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第二章 さなぎ
(13) バーバーショップ・カルテット
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友達の成長を無事見届け、役目は終わったと言わんばかりに立ち去ろうとする野薔薇ちゃんを、美樹ちゃんが大声で呼び止めた。
「さっきさ、自分の気持ちに嘘をつくな、って言ってくれたじゃん。それ、わらちゃんもだよ」
「は、どういうことだよ」
じろっと睨まれても一切怯むことなく、美樹ちゃんは訴え続ける。
「わらちゃんだってさ、本当は歌いたいんでしょ? 普段はシャイで周りと壁作ってるけど、実はうち以上に音楽が好きで、歌うことだって好きなの、ちゃんと知ってるんだから。
わらちゃんにとって、うちは高校で出会った短い付き合いなのかもしれない。でもその短い間も、ずっと見てきたんだ。音楽の授業中のことだって。帰りにこっそり、楽器屋で歌の楽譜や教本を立ち読みしていることだって。
うち、何でも知ってるの。周りに知られないようにして、歌を楽しんでるわらちゃんも。そして今日みたいに、何だかんだでうちのために駆けつけてくれるわらちゃんも。
だから、うちがもし、もう一度歌を始めるとしたら、そんなわらちゃんと一緒がいい! そうじゃなきゃ、絶対イヤだからね」
そうして屈託のない笑顔を浮かべる美樹ちゃん。
対し野薔薇ちゃんは、最早何も言い返せずに黙り込んでいる。
すかさず、わたしも一歩大きく前に踏み出た。
「野薔薇ちゃん。確かこの前、言ってたよね。好きなバンドの中で、特にベーシストが好きだって。彼がしっかり陰で支えるから、バンドがまとまるんだって。ほら、わたしたち、見てわかる通り自由な子たちばっかりだからさ。野薔薇ちゃんには是非、そんなわたしたちをそっと下から支えてほしいなって思う。
ね、一緒にやろ、合唱!」
三人の強い熱視線にとうとう堪えきれず、野薔薇ちゃんはやれやれと手を振ると無言で頷いた。
「やったー! わらちゃんも仲間だー」
「だー、暑い! あと、いい加減『わらちゃん』言うな!」
そう言いつつ、満更ではない様子の野薔薇ちゃん。
わたしも嬉しくなって、手を前に差し出す。
「これからもよろしくね。ようこそ、美樹、野薔薇!」
わたしの手に、時間差で三人の手が重なった。
その後、わたしたちは一旦解散して、昼から四人での練習を始めた。
美樹は決して歌が下手なのではなく、あくまで自信を失っているだけ。
そう確信していたわたしは、ここで一つ、みんなにある提案をした。
「よし、動き回りながら歌おう!」
思うに、美樹は真っすぐ立ちながらだと、極度に緊張して歌えなくなる。
でも、例えばバスケの練習の時みたいに、自由に身体を動かしながらだと、難なく克服できるはず。
そうして徐々に慣らしていって、いつか普通の状態でも歌えるようにする。
その思惑は見事に的中した。
彼女は軽く動きながらだと、思ったほど音も外さずに歌えていた。
その歌声は高音域が綺麗に出ていて、さらに肺活量が多いためか、息も長く出すことができた。
とはいえ、この動きながらという練習方法は、咄嗟の思い付きのため、常に試行錯誤の繰り返しとなった。
知らない人から見れば、この人たちは一体何をしているんだろうと思われるほど、異様な光景だったに違いない。
でも、そうしながら一歩ずつ、わたしたちは確かに前へと進んでいた。
それともう一つ驚いたのは、野薔薇の歌声の独特さだった。
野薔薇は音程も正確で、少しメロディーを聞いただけでも、すぐに順応して歌えている。
しかしそれ以上に印象深かったのは、彼女の声の低さだった。
目を閉じて聴けば、男の子に間違えられかねないその歌声は、とても深みがあって凛としている。
女子の誰にも出すことのできないような音域で、聴いたら思わずキュンとしてしまう、そんな歌声だった。
それからも何度か練習を重ね、そろそろ一か月が経とうとしていた頃。
わたしは前から考えていたことをみんなに提案した。
「そろそろ結構まとまってきたから、ここで一回、人前で歌ってみようと思うの。どうかな?」
