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4 マティアス②
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「お帰りなさいませ、陛下。」
「……ああ…」
「…湯殿へ行かれますか?」
「……ああ…いや、入ってきたからいい。」
夢のような一時だった。
美しい女神に愛され俺という醜い存在を許された幸福な時間だった。
「…爺。」
「はい。」
「…女神がいたんだ。」
「…はい?」
月光館の最上階には女神がいる。
女神の世界は優しい世界だった。
醜い俺を嫌悪感を示す所か寧ろ愛らしい笑顔で受け入れてくれ、傷付いていた心も体も癒してくれた。
「…彼女は…サイカは嫌な顔一つせず俺を受け入れて…。
言葉や態度…全てで俺を癒してくれた…。」
「…それはそれは…ようございましたね…!」
「ああ。サイカは容姿も美しいだけじゃなく、心まで美しい女性だった。
…醜い俺を好ましいと言ってくれた。抱き締めて…嘘ではないと言ってくれた…。」
「…なんと…!その女性は見る目がございますね!陛下は素晴らしいお方です!分かって下さる方は分かって下さいますとも!」
「…ああ…そうだな…。」
サイカとのセックスは今まで経験した事のない気持ち良さだった。
初めてのセックスも、ルシアとの初夜も苦痛しかなく、快楽を感じる事も出来なかったというのに、サイカとのセックスは真逆で快楽を堪える事に必死だった。
あれが本当のセックスなのだとすれば、ルシアがライズとの行為に夢中になるのも分かる。
俺もサイカとなら一晩中してもしたりないくらいだろう。それは昨日思い知った。
長い時間サイカと交わっていたが少しも萎える事はなく、何度出しても足りず、離れる時は名残惜しいくらいだった。
あの細い体に似合わず肉厚な膣は常にぐねぐねと動き、俺のモノを優しく包み吸い付きながら射精を促してくる。
あれが名器というのかもしれない。更には体も最高なのにあの愛らしい性格…。
理性を失わない様にと必死に堪えているのに、その理性を根刮ぎ崩しにかかっている。
舌足らずで名を呼ばれ、可愛くもいやらしい言葉で煽ってくる。
気持ちのいい体と甘い言葉が脳を溶かしていき、体だけでなく心まで満たされた最高の一時。
終わってみれば俺はもう彼女の虜になっていた。
「爺、仕事をする。今日は気分がいいんだ。」
「はは、やる気がみなぎっておりますね。」
「ああ。どうやら俺も単純な男だったらしい。
サイカがこの国にいる。つまり俺の仕事はサイカの幸せにも繋がっているという事。
そう考えると俄然やる気が出る。」
「左様でございますね。陛下が嬉しそうですと私も嬉しくなります。」
「ありがとう、爺。」
娼館が閉まる時間までサイカと愛し合った。
あの部屋を出なければならないぎりぎりまで、俺とサイカは繋がったままだった。
帰る為に体を洗っているその瞬間も、俺はサイカを自分の上に座らせたまま。サイカの中に俺を埋めたまま最後の最後まで離れる事を惜しんだ。
このまま時が止まってしまえばいいのにと、そんな気持ちを無視するかの様に、時間は過ぎていく。
渋々サイカの中から自分のモノを抜けば…とろとろと水のような精液に続きどろりと質を増した精液がサイカの中から溢れ出す。
何とも官能的な光景にまた興奮したがもうサイカと交わる時間が無い事が悔やまれた。
バスルームでサイカの体を丹念に洗い、力なくぐったりと俺にもたれ掛かるサイカを抱き抱えベッドに下ろす。
シーツは精液や愛液、汗に唾液と色んなもので湿っていて元のサラサラとした肌触りには程遠かった。
「…名残惜しいな…。サイカ、また近い内に必ず来る。」
本音を言えば持ち帰りたかった。
あのままサイカを身請けして自分のモノに…欲を言えば妻にしたいという気持ちが切々と沸いたが現段階でそれは出来そうにない。
何事にも準備が必要だからだ。
サイカの部屋を出てから俺はまずキリムに会いに行き、残りの白金貨三枚を支払う。
俺が昼前までサイカの部屋にいたという事実にキリムは驚きを隠せない表情で、それが何とも愉快な顔だった。
「…その様子ですと…楽しんで頂けたのですね。」
「ああ…最高の一時だった。サイカは俺を嫌がらず…寧ろ可愛い事ばかり言ってくれる…。」
