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31 サイカは考える
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恋とはどんなものだろう。
愛とはどんなものだろう。
家族や友人とは違う情とは、どんな感情なのだろう。
私はまだ知らない。
「……はぁ。…何故だろうか…落ち着く。」
「…それはよかったです。」
朝日が射し込む部屋の中で、リュカ様に後ろから抱きしめられている。
ベッドの上。私の肩に顔を埋め呟くリュカ様。
たまにすん、と首筋の匂いを嗅ぐのはくすぐったいので止めてほしい。
「…お前、ずっと娼婦のままでいるつもりか…?」
「…さあ、どうなんでしょうか。…でも今のところ…ここを離れるつもりはありませんね…。
ここは、私にとって家みたいなものになってますから。」
「…家……娼館が?」
「ええ。オーナー、娼婦、お姉様たち、そしてこの娼館を支えている人たち。他の娼館はどうか分かりませんけど、この月光館にいる皆は、この店が大好きで、オーナーを慕っています。」
「…まあ、優しそうな男ではあったな。」
「ええ。でも、きっと優しいだけじゃない。
オーナーは高級娼婦も、そうでない娼婦も、お客様が全く取れない娼婦も差別しません。皆平等に食事を与え、必要な物を与えています。
お客様が取れない娼婦にはお客様を取る以外の役割を与え、それによってお給金が発生する。」
「…なる程。微々たるものだろうが、ないよりはマシだろう。」
「はい。うちに来る前に、別のお店で働いていた子が言っていました。他の大半のお店は、そういう事はしないって。お客様が取れない娼婦は店に置いてやっているだけ感謝しろ、そういう考え方だと。
食事にも差をつけて、新しいドレスも与えてもらえなくて、汚れていくものを毎日毎日着ているそうです。」
「…それでは余計、客が付かないだろうに。」
「その通りです。」
オーナーは恐らく、この世界では異質な方だ。
格差や差別の蔓延るこの世界では。
平和な日本で生きてきた私には簡単に受け入れられない差別世界。
だけどこの世界ではそれがまだ、普通ではある。
そんな中、常識的な考えを持っているオーナーは周りには変わって見えるのだろう。
「差をつけられている人がどう思うか。差別され生きている人たちがどんな気持ちでいるか、この世界の多くの人が考えないんでしょうね。
もし、自分がその立場であれば…どれだけ辛いことか、考えないんでしょうね。…だから、そういう事が出来る。」
「……。」
「でもオーナーが頑張っているお陰で、月光館は少しずつ変わったんだと思います。醜女と呼ばれる娼婦が…お客様が取れないという理由で食事を与えられなかったり、みすぼらしい格好でいさせたり…そういうのが普通であっちゃいけないって、変えたんです。…凄いことです。」
「…ああ…そう、だな。」
「そういう風に少しずつ変えて、この月光館はどの店よりもきっと雰囲気がいい店だと思っています。
働く者同士がギスギスしていなくて、皆でお店を盛り上げている。
仲間意識が、絆が強まって…一緒に暮らしていると、仲間というより家族のような、そんな気持ちなんです。」
「……そうか…。」
「だから実際にこの店を出るとなると…寂しい気持ちになりますね。
まだ、オーナーを手助けしていたい。恩は増えるばかりですから。」
「…だが…何れその時が来るだろうな…お前は。