わたしの発言に対し、口々にみんなが意見を述べる。
「確かに、いい頃合いかもね」
「えぇ? ……でも、うち大丈夫かな」
「そうだなあ。大体、どこで歌うんだ?」
全員の注目を一身に浴びながら話を再開する。
「……といっても、やっぱりいきなり何処かのステージじゃハードルが高いから、わたしにいい考えがあるの。よかったら、わたしん家の床屋で歌ってみない?」
案の定キョトンとしているみんなを見渡しつつ、そこに至るまでの経緯を簡単に説明した。
「実は、最近うちの床屋、人が少なくなってきちゃって。それで、何とかしてユニークなアイデアで、お客さんを呼び戻せないかって、ずっと考えてたんだ。それで閃いたの。
週に一回、練習の成果をお店で披露するのはどうかって。そしたらさ、わたしたちは毎回目的を持って練習できるし、お店も話題にならないかな、って思ったの。……ダメ、かな?」
少しの沈黙を挟んで、野薔薇が口を開いた。
「はあ、まんまと桜良の思惑に乗せられてたってわけか。ま、でも案外それで悪くないのかもな」
「うちも、わらちゃんがいいなら、いいと思う! 桜良んちのお店だし、少しだけだったら、頑張って歌えるかも」
美樹も後から頷いてくれた。
残るは早百合だけだ。
恐る恐るその顔を覗き込んでみると、彼女は突然閃いたように頭を上げ、ある単語を口にした。
「……バーバーショップ」
「え、何て?」
わたしが聞き返すと、早百合はまるで子供みたいにワクワクした表情をして言った。
「『バーバーショップ・カルテット』っていうんだけど、昔アメリカでは、床屋の待ち時間に店員やお客さんが一人一パートずつ、全部で四つのパートに別れて、アカペラの歌を歌っていたの。一説じゃ、ポピュラーアカペラはそこから広がったって言われてるんだ。
実際は男声合唱が主流なんだけど、別に女声でも問題ないと思う。こうやって今丁度四人いるし、簡単なアカペラの楽譜も持ってるから、私もやってみたい!」
こうして満場一致で方針が決定し、それからはさらにたくさん練習を重ねた。
各自できることは前もってやって来るようにし、限られた時間で精一杯音を合わせた。
最初は拙かった演奏も、頑張って少しはましなレベルに持って来られたんじゃないかと次第に思えるようになった。
「さっきさ、自分の気持ちに嘘をつくな、って言ってくれたじゃん。それ、わらちゃんもだよ」
「は、どういうことだよ」
じろっと睨まれても一切怯むことなく、美樹ちゃんは訴え続ける。
「わらちゃんだってさ、本当は歌いたいんでしょ? 普段はシャイで周りと壁作ってるけど、実はうち以上に音楽が好きで、歌うことだって好きなの、ちゃんと知ってるんだから。
わらちゃんにとって、うちは高校で出会った短い付き合いなのかもしれない。でもその短い間も、ずっと見てきたんだ。音楽の授業中のことだって。帰りにこっそり、楽器屋で歌の楽譜や教本を立ち読みしていることだって。
うち、何でも知ってるの。周りに知られないようにして、歌を楽しんでるわらちゃんも。そして今日みたいに、何だかんだでうちのために駆けつけてくれるわらちゃんも。
だから、うちがもし、もう一度歌を始めるとしたら、そんなわらちゃんと一緒がいい! そうじゃなきゃ、絶対イヤだからね」
そうして屈託のない笑顔を浮かべる美樹ちゃん。
対し野薔薇ちゃんは、最早何も言い返せずに黙り込んでいる。
すかさず、わたしも一歩大きく前に踏み出た。
「野薔薇ちゃん。確かこの前、言ってたよね。好きなバンドの中で、特にベーシストが好きだって。彼がしっかり陰で支えるから、バンドがまとまるんだって。ほら、わたしたち、見てわかる通り自由な子たちばっかりだからさ。野薔薇ちゃんには是非、そんなわたしたちをそっと下から支えてほしいなって思う。
ね、一緒にやろ、合唱!」
三人の強い熱視線にとうとう堪えきれず、野薔薇ちゃんはやれやれと手を振ると無言で頷いた。
「やったー! わらちゃんも仲間だー」
「だー、暑い! あと、いい加減『わらちゃん』言うな!」
そう言いつつ、満更ではない様子の野薔薇ちゃん。
わたしも嬉しくなって、手を前に差し出す。
