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第一章 さかな

(9) 合唱部の真実

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「進展があったみたいだぜ」

 週明けの教室に入るなり、机に肘を立てながら紅葉ちゃんが不敵な笑みをこちらに向けてきた。

「……それ、誰かのモノマネ?」

「この前観た映画がよくあるスパイものでさ、それに出てた、喫茶店の奥の席にいるクールな情報屋みたいな感じ? ……って、そうじゃなくて!」

「はいはい。それで一体、何の進展よ」

 全く話の要領を得ないわたしに、まるでヤレヤレと言いたげに大げさに手を振る紅葉ちゃん。

「そんなの、決まってんじゃん。体育祭のバトン事件のだよ」

「えっ、ほんと?」

「うん、ほんとほんと。北平の友達が教えてくれたんだ。
 まずは、バトンが全部見つかった。その日の夜に校舎の戸締りをしていた用務員さんが見つけたんだけど、なんと『ある部の部室』にあったんだ」

「部室?」

「そう。その部はなんと、合唱部」

 えぇっ!? 思わず大きな声が出てしまって、近くにいたクラスメイトの何人かがビクッと訝しげに見てきた。
 思わずみんなに謝ってから、より小さな声になって聞き返す。

「なんでまた、合唱部に?」

「私もそこは本当に謎なんだけどね。部室の机にまとめてあって、すぐそばにキーホルダー付きの鍵が落ちてたみたいだから、休み明けに合唱部員の聞き取りが始まったんだ。
 そしたら、鍵の持ち主は副部長で、最初はちゃんと否定していたんだけど、結局なぜか合唱部全体の連帯責任という形で処分を受けたらしいんだ」

 そんな。まさか早百合ちゃんのいる北平合唱部の名前がこんなところで出てくるなんて。
 しかも、本当かどうかわからないのに、部に処分が下ってしまったことも不可解だ。

 でも、紅葉ちゃんの話はそれだけでは終わらなかった。

「今からの話がこの事件に関係あるかどうかわからないけど、一応言っておくと、今の合唱部って結構問題ばかりなんだ。
 部長グループと副部長グループの二つに派閥が別れちゃってて、内紛がよく起きていたみたい。
 そして実はさらに噂があって、副部長グループの誰かが他の人に漏らしたらしいんだ。リレー中に何かをするかもしれない、ってことをね」

「その、『何か』って…」

 さあ、そこまでは、と言いかけたところで先生が現れ、この話は一旦打ち切りとなった。
 ホームルームを適当に聞き流しながら、改めて考えてみる。


 少し前に、早百合ちゃんちで合唱部の名前をポロっと言った時、ちょっとだけ様子がおかしかったのには、ひょっとしたらそんな事情があったからかもしれない。

 そして体育祭の日、早百合ちゃんはさらに様子が変だった。
 お昼休憩、片付けの時、どこか思いつめた様子でうつむき、賑やかな周囲からそれなりに浮いてる感じだった。

 そして放課後、少しだけお喋りした後で彼女が向かった先は、確か部室棟の方向だった。
 そう考えた時、ある想像が脳裏をよぎった。

 ……ひょっとしたら今回の事件に、早百合ちゃんが何かしら関わっているんじゃないだろうか。
 例えばバトンを持ち出した犯人のことを知っている、とか、もしくは何かの拍子に気づいてしまったり、だとか。

 あるいは、「彼女自身」が……。

 いやいやいや、そんなことあるはずもない。さすがに、変な方向に考え過ぎた。
 関係しているだけならまだしも、早百合ちゃん自身が、だなんて。

 そんなことをするなんて絶対に思わないし、そもそもそんなことをするような理由もないだろう。
 昔から本当に真面目で優しくて、仲良しな友達だったんだから。

 とはいえ、紅葉ちゃんから聞いた話は、わたしの頭をこれでもかというくらいモヤモヤさせて、結局何も集中できないまま一日は終わった。
 終業チャイムが鳴るのとほぼ同時に、身体が勝手に動き出す。

 わたしにとって、このモヤモヤを解決するベストな方法はただ一つだけ。
 裏山の祠に相談してみるしかない。

 そわそわしながら山奥の洞穴までたどり着き、明かりを灯す。そして変わらずそこに鎮座する祠に向け、恐る恐る今思っていることを打ち明けた。

「……ねえ、神様。わたし、早百合ちゃんとこれからもずっと友達でいたい。
 でもね、彼女がもし何かに巻き込まれていたり、悩んだりしていたとして、一体どうしたらいいのかわからないの。どうしてあげるのがいいのかなぁ」

 最後まで言い終えると、目を閉じただじっと待つ。
 いつもならば、こんな風に祠に話した後は自然と心が軽くなって、抱いていた不安が和らいだり、気づかなかった答えが何となくわかったりする。
 そうやって、今まで色んな悩みや迷い事を解決してきた。

 でも今度はいつもと様子が違う。
 いくら待っても何も感じることはできず、一向に心は晴れることなく、何も答えが見えてこない。
 結局何度か繰り返し念じてみたものの、結果はずっと変わらず、もう諦めて家に帰ることにした。


 一礼して洞穴を出ようとした時、後ろから小さく小皿のようなものが落ちたような、乾いた音が響いた気がした。
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