10 / 87
第一章 さかな
(9) 合唱部の真実
しおりを挟む
「進展があったみたいだぜ」
週明けの教室に入るなり、机に肘を立てながら紅葉ちゃんが不敵な笑みをこちらに向けてきた。
「……それ、誰かのモノマネ?」
「この前観た映画がよくあるスパイものでさ、それに出てた、喫茶店の奥の席にいるクールな情報屋みたいな感じ? ……って、そうじゃなくて!」
「はいはい。それで一体、何の進展よ」
全く話の要領を得ないわたしに、まるでヤレヤレと言いたげに大げさに手を振る紅葉ちゃん。
「そんなの、決まってんじゃん。体育祭のバトン事件のだよ」
「えっ、ほんと?」
「うん、ほんとほんと。北平の友達が教えてくれたんだ。
まずは、バトンが全部見つかった。その日の夜に校舎の戸締りをしていた用務員さんが見つけたんだけど、なんと『ある部の部室』にあったんだ」
「部室?」
「そう。その部はなんと、合唱部」
えぇっ!? 思わず大きな声が出てしまって、近くにいたクラスメイトの何人かがビクッと訝しげに見てきた。
思わずみんなに謝ってから、より小さな声になって聞き返す。
「なんでまた、合唱部に?」
「私もそこは本当に謎なんだけどね。部室の机にまとめてあって、すぐそばにキーホルダー付きの鍵が落ちてたみたいだから、休み明けに合唱部員の聞き取りが始まったんだ。
そしたら、鍵の持ち主は副部長で、最初はちゃんと否定していたんだけど、結局なぜか合唱部全体の連帯責任という形で処分を受けたらしいんだ」
そんな。まさか早百合ちゃんのいる北平合唱部の名前がこんなところで出てくるなんて。
しかも、本当かどうかわからないのに、部に処分が下ってしまったことも不可解だ。
でも、紅葉ちゃんの話はそれだけでは終わらなかった。
「今からの話がこの事件に関係あるかどうかわからないけど、一応言っておくと、今の合唱部って結構問題ばかりなんだ。
部長グループと副部長グループの二つに派閥が別れちゃってて、内紛がよく起きていたみたい。
そして実はさらに噂があって、副部長グループの誰かが他の人に漏らしたらしいんだ。リレー中に何かをするかもしれない、ってことをね」
「その、『何か』って…」
さあ、そこまでは、と言いかけたところで先生が現れ、この話は一旦打ち切りとなった。
ホームルームを適当に聞き流しながら、改めて考えてみる。
少し前に、早百合ちゃんちで合唱部の名前をポロっと言った時、ちょっとだけ様子がおかしかったのには、ひょっとしたらそんな事情があったからかもしれない。
そして体育祭の日、早百合ちゃんはさらに様子が変だった。
お昼休憩、片付けの時、どこか思いつめた様子でうつむき、賑やかな周囲からそれなりに浮いてる感じだった。
そして放課後、少しだけお喋りした後で彼女が向かった先は、確か部室棟の方向だった。
そう考えた時、ある想像が脳裏をよぎった。
……ひょっとしたら今回の事件に、早百合ちゃんが何かしら関わっているんじゃないだろうか。
例えばバトンを持ち出した犯人のことを知っている、とか、もしくは何かの拍子に気づいてしまったり、だとか。
あるいは、「彼女自身」が……。
いやいやいや、そんなことあるはずもない。さすがに、変な方向に考え過ぎた。
関係しているだけならまだしも、早百合ちゃん自身が、だなんて。
そんなことをするなんて絶対に思わないし、そもそもそんなことをするような理由もないだろう。
昔から本当に真面目で優しくて、仲良しな友達だったんだから。
とはいえ、紅葉ちゃんから聞いた話は、わたしの頭をこれでもかというくらいモヤモヤさせて、結局何も集中できないまま一日は終わった。
終業チャイムが鳴るのとほぼ同時に、身体が勝手に動き出す。
わたしにとって、このモヤモヤを解決するベストな方法はただ一つだけ。
裏山の祠に相談してみるしかない。
そわそわしながら山奥の洞穴までたどり着き、明かりを灯す。そして変わらずそこに鎮座する祠に向け、恐る恐る今思っていることを打ち明けた。
「……ねえ、神様。わたし、早百合ちゃんとこれからもずっと友達でいたい。
でもね、彼女がもし何かに巻き込まれていたり、悩んだりしていたとして、一体どうしたらいいのかわからないの。どうしてあげるのがいいのかなぁ」
最後まで言い終えると、目を閉じただじっと待つ。
いつもならば、こんな風に祠に話した後は自然と心が軽くなって、抱いていた不安が和らいだり、気づかなかった答えが何となくわかったりする。
そうやって、今まで色んな悩みや迷い事を解決してきた。
でも今度はいつもと様子が違う。
いくら待っても何も感じることはできず、一向に心は晴れることなく、何も答えが見えてこない。
結局何度か繰り返し念じてみたものの、結果はずっと変わらず、もう諦めて家に帰ることにした。
一礼して洞穴を出ようとした時、後ろから小さく小皿のようなものが落ちたような、乾いた音が響いた気がした。
