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第五章 さけび
(3) 救世主
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島に帰ってきて最初の練習で、わたしは梢と椿に修学旅行中決意したことを伝えた。
初めは驚いたり、少しだけ怯んだりしていた様子の二人も、最後には力強く頷いてくれた。
それを確認してから、早百合がいつになく真剣な表情で話し始める。
「コンテストに出るとなると、今までみたいな練習だけでは、だめだと思うの。鎌倉のホールで歌うためには、まずビデオ審査を通過しなきゃならない。
全国からたくさん送られてくるビデオの中で、しっかり存在感を出さないといけないから、そのためにはうんとレベルを上げなきゃ。
そこで提案なんだけど、鹿児島市内に私の従姉が住んでいるんだ。桜良には前話したと思うけど、私を合唱の世界へと導いてくれた人なの。
彼女は東京の音大を卒業した後、市内の高校の音楽の先生になったんだ。専攻は声楽だったし、今も合唱団に所属していたりするから、きっと何かアドバイスをくれると思う。どうかな?」
満場一致で賛成すると、早百合は、今晩連絡してみるね、と言った。
気持ちを新たに、みんなその日の練習に打ち込んだ。
翌朝、早百合から一斉にラインが届き、『夏休み最初の週末に時間を作ってくれたから、その日に合わせて本土に行こう』と、提案される。
全く問題なく、とはさすがにいかなかったものの、なんとか全員予定を合わせ、椿以外は二か月半振りとなる鹿児島市内に再び向かった。
中央駅前のロータリーで待っていると、交差点の向こうから赤い車がフルスピードで近づいてきた。
車はやがて目の前で急停止し、後ろのドアが自動で開く。
運転席の方から長い髪の綺麗な女性が声を掛けた。
「よく来たね。乗って!」
全員が乗り込んでドアがゆっくりと閉まりかけた瞬間、車は再び急に動き出し、反動でみんな大きく後ろにのけぞった。
助手席の早百合が、慌てて運転手を咎める。
「もう、菫お姉ちゃん。危ないじゃない!」
「ごめん、ごめん。つい癖でさ」
そう言いながらも、車は一向にスピードを落とさない。
パトカーに目をつけられないかびくびくしながら、わたしは早く目的地に着くことを切に願った。
やがてその祈りが届いたのか、車はとある駐車場に停まった。
ふらふらしながら降りた後、目の前の建物を見上げると、そこは高校のようだ。
最後に降りた菫さんに、わたしは恐る恐る尋ねる。
「ここって、入っていいんですか?」
「いいよー。一応、許可取ってるから」
菫さんはさばさばした口調でそう答えると、大股歩きで校舎に入っていく。
慌ててわたしたちも置いてかれないように歩を速めた。
そのまましばらく廊下を進むと、やがて音楽室が見えた。
そこに入るのかと思いきや、菫さんは隣の準備室のドアを開ける。
「ごめんね。しばらくしたらあっちで吹部の練習があるの。だから狭い部屋だけど勘弁して」
そう詫びる菫さんの後に続いて、わたしたちも中に入る。
準備室は真ん中に大きな机が置いてあり、奥の方がいくらか開けていた。
菫さんは早百合を呼んで音楽室に通じるドアから向こうに出て行くと、しばらくして人数分のパイプ椅子を持ってきた。
わたしたちは恐縮しながらそれを受け取った。
自身の大きな椅子に腰かけると、菫さんは長い脚を交差させる。
その振る舞いは、まさに大人の女性という感じがした。
「どうも、はじめまして。早百合からもう聞いてると思うけど、私は菫っていいます。
どうせたいしたことは言えないから、そんなにかしこまらないで、気軽に呼んでよ」
気軽に、なんて言うけど、馴れ馴れしく話し掛けることなんてできそうもない。
そのことは当の菫さんもわかっているようで、椅子を引きずり少しだけ近寄ると尋ねた。
「貴女たちの中で、リーダーって誰?」
突然投げ掛けられた質問に、思わずきょろきょろ辺りを見回す。
しかし、予想に反し他のメンバーはわたしの方をじっと見つめていたので、仕方なくゆっくり手を挙げた。
「……もしかして、貴女が桜良ちゃん?」
射止めるような大きな瞳でじっと見つめられ、思わず目を逸らせつつ答える。
「はい、そうです」
「早百合から話は聞いているわ。貴女がこの子の救世主だって」
「お姉ちゃん!」
頬を赤くして、早百合が叫ぶ。
しかし、菫さんは一切気にする素振りもみせず、みんなの方をぐるりと見渡してから言った。
「初めて聞いた時は、どうなるもんかと思ったけど、結構集まるものね」
「あ、あの!」
わたしの声に、菫さんの目が反応する。
気づかぬうちに反動で勢いよく立ち上がってしまっていた。
「わたしたち、今度鎌倉であるアカペラコンテストに、出ようと思っているんです。できたばかりのグループだけど、何かを掴みたくて。
だから、もし良ければ、ご指導の程お願いします!」
そう言って頭を下げるのに合わせ、他のみんなも遅れて礼をする。
菫さんは脚を元に戻すと、わたしを椅子に座らせてから真剣な眼差しで言った。
「まあ、わざわざ折角来てもらったからね。じゃあ早速だけど、聴かせてちょうだい」
