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正体判明の一分前
しおりを挟む「見ないでえええ!! っていうか進まないでええええ!」
ローザの懇願も空しく、無慈悲に我々は進む。その先にあったのは白を基調としたシンプルな部屋。一つ特徴をあげるならその広さと、保護ケースに入れられ、壁一面に並んだ無数のフィギュア類。ロボット、美少女、美少年、マスコットキャラなどその種類は多種多様。
「す……すごい! こんなにたくさんグッズがあるなんて! ローザさん、アニメとかお好きなんですね!」
「ふ、ふん。少しくらいはね」
「いやいや、照れなくていいですよ。この並びを見ればわかります、作品一つ一つへの深い愛が。そうじゃなきゃこんなに綺麗な形にはならないし、ジャンルもここまでバラけない」
「ッッッッッッ……!」
なぜだかとても悔しそうなローザは、「そうよ! 悪い!? 私みたいなのがサブカルが好きで!!」と怒り始めた。全然悪くない、むしろとてもいい。周りに趣味の合う人がいなかったので、ようやく得た同好の士である。なんなら好きな本について、小一時間語り合いたい。
部屋の中心に目を向けると、至ってシックな木造の机と、何冊かの本が置かれている。よく見ればそれは『フォーリナー・クロニクル』──先日読了した、大好きな小説であった。
「ローザさんも『フォクロ』お好きなんですか!?」
「え!? ええまあ──好きね」
「いいですよね、フォクロ! 私この作者さんが好きで、デビュー作の頃からずっと追いかけてるんです。緻密な世界観と、濃いキャラクターたちがめちゃくちゃ好きで」
私の言葉に、ローザも嬉しそうに頷いた。
「いいわよねフォクロ、私は『ダダダ』の方が好きだけど」
「わかります! 他の作品に比べて人気ないですけど、『ダンジョン・ダイス・ダンス』もその独創的な設定がとても面白くて、いいですよね!」
「よくそんなマイナーな作品まで読んでるわね!」
「まあ──ファンなので」
なんだか照れ臭くて、ポリポリと頭を掻く。
「それに、ローザさんだってお好きなんでしょう?」
「まあ……それはそうなんだけど」
恥ずかしいのか、ローザは目を剃らした。その視線の先、ダークブラウンの机の上に、雑多に置かれた本に見覚えがあった。手に取ると、その表紙には『フォーリナー・クロニクル』の文字とキャラクターのイラスト。間違いない、この前読んだ最新刊だった。
「今回もよかったですよね、まさかヒロインにあんな秘密が隠されていたとは……親友の裏切りもあるし、次巻がどうなるのか楽しみで仕方ないです! でも作者さんの事情で休刊って噂があるみたいで、心配なのはもちろんですけど残念ですよね……」
「そ、そうね。残念よね…………」
涙を滲ませるローザの姿に、やはりファン同士、悲しい想いは共有できるんだなと小さな感動があった。
「え? そんなことはないんじゃないかな」
──が、それを壊すように光己が割り込んでくる。
「なんでだよ。病気じゃなくて、多忙だったから休みたいだけってことか?」
「おお、流石だ友よ。そういうことだ」
そのまま光己は、ローザを見遣る。
「そうだよな、作家先生!」
「え」
「ハ、ハァ!? あんた何言ってんの!?」
ローザの動揺を余所に、光己は机へと足を進める。そして本の山の隙間から、少しくたびれた原稿用紙の山を引っ張り出した。
「えーと……ほう、ヒロインの秘密というのは主人公と腹違いの兄弟であるということだったのか! 禁断の愛だな!」
「いやああああああああ!!!!」
「ぎゃああああああああ!!!!」
ネタバレを喰らったファンの悲鳴が狭い室内に響き渡る。というか、それはつまり……?
「え、ローザさんがあの真旅 千代先生だったってことですか!?」
「ッ、そうよ!! 悪い!?!?」
本日何度目かの『悪い!?』である。ぜんぜん悪くない、っていうか最高にいい。
「ファンです、サインください!」
「そのくらいお安いご用よ!!」
丁度持っていた『フォクロ』最新刊を渡すと、手慣れた様子で帯に流麗な字が刻まれた。小さな感動がある。
「すごくうれしいです、ありがとうございます」
「こちらこそ……読んでくれてありがとう」
目を逸らし、囁くようにローザは言った。うさぎのぬいぐるみを抱きしめたルシファルが「でも驚いたわ、ローザが小説を書いてたなんて。いつ頃から始めたの?」と興味深そうに聞く。
「百年ほど前かな、急に男遊びに飽きちゃって、ピロートークとかで聞いてた与太話を活かして作品にすることを思いついたの」
「合理的と言えばそうなんですけど、物凄い飛躍と転換ですね」
キャラの濃さと関係性の深さも、そう言われると合点がいく。経験の強さである。
「改めて聞くがローザ殿、採掘に協力いただけないでしょうか?」
「いくらいい雰囲気だろうと、その答えなら変わらずNOだけど」
「交換条件に一点、付け加えることがある」
指を立てた光己は、その勢いのままに私を指さす。行儀が悪い。
「了承してくれたなら、採掘の時間には我が友を貸しだそう!」
「え」
「は?」
首を傾げる私と、殺気を、漏らすルシファル。ローザは冷静に「それに何の意味があるの?」と問う。
「我が友は優秀だ、君のアシスタントから話し相手まで何でもこなすだろう。何より──君の大ファンだ」
ポケットから取り出した黄金の鍵を捻ると、魔宝庫が開き、光己はそこから一冊の雑誌を取り出す。
「これは真旅先生が、最近受けたインタビューが載っている雑誌だ。ここで先生は、『ファンの生の声をあまり聞ける機会がない』と嘆いている」
「まあ──身分上顔出しでサイン会とかできないし、ぜんぜんファンレターもらえないしね……」
「ところが、我が友を付ければその『生の声』がリアルタイムで聞けるし今後の展開への反応も見れる。一石二鳥だろう!?」
「ん……? それ、アナタを介さずとも私が直接お婿くんにお願いすればよくない?」
「……友よ! 君からもお願いしてくれ!」
ノープランかよ。悪友の詰めの甘さに苦笑する。
「まずアナタがこの人と、何より妻である私にお願いするべきじゃないかしら?」
いつの間にか接近していたルシファルが、右腕に絡みつきながら光己を睨む。
「説得してくれ、頼む! レアメタル多めに譲るから! それとルシファル嬢には友の昔の写真あげるから!」
「…………ちょっとくらいならいいわ」
「よし!」
ルシファルの快諾に、光己が期待の眼差しでこちらを見つめる。
「いいよ、やるよ。好きな作家の手伝いができるってだけで、いい機会だしね」
「ありがとう友よ、恩に着る! あとは……」
ローザは、あからさまに溜息を吐いた。
「目の前で楽しそうに取引された上で、ルシファルちゃんまで乗っかったとなるともう、断れるはずないじゃない」
「ということは……」
「いいわよ、採掘。ただしめちゃくちゃ静かにね! あと一割は私にも寄越しなさいよ!」
話がまとまったことで一息つく。淹れたお茶は、とっくにぬるくなっていた。
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