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魔窟編

エピローグ

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「ヒャッハー!踊れるぜ!!!」

「こらこら」

 白衣の男が、白髪赤目の少女をなだめる。



 結果として、魔窟は無事に制圧された。魔窟の魔力が尽きてしまったことに文句を言う軍人も居たが、地下から上がってきたマルル達の姿を見ると誰も、何も言わなくなった。…主にジュリアのせいで。




「帰ったぞ」

「おかえりなさい、そしてお疲れ様、詠次君」

「ほら見ろよこれ!」
ジュリアが自慢げに真っ白な手足を見せる。

「おおー…。良かったやん。すまんね迷惑かけて」

「別にいいんだよそんなの!お互い様お互い様」

「ところで、どこに行っていたのですか」

 ヴィレーが問いかける。粗方答えの察しが付いているような表情だ。



「ああ。死んだ傭兵達の葬式に行っていた」

「そうですか。因みにデータ的には今回は並程度の死者だったようです。ハプニングも含めて中々良好な結果ですね」

「まじ?葬式って結構面倒くさくね?よう耐えれるわあんなん」



「ああ、そね」

 詠次が笑いながら曖昧に返す。やっぱり彼らと付き合っていると命の重みが軽くなるような気がして怖いな、と彼は思った。






 もしかして、マルルの丁寧語はこれのためなのか…?
 本能的に、彼らから距離を取っているのか…?



 そんな考えがふと彼の頭を掠めたが気にしないことにした。彼はビニール袋を持って、マルルの部屋へと向かった。

「はっはい!誰でしょうか」

「俺ぞ。俺俺」

「…」

「おーい」

「はい、俺さんですね。詐欺は犯罪ですよ」

「何を言うか」

「どうぞ」

 変な冗談を言いつつ、マルルは詠次を部屋の中へ入れる。彼女にしては珍しく遅く起きたようで、布団がめちゃくちゃになっていた。換気扇が回してあり、いつもの火薬の匂いもしない。彼女らしからぬ部屋だった。


「魔法使いさんとサブレさんからお前にプレゼントだってよ」

「やった」

 詠次は袋から中身を取り出す。サブレから二人へのお礼はお菓子、まさかのチョコサブレだった。どうやら自分でも意識していたらしい。

 ローズ…あの時の魔法使いからはマルル宛にペンダントが送られてきた。片面は彼女、もう片方はマルルだった。友達だよ的な意味なのだろう。

「私、実は最初はあの人苦手だった…」

「え、そうなん」
 マルルが苦笑する。

「あんま関わっとらんけんなあ。どうやばかったの?」

「なんかめっちゃ責任転嫁してる気がして。ほら、自分は悪くないー的な」


「あーね!喋り方とか癖でそうなる人はよう見るけど、中々目立つわな」

「でも、本当はいい人だった」

「…そか。良かったな巡り会えて。今度連絡先でも繋げて貰え。この家の奴としか繋がらんのも卒業や」

「いいね。聞いてきて」

「俺任せかい!」






「じゃ、俺は戻るからな」


 暫くの話の後、詠次はそう言ってドアに手を掛ける。

 しかし、マルルはそこで立ち上がり、彼のもう片方の手を掴んだ。

「ん?どした?」

「まだ、私に言わなくちゃいけないことが残ってる」

 マルルは真剣な表情で詠次を見つめた。





「…ごめんなさい、か?」


「ちゃんと言ってよ!!」

 詠次はドキリとした。

「地下に降りて来なかったあの時、私本当に心配したんだよ!!なんで何も言わずにそんなことするの!ねえ!!」

 彼女の目が段々と潤い、声が揺れていく。今の彼女は自分の気持ちを彼にぶつけることで精一杯だった。

「…」

 彼は一挙に押し寄せる責任感を感じていた。途中で事件があったとはいえ、あんなつまらない喧嘩のせいでマルル、そして他の人間にも被害を与えてしまった。それなのに、自分は今まで何も感じていなかった。マルルが起こるのも当たり前だし、当然自分はこの失態を詫びなければならない。

「…すまんね」

「今回は俺と…いや、俺の馬鹿な行為が事態を悪くした。そのせいで二人が死にかけ、お前にも辛い思いをかけてしまった。

 …本当に、申し訳ない」




 詠次は彼女に頭を下げた。その直後、彼は全身に体温を感じた。

「本当に、寂しかったんだよ…」


 嗚咽しながら詠次を抱きしめる彼女。彼女は幸せだった。彼が自分を大切にしてくれている、その証拠さえあればそれで十分だった。今生きて一緒に居られる幸福を、魔窟で抱擁を躱されたあの時の分も含めて、一緒に分かち合っていたかった。

 詠次もまた彼女を気にかけていたが、それは彼女の心の傷が出来たかどうかの不安が主だった。歪な対人関係、殺意、そして人の死。これらによって、人間年齢にしてまだ二十歳にもなっていない彼女が、一生癒えない精神的な傷を付けられるかもしれない、ということを心配していた。だが彼女の抱擁を見ると、感情を表現するという点で心が健全に育っている、そんな気がして、少し不安が取り除かれるような気がしたのだ。そんな彼の安堵が、彼女を抱きしめ返した。





 いつもより遅めに作られた朝食の匂いが、家全体を包みこんでいた。
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