さなメモがあった。
“詫びだ。全部受けとれ。”この短い文字でお、おう。となった。
恐らく返品しても無駄だろう。
「…取りあえずこれ以上は贈ってこないように会ったら言わなくちゃ。
それにしても…このイヤリング…エメラルドってやつなの…かな?
リュカ様の瞳の色そっくり。」
皆、自分の瞳に似た色の宝石が付いた装飾品を私に贈ってくれている気がする。
日本人の感覚だと相手の誕生石はよくプレゼント候補になる。
しかし自分の目の色と同じ宝石…はない。だけどこの世界では自分の瞳の色に合わせた何かを相手に贈る事がメジャーなのかも知れない。
…私も皆に黒い何かをお礼として贈るべきだろうか。黒い何かって何があるのだろうか。悩む。
恥ずかしい事かも知れないが私は恋をした事がない。
異性とお付き合いする以前の問題だ。
だからどんな感情が恋で、愛とは何なのかがいまいちよく分からない。
けれどそんな事は別にいいじゃないかと何か吹っ切れた。
マティアス様が好き。ヴァレリア様が好き。カイル様が好き。リュカ様が好き。今はそれでいい。
この四人はオーナーや娼婦、お姉様たちとはまた違う好きだ。
オーナーたちが家族のような気持ちで好きなのであれば、マティアス様たちは…人として…とも少し違う。男として好きだ。人間としても好きに変わりない。何れ自覚する時がくるのかも知れないし、ずっと分からないままなのかも知れない。
「…可愛いって思われたいと思うのは…意識してるから、でもあるよね。」
どんな形であれ、好きだ。大好きだ。
マティアス様たちに可愛いと思われたい。綺麗だと思われたい。
好きだと言われると嬉しい。愛していると言われるのも。
「…女子…してみるか。」
何となくそう思った。そうしたいという気分になった。
普段髪のアレンジもしない私。
メイクもうっすらな私。いや、入社当初はマナーだと、それなりなメイクしてはいたが一年、二年…と年月が経つとそんなにしっかりメイクしてもね…と心境が変わり、以降はBBクリームと眉マスカラと色付きリップで出社していた。
家と会社の往復だけだったから特にお洒落もしなかった私。
毎日自転車で会社に通っていたから夏にお洒落なんかして会社に行けば地獄だし。主に汗で。
遊ぶと言っても少ないお給料で一人暮らしをしていたから、そう出掛ける事もなかった。
遊ぶよりエロ本やエロゲー、新しい玩具を買いたかったし。
お洒落に敏感な学生時代でさえ、メイクはリップクリームだけだった私。
というか必要な時以外は然してお洒落をしてこなかったそんな私が、何か可愛くなりたいと思っている。
可愛くなって、マティアス様たちに会いたいと思っている。…ちょっと驚きだ。そしてマティアス様たちの反応を想像すると、とてもわくわくしていた。
「マティアス、お待ちしてました!」
「………。」
「…マティアス?」
「…サイカ…?」
「はい。サイカです。」
穴が空きそうな程マティアス様に凝視されている私。
久々に、そう、かなり久々にがっつりとメイクをした今日の私は一味も二味も違うのだ!
そも日本人の顔というのは元々化粧映えする顔でもある。
目は二重であろうと、外国人のように鼻が高かったり彫りが深い顔立ちではない。
日本人の多くは平面的な顔立ちをしている。私もそうだ。
つまりそれってどういう事?と聞かれると、凹凸が余り感じられない、立体的ではない顔立ちだから、化粧で立体感をいくらでも出せるということで、イコール、化粧映えする顔ということだ。
…いや、それを言うと…この世界の人たちも化粧映えする顔ではあるか…。皆丸顔平面顔のオークっぽい感じだし…。
「…驚いたな…。…間違えて天界に足を踏み入れたのかと思ったぞ。」
「ふふ。今日はマティアスの為にお洒落をしたんですよ。貰ったネックレスに合うドレスを選んで、お化粧も頑張りました!」
「…俺の為に…?」
「はい!…マティアスの為にというか、…マティアスに、可愛いって思われたくて。自分の為でもあります。」
今日の私どう?どうなのマティアス様?と期待を込めて見つめてみるとマティアス様は口許を掌で覆い、はーー…、と長い…それは長い溜め息を吐いた。
それは何の溜め息なのですか…と不安になった所で赤くなったマティアス様の耳が見える。
「……全く、この娘は…可愛いどころか…本当に愛らしくて敵わん…。」
「本当?」
「…ああ。可愛い。…いつもそうだ。簡単に持っていってくれる…。」
「?」
「…じっくり見せてくれ。俺の為に着飾ってくれたのだろう?