そう考えると…何故だろうか。酷く惜しいと思う。僕は…お前と過ごす時間が存外好きなようだ。」
「…ふふ、初対面の時のリュカ様を知っているからでしょうか。
…すごく嬉しいです。」
「…!!ば、馬鹿、こっちを見て笑うな!」
「?」
「…お、お前の笑顔はこう…胸が…詰まる感じになる。息苦しくなるんだ。」
「ええと…それは…すみません?」
「別に謝ることでもない。…笑っても、いい。」
どっちだ。笑っちゃいけないのか笑っていいのかどっちなんだリュカ様。混乱するからそういうのは止めて。
「…ほら、笑え。」
「…いいんです?」
「…急に、が駄目なんだ。心の準備が出来てない時にされると困る。
今はいい。」
「…ぷ。ふふ…そうですか。」
「…それでいい。…お前の笑顔は、安心する。それに……可愛いとも、思う。」
随分気安く話せるようになったものだと思う。
リュカ様も皆と同じくかなり…超絶イケメンな人だけど…何だろう、友人のような、そんな感じで話せる。
たまにどきどきもするけど。何せ御尊顔がすこぶるいいので。
「私、リュカ様のこと好きですよ。」
「はあ!!?な、何を突然!狂ったのか!!?」
「失礼な。…初対面で色々言ったでしょう?貴方みたいな人が嫌いだって。…だから撤回します。今のリュカ様は好きです。」
「そ、そういうことか。…僕も、お前の事が気に入った。……その、好感を持った。通っていいと思うくらいには。」
「ふふ、そうですか。ありがとうございます。」
またリュカ様の方を向いて笑うと、近付いてくる顔。
そしてキスが落ちてくる。
さっき友人みたいなと言ったのは撤回しよう。こういう時はどきどきする。すごく、男の人だなと思う。
「……お前のそういう顔、好きだ。…ん。」
「…ん。」
きゅん。と胸が鳴る。嬉しい気持ちになる。
「…今後も、外の連中にその姿を見せるなよ。絶対にだ。僕と約束しろ。…あと、マティアスには僕がここに来た事を伝えるな。伝えるなら自分で伝える。いいな?」
「…はい。分かりました。」
「いい子だ。…公爵領と帝都は離れているから…すぐには来られないが。…また来てやる。」
「待ってますね。」
一緒にお風呂に入った後はリュカ様をお見送りして、私は付き人のロザンナと一緒にシーツを替えた後、一眠りする。
マティアス様にヴァレリア様、カイル様にリュカ様。
四人の事を考えると、何だか胸が温かくなる。
どきどきもして、嬉しくもなって、素敵な気持ちになる。
楽しいな、幸せだなと思う。
…こうして考えてみると…皆にちやほやされて喜んでいるのか。私は。
そう考えると…とんでもない女だと思いつつ、うとうとと迫る睡魔に身を任せた。
『彩歌はさ、好きな人とかいないの?』
『あんたのそういう話、聞かないよね。今、いいなーって思う人とかいないの?』
『うーん、いない…かな。好きになるってどんな感じ?』
『そっから!?』
『え、初恋は!?まだとか言わないよね!?』
夢を見た。学生時代の夢だ。
彼女たちと話すのは専ら恋ばなだった。
異性の話やお洒落の話、メイクやダイエットの話。それから誰それが気に入らないとか、この教師がムカつくとか、そんな話ばかりだった。
恋とはどんなものだろう。
異性を、誰かを特別好きになるとは、どんな気持ちなのだろう。
好きな人の話をする友人たちは、とても可愛いと思った。
お洒落をして、デートに着ていく服を迷って。
どうすればもっと可愛くなれるかとか、ダイエットして綺麗になりたいとか。
十分可愛いし綺麗なのに、それ以上可愛く、綺麗になってどうするの?
そんなに、“好きな人”が好きなの?