「…それは何よりでした…。」
「白金貨五枚でも足りないくらいだ。
…キリム、相談したい事がある。」
既にサイカの虜になっていた俺は、水揚げが済んだサイカが今後他の男を相手するというその現実に激しい嫉妬すら感じていた。
あの何処もかしこも美しく気持ちのいい体を、あのとんでもなく愛らしい言葉を他の男にも、あの至福とも呼べる時間を他の男も味わうと思うと苛々とする。
相談事とはつまり、金はいくらでも支払うのでサイカを俺専用にして欲しいという事だ。
今まで何の趣味も楽しみもなかった故に金は腐る程ある。
無理な事を相談しているのは分かっていた。
断られるというのも勿論分かっている。
けれどもう、一度芽吹いたこの思いを止められそうにはなかった。
断られる前提として相談をしてみたが結果は予想通り。
「……それは…出来かねます。」
「…まあ、そう言うと思ったが。
なら、一つ提案だ。サイカの値段は最低でも大金貨一枚としてほしい。」
「…大金貨…!?高級娼婦の相場は金貨一枚ですよ!?」
「サイカ程の美女が相手になるんだ。何か問題があるか?
サイカはどの高級娼婦とも違う…見目も勿論だがその性格も非常に愛らしく好ましい。
きっと一度サイカに会えばどの男も虜になる。
俺がそうなんだ。」
「……。」
「最初のハードルは高いかも知れない。だが一度サイカを相手すればまたサイカに相手をして欲しいと思うだろう。
サイカを只の高級娼婦ではなく、その上をいく存在にしろ。大金以上の金を注ぎ込む、その価値がある女だ。」
打算に満ちた提案ではあったがキリムは確かに…と提案をのんだ。
サイカの値段は高級娼婦の相場よりうんと高く。
その結果、限られた相手しかサイカを買う事は出来ない。
最低でも大金貨一枚。
この金額はそれこそ一般の男がサイカを買うとなれば長い間…もしかしたら一生に近い間金を貯めなければならないし、下位の貴族も二の足を踏むくらいには高い。下手をすれば破産する。
つまり今後、サイカを買える男は高位の爵位…それも金に余裕がある貴族か成功している商人、職人、そして俺くらいしかいないという事になる。
大勢の男にサイカを共有させるつもりはない。
店の売り上げに関わるというなら俺がサイカの分を出してもいい。
そう思っているとキリムも俺の案のような事を少なからず考えていた様子だった。
「あの美貌ですからね。…サイカの値段は通常通りにするつもりはなかったんです。」
サイカのまるで女神のような美貌を考えると、当然でもある。
こうして一週間後またサイカの予約をちゃっかり入れておいた俺はふわふわとした気持ちで王宮に帰って来たわけだ。
「一週間後が今から楽しみだ…。」
それまでにやれるだけ政務をやっておかなければ。
長くサイカと時間が取れるように。
決して仕事は疎かにしない。サイカがこの国にいる以上、サイカは俺の民。
サイカが飢える事のないように、安定した生活が送れるようにしたい。
俺の見目で判断し嫌悪感を示す者たち、冷やかに笑い蔑む者たちの為に身を粉にして政務をするなら、俺を癒してくれたサイカの為にしたい。
そう思うと今までただやらねばと、淡々とした気持ちでこなしていた政務もかなりやる気が出た。やる気が出たというか、遣り甲斐しかない。単純な男だと思いつつも悪い気は全くしなかった。
一週間、いつも以上に仕事は捗った。
一つも億劫になる事はなく、次々と山になっていた書面を片付けていっても心は穏やか…寧ろわくわくと昂っていた。
ルシアがライズと一晩過ごそうが父や母が変わらず互いを慰めていようが、臣下たちの馬鹿にした様な笑みにも鬱々する事なく。
「月光館へ行く。」
「ふふ、はい。承知致しました。お帰りは明日の昼前で?」
「あ、ああ!そのつもりだ。」
この一週間、サイカに会える楽しみでいっぱいだった。
目を閉じなくとも鮮明に思い出せる。
あの女神のような女を。
慌てた顔も、笑顔も、赤くなった顔も…淫らで美しい表情もそして綺麗で柔らかい、気持ちいい体も全て。
机の引き出しからリボンの付いた小さな箱を取り出す。
俺の瞳と似た色をしたサファイアのネックレスはサイカの為に選んだ物。
「…プレゼントは喜んでくれるだろうか…」
「きっと喜んでくれますとも!