…ベッドの上で、いちゃいちゃとしながらその可愛い姿を堪能させてくれ。サイカ。」
持っていた花束をテーブルに置いたマティアス様に早速お姫様抱っこでベッドまで運ばれる私。
その間もじっと、マティアス様は私を見つめ続けては蕩けるような微笑みを向ける。
顔がいい。素敵。その微笑みもまたもの凄く素敵。
ベッドに着くとマティアス様の上。もう定位置と言っていいのではないだろうか。
マティアス様は寝転がる私の腰に片手を回し、落ちない様に支えてくれている。…そんな気遣いをしてくれるマティアス様も好きだ。
「…眉が少し変わるだけで随分印象が違うのだな…サイカの黒い、美しい瞳がより際立って見える。だが、どちらも好きだ。
…頬もいつもより色づいていて可愛い。噛りつきたくなる。サイカは美人だが…性格を含めると可愛い、の方が大きいからな。唇は……ふむ、」
「んっ。……あ、マティアスの唇に……」
ちゅ、とキスをされたことでつけていた赤い口紅がマティアス様の唇に移る。…な…何だと。超絶美人でしかないじゃないか…。すごく色っぽい。正直女として負けた気がしている。でもいい。マティアス様なら負けても仕方ない。
うっとりとして口紅をつけた美しいマティアスを見ていると…マティアス様はぺろりと自分の唇を舌でなぞり、ついていた赤い口紅をとった。
その仕草もとても色っぽくて…心の中で盛大に叫んだ。
「……これくらいなら…いいか。似合っているぞ、サイカ。」
「…口紅…?」
「ああ。赤すぎるのはサイカの愛らしい唇の良さを奪う。サイカの口は小さいのに…唇はぽってりとしている。…見ているだけでキスしたくなる唇だ。
…だから…このくらいが丁度いい。
尤も、一番好きなのは…いつもの薄いピンク色をした唇だがな。」
「…じゃあ、今度から口紅だけは…つけません。」
「ああ。…キスも、紅が取れてしまうと躊躇してしまう。
そうしている間にキス出来ない事が惜しいからな…。」
「…ふふ、……ん…。」
それはそれは甘い時間だった。
折角着飾ってくれたのに脱がしてしまうのは勿体無いと、ただひたすらくっついて、キスばかりして暫くの間過ごした。
可愛い、愛らしい。この台詞が何度マティアス様の口から出たことだろう。
その度に嬉しくなって、もっともっと。この人の前で可愛い女になりたいと思った。
この時の私は自覚がなかったのだが…恐らく、日本では全く働いていなかった恋愛脳とやらが覚醒していたのだと思う。
マティアス様に甘えたい。甘えて甘えて甘えまくりたい。この思いでいっぱいだったのだ。
セックスの最中なら兎も角、素面であれば恥ずかしい台詞を言いまくる。抵抗も全くなかった。
「…マティアス、大好きです。…キスして…マティアスとのキス、好き。…大好き。」
「…そなたはどこまで可愛くなるつもりだ?