羨ましい。私も誰かを好きになってみたい。同じように、きらきらしてみたい。私も、そうなれるだろうか。
そんな夢だった。
「……ん…」
「おはよう、サイカ。よく眠っていたね?」
「……オーナー…?」
「カイル様が来ているけど…どうする?疲れているなら今日は帰ってもらおうか?」
「!!あ、すみません…もうそんな時間だったんですね…!」
「あはは、いいよいいよ。体調は平気かい?」
「全然平気です!なのでカイル様にお会いします!すぐ準備しますから…くきゅうううう…」
「あははは!お腹が空いたろう?そうだ、カイル様と一緒に食事したらどうかな。部屋に二人分用意させるよ。」
「…す、すみません…お願いします…。」
「ロザンナー!サイカの準備してー!」
「はーい!」
支度されている間鳴るわ鳴るわ腹の音。
きゅうきゅうきゅうきゅう。くるるるる。一体私の腹は何を飼っているんだ。ロザンナにもオーナーにも笑われた。恥ずかしい。
「…サイカ。」
「カイルさ…カイル!ごめんなさい、待たせちゃって…!」
「…ん、いい。…待ってる間も、サイカのこと、考える…楽しかった。」
「ありがとうございます…。」
「夕食、一緒にって、オーナー言ってた…。…サイカ、寝てて、食べれてないって。…ちゃんと食べて。…ただでさえ、細い、のに。…心配に、なる。」
「ええ。もう、お腹ぺこぺこで!…カイルと一緒に食べるの、嬉しいです!」
「…ん。…俺も、嬉しい。」
テーブルの上に用意された食事をソファーに並んで座りながらとる。
普段は一人で食事したり、大部屋で皆と食べたり。
カイル様と一緒というのは凄く新鮮だ。
「美味しいですね。」
「…ん。…いつもより、凄く、美味しく感じる…。」
「いつもはどんな料理を?」
「…基本、肉料理。訓練も、体力、使うから。」
「騎士ですもんね。」
「……今度、御前、試合ある。…サイカ、応援してて。…なら、絶対、負けないから。」
「勿論です!カイルが勝てるように、それから大きな怪我をしないようにこの部屋で応援してますね!」
「ん。…じゃあ、勝てる。」
「それじゃあ沢山食べないと。…はい、あーん。」
「!!?」
「あーん。」
「……あー……………それ、いい。すごく。」
「あ、気に入りました?」
「…ん。気に入りました。」
お互いにあーんをしながら食べる。
するのはいいけどされるのはちょっと恥ずかしいものだった。でもカイル様が可愛い。大きいカイル様があーんって言うのが可愛い。堪らん。母性が溢れる。頭よしよししたい。
「ご馳走さまでした。」
「…それ、何?…食べる時も、何か、言ってた。」
「ああ、“頂きます”と“ご馳走さま”です。」
「?」
「私のいた所では食事をとる前、とった後に言う言葉なんです。
食事って生きる糧じゃないですか。食べて飲まないと生きられない。
食材、食材を育てる人、作る人に感謝するんです。
今日もあなたたちのお陰で、生きていますって。ありがとうって。」
「……うん。……いい。それ。好き。」
「ね。」
「…ごちそうさま。ありがとう。」
廊下にロザンナを呼んでトレーにまとめた食器を持っていってもらった後、まったりと食後の紅茶を飲みながら過ごす。
「…これ、受け取って。」
「?」
「…頑張った。」
渡されたのは可愛い、ピンクの包装紙に包まれた何か。
開けても?と了承を貰い、丁寧に包装紙を取るとこれまた可愛い小箱から出てきたのは髪飾りだった。
「…わ…可愛い…!これ、カイルが?」
「…ん。…凄く、変な目で見られた、けど。別に、何も思わなかった。…サイカの、お陰。」
金色の月がモチーフになった髪飾り。
カイル様の瞳と同じ色だ。可愛い。
「…カイルが付けて下さい。」
「…俺?……どこに?」
「どこでも。でも…そうですね。カイルがよく見える場所に…耳の上辺りがいいかも。」
「ん。分かった。………よく、似合ってる。」
「可愛い髪飾りですから。…ありがとう、カイル。大事にします。
カイル、贈り物はこの髪飾りで十分だから。この髪飾りを、ずっと大切にしますね。」
「…どうして。…サイカ、喜ばせたい。……ほんとは、嬉しく…ない?」
「とんでもない!嬉しいです、すごく!
