魔王な嫁が世界を滅ぼす三秒前

織葉 黎旺

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拒否と対話の八分前

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「はい、到着しましたわ」

 例のごとく転移魔法でひとっ飛び、ロザーズ・キャッスルに到達である。眼前に広がるのは小さな城下町──だったものの残骸だ。石造りの街並みには無数の蔦が絡み、一部の家屋は最早瓦礫の塊。かつての栄華は見る影もなし、といった印象を受ける。

「私は詳しく知らないんだけど、ここって一体どうしてこうなったんだっけ?」

「内乱だよ、兵の抑圧と民の反発の結果、この街は終わったのさ」

「なるほど、それだけ聞くと割とよくある話だけど──」

「そう、それに一枚噛んだ悪魔がいた」

「悪魔じゃないわ、吸血鬼よ♡」

「そう、吸血鬼の──え?」

 得意顔だった光己は、間抜けな声と阿呆面を晒した。その背後にはいつの間にか、妖艶な女が立っている。
 胸元の大きく開いたボンテージスーツに身を包み、全身をほとんど露出したその格好は、吸血鬼というよりはほとんどサキュバスを連想させる。
 鋭く尖った八重歯を覗かせ、淡いグラデーションの入った、ショッキングピンクのツインテールを揺らして笑う。

「おひさ、ルシファルちゃん♡」

「そうね、久しぶり──ローザ」

 四地王の一角、ローザ・アルベルフォンは、魔王に向けてぱちりとウインクした。


 *


「狭いところだけど、適当に座って~?」

「ええ、ありがとう」

 彼女に連れられてやってきたのは街のシンボルマーク、廃城の中心──玉座。といってもマクロニア城や魔王城のような、皆が思い描くような物からはかけ離れている。玉座の前には、宝石の散りばめられた豪勢なテーブルが置かれ、部屋自体が小さな女の子のソレのようにファンシーに飾り付けられている。玉座それ自体の存在と、壁にかけられた宗教的な絵画が、部屋のノイズとなり辛うじて原型の存在を主張している。モフモフのぬいぐるみとかピンクのカーテンとか、自分で集めたのだろうか。集めたのだろうなあ。

「ねえアンタ、今失礼なこと考えたでしょう?」

「いやいや、とんでもない! 最高にキュートな部屋じゃないか!!」

 ローザからの疑いに、目を輝かせて答えたのは光己。そういえばこいつは意外とカワイイもの好きだった。その言葉を聞いて彼女は少し引き気味に、「そ、そう? 意外と見る目あるわね」と反応した。まあ、私への疑いが逸れたのならそれでいい。

「で、ルシファルちゃん? いい男二人侍らせて、一体何の用?♡」

「用があるのは私じゃなくてこの男よ、私たちはただの付き添い」

 ねえ? と可愛く小首を傾げて、腕を絡められる。小さく頷くと、彼女は頬杖をついて、欠伸を一つしてから言った。

「ふうん、まあいいわ。話くらいは聞いてあげる♡」

「ありがとう! 実はこういう話があってだね────」

 説明を終え、採掘させてほしい旨を伝える光己。ローザは特に悩む様子もなく、「別にいいんだけど──それ、アタシに何か得ある?」と品定めするようにこちらを窺う。

「君の領地を漁らせてもらうわけだから、相応の見返りは提供するよ! 何か欲しいものはあるかい?」

「私が欲しいものはねえ──もう全部ルシファルちゃんにもらったからいらないの」

「あら、何かあげたかしら?」

「私がもらったのは、♡」

 ローザが手を叩くと、壁も天井も霧散し、西日の差す城下町が一望できるようになる。廃墟街は酷く静かで、鳥の鳴き声すら聞こえてくることはない。

「戦いと人間関係に疲れたアタシに、落ち着ける場所と立場をくれた。だからアタシは、めっちゃルシファルちゃんに感謝してるの♡」

「その程度、あげたうちにも入りませんわ」

 仲睦まじく笑いあう二人。ルシファルと女の四地王は、とてつもなく仲がいい傾向にある。男性陣とは真逆である。

「安心してほしい、防音魔法や光学迷彩を駆使して最大限静かに掘るよ」

「イヤよ。どうせわかっちゃうし、何より自分の体を這いまわられてるみたいで気持ち悪ーい♡」

「弱ったなあ、交渉決裂ってことかい?」

「残念ながらそういうことになっちゃうカナー?」

 ふむ、と光己は少しだけ考え込むが、すぐに顔を上げて「わかった」と頷く。

「どうやら暖簾に腕押しみたいだ、俺からの交渉は諦めよう!」

「それがいいわ、お利口さん♡」

「ということで頼んだ、友よ!」

「えっ」

 肩を叩かれる私。いくら頼まれたところで私にできることなんてない。そもそも、友人のよしみがあるとはいえ、光己の商談を手伝うメリットが──

(……いや、それはないこともないのか)