…ただでさえ愛らしいのに…これ以上になってどうするんだ…。…連れて帰ってやろうか。」
「…ん。…側にいたい。ずっとこうしていたいです…。
マティアスが帰ると、寂しい…。
マティアスを思うと…会いたくなる…。」
「…ああ、もう……本当に堪らない。
今すぐ連れて帰りたい。部屋に囲ってずっと側においておきたい…。
何故こんな愛らしい生き物がいるんだ…未だに信じられん…。」
結局、最後の最後はお互い我慢が出来なくなっていちゃいちゃ甘々な恋人セックスへ突入。最初は着飾ったまま、途中からドレスを脱がされ、最終的に残ったのはメイクとマティアス様から貰ったサファイアのネックレスだけとなっていた。
お洒落は女にとって装備品と友人が言っていたが確かにそうだと思う。
普段の自分とは少し違う自分に。
結果、魔性(笑)の私が爆誕していたのだ。
翌日はヴァレリア様、その二日後はカイル様、そしてその一週間後にはリュカ様が会いに来てくれ、お洒落という装備を身に纏い、魔性(笑)の私を発揮する。
ヴァレリア様もカイル様もリュカ様も大層喜んでくれたのはいい。
キラキラといい笑顔でヴァレリア様は褒め称えてくれた。
カイル様はバックに花でも飛んでいるかのような、それはもう無邪気な笑顔で可愛いと好きを連呼してくれた。
リュカ様は真っ赤になってツンツンしながらも嬉しそうだった。
そんな彼らを見ると頑張ってよかったとも思う。
…思うのだが、私は頑張って自分がどうなるかを考えていなかったのだ。
マティアス様の時と同様、最初は着飾ったままでセックスし、途中からドレスを脱がされる。そして最終的に彼らが贈ったものだけが残る状況になっていた。不思議。
いつもよりずっとねちこく、執拗に、激しく、何度も何度も何度も美味しく頂かれ……私の全身は恐ろしい程の筋肉痛になり、そして腰は再び一週間程死ぬことになる。
突然異世界にやってきて、老夫婦に売られ…月光館に来て、高級娼婦になる為の手習いをして…マティアス様に出会って、そしてヴァレリア様、カイル様、リュカ様と出会っていった期間はあっという間だったように思う。
というか中々数奇な体験をしているのではないかと思う。いや、不運とも不幸とも思ってないのだけれど。
まず日本で暮らしていれば絶対にお近づきにはなれないイケメンたちに出会えた。
…日本にもいるかどうかのレベルのイケメンだ。まるで漫画や小説の世界から出てきたような超絶イケメン。本当にありがとうございます。
マティアス様に本当の初めてを捧げたし、以降は超絶イケメンたちと最高のセックスを体験している。
二回目になるが本当にありがとうございます。
娼館の暮らしは思った以上に楽しい。本当に。
オーナーや皆と笑って、たまに泣いたり怒ったり。それから喧嘩したり…を見かけたりする。
仲直りして、まあ拗れる事もあったりするけれど、きちんとお互いが向き合って話し合って、そうやって絆が深まっているのを見るとじんとくるものだ。
正直仲直りした時は泣きそうになる。よかったねよかったねと拍手したくなる。
「…不便だけど、でも、好きだなぁ…この世界。」
格差や差別が多いのはまた別として。
この世界の人…というかこの娼館の中の事しか知らないけれど。
ここは人と人が支え合って、一生懸命生きているのが分かる。
何というか…皆、生きる事を諦めてないというか。大変だし苦労も多いけど、楽しんでいるというか。人生、頑張って生きてます!がありありと伝わってくるのだ。