椅子を畳んで一か所に集めてから、予め決めておいた順番通りに並ぶ。
菫さんの鋭い視線を一身に浴びつつ、早百合の合図で一曲だけ披露した。
初めは驚いたり、少しだけ怯んだりしていた様子の二人も、最後には力強く頷いてくれた。
それを確認してから、早百合がいつになく真剣な表情で話し始める。
「コンテストに出るとなると、今までみたいな練習だけでは、だめだと思うの。鎌倉のホールで歌うためには、まずビデオ審査を通過しなきゃならない。
全国からたくさん送られてくるビデオの中で、しっかり存在感を出さないといけないから、そのためにはうんとレベルを上げなきゃ。
そこで提案なんだけど、鹿児島市内に私の従姉が住んでいるんだ。桜良には前話したと思うけど、私を合唱の世界へと導いてくれた人なの。
彼女は東京の音大を卒業した後、市内の高校の音楽の先生になったんだ。専攻は声楽だったし、今も合唱団に所属していたりするから、きっと何かアドバイスをくれると思う。どうかな?」
満場一致で賛成すると、早百合は、今晩連絡してみるね、と言った。
気持ちを新たに、みんなその日の練習に打ち込んだ。
翌朝、早百合から一斉にラインが届き、『夏休み最初の週末に時間を作ってくれたから、その日に合わせて本土に行こう』と、提案される。
全く問題なく、とはさすがにいかなかったものの、なんとか全員予定を合わせ、椿以外は二か月半振りとなる鹿児島市内に再び向かった。
中央駅前のロータリーで待っていると、交差点の向こうから赤い車がフルスピードで近づいてきた。
車はやがて目の前で急停止し、後ろのドアが自動で開く。
運転席の方から長い髪の綺麗な女性が声を掛けた。
「よく来たね。乗って!」
全員が乗り込んでドアがゆっくりと閉まりかけた瞬間、車は再び急に動き出し、反動でみんな大きく後ろにのけぞった。
助手席の早百合が、慌てて運転手を咎める。
「もう、菫お姉ちゃん。危ないじゃない!」
「ごめん、ごめん。つい癖でさ」
そう言いながらも、車は一向にスピードを落とさない。
パトカーに目をつけられないかびくびくしながら、わたしは早く目的地に着くことを切に願った。
やがてその祈りが届いたのか、車はとある駐車場に停まった。
ふらふらしながら降りた後、目の前の建物を見上げると、そこは高校のようだ。
最後に降りた菫さんに、わたしは恐る恐る尋ねる。
「ここって、入っていいんですか?」
「いいよー。一応、許可取ってるから」
菫さんはさばさばした口調でそう答えると、大股歩きで校舎に入っていく。
慌ててわたしたちも置いてかれないように歩を速めた。
そのまましばらく廊下を進むと、やがて音楽室が見えた。
そこに入るのかと思いきや、菫さんは隣の準備室のドアを開ける。
「ごめんね。しばらくしたらあっちで吹部の練習があるの。だから狭い部屋だけど勘弁して」
そう詫びる菫さんの後に続いて、わたしたちも中に入る。
準備室は真ん中に大きな机が置いてあり、奥の方がいくらか開けていた。
菫さんは早百合を呼んで音楽室に通じるドアから向こうに出て行くと、しばらくして人数分のパイプ椅子を持ってきた。
わたしたちは恐縮しながらそれを受け取った。
自身の大きな椅子に腰かけると、菫さんは長い脚を交差させる。
その振る舞いは、まさに大人の女性という感じがした。
「どうも、はじめまして。早百合からもう聞いてると思うけど、私は菫っていいます。
どうせたいしたことは言えないから、そんなにかしこまらないで、気軽に呼んでよ」
気軽に、なんて言うけど、馴れ馴れしく話し掛けることなんてできそうもない。
そのことは当の菫さんもわかっているようで、椅子を引きずり少しだけ近寄ると尋ねた。
「貴女たちの中で、リーダーって誰?」
突然投げ掛けられた質問に、思わずきょろきょろ辺りを見回す。
しかし、予想に反し他のメンバーはわたしの方をじっと見つめていたので、仕方なくゆっくり手を挙げた。
「……もしかして、貴女が桜良ちゃん?」
射止めるような大きな瞳でじっと見つめられ、思わず目を逸らせつつ答える。
「はい、そうです」
「早百合から話は聞いているわ。貴女がこの子の救世主だって」
「お姉ちゃん!」
頬を赤くして、早百合が叫ぶ。
しかし、菫さんは一切気にする素振りもみせず、みんなの方をぐるりと見渡してから言った。
「初めて聞いた時は、どうなるもんかと思ったけど、結構集まるものね」
「あ、あの!」
わたしの声に、菫さんの目が反応する。
気づかぬうちに反動で勢いよく立ち上がってしまっていた。
「わたしたち、今度鎌倉であるアカペラコンテストに、出ようと思っているんです。できたばかりのグループだけど、何かを掴みたくて。
だから、もし良ければ、ご指導の程お願いします!」
そう言って頭を下げるのに合わせ、他のみんなも遅れて礼をする。
菫さんは脚を元に戻すと、わたしを椅子に座らせてから真剣な眼差しで言った。
「まあ、わざわざ折角来てもらったからね。じゃあ早速だけど、聴かせてちょうだい」
椅子を畳んで一か所に集めてから、予め決めておいた順番通りに並ぶ。
菫さんの鋭い視線を一身に浴びつつ、早百合の合図で一曲だけ披露した。
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