だけど、私はお嬢様じゃなくて、これまで普通に過ごしてきました。
…まあ、正直に言うと…“恐い”ですかね…。」
「…恐い…?」
慣れてしまうのが恐い。
高価な物に囲まれ、それが当たり前になってしまうのが。
人は、一度贅沢を知ってしまうと戻れないと聞いた。
質素な暮らしから贅沢な暮らしをする様になる。でも、また質素な生活をするようになると、以前まで当たり前だったその暮らしを不便と感じるようになってしまうのだとか。
「人間、身の丈に合った生活が一番だって知ってるんです。
忘れるのは少し恐い。どうします?私が、あれもこれも買ってって言い出したら。」
「…別に、いいけど。」
「いやいや、よくないですよ。それって何だか、カイルが金づるみたいじゃないですか。
そういうの、好きじゃないんです。そういう付き合いがしたいわけじゃないから。まあ…ここに来るのに大金貨一枚は支払ってくれてるんですけどね…。」
「……ん。そういうサイカが、好き。」
「ありがとう。私も、前の私より今の私の方が好きだから。
…ここで、私は本当の自分を出せてる。…やりたいように、生きたいように。……カイルとの気持ちいいセックスも、好きって言える、そんな私に。」
「……ベッド、行く?」
「うん。連れて行って。今日もいっぱい、気持ちいいセックスしよう?」
「…任せて。」
夕暮れ時。大勢の人で賑わう外の音を聞きながら私はカイル様に抱かれる。
体中を愛撫され、キスをされ、蕩けさせられカイル様を受け入れる。
手を取られ、指を絡め、長いカイルのものを一番奥まで受け入れる。
「……サイカ…すごく、気持ちいい…。」
「…あ、ん……ん、気持ちいい、ね…」
「…は、…サイカ、抱いてると、…安心、する……どきどき、してるのに、…すごく、…ほっとしてる…いつも、」
「…ふ、あ……私、も……」
切ない。何かを堪えるように、耐えている表情のカイル様。
可愛い。この表情が好きだ。大好きだ。
私の中を突きながら、快楽に耐えるこの表情が、可愛くて愛しい。
きゅんきゅんと胸が高鳴る。
「…っ、…駄目。…締めないで…。…今、入ったばかり、…勿体無い、から…。」
「…あっ、ああ……、何度でも、して、いいから…」
「…駄目……もっと、長く、…サイカの中、…サイカ、堪能したい…から、…駄目…。」
ゆっくり。ゆっくり。カイル様の形が、動きがはっきりと分かる動きで。
抉られ、奥を小さく小突かれ、ぎりぎりまで引き抜かれ、また奥まで。
気が狂いそうになる程気持ちいいセックス。
結合部からぬちゃぬちゃと響く水音。
快楽を懸命に堪えようとしている、カイル様のその切ない表情。
耳も目も、カイル様に犯されている。
可愛い。好き。大好き。愛しい。
恋とは何だろうか。
私が今、カイル様に思う気持ちは、恋ではないのだろうか。
マティアス様に感じる気持ちは、愛しいと心から思う気持ちは、恋ではないのか。
ヴァレリア様を好きと思う気持ちは、高鳴る胸は。
まだ会ったばかりのリュカ様への、可愛いと思う気持ちは。
皆、大切だと思うこの気持ちは、恋でも愛でもなく、なら何なのだろう。
家族とも、友人ともどこか違う。また違う気持ち。
自分の感情なのに、分からない。
でも、だけど。心から溢れるこの気持ちは、嫌なものじゃなく素敵なものだ。
「あ、カイル……かいるっ……好き、好き、…好きぃ…!」
「!!……うあ、…サイカ……俺も、…俺も…好き、…サイカが、好き、…特別、好き…大好き…っ、」
マティアス様も。ヴァレリア様も。カイル様も。リュカ様も。
好きだ。大好きだ。守りたい。守ってあげたい。幸せにしたい。幸せになってほしい。皆愛しい。