対して日本にいた頃の私や周りはというと…『生きるの辛い。』この一言である。皆表情が疲れてる…いや、死んでる。
セレブやパリピは毎日楽しいかどうか知らない。
でも、毎月お金のやりくりをしながら細々と生きてきた私はほぼ家と職場の往復しかしておらず、そんな生活を楽しいとも思わなかった。
唯一の楽しみは…あれだし。妄想しながら一人で大人の玩具を楽しむことくらいだったし。
便利だけと煩わしいものが沢山ある。
喧嘩だって仲直りだって直接会わなくても文字や音声で済ませられる。
いつでもどこでも、誰かと繋がることが出来る。
だけど何だか、それを寂しく思うのだ。私は。
嬉しい事、楽しい事、悲しい事、苦しい事。それを誰かと共有したい時は文字や音声ではなく直接会って話したい。
自分の気持ちや相手の気持ちを、会って知りたいのだ。
目を見て、表情を見て、目の前の相手が今どう思っているか、どんな事を考えているのかを感じたい。
昔は…と言っても私が生まれたのはそれほど昔ではない。
既に携帯電話は普及されていて、小学校高学年になると防犯がなんちゃらとかで皆キッズ携帯を持ち始めていた。
スマホも何も持っていなかった幼い頃は友人の誕生日を祝う為に手紙を書いたりした。喜んでくれるかなと、色んなイラストを書いて、当時流行ったキャラクターのシールなんかも貼ったり。
学校で会った時に遊ぶ約束をしたり。喧嘩した時は翌日顔を見るまで不安だったり。
そういう面倒なものが、私は好きだった。
日本で少しずつ忘れられている事が、この世界ではまだまだ当たり前だ。浅く広くの付き合いではなく、深く狭い、そんな付き合いが出来る世界だ。私はそれが嬉しいし楽しい。
誰かと会うには相応の手間が掛かる。
探して、見つけて、約束する。その手間がある。
恐らく私は古くさい人間なのだろう。現代社会が合わなかったと言ってもいい。
だけどこの世界は当たり前な“手間”がある。その“手間”があるから、人と人との付き合いが深みを増しているのだ。
スマホ?いや便利だけど。かなりお世話にもなりました。
「サイカ、荷物だよー!」
「はーい!……え、何です、これ、」
「これ?リュカ様からだよ。持ってきた商人が言ってたからね。」
「…これ、全部…です?」
「そう。全部。何だろうね?」
リュカ様から贈られた物。その数全部で八つ。
手鏡、小物入れ、靴、香水、ドレス、ストールっぽいの、イヤリング。
お…多い多い!多いよリュカ様!ちょっと前にカイル様に贈り物はこれだけでいいですよーと言った所なのに!
あわわどうしようと思っていると、イヤリングの箱の中に小さなメモがあった。
“詫びだ。全部受けとれ。”この短い文字でお、おう。となった。
恐らく返品しても無駄だろう。
「…取りあえずこれ以上は贈ってこないように会ったら言わなくちゃ。
それにしても…このイヤリング…エメラルドってやつなの…かな?
リュカ様の瞳の色そっくり。」
皆、自分の瞳に似た色の宝石が付いた装飾品を私に贈ってくれている気がする。
日本人の感覚だと相手の誕生石はよくプレゼント候補になる。
しかし自分の目の色と同じ宝石…はない。だけどこの世界では自分の瞳の色に合わせた何かを相手に贈る事がメジャーなのかも知れない。
…私も皆に黒い何かをお礼として贈るべきだろうか。黒い何かって何があるのだろうか。悩む。
恥ずかしい事かも知れないが私は恋をした事がない。
異性とお付き合いする以前の問題だ。
だからどんな感情が恋で、愛とは何なのかがいまいちよく分からない。
けれどそんな事は別にいいじゃないかと何か吹っ切れた。