何せ陛下自ら選んだ物ですから!」
「はは。そうだといいが…。」
誰かに自ら選んだ物を贈るのは初めてだった。
両親にもルシアにもない。ルシアはルシアで商人が持って来た物を自分で吟味し好きなだけ購入しているし俺がサイカに物を贈ったとしても何も思わないだろうし何も言わないだろう。
娼館へ行く事も、誰にも咎める権利はない。
いや、寧ろ暗黙の了解と言っていい。
側妃にも相手にされない可哀想な男だから、娼館くらいで何かを言ってくる者もいない。
今まで苦しい事ばかりだった。それを必死に耐えて来たんだ。好きにさせてもらっても構わないだろう。
前回直ぐに帰ることになるだろうという予測に反して昼前まで護衛を待たせてしまったので、今回は花街の入り口で護衛を帰し、迎えは前回同様、昼前とした。
「ああ、陛…いらっしゃいませ、お客様。」
「ああ。…サイカは?」
「部屋でお待ちしていますよ。
サイカの部屋に行きながら…少し話しましょう。
サイカの今後についてです。」
「?」
最上階にあるサイカの部屋へ向かいながら、俺はキリムの話を聞く。
サイカの今後の話とは何だろうかと、サイカの事になると小さな事でも知っておきたい。
誰かの事が気になって仕方ないもの初めてのことだった。
「まあ、詳しい事は直接サイカに聞いた方がいいと思いますが…。
サイカは今後、陛下の様なお客様専用の高級娼婦になります。」
「……は?」
俺の様な…?
俺の様なというと……
「醜い容姿を持つ者か。」
「ええ。陛下と過ごしてから、サイカに相談されました。
…驚きはしましたけど、本人が熱く希望したのでそれでもいいかと。」
「………。」
「陛下の前で大変無礼ですけど…所謂、“醜い”お客様は大概どこの店でも門前払いされます。」
「ああ。知っている。」
「はい。…陛下もご存じだと思いますが…大金を出して運よく娼館に入れたとしても最後まで相手をされるかと言えばそうではありませんよね。
そういった場合は勿論、花街のルールに従って、頂いたお金は返しています。
けれど“醜い”お客様は一般のお客様以上のお金を用意してくれているのも事実です。」
「…まあ、そうだな。自分の容姿を分かっているなら、花街に行くのに大金を用意する。」
「そうです。“醜い”お客様を門前払いするのは相手が出来る娼婦がいないからです。
娼婦の中にも色々います。美人も普通も…勿論醜い娼婦も。色んな理由で娼婦になっていますが…醜い娼婦はお客様が選ばない。そうなるとただのお荷物扱いで冷遇する娼館が多い。“醜い”娼婦が“醜い”お客様を相手するのはそういう止む終えない事情があって、そうでなければ違うんです。」
「お前は清々しい程はっきり物を言うな。」
「ご不快でしたら申し訳ありません。
ですが…嫌々相手をした娼婦たちが儚くなるのを何度も見てきていますので…。」
「別に不快ではない。言っただろう?逆に好感が持てると。…取り繕われるより余程いい。」
初めての相手になった娼婦も醜い部類の女だった。
客を取れず店にとって“お荷物”となった娼婦が止む終えず俺の相手をしてくれた。
快くではなく、嫌々といった様子だったのは今でも思い出せる。
だが逆を言えば俺も態々大金を出して女を買ったんだ。
醜い娼婦ではなくせめて普通がよかったし、お互い様と言えたのではないか。
「ありがとうございます。
…それで…ええと、話を戻しましょうか。
サイカに相談され、改めて考えたんです。
“醜い”お客様は大金を落として下さる。でも今まで相手がいないからその大金はお客様に返してきた。
店にとってはプラスにもマイナスにもならなかったけれど、今後、うちでサイカが“醜い”お客様の相手をするようになれば…」
「プラスになるな。」
「その通りです。何より驚くべき事にサイカが嫌悪していない。
…陛下。陛下の相手をしたサイカの言葉を聞きたいですか?」
「……ああ。聞きたい。悪く言われていようと、サイカがどう思っているか…気になる。」
「ははは…申し訳ありません。悪い事ではないんです。意地の悪い事を申しました。」
「?」
「サイカはね、こう言ったんですよ。
“マティアス様が初めてのお客様でよかった。マティアス様は素晴らしい男性でした。”って。」
「!!」
「本当、サイカは容姿も何もかも…規格外の娘です。
…さ、部屋に着きました。本日も存分にお楽しみ下さい。この部屋のとびきりの美女が…貴方様をお待ちです。」
初めてこの部屋の前に立った時とはまた違う意味で緊張する。
先程キリムが言ったサイカの言葉は本当に?本心か?