こんなの変だ。好きは一人じゃない?それってありなのだろうか。
でも好きだ。これは恋なのだろうか。何なのだろうか。
答えが出ないままカイル様にしがみつき、譫言のようにお互い好きだ好きだと言い続ける。
カイル、サイカ、好き、大好き。
だけど不思議と、胸が満たされる。嬉しくて堪らない気持ちになる。
「…幸せ…」
あり得ないほどの幸せを、その時の私は感じていた。
愛とはどんなものだろう。
家族や友人とは違う情とは、どんな感情なのだろう。
私はまだ知らない。
「……はぁ。…何故だろうか…落ち着く。」
「…それはよかったです。」
朝日が射し込む部屋の中で、リュカ様に後ろから抱きしめられている。
ベッドの上。私の肩に顔を埋め呟くリュカ様。
たまにすん、と首筋の匂いを嗅ぐのはくすぐったいので止めてほしい。
「…お前、ずっと娼婦のままでいるつもりか…?」
「…さあ、どうなんでしょうか。…でも今のところ…ここを離れるつもりはありませんね…。
ここは、私にとって家みたいなものになってますから。」
「…家……娼館が?」
「ええ。オーナー、娼婦、お姉様たち、そしてこの娼館を支えている人たち。他の娼館はどうか分かりませんけど、この月光館にいる皆は、この店が大好きで、オーナーを慕っています。」
「…まあ、優しそうな男ではあったな。」
「ええ。でも、きっと優しいだけじゃない。
オーナーは高級娼婦も、そうでない娼婦も、お客様が全く取れない娼婦も差別しません。皆平等に食事を与え、必要な物を与えています。
お客様が取れない娼婦にはお客様を取る以外の役割を与え、それによってお給金が発生する。」
「…なる程。微々たるものだろうが、ないよりはマシだろう。」
「はい。うちに来る前に、別のお店で働いていた子が言っていました。他の大半のお店は、そういう事はしないって。お客様が取れない娼婦は店に置いてやっているだけ感謝しろ、そういう考え方だと。
食事にも差をつけて、新しいドレスも与えてもらえなくて、汚れていくものを毎日毎日着ているそうです。」
「…それでは余計、客が付かないだろうに。」
「その通りです。」
オーナーは恐らく、この世界では異質な方だ。
格差や差別の蔓延るこの世界では。
平和な日本で生きてきた私には簡単に受け入れられない差別世界。
だけどこの世界ではそれがまだ、普通ではある。
そんな中、常識的な考えを持っているオーナーは周りには変わって見えるのだろう。
「差をつけられている人がどう思うか。差別され生きている人たちがどんな気持ちでいるか、この世界の多くの人が考えないんでしょうね。
もし、自分がその立場であれば…どれだけ辛いことか、考えないんでしょうね。…だから、そういう事が出来る。」
「……。」
「でもオーナーが頑張っているお陰で、月光館は少しずつ変わったんだと思います。醜女と呼ばれる娼婦が…お客様が取れないという理由で食事を与えられなかったり、みすぼらしい格好でいさせたり…そういうのが普通であっちゃいけないって、変えたんです。…凄いことです。」
「…ああ…そう、だな。」
「そういう風に少しずつ変えて、この月光館はどの店よりもきっと雰囲気がいい店だと思っています。
働く者同士がギスギスしていなくて、皆でお店を盛り上げている。
仲間意識が、絆が強まって…一緒に暮らしていると、仲間というより家族のような、そんな気持ちなんです。」
「……そうか…。」
「だから実際にこの店を出るとなると…寂しい気持ちになりますね。
まだ、オーナーを手助けしていたい。恩は増えるばかりですから。」
「…だが…何れその時が来るだろうな…お前は。
