上 下
3 / 30

お風呂でのぼせる三秒前

しおりを挟む
 「やっぱりお風呂は良い文化ですわ」
 「ですね」

 そこそこ広い脱衣所で二人、扇風機の風に当たりながら過ごす。彼女は風呂の熱で赤くなった様子の頬ではにかみ、対して別の要素で赤くなった私が微笑む。まだ多少湿っている髪の毛を、わしゃわしゃとタオルで拭いていると、彼女が後ろからギュッと抱き着いてきた。

 「ふふ、小さい背中……」
 「やめて、気にしてるんだからやめて!」
 「可愛らしくていいじゃない」

 小柄なせいで、男らしい立派な体格とは言えないマイボディ。彼女に抱き着かれると本当に、包み込まれるような構図になる。

 「すーはーすーはー……」
 「ちょ、恥ずかしいから嗅がないでください!」
 「石鹸の匂いがしますわ」
 「そりゃそうでしょうね」

 このままいるのも割と悪くはなかったが、晩餐の準備もあるので、くっついてくるルシファルさんをどうにか引きはがし(引きはがす過程で変なところに触ってしまったが不可抗力だ)、リビングの方に向かう。

 「んんー」

 夜ご飯は食べていないが、あまりお腹が空いているわけでもない。ルシファルさんはどうなのか気になったが、恐らくというか確実に、「貴方はどうなの?」って返されて答えた方に合わせてくると思う。うーん、あっさりした軽いものでも作るか。

 「冷蔵庫って今、何入ってましたっけ?」
 「野菜各種と肉各種、果物数種類に氷菓子じゃなかったかしら」
 「わあ不自由なく揃い踏み」

 ぐぬぬ、それだけ多いと逆に迷ってしまう。うーん、何を作ろうものか……

 「私はそこまでお腹空いてませんし、夜ご飯は遠慮させていただきますわ」
 「じゃあアイスでも食べません?」

 季節は初夏。若干暑い今夜にアイスは丁度いい。冷蔵庫からソーダ味のボリボリ君とオレンジ味のボリボリ君を出して、一本を黒いソファに座り込んだルシファルさんに投げた。

 「確かルシファルさんソーダ味が好きでしたよね?」
 「覚えててくれたんですか……!」

 ルシファルさんは目をキラキラ輝かせてこちらを見る。いや、好きなアイスの味を覚えてた程度でそんなに嬉しそうな顔されてもこっちが困ってしまう。

 「うん、美味しっ♪」
 「(安物だけどいいのか……?)」

 ラーゲンダッツなどの高級アイスもあったのだが、何故かこちらの魔王様は安物の方に心が躍るらしい。不思議である。でも育ちのいい人程ジャンクフードとかを美味しく食べると聞くし、そういうものなのかもしれない。
 隣に座って袋からアイスを取り出すと、ルシファルさんがじーっとこちらを見つめてきた。

 「でもオレンジも美味しそうね……」
 「あー、一口食べます?」
 「戴きますわ」

 ちろちろと美味しそうにアイスを舐めるルシファルさん。大人びて見えるが、彼女の行動や言動は意外と子供じみている。邪気を感じさせない笑顔が、私の目に可愛らしく映る。

「ふわぁあ……」
「あ、眠くなってきました?」
「ねむくなってきました……」

 眠気を堪えてごしごしと目を擦るその姿に魔王としての威厳や貫禄なんてものは微塵もなく、年相応どころか本来のそれ未満の雰囲気を感じさせる。リビングで寝ると風邪をひきますよ、と囁くと、「そんなことはないですよ……」と唇を尖らせつつも、ゆっくりと重い腰を上げ、寝室へとふらふら歩き出した――かと思いきや振り返ってこちらへと倒れかかってきた。

「ちょ、ルシファルさん!?」
「連れてって……」
「今行けそうだったじゃないですか!」
「もう一歩も動けませんの」

「運んでくれないなら、ここでこのまま眠るだけですわ……」と呟いてルシファルさんは欠伸をした。嘆息して、渋々「わかりました」と彼女の体を持ち上げる。

「相変わらず、細いのに力強いのね」
「一言余計ですよっと!」

 両手はお姫様抱っこで塞がっているため、足で半開きだった寝室の扉を開く。
 ルシファルさんをベッドに寝かせ、そっと立ち去ろうとすると腕をガシッと掴まれた。驚いて振り返ると、そのままの勢いで体制を崩し、流れるようにルシファルさんの体の上へとうつ伏せで倒れ込んでいた。お腹の辺りに妙に柔らかい感触があった。

「うおっ……いきなり何するんですか、もう。割と勢いよくダイブしちゃいましたけど、大丈夫ですか?」

 言いながら起き上がろうとすると、腰周りにがっしり手を回され、ルシファルさんに体を押し付けるような形でホールドされた。加減はしているのだろうが、苦しさすら伴うそれに、眉を顰めた。

「……痛いです」
「あら、失礼しましたわ」

 軽く力を緩めてくれたが、離してはくれなかった。それは喩えるなら、割れ物に触れるかのような力具合だった。

「どうしてこんなことを?」
「離れてほしくなかったんですもの」
「ちょっとくらい我慢してくださいよ」
「一晩も一緒にいないなんて、目覚める頃には気が狂ってしまうわ」
「自分に都合のいいところだけを要求するなら、人形遊びと変わりませんよ?」
「好きなら相手に合わせるべきじゃないかしらぁ?」
「その言葉はそのままお返ししますよ」

 ふう、と小さく息を吐くのが聞こえた。そこそこ長い付き合いから、それが諦めを意味するものだということはすぐに分かった。

「大人しく諦めましょう」
「やけに素直ですね」
「そのかわり」

 ぐいっ、と物凄い力で体が転がされた。キングサイズのベッドはゆとりがすごくて、軽く転がってもまだまだ余裕がある。ルシファルさんが私の上になり、先ほどまでと逆の体勢になる。

「私が眠るまで離しません」
「そうですか」

 これは何を言っても無理なヤツだなあ、と諦めて、彼女の腰に手を回す。早く眠りに落ちることを祈って。

「おやすみなさい」
「おやすみなさい」

 無論、したかったことを何一つせず朝を迎えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...