そうであったならこれ程嬉しい事はない。
そうであったなら、サイカは本当に女神ではないか。
まるで俺たちのような醜い容姿を持ち苦しんでいる者の為に存在する、尊い女神ではないか。
嘘ではないのか。騙されているのではないか。
所詮金が全ての関係だ。いいように利用されているのではないか。
サイカは優しい娘だ。本心でなくとも、俺を気遣ってそう言ってくれたのかも知れない。
だが、それでもいいと思う。
騙されてもいい。サイカになら。
馬鹿な男になってもいい。
信じて馬鹿を見る事になろうと、その間に得られるあの甘い幸せに浸れるのなら、それでもいいと思う。
けれどもし。もしも。サイカの言葉が真実本心であるなら。
「!!マティアス様…!お待ちしておりました…!」
「サイカ…!」
嬉しそうな笑顔で抱き付くサイカを受け止める。
この笑顔が偽りだと到底思えない。
愛らしく頬を染めて俺を呼ぶサイカが全て、嘘だとは思えない。
もしかしたら、もしかして。と都合のいい考えがずっと頭を過っている。
もしもサイカの言葉が、真実本心であるのなら。
俺はもう、この温もりを手離せそうにない。
「……ああ…」
「…湯殿へ行かれますか?」
「……ああ…いや、入ってきたからいい。」
夢のような一時だった。
美しい女神に愛され俺という醜い存在を許された幸福な時間だった。
「…爺。」
「はい。」
「…女神がいたんだ。」
「…はい?」
月光館の最上階には女神がいる。
女神の世界は優しい世界だった。
醜い俺を嫌悪感を示す所か寧ろ愛らしい笑顔で受け入れてくれ、傷付いていた心も体も癒してくれた。
「…彼女は…サイカは嫌な顔一つせず俺を受け入れて…。
言葉や態度…全てで俺を癒してくれた…。」
「…それはそれは…ようございましたね…!」
「ああ。サイカは容姿も美しいだけじゃなく、心まで美しい女性だった。
…醜い俺を好ましいと言ってくれた。抱き締めて…嘘ではないと言ってくれた…。」
「…なんと…!その女性は見る目がございますね!陛下は素晴らしいお方です!分かって下さる方は分かって下さいますとも!」
「…ああ…そうだな…。」
サイカとのセックスは今まで経験した事のない気持ち良さだった。
初めてのセックスも、ルシアとの初夜も苦痛しかなく、快楽を感じる事も出来なかったというのに、サイカとのセックスは真逆で快楽を堪える事に必死だった。
あれが本当のセックスなのだとすれば、ルシアがライズとの行為に夢中になるのも分かる。
俺もサイカとなら一晩中してもしたりないくらいだろう。それは昨日思い知った。
長い時間サイカと交わっていたが少しも萎える事はなく、何度出しても足りず、離れる時は名残惜しいくらいだった。
あの細い体に似合わず肉厚な膣は常にぐねぐねと動き、俺のモノを優しく包み吸い付きながら射精を促してくる。
あれが名器というのかもしれない。更には体も最高なのにあの愛らしい性格…。
理性を失わない様にと必死に堪えているのに、その理性を根刮ぎ崩しにかかっている。
舌足らずで名を呼ばれ、可愛くもいやらしい言葉で煽ってくる。
気持ちのいい体と甘い言葉が脳を溶かしていき、体だけでなく心まで満たされた最高の一時。