そう考えると…何故だろうか。酷く惜しいと思う。僕は…お前と過ごす時間が存外好きなようだ。」
「…ふふ、初対面の時のリュカ様を知っているからでしょうか。
…すごく嬉しいです。」
「…!!ば、馬鹿、こっちを見て笑うな!」
「?」
「…お、お前の笑顔はこう…胸が…詰まる感じになる。息苦しくなるんだ。」
「ええと…それは…すみません?」
「別に謝ることでもない。…笑っても、いい。」
どっちだ。笑っちゃいけないのか笑っていいのかどっちなんだリュカ様。混乱するからそういうのは止めて。
「…ほら、笑え。」
「…いいんです?」
「…急に、が駄目なんだ。心の準備が出来てない時にされると困る。
今はいい。」
「…ぷ。ふふ…そうですか。」
「…それでいい。…お前の笑顔は、安心する。それに……可愛いとも、思う。」
随分気安く話せるようになったものだと思う。
リュカ様も皆と同じくかなり…超絶イケメンな人だけど…何だろう、友人のような、そんな感じで話せる。
たまにどきどきもするけど。何せ御尊顔がすこぶるいいので。
「私、リュカ様のこと好きですよ。」
「はあ!!?な、何を突然!狂ったのか!!?」
「失礼な。…初対面で色々言ったでしょう?貴方みたいな人が嫌いだって。…だから撤回します。今のリュカ様は好きです。」
「そ、そういうことか。…僕も、お前の事が気に入った。……その、好感を持った。通っていいと思うくらいには。」
「ふふ、そうですか。ありがとうございます。」
またリュカ様の方を向いて笑うと、近付いてくる顔。
そしてキスが落ちてくる。
さっき友人みたいなと言ったのは撤回しよう。こういう時はどきどきする。すごく、男の人だなと思う。
「……お前のそういう顔、好きだ。…ん。」
「…ん。」
きゅん。と胸が鳴る。嬉しい気持ちになる。
「…今後も、外の連中にその姿を見せるなよ。絶対にだ。僕と約束しろ。…あと、マティアスには僕がここに来た事を伝えるな。伝えるなら自分で伝える。いいな?」
「…はい。分かりました。」
「いい子だ。…公爵領と帝都は離れているから…すぐには来られないが。…また来てやる。」
「待ってますね。」
一緒にお風呂に入った後はリュカ様をお見送りして、私は付き人のロザンナと一緒にシーツを替えた後、一眠りする。
マティアス様にヴァレリア様、カイル様にリュカ様。
四人の事を考えると、何だか胸が温かくなる。
どきどきもして、嬉しくもなって、素敵な気持ちになる。
楽しいな、幸せだなと思う。
…こうして考えてみると…皆にちやほやされて喜んでいるのか。私は。
そう考えると…とんでもない女だと思いつつ、うとうとと迫る睡魔に身を任せた。
『彩歌はさ、好きな人とかいないの?』
『あんたのそういう話、聞かないよね。今、いいなーって思う人とかいないの?』
『うーん、いない…かな。好きになるってどんな感じ?』
『そっから!?』
『え、初恋は!?まだとか言わないよね!?』
夢を見た。学生時代の夢だ。
彼女たちと話すのは専ら恋ばなだった。
異性の話やお洒落の話、メイクやダイエットの話。それから誰それが気に入らないとか、この教師がムカつくとか、そんな話ばかりだった。
恋とはどんなものだろう。
異性を、誰かを特別好きになるとは、どんな気持ちなのだろう。
好きな人の話をする友人たちは、とても可愛いと思った。
お洒落をして、デートに着ていく服を迷って。
どうすればもっと可愛くなれるかとか、ダイエットして綺麗になりたいとか。
十分可愛いし綺麗なのに、それ以上可愛く、綺麗になってどうするの?
そんなに、“好きな人”が好きなの?