「お婿くん? 確かに貴方よりは話せる相手だけれど、アタシの意思は変わらないわよ? ま、奥さんに泣きつかれたりしたら、流石にちょっと困っちゃうけどね」



「我が友にそんな卑怯な真似はさせないさ、ただちょっとお話すればそれで済む」

「へえ、じゃあちょっとお話してみましょうか?♡」

 ちろりと舌なめずりするローザと目が合った。獲物を見るような眼差しである。やれやれ、と嘆息する。
 ローザはその実力よりも、権力者を手玉にとっての謀略の方で有名だった魔族である。人魔老若男女関係なくその懐に潜り込み、一度目をつけられれば骨抜きにされ、搾り尽くされ捨てられるとかなんとか。さて、そんな人と話すことがあるのかどうか。

「大丈夫? 緊張してない?♡」

「ああいえ、別に大丈夫です。お気になさらず」

「そんなこといって、ほら……ここはこんなに硬くなってる♡」

 肩を触られ、ぐにぐにと慣れた手つきで揉みほぐされる。やけに密着しているが多分マッサージである。どうも、と会釈して離れる。

「つれない反応ね、お姉さん寂しくなっちゃう♡」

 お姉さん……? と少しだけ首を傾げかけたが、視線が突き刺さってきたのでやめておく。

「お婿くん、何か趣味とかはあるの?」

 露骨に世間話チックな質問だった。色仕掛けによる籠絡が通じないと察されたからだろうか、それとももう私と話すのに飽きたのだろうか。

「そうですね……お茶を入れることですかね、あと読書かな?」

「読書、いいわね」

 帰ってきた一言は、なんだか無駄に作っていないというか、飾り気のない色を帯びて見えた。

「ローザさんも、本を読まれたりするんですか?」

「そこそこよ。最近だと『よくわかる転生入門』『マントルよりも深い愛』『黎明』なんかを読んだわね☆」

「どれも最近話題の作品じゃないですか! ファンタジーに恋愛、文学まで網羅するとは、結構色々読まれるんですね?」

「流行に敏感なだけよ。あ、丁度いいからお茶いれてもらってもいいかしら♡」

「ええ、じゃあお借りしますね」

 玉座の一角にはキッチンが併設されている。このワンルームで完結する生活構造になっているのは、中々便利だと思った。お湯を沸かして、ぬいぐるみを愛でる二人にお茶を渡す。

「ローザ、あとでこの子持って帰ってもいいかしら?」

「いくらルシファルちゃんの頼みでも、うちの子は渡せないわ♡」

「むう」

 頬を膨らませたルシファルは、クマのぬいぐるみをギューッと抱きしめた。

「おまたせしました、どうぞ」

「ありがと♡」

 砂糖を入れて一口飲む。うん、文句なしの美味さ。間違いなく茶葉がいい。

「お口に合った? 紅茶好きだから、結構こだわってるの♡」

「いいですね、とても香り高くて好きです」

「紅茶好きとは気が合いそうだね! 俺も、作業の友によく嗜むものさ! ローザ氏もそうなのかい?」

「──ええ、まあ」

 微妙に間があった。何か気に食わないことでもあったのだろうか? 
 ローザはすぐに様子を戻して、「どうでもいいけど」と続ける。

「いくらお話しても、私の答えは変わらないわよ? お婿くんにも説得の気はないみたいだし☆」

「いやいや、そんなことはないさ。友の話は有意義なものだったし、これからが本番だからね」

 意味深な反応に私は首を傾げる。「それはどういう──」と聞く間に、光己はファンシーな玉座の片隅、ぬいぐるみの山の中の、不自然に体だけ突き出たウサギを引っこ抜く。すると部屋の中は大きく振動し始めた。

「え、ちょ、アンタ何やってんのよっ!」

 飄々とした態度から一変、ローザが焦った様子で光己に詰め寄る。光己は笑って「いやあ、俺は──と顔と声と頭と性格がよくてね。こういうことが分かっちゃうのさ」

 と、無駄に冗長で不快な、答えになってない答えを返した。光己の瞳、拘束されぬ瞳リベレートアイズの手にかかれば、魔力の流れや短期の未来予知程度余裕──らしい。多分多少盛っているが。

「さあ御開ちょグフッ!!」

「返しなさいよ!!」

 とはいえ本人の能力自体は至って普通なので、いざ戦闘となれば何の役にも立たない。脇腹を殴られ、ウサギをひったくられる光己。慌てて元の場所に戻そうとするローザだが、その腕の中にあるのは、いつの間にかクマのぬいぐるみに変わっていた。

「ハアッ!?」

「ごめんなさいねローザ、この子がかわいかったのが悪いの」

 ちろりと舌を出すルシファル。胸元からウサギの耳が飛び出ている。呆気にとられる間に部屋の振動は終わっていて、二つに割れた絵画の後ろに隠し部屋が開かれていた。その先にあったのは──



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