終わってみれば俺はもう彼女の虜になっていた。
「爺、仕事をする。今日は気分がいいんだ。」
「はは、やる気がみなぎっておりますね。」
「ああ。どうやら俺も単純な男だったらしい。
サイカがこの国にいる。つまり俺の仕事はサイカの幸せにも繋がっているという事。
そう考えると俄然やる気が出る。」
「左様でございますね。陛下が嬉しそうですと私も嬉しくなります。」
「ありがとう、爺。」
娼館が閉まる時間までサイカと愛し合った。
あの部屋を出なければならないぎりぎりまで、俺とサイカは繋がったままだった。
帰る為に体を洗っているその瞬間も、俺はサイカを自分の上に座らせたまま。サイカの中に俺を埋めたまま最後の最後まで離れる事を惜しんだ。
このまま時が止まってしまえばいいのにと、そんな気持ちを無視するかの様に、時間は過ぎていく。
渋々サイカの中から自分のモノを抜けば…とろとろと水のような精液に続きどろりと質を増した精液がサイカの中から溢れ出す。
何とも官能的な光景にまた興奮したがもうサイカと交わる時間が無い事が悔やまれた。
バスルームでサイカの体を丹念に洗い、力なくぐったりと俺にもたれ掛かるサイカを抱き抱えベッドに下ろす。
シーツは精液や愛液、汗に唾液と色んなもので湿っていて元のサラサラとした肌触りには程遠かった。
「…名残惜しいな…。サイカ、また近い内に必ず来る。」
本音を言えば持ち帰りたかった。
あのままサイカを身請けして自分のモノに…欲を言えば妻にしたいという気持ちが切々と沸いたが現段階でそれは出来そうにない。
何事にも準備が必要だからだ。
サイカの部屋を出てから俺はまずキリムに会いに行き、残りの白金貨三枚を支払う。
俺が昼前までサイカの部屋にいたという事実にキリムは驚きを隠せない表情で、それが何とも愉快な顔だった。
「…その様子ですと…楽しんで頂けたのですね。」
「ああ…最高の一時だった。サイカは俺を嫌がらず…寧ろ可愛い事ばかり言ってくれる…。」
「…それは何よりでした…。」
「白金貨五枚でも足りないくらいだ。
…キリム、相談したい事がある。」
既にサイカの虜になっていた俺は、水揚げが済んだサイカが今後他の男を相手するというその現実に激しい嫉妬すら感じていた。
あの何処もかしこも美しく気持ちのいい体を、あのとんでもなく愛らしい言葉を他の男にも、あの至福とも呼べる時間を他の男も味わうと思うと苛々とする。
相談事とはつまり、金はいくらでも支払うのでサイカを俺専用にして欲しいという事だ。
今まで何の趣味も楽しみもなかった故に金は腐る程ある。
無理な事を相談しているのは分かっていた。
断られるというのも勿論分かっている。
けれどもう、一度芽吹いたこの思いを止められそうにはなかった。
断られる前提として相談をしてみたが結果は予想通り。
「……それは…出来かねます。」
「…まあ、そう言うと思ったが。
なら、一つ提案だ。サイカの値段は最低でも大金貨一枚としてほしい。」
「…大金貨…!?高級娼婦の相場は金貨一枚ですよ!?」
「サイカ程の美女が相手になるんだ。何か問題があるか?