羨ましい。私も誰かを好きになってみたい。同じように、きらきらしてみたい。私も、そうなれるだろうか。
そんな夢だった。
「……ん…」
「おはよう、サイカ。よく眠っていたね?」
「……オーナー…?」
「カイル様が来ているけど…どうする?疲れているなら今日は帰ってもらおうか?」
「!!あ、すみません…もうそんな時間だったんですね…!」
「あはは、いいよいいよ。体調は平気かい?」
「全然平気です!なのでカイル様にお会いします!すぐ準備しますから…くきゅうううう…」
「あははは!お腹が空いたろう?そうだ、カイル様と一緒に食事したらどうかな。部屋に二人分用意させるよ。」
「…す、すみません…お願いします…。」
「ロザンナー!サイカの準備してー!」
「はーい!」
支度されている間鳴るわ鳴るわ腹の音。
きゅうきゅうきゅうきゅう。くるるるる。一体私の腹は何を飼っているんだ。ロザンナにもオーナーにも笑われた。恥ずかしい。
「…サイカ。」
「カイルさ…カイル!ごめんなさい、待たせちゃって…!」
「…ん、いい。…待ってる間も、サイカのこと、考える…楽しかった。」
「ありがとうございます…。」
「夕食、一緒にって、オーナー言ってた…。…サイカ、寝てて、食べれてないって。…ちゃんと食べて。…ただでさえ、細い、のに。…心配に、なる。」
「ええ。もう、お腹ぺこぺこで!…カイルと一緒に食べるの、嬉しいです!」
「…ん。…俺も、嬉しい。」
テーブルの上に用意された食事をソファーに並んで座りながらとる。
普段は一人で食事したり、大部屋で皆と食べたり。
カイル様と一緒というのは凄く新鮮だ。
「美味しいですね。」
「…ん。…いつもより、凄く、美味しく感じる…。」
「いつもはどんな料理を?」
「…基本、肉料理。訓練も、体力、使うから。」
「騎士ですもんね。」
「……今度、御前、試合ある。…サイカ、応援してて。…なら、絶対、負けないから。」
「勿論です!カイルが勝てるように、それから大きな怪我をしないようにこの部屋で応援してますね!」
「ん。…じゃあ、勝てる。」
「それじゃあ沢山食べないと。…はい、あーん。」
「!!?」
「あーん。」
「……あー……………それ、いい。すごく。」
「あ、気に入りました?」
「…ん。気に入りました。」
お互いにあーんをしながら食べる。
するのはいいけどされるのはちょっと恥ずかしいものだった。でもカイル様が可愛い。大きいカイル様があーんって言うのが可愛い。堪らん。母性が溢れる。頭よしよししたい。
「ご馳走さまでした。」
「…それ、何?…食べる時も、何か、言ってた。」
「ああ、“頂きます”と“ご馳走さま”です。」
「?」
「私のいた所では食事をとる前、とった後に言う言葉なんです。
食事って生きる糧じゃないですか。食べて飲まないと生きられない。
食材、食材を育てる人、作る人に感謝するんです。
今日もあなたたちのお陰で、生きていますって。ありがとうって。」
「……うん。……いい。それ。好き。」
「ね。」
「…ごちそうさま。ありがとう。」
廊下にロザンナを呼んでトレーにまとめた食器を持っていってもらった後、まったりと食後の紅茶を飲みながら過ごす。
「…これ、受け取って。」
「?」
「…頑張った。」
渡されたのは可愛い、ピンクの包装紙に包まれた何か。
開けても?と了承を貰い、丁寧に包装紙を取るとこれまた可愛い小箱から出てきたのは髪飾りだった。
「…わ…可愛い…!これ、カイルが?」
「…ん。…凄く、変な目で見られた、けど。別に、何も思わなかった。…サイカの、お陰。」
金色の月がモチーフになった髪飾り。
カイル様の瞳と同じ色だ。可愛い。
「…カイルが付けて下さい。」
「…俺?……どこに?」
「どこでも。でも…そうですね。カイルがよく見える場所に…耳の上辺りがいいかも。」
「ん。分かった。………よく、似合ってる。」
「可愛い髪飾りですから。…ありがとう、カイル。大事にします。
カイル、贈り物はこの髪飾りで十分だから。この髪飾りを、ずっと大切にしますね。」
「…どうして。…サイカ、喜ばせたい。……ほんとは、嬉しく…ない?」
「とんでもない!嬉しいです、すごく!
