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出会いと別れ
第1話 別れの時間
しおりを挟む私は孤児であった。そのうえ、私が生まれたのは戦争が激しく、血まみれの病院の中。息を吸うように人が死んでいく。そんな環境で私は10歳まで過ごした。そこでは「死」があたりまえだった。
その病院は10歳まで孤児の面倒をみてくれる。だが、そこからは1人で生きていかなくてはならない。孤児の成人は10歳だ。
「───じゃあ、気をつけてね。」
目の前にいる女性がそう囁いた。 彼女は浅葱色の艶やかな髪をひとつにしばっている。その鮮やかな髪の内には整った顔が見える。この女性は私が病院で1番良くしてもらった看護師だ。
「はい。行ってきます。今までありがとうございました。」
だが私は機械的に答えた。私は病院を出た。ここからは1人だ。助けてくれる人はもういない。『タタカウ』しかない。
齢10歳、その時にはもう軍隊に入ると決めていた。だが決して軍隊に入隊するのがそう簡単では無いとも知っていた。だから病院にいる間、あの呪いのような言葉を聞いたときから私は自分の体を鍛えはじめた。
誰も強くなる方法なんて教えてはくれなかった。だから自己流で、ただ生きるために、強くなることだけを考えて自分の体を鍛え続けた。
私の名は、「蒼」。苗字なんて孤児だからない。苗字がない子供なんてその頃は大勢いた。だって『センソウ』をしていたのだ。だから別におかしくもない。蒼という名前は、さっき見送ってくれた看護師がつけてくれたものだった。その看護師は病院にいた頃、私に居場所を与えてくれた。
その病院は、孤児を保護はしてくれるが、だいたいの孤児が雇われた手伝いの者、いわゆる従業員からまるでゴミを見るような目でみられていた。だがそれは仕方のないことだった。
孤児を保護したい、というのはもともと医院長の希望であり、すべての従業員に賛成をもらった訳では無い。だから、自分の貰えるはずの給料を孤児達にとられ、さらに自分の給料を奪った孤児達の待遇はよいものである、というのが気に食わないのだろう。
いつも大人達は私や他の孤児達をいじめていた。それで大人達はいい気分になっていたのだ。私達はただ、疲れた大人達がストレスを発散できる人形でしかなかったのだろう。
そんな時に唯一私達を守ってくれたのがさっきの看護師だった。その看護師の名前は、天沢湖子。彼女は18歳という若さで看護師をしていた。
だが決して若い看護師が少ない訳では無い。けれど、天沢瑚子は孤児ではなかった。ちゃんと優しい親もいて、親友と呼べる友達もいる。だから私はなぜ自分を庇うのか、この人のことがまったく分からなかった。時には孤児の気持ちなんて知らないくせにと身勝手に苛立ったりもしていた。
彼女は恵まれた育ちだった。が、孤児達の存在を知り、心を痛めこの病院の看護師となったのだ。それを聞いた時、最初は耳を疑った。そんな理由で人生を捨てるのかと。
病院の看護師は決して楽な仕事ではない。軍人はとてもしんどい、というよりは命を覚悟する仕事で、男性が最も苦労すると言われている。しかし、看護師はそれに次ぐとも言われるほど過酷だ。
特に戦争のなかった数十年前はそんなことも無かったのだが、今となっては毎日何百人もの負傷者や死者が運ばれてくる。負傷者ならば怪我の程度に応じて楽な時もあるが、重傷者の場合は命に危険が及ぶのでとても忙しいらしい。
また、まだ生き残れる可能性が高い若者から先に手当するという方針がある。その方針は若者にはいいかもしれないが、高齢者で病気の人は手当を受けることが出来ず、亡くなることも多々ある。そうなるととても面倒なのが遺族だ。
面倒なという言い方は良くないかもしれないが本当に大変なのだ。私も見たことがあった。遺族が、命の価値がどうたらこうたらと院長にまくしたてたり手を出したりしている人もいた。
ただこちらは言い返せる立場でもなかったし、院長はいつも謝っていた。だからなのか院長はいつも目の下にくまがあったし、しんどそうだった。それには私も可哀想だと思った。
そんな時瑚子は院長と一緒に謝ったり、手を出す遺族から子供たちを守ってくれたりしていた。また、瑚子は子供たちの話し相手にもなってくれたりして人気者だった。
だが、もう瑚子はいない。 そんな大人達から解放されて晴れ晴れしい気持ちもあったがが、やはりもう1人で生きていかなくてはならないと不安にもなった。自分でいうのも何だが、まだ10歳だ。私はその頃、不安な気持ちのほうが大きかった。
しかし、そのことを瑚子にだけは悟られたくなかった。
なぜ、と思うかもしれない。不安だと、そう瑚子に伝えていれば今こうしていなかったかもしれない。瑚子が私を哀れに思い、病院で見習いとして働くことを院長にかけあってくれる───なんていう未来になっていたかもしれない。
私はきっと、自分が哀れだと思われたくなかった。弱い人間なんだと思われたくなかった。1人でも生きていけるんだと、強いんだと思われたかった。私は格好をつけていたかったんだ。
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