サイカはどの高級娼婦とも違う…見目も勿論だがその性格も非常に愛らしく好ましい。
きっと一度サイカに会えばどの男も虜になる。
俺がそうなんだ。」
「……。」
「最初のハードルは高いかも知れない。だが一度サイカを相手すればまたサイカに相手をして欲しいと思うだろう。
サイカを只の高級娼婦ではなく、その上をいく存在にしろ。大金以上の金を注ぎ込む、その価値がある女だ。」
打算に満ちた提案ではあったがキリムは確かに…と提案をのんだ。
サイカの値段は高級娼婦の相場よりうんと高く。
その結果、限られた相手しかサイカを買う事は出来ない。
最低でも大金貨一枚。
この金額はそれこそ一般の男がサイカを買うとなれば長い間…もしかしたら一生に近い間金を貯めなければならないし、下位の貴族も二の足を踏むくらいには高い。下手をすれば破産する。
つまり今後、サイカを買える男は高位の爵位…それも金に余裕がある貴族か成功している商人、職人、そして俺くらいしかいないという事になる。
大勢の男にサイカを共有させるつもりはない。
店の売り上げに関わるというなら俺がサイカの分を出してもいい。
そう思っているとキリムも俺の案のような事を少なからず考えていた様子だった。
「あの美貌ですからね。…サイカの値段は通常通りにするつもりはなかったんです。」
サイカのまるで女神のような美貌を考えると、当然でもある。
こうして一週間後またサイカの予約をちゃっかり入れておいた俺はふわふわとした気持ちで王宮に帰って来たわけだ。
「一週間後が今から楽しみだ…。」
それまでにやれるだけ政務をやっておかなければ。
長くサイカと時間が取れるように。
決して仕事は疎かにしない。サイカがこの国にいる以上、サイカは俺の民。
サイカが飢える事のないように、安定した生活が送れるようにしたい。
俺の見目で判断し嫌悪感を示す者たち、冷やかに笑い蔑む者たちの為に身を粉にして政務をするなら、俺を癒してくれたサイカの為にしたい。
そう思うと今までただやらねばと、淡々とした気持ちでこなしていた政務もかなりやる気が出た。やる気が出たというか、遣り甲斐しかない。単純な男だと思いつつも悪い気は全くしなかった。
一週間、いつも以上に仕事は捗った。
一つも億劫になる事はなく、次々と山になっていた書面を片付けていっても心は穏やか…寧ろわくわくと昂っていた。
ルシアがライズと一晩過ごそうが父や母が変わらず互いを慰めていようが、臣下たちの馬鹿にした様な笑みにも鬱々する事なく。
「月光館へ行く。」
「ふふ、はい。承知致しました。お帰りは明日の昼前で?」
「あ、ああ!そのつもりだ。」
この一週間、サイカに会える楽しみでいっぱいだった。
目を閉じなくとも鮮明に思い出せる。
あの女神のような女を。
慌てた顔も、笑顔も、赤くなった顔も…淫らで美しい表情もそして綺麗で柔らかい、気持ちいい体も全て。
机の引き出しからリボンの付いた小さな箱を取り出す。
俺の瞳と似た色をしたサファイアのネックレスはサイカの為に選んだ物。
「…プレゼントは喜んでくれるだろうか…」
「きっと喜んでくれますとも!
何せ陛下自ら選んだ物ですから!」
「はは。そうだといいが…。」
誰かに自ら選んだ物を贈るのは初めてだった。
両親にもルシアにもない。ルシアはルシアで商人が持って来た物を自分で吟味し好きなだけ購入しているし俺がサイカに物を贈ったとしても何も思わないだろうし何も言わないだろう。
娼館へ行く事も、誰にも咎める権利はない。
いや、寧ろ暗黙の了解と言っていい。
側妃にも相手にされない可哀想な男だから、娼館くらいで何かを言ってくる者もいない。
今まで苦しい事ばかりだった。それを必死に耐えて来たんだ。好きにさせてもらっても構わないだろう。
前回直ぐに帰ることになるだろうという予測に反して昼前まで護衛を待たせてしまったので、今回は花街の入り口で護衛を帰し、迎えは前回同様、昼前とした。
「ああ、陛…いらっしゃいませ、お客様。」
「ああ。…サイカは?」
「部屋でお待ちしていますよ。
サイカの部屋に行きながら…少し話しましょう。
サイカの今後についてです。」
「?」
最上階にあるサイカの部屋へ向かいながら、俺はキリムの話を聞く。
サイカの今後の話とは何だろうかと、サイカの事になると小さな事でも知っておきたい。
誰かの事が気になって仕方ないもの初めてのことだった。
「まあ、詳しい事は直接サイカに聞いた方がいいと思いますが…。
サイカは今後、陛下の様なお客様専用の高級娼婦になります。」
「……は?」
俺の様な…?