だけど、私はお嬢様じゃなくて、これまで普通に過ごしてきました。
…まあ、正直に言うと…“恐い”ですかね…。」
「…恐い…?」
慣れてしまうのが恐い。
高価な物に囲まれ、それが当たり前になってしまうのが。
人は、一度贅沢を知ってしまうと戻れないと聞いた。
質素な暮らしから贅沢な暮らしをする様になる。でも、また質素な生活をするようになると、以前まで当たり前だったその暮らしを不便と感じるようになってしまうのだとか。
「人間、身の丈に合った生活が一番だって知ってるんです。
忘れるのは少し恐い。どうします?私が、あれもこれも買ってって言い出したら。」
「…別に、いいけど。」
「いやいや、よくないですよ。それって何だか、カイルが金づるみたいじゃないですか。
そういうの、好きじゃないんです。そういう付き合いがしたいわけじゃないから。まあ…ここに来るのに大金貨一枚は支払ってくれてるんですけどね…。」
「……ん。そういうサイカが、好き。」
「ありがとう。私も、前の私より今の私の方が好きだから。
…ここで、私は本当の自分を出せてる。…やりたいように、生きたいように。……カイルとの気持ちいいセックスも、好きって言える、そんな私に。」
「……ベッド、行く?」
「うん。連れて行って。今日もいっぱい、気持ちいいセックスしよう?」
「…任せて。」
夕暮れ時。大勢の人で賑わう外の音を聞きながら私はカイル様に抱かれる。
体中を愛撫され、キスをされ、蕩けさせられカイル様を受け入れる。
手を取られ、指を絡め、長いカイルのものを一番奥まで受け入れる。
「……サイカ…すごく、気持ちいい…。」
「…あ、ん……ん、気持ちいい、ね…」
「…は、…サイカ、抱いてると、…安心、する……どきどき、してるのに、…すごく、…ほっとしてる…いつも、」
「…ふ、あ……私、も……」
切ない。何かを堪えるように、耐えている表情のカイル様。
可愛い。この表情が好きだ。大好きだ。
私の中を突きながら、快楽に耐えるこの表情が、可愛くて愛しい。
きゅんきゅんと胸が高鳴る。
「…っ、…駄目。…締めないで…。…今、入ったばかり、…勿体無い、から…。」
「…あっ、ああ……、何度でも、して、いいから…」
「…駄目……もっと、長く、…サイカの中、…サイカ、堪能したい…から、…駄目…。」
ゆっくり。ゆっくり。カイル様の形が、動きがはっきりと分かる動きで。
抉られ、奥を小さく小突かれ、ぎりぎりまで引き抜かれ、また奥まで。
気が狂いそうになる程気持ちいいセックス。
結合部からぬちゃぬちゃと響く水音。
快楽を懸命に堪えようとしている、カイル様のその切ない表情。
耳も目も、カイル様に犯されている。
可愛い。好き。大好き。愛しい。
恋とは何だろうか。
私が今、カイル様に思う気持ちは、恋ではないのだろうか。
マティアス様に感じる気持ちは、愛しいと心から思う気持ちは、恋ではないのか。
ヴァレリア様を好きと思う気持ちは、高鳴る胸は。
まだ会ったばかりのリュカ様への、可愛いと思う気持ちは。
皆、大切だと思うこの気持ちは、恋でも愛でもなく、なら何なのだろう。
家族とも、友人ともどこか違う。また違う気持ち。
自分の感情なのに、分からない。
でも、だけど。心から溢れるこの気持ちは、嫌なものじゃなく素敵なものだ。
「あ、カイル……かいるっ……好き、好き、…好きぃ…!」
「!!……うあ、…サイカ……俺も、…俺も…好き、…サイカが、好き、…特別、好き…大好き…っ、」
マティアス様も。ヴァレリア様も。カイル様も。リュカ様も。
好きだ。大好きだ。守りたい。守ってあげたい。幸せにしたい。幸せになってほしい。皆愛しい。
こんなの変だ。好きは一人じゃない?それってありなのだろうか。
でも好きだ。これは恋なのだろうか。何なのだろうか。
答えが出ないままカイル様にしがみつき、譫言のようにお互い好きだ好きだと言い続ける。
カイル、サイカ、好き、大好き。
だけど不思議と、胸が満たされる。嬉しくて堪らない気持ちになる。
「…幸せ…」
あり得ないほどの幸せを、その時の私は感じていた。
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