「これからもよろしくね。ようこそ、美樹、野薔薇!」
わたしの手に、時間差で三人の手が重なった。
その後、わたしたちは一旦解散して、昼から四人での練習を始めた。
美樹は決して歌が下手なのではなく、あくまで自信を失っているだけ。
そう確信していたわたしは、ここで一つ、みんなにある提案をした。
「よし、動き回りながら歌おう!」
思うに、美樹は真っすぐ立ちながらだと、極度に緊張して歌えなくなる。
でも、例えばバスケの練習の時みたいに、自由に身体を動かしながらだと、難なく克服できるはず。
そうして徐々に慣らしていって、いつか普通の状態でも歌えるようにする。
その思惑は見事に的中した。
彼女は軽く動きながらだと、思ったほど音も外さずに歌えていた。
その歌声は高音域が綺麗に出ていて、さらに肺活量が多いためか、息も長く出すことができた。
とはいえ、この動きながらという練習方法は、咄嗟の思い付きのため、常に試行錯誤の繰り返しとなった。
知らない人から見れば、この人たちは一体何をしているんだろうと思われるほど、異様な光景だったに違いない。
でも、そうしながら一歩ずつ、わたしたちは確かに前へと進んでいた。
それともう一つ驚いたのは、野薔薇の歌声の独特さだった。
野薔薇は音程も正確で、少しメロディーを聞いただけでも、すぐに順応して歌えている。
しかしそれ以上に印象深かったのは、彼女の声の低さだった。
目を閉じて聴けば、男の子に間違えられかねないその歌声は、とても深みがあって凛としている。
女子の誰にも出すことのできないような音域で、聴いたら思わずキュンとしてしまう、そんな歌声だった。
それからも何度か練習を重ね、そろそろ一か月が経とうとしていた頃。
わたしは前から考えていたことをみんなに提案した。
「そろそろ結構まとまってきたから、ここで一回、人前で歌ってみようと思うの。どうかな?」
わたしの発言に対し、口々にみんなが意見を述べる。
「確かに、いい頃合いかもね」
「えぇ? ……でも、うち大丈夫かな」
「そうだなあ。大体、どこで歌うんだ?」
全員の注目を一身に浴びながら話を再開する。
「……といっても、やっぱりいきなり何処かのステージじゃハードルが高いから、わたしにいい考えがあるの。よかったら、わたしん家の床屋で歌ってみない?」
案の定キョトンとしているみんなを見渡しつつ、そこに至るまでの経緯を簡単に説明した。
「実は、最近うちの床屋、人が少なくなってきちゃって。それで、何とかしてユニークなアイデアで、お客さんを呼び戻せないかって、ずっと考えてたんだ。それで閃いたの。
週に一回、練習の成果をお店で披露するのはどうかって。そしたらさ、わたしたちは毎回目的を持って練習できるし、お店も話題にならないかな、って思ったの。……ダメ、かな?」
少しの沈黙を挟んで、野薔薇が口を開いた。
「はあ、まんまと桜良の思惑に乗せられてたってわけか。ま、でも案外それで悪くないのかもな」
「うちも、わらちゃんがいいなら、いいと思う! 桜良んちのお店だし、少しだけだったら、頑張って歌えるかも」
美樹も後から頷いてくれた。
残るは早百合だけだ。
恐る恐るその顔を覗き込んでみると、彼女は突然閃いたように頭を上げ、ある単語を口にした。
「……バーバーショップ」
「え、何て?」
わたしが聞き返すと、早百合はまるで子供みたいにワクワクした表情をして言った。
「『バーバーショップ・カルテット』っていうんだけど、昔アメリカでは、床屋の待ち時間に店員やお客さんが一人一パートずつ、全部で四つのパートに別れて、アカペラの歌を歌っていたの。一説じゃ、ポピュラーアカペラはそこから広がったって言われてるんだ。
実際は男声合唱が主流なんだけど、別に女声でも問題ないと思う。こうやって今丁度四人いるし、簡単なアカペラの楽譜も持ってるから、私もやってみたい!」
こうして満場一致で方針が決定し、それからはさらにたくさん練習を重ねた。
各自できることは前もってやって来るようにし、限られた時間で精一杯音を合わせた。
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