俺の様なというと……
「醜い容姿を持つ者か。」
「ええ。陛下と過ごしてから、サイカに相談されました。
…驚きはしましたけど、本人が熱く希望したのでそれでもいいかと。」
「………。」
「陛下の前で大変無礼ですけど…所謂、“醜い”お客様は大概どこの店でも門前払いされます。」
「ああ。知っている。」
「はい。…陛下もご存じだと思いますが…大金を出して運よく娼館に入れたとしても最後まで相手をされるかと言えばそうではありませんよね。
そういった場合は勿論、花街のルールに従って、頂いたお金は返しています。
けれど“醜い”お客様は一般のお客様以上のお金を用意してくれているのも事実です。」
「…まあ、そうだな。自分の容姿を分かっているなら、花街に行くのに大金を用意する。」
「そうです。“醜い”お客様を門前払いするのは相手が出来る娼婦がいないからです。
娼婦の中にも色々います。美人も普通も…勿論醜い娼婦も。色んな理由で娼婦になっていますが…醜い娼婦はお客様が選ばない。そうなるとただのお荷物扱いで冷遇する娼館が多い。“醜い”娼婦が“醜い”お客様を相手するのはそういう止む終えない事情があって、そうでなければ違うんです。」
「お前は清々しい程はっきり物を言うな。」
「ご不快でしたら申し訳ありません。
ですが…嫌々相手をした娼婦たちが儚くなるのを何度も見てきていますので…。」
「別に不快ではない。言っただろう?逆に好感が持てると。…取り繕われるより余程いい。」
初めての相手になった娼婦も醜い部類の女だった。
客を取れず店にとって“お荷物”となった娼婦が止む終えず俺の相手をしてくれた。
快くではなく、嫌々といった様子だったのは今でも思い出せる。
だが逆を言えば俺も態々大金を出して女を買ったんだ。
醜い娼婦ではなくせめて普通がよかったし、お互い様と言えたのではないか。
「ありがとうございます。
…それで…ええと、話を戻しましょうか。
サイカに相談され、改めて考えたんです。
“醜い”お客様は大金を落として下さる。でも今まで相手がいないからその大金はお客様に返してきた。
店にとってはプラスにもマイナスにもならなかったけれど、今後、うちでサイカが“醜い”お客様の相手をするようになれば…」
「プラスになるな。」
「その通りです。何より驚くべき事にサイカが嫌悪していない。
…陛下。陛下の相手をしたサイカの言葉を聞きたいですか?」
「……ああ。聞きたい。悪く言われていようと、サイカがどう思っているか…気になる。」
「ははは…申し訳ありません。悪い事ではないんです。意地の悪い事を申しました。」
「?」
「サイカはね、こう言ったんですよ。
“マティアス様が初めてのお客様でよかった。マティアス様は素晴らしい男性でした。”って。」
「!!」
「本当、サイカは容姿も何もかも…規格外の娘です。
…さ、部屋に着きました。本日も存分にお楽しみ下さい。この部屋のとびきりの美女が…貴方様をお待ちです。」
初めてこの部屋の前に立った時とはまた違う意味で緊張する。
先程キリムが言ったサイカの言葉は本当に?本心か?
そうであったならこれ程嬉しい事はない。
そうであったなら、サイカは本当に女神ではないか。
まるで俺たちのような醜い容姿を持ち苦しんでいる者の為に存在する、尊い女神ではないか。
嘘ではないのか。騙されているのではないか。
所詮金が全ての関係だ。いいように利用されているのではないか。
サイカは優しい娘だ。本心でなくとも、俺を気遣ってそう言ってくれたのかも知れない。
だが、それでもいいと思う。
騙されてもいい。サイカになら。
馬鹿な男になってもいい。
信じて馬鹿を見る事になろうと、その間に得られるあの甘い幸せに浸れるのなら、それでもいいと思う。
けれどもし。もしも。サイカの言葉が真実本心であるなら。
「!!マティアス様…!お待ちしておりました…!」
「サイカ…!」
嬉しそうな笑顔で抱き付くサイカを受け止める。
この笑顔が偽りだと到底思えない。
愛らしく頬を染めて俺を呼ぶサイカが全て、嘘だとは思えない。
もしかしたら、もしかして。と都合のいい考えがずっと頭を過っている。
もしもサイカの言葉が、真実本心であるのなら。
俺はもう、この温もりを手離せそうにない。
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