週明けの教室に入るなり、机に肘を立てながら紅葉ちゃんが不敵な笑みをこちらに向けてきた。
「……それ、誰かのモノマネ?」
「この前観た映画がよくあるスパイものでさ、それに出てた、喫茶店の奥の席にいるクールな情報屋みたいな感じ? ……って、そうじゃなくて!」
「はいはい。それで一体、何の進展よ」
全く話の要領を得ないわたしに、まるでヤレヤレと言いたげに大げさに手を振る紅葉ちゃん。
「そんなの、決まってんじゃん。体育祭のバトン事件のだよ」
「えっ、ほんと?」
「うん、ほんとほんと。北平の友達が教えてくれたんだ。
まずは、バトンが全部見つかった。その日の夜に校舎の戸締りをしていた用務員さんが見つけたんだけど、なんと『ある部の部室』にあったんだ」
「部室?」
「そう。その部はなんと、合唱部」
えぇっ!? 思わず大きな声が出てしまって、近くにいたクラスメイトの何人かがビクッと訝しげに見てきた。
思わずみんなに謝ってから、より小さな声になって聞き返す。
「なんでまた、合唱部に?」
「私もそこは本当に謎なんだけどね。部室の机にまとめてあって、すぐそばにキーホルダー付きの鍵が落ちてたみたいだから、休み明けに合唱部員の聞き取りが始まったんだ。
そしたら、鍵の持ち主は副部長で、最初はちゃんと否定していたんだけど、結局なぜか合唱部全体の連帯責任という形で処分を受けたらしいんだ」
そんな。まさか早百合ちゃんのいる北平合唱部の名前がこんなところで出てくるなんて。
しかも、本当かどうかわからないのに、部に処分が下ってしまったことも不可解だ。
でも、紅葉ちゃんの話はそれだけでは終わらなかった。
「今からの話がこの事件に関係あるかどうかわからないけど、一応言っておくと、今の合唱部って結構問題ばかりなんだ。
部長グループと副部長グループの二つに派閥が別れちゃってて、内紛がよく起きていたみたい。
そして実はさらに噂があって、副部長グループの誰かが他の人に漏らしたらしいんだ。リレー中に何かをするかもしれない、ってことをね」
「その、『何か』って…」
さあ、そこまでは、と言いかけたところで先生が現れ、この話は一旦打ち切りとなった。
ホームルームを適当に聞き流しながら、改めて考えてみる。
少し前に、早百合ちゃんちで合唱部の名前をポロっと言った時、ちょっとだけ様子がおかしかったのには、ひょっとしたらそんな事情があったからかもしれない。
そして体育祭の日、早百合ちゃんはさらに様子が変だった。
お昼休憩、片付けの時、どこか思いつめた様子でうつむき、賑やかな周囲からそれなりに浮いてる感じだった。
そして放課後、少しだけお喋りした後で彼女が向かった先は、確か部室棟の方向だった。
そう考えた時、ある想像が脳裏をよぎった。
……ひょっとしたら今回の事件に、早百合ちゃんが何かしら関わっているんじゃないだろうか。
例えばバトンを持ち出した犯人のことを知っている、とか、もしくは何かの拍子に気づいてしまったり、だとか。
あるいは、「彼女自身」が……。
いやいやいや、そんなことあるはずもない。さすがに、変な方向に考え過ぎた。
関係しているだけならまだしも、早百合ちゃん自身が、だなんて。
そんなことをするなんて絶対に思わないし、そもそもそんなことをするような理由もないだろう。
昔から本当に真面目で優しくて、仲良しな友達だったんだから。
とはいえ、紅葉ちゃんから聞いた話は、わたしの頭をこれでもかというくらいモヤモヤさせて、結局何も集中できないまま一日は終わった。
終業チャイムが鳴るのとほぼ同時に、身体が勝手に動き出す。
わたしにとって、このモヤモヤを解決するベストな方法はただ一つだけ。
裏山の祠に相談してみるしかない。
そわそわしながら山奥の洞穴までたどり着き、明かりを灯す。そして変わらずそこに鎮座する祠に向け、恐る恐る今思っていることを打ち明けた。
「……ねえ、神様。わたし、早百合ちゃんとこれからもずっと友達でいたい。
でもね、彼女がもし何かに巻き込まれていたり、悩んだりしていたとして、一体どうしたらいいのかわからないの。どうしてあげるのがいいのかなぁ」
最後まで言い終えると、目を閉じただじっと待つ。
いつもならば、こんな風に祠に話した後は自然と心が軽くなって、抱いていた不安が和らいだり、気づかなかった答えが何となくわかったりする。
そうやって、今まで色んな悩みや迷い事を解決してきた。
でも今度はいつもと様子が違う。
いくら待っても何も感じることはできず、一向に心は晴れることなく、何も答えが見えてこない。
結局何度か繰り返し念じてみたものの、結果はずっと変わらず、もう諦めて家に帰ることにした。
一礼して洞穴を出ようとした時、後ろから小さく小皿のようなものが落ちたような、乾いた音が響いた気がした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!