マティアス様が好き。ヴァレリア様が好き。カイル様が好き。リュカ様が好き。今はそれでいい。
この四人はオーナーや娼婦、お姉様たちとはまた違う好きだ。
オーナーたちが家族のような気持ちで好きなのであれば、マティアス様たちは…人として…とも少し違う。男として好きだ。人間としても好きに変わりない。何れ自覚する時がくるのかも知れないし、ずっと分からないままなのかも知れない。
「…可愛いって思われたいと思うのは…意識してるから、でもあるよね。」
どんな形であれ、好きだ。大好きだ。
マティアス様たちに可愛いと思われたい。綺麗だと思われたい。
好きだと言われると嬉しい。愛していると言われるのも。
「…女子…してみるか。」
何となくそう思った。そうしたいという気分になった。
普段髪のアレンジもしない私。
メイクもうっすらな私。いや、入社当初はマナーだと、それなりなメイクしてはいたが一年、二年…と年月が経つとそんなにしっかりメイクしてもね…と心境が変わり、以降はBBクリームと眉マスカラと色付きリップで出社していた。
家と会社の往復だけだったから特にお洒落もしなかった私。
毎日自転車で会社に通っていたから夏にお洒落なんかして会社に行けば地獄だし。主に汗で。
遊ぶと言っても少ないお給料で一人暮らしをしていたから、そう出掛ける事もなかった。
遊ぶよりエロ本やエロゲー、新しい玩具を買いたかったし。
お洒落に敏感な学生時代でさえ、メイクはリップクリームだけだった私。
というか必要な時以外は然してお洒落をしてこなかったそんな私が、何か可愛くなりたいと思っている。
可愛くなって、マティアス様たちに会いたいと思っている。…ちょっと驚きだ。そしてマティアス様たちの反応を想像すると、とてもわくわくしていた。
「マティアス、お待ちしてました!」
「………。」
「…マティアス?」
「…サイカ…?」
「はい。サイカです。」
穴が空きそうな程マティアス様に凝視されている私。
久々に、そう、かなり久々にがっつりとメイクをした今日の私は一味も二味も違うのだ!
そも日本人の顔というのは元々化粧映えする顔でもある。
目は二重であろうと、外国人のように鼻が高かったり彫りが深い顔立ちではない。
日本人の多くは平面的な顔立ちをしている。私もそうだ。
つまりそれってどういう事?と聞かれると、凹凸が余り感じられない、立体的ではない顔立ちだから、化粧で立体感をいくらでも出せるということで、イコール、化粧映えする顔ということだ。
…いや、それを言うと…この世界の人たちも化粧映えする顔ではあるか…。皆丸顔平面顔のオークっぽい感じだし…。
「…驚いたな…。…間違えて天界に足を踏み入れたのかと思ったぞ。」
「ふふ。今日はマティアスの為にお洒落をしたんですよ。貰ったネックレスに合うドレスを選んで、お化粧も頑張りました!」
「…俺の為に…?」
「はい!…マティアスの為にというか、…マティアスに、可愛いって思われたくて。自分の為でもあります。」
今日の私どう?どうなのマティアス様?と期待を込めて見つめてみるとマティアス様は口許を掌で覆い、はーー…、と長い…それは長い溜め息を吐いた。
それは何の溜め息なのですか…と不安になった所で赤くなったマティアス様の耳が見える。
「……全く、この娘は…可愛いどころか…本当に愛らしくて敵わん…。」
「本当?」
「…ああ。可愛い。…いつもそうだ。簡単に持っていってくれる…。」
「?」
「…じっくり見せてくれ。俺の為に着飾ってくれたのだろう?
…ベッドの上で、いちゃいちゃとしながらその可愛い姿を堪能させてくれ。サイカ。」
持っていた花束をテーブルに置いたマティアス様に早速お姫様抱っこでベッドまで運ばれる私。
その間もじっと、マティアス様は私を見つめ続けては蕩けるような微笑みを向ける。
顔がいい。素敵。その微笑みもまたもの凄く素敵。
ベッドに着くとマティアス様の上。もう定位置と言っていいのではないだろうか。
マティアス様は寝転がる私の腰に片手を回し、落ちない様に支えてくれている。…そんな気遣いをしてくれるマティアス様も好きだ。
「…眉が少し変わるだけで随分印象が違うのだな…サイカの黒い、美しい瞳がより際立って見える。だが、どちらも好きだ。
…頬もいつもより色づいていて可愛い。噛りつきたくなる。サイカは美人だが…性格を含めると可愛い、の方が大きいからな。唇は……ふむ、」
「んっ。……あ、マティアスの唇に……」
ちゅ、とキスをされたことでつけていた赤い口紅がマティアス様の唇に移る。…な…何だと。超絶美人でしかないじゃないか…。すごく色っぽい。正直女として負けた気がしている。でもいい。マティアス様なら負けても仕方ない。
うっとりとして口紅をつけた美しいマティアスを見ていると…マティアス様はぺろりと自分の唇を舌でなぞり、ついていた赤い口紅をとった。
その仕草もとても色っぽくて…心の中で盛大に叫んだ。
「……これくらいなら…いいか。似合っているぞ、サイカ。」
「…口紅…?」
「ああ。赤すぎるのはサイカの愛らしい唇の良さを奪う。サイカの口は小さいのに…唇はぽってりとしている。…見ているだけでキスしたくなる唇だ。
…だから…このくらいが丁度いい。
尤も、一番好きなのは…いつもの薄いピンク色をした唇だがな。」
「…じゃあ、今度から口紅だけは…つけません。」
「ああ。…キスも、紅が取れてしまうと躊躇してしまう。
そうしている間にキス出来ない事が惜しいからな…。」
「…ふふ、……ん…。」
それはそれは甘い時間だった。
折角着飾ってくれたのに脱がしてしまうのは勿体無いと、ただひたすらくっついて、キスばかりして暫くの間過ごした。
可愛い、愛らしい。この台詞が何度マティアス様の口から出たことだろう。
その度に嬉しくなって、もっともっと。この人の前で可愛い女になりたいと思った。
この時の私は自覚がなかったのだが…恐らく、日本では全く働いていなかった恋愛脳とやらが覚醒していたのだと思う。
マティアス様に甘えたい。甘えて甘えて甘えまくりたい。この思いでいっぱいだったのだ。
セックスの最中なら兎も角、素面であれば恥ずかしい台詞を言いまくる。抵抗も全くなかった。
「…マティアス、大好きです。…キスして…マティアスとのキス、好き。…大好き。」
「…そなたはどこまで可愛くなるつもりだ?
…ただでさえ愛らしいのに…これ以上になってどうするんだ…。…連れて帰ってやろうか。」
「…ん。…側にいたい。ずっとこうしていたいです…。
マティアスが帰ると、寂しい…。
マティアスを思うと…会いたくなる…。」
「…ああ、もう……本当に堪らない。
今すぐ連れて帰りたい。部屋に囲ってずっと側においておきたい…。
何故こんな愛らしい生き物がいるんだ…未だに信じられん…。」
結局、最後の最後はお互い我慢が出来なくなっていちゃいちゃ甘々な恋人セックスへ突入。最初は着飾ったまま、途中からドレスを脱がされ、最終的に残ったのはメイクとマティアス様から貰ったサファイアのネックレスだけとなっていた。
お洒落は女にとって装備品と友人が言っていたが確かにそうだと思う。
普段の自分とは少し違う自分に。
結果、魔性(笑)の私が爆誕していたのだ。
翌日はヴァレリア様、その二日後はカイル様、そしてその一週間後にはリュカ様が会いに来てくれ、お洒落という装備を身に纏い、魔性(笑)の私を発揮する。
ヴァレリア様もカイル様もリュカ様も大層喜んでくれたのはいい。
キラキラといい笑顔でヴァレリア様は褒め称えてくれた。
カイル様はバックに花でも飛んでいるかのような、それはもう無邪気な笑顔で可愛いと好きを連呼してくれた。
リュカ様は真っ赤になってツンツンしながらも嬉しそうだった。
そんな彼らを見ると頑張ってよかったとも思う。
…思うのだが、私は頑張って自分がどうなるかを考えていなかったのだ。
マティアス様の時と同様、最初は着飾ったままでセックスし、途中からドレスを脱がされる。そして最終的に彼らが贈ったものだけが残る状況になっていた。不思議。
いつもよりずっとねちこく、執拗に、激しく、何度も何度も何度も美味しく頂かれ……私の全身は恐ろしい程の筋肉痛になり、そして腰は再び一週間程死ぬことになる。
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