雪那 由多
ライト文芸
恋人に振られて独立を決心!
尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!
庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。
さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!
そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!
古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。
見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!
見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート!
****************************************************************
第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました!
沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました!
****************************************************************
あいつが気になる夏
穂祥 舞
BL
県立高校の3年理数科クラスでクラスリーダーを務める平池遥大(ひらいけようた)は、特に親しくしている友人はいないが、常時学年ベスト3の成績とリーダーとしての手際の良さに、皆から一目置かれている。
文化祭が近づき、ホームルームでコンテスト形式の演劇の出演者を決めることになったが、いつも学校行事よりも自分の音楽活動を優先している嶋田奏汰(しまだかなた)が欠席していることに気づいた遥大は、嶋田に「ロミオとジュリエット」のロミオ役を押しつけてしまう。
夏休み、遥大のアルバイト先でライブがおこなわれ、バンドのメンバーに嶋田が入っていた。彼はフィドル(ヴァイオリン)奏者で、その情感あふれる演奏に遥大は驚き、彼への悪感情を少し和らげる。
新学期が始まり、遥大は嶋田が受験先を決められずに悩んでいることを知る。小さなアドバイスをして勉強を少し教えてやると、嶋田はすっかり遥大になついてしまい、その距離感に遥大は戸惑う。
「ロミオとジュリエット」の練習は順調に進んでいたが、ジュリエット役の女子生徒が事故で舞台に上がれなくなってしまう。理数科クラスには女子が少なく、代役がいない。棄権はしたくないというクラスの総意と、何故か嶋田がジュリエット役に遥大を推薦してきたことで、責任感から遥大はジュリエット役を受ける決心をするが、日頃感情を出すことの無い遥大にとって、女性役の芝居の練習は困難を極めて……。
☆完結保証☆ 自由闊達なわんこフィドラー×真面目で優秀なクラスリーダー(密かに美形)、という設定ですがほぼ青春物語で、主人公がにぶちん絶食男子高校生のため、ラブ薄めです。舞台は滋賀県、登場人物は全員こてこての関西弁です! 音楽・写真・演劇のエンタメてんこ盛り。
人生負け組のスローライフ
雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした!
俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!!
ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。
じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。
ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。
――――――――――――――――――――――
第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました!
皆様の応援ありがとうございます!
――――――――――――――――――――――
文学人は自然科学の夢を見る
鶴田みみみ
ライト文芸
全てのエネルギー変換を媒介する万能触媒(VCEC:Versatile Catalyst for Energy Conversion)が実用化された世界。理科系重視に大きく傾いた世の中で、文科系の人間は様々な面でハンデを背負うことになった。理科系のエリートでありながら私立高校の国語教師になった大沢は、のらりくらりと教師生活をしているがーー
Who Am I
ムロヒ
ライト文芸
主人公は見た目は至って普通の刑事であるが解離性同一性障害を持っていた。
多重人格者(28人以上)
1人目:普通でマニアル通りの真面目の人格者(刑事)
2人目:ギャンブラーの人格者
3人目:引きこもり根暗の人格者
4人:目天才IQ200以上の天才人格者
5人目:猟奇的殺人者の人格者
6人目:女子高校生の人格者
7人目:心優しい自称15歳の人格者
8人目:働き者だが自主性がない人格者。他の人格に命令されなければ何もしない。ずっと壁を見つめている。
(その他数十名)
主人公本人も自覚できないほど人格が入れ替わり立ち替わりで悪戦苦闘するストーリー
主人格は猟奇的殺人者の人格であった
決して捕まる事ない連続殺人者
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
『恋しくて! - I miss you. 』
設樂理沙
ライト文芸
信頼していた夫が不倫、妻は苦しみながらも再構築の道を探るが・・。
❧イラストはAI生成画像自作
メモ--2022.11.23~24---☑済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる