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43 子ぐまの見守り
しおりを挟む作業場のテーブルについたコニーは必死の顔で「……というわけで」と、言った。
「いろいろありましたが、我々はここから再び解呪薬の調合をがんばらなければなりません!」
「…………」
令嬢の襲来や鼻血だの……いろいろあったが、動揺している場合ではない。
負けている場合ではない。
と、テーブルに手をついて、真剣な顔で言っているコニーに、フランソワはしばし無言であったが、頷く。
「そうですね。僕も大人の恋愛見学はいろいろと興味深かったんですけど。コニーさんもそろそろ本職に戻られた方がいいかもしれませんね」
子熊少年がそう言うと、「大人の恋愛見学」というところでコニーが思い切りダメージを受けた。
「でも、昨日みたいにあまり根を詰めると、またスタンレー様が突撃してくるのでほどほどにした方がいいと思いますけど。僕も告げ口はためらいませんし」
「フ、フランソワ……」
なんだか出会った当初はあんなに気が弱そうだった少年が、随分しっかりして来たものである。
感心しつつも、それが自分が情けない姿を見せ続けてしまったせいのような気がして恥ずかしいコニー。自分もしっかりしなければと思わされ、姿勢を正す。
「そこでですが……私はここで禁断の手を使いたいと思います……」
「? 禁断?」
真剣な顔のコニーにフランソワがキョトンとする。
「はい……トラブルもあり、現在作業がとても遅れています。このままですと──私はスタンレー様の愛くるしさに負けて、ずっと騎士団にいたいがためにずるずる納期を遅らせてしまう気がするんです!」
「……」
わっと顔を両手で覆って嘆く金髪の娘に、フランソワが無言。『スタンレー様、愛くるしい』のところでも異議で胸がもやついたが、賢い少年は、それで……と先を促す。突っ込んでもしょうがない。彼女は本気なのだから。
「禁断ってなんですか?」
僕にもお手伝いできることですかと少年従騎士が問うと、コニーは真剣な顔を上げて大きく頭を縦に振った。
「ええもちろん。フランソワたちのお手伝いがないと……きっと、できないと思います」
両手を祈るような形に組み、必死な瞳で訴えてくるコニーに、フランソワがゴクリと喉を鳴らす。
「それはいったいどんな……」
「はい。つまり──本件の問題は、愚かにも私が作業に集中できないこと。ですから……原因を、断たねば」
深刻で、緊張した面持ちのコニーは、重い口調で言った。
「いつまでもときめき萌え転がって、無様に鼻血など垂らしながら、いただいたお仕事を蔑ろにするような真似を、このフリーの魔法薬師がやっていていいわけがないのです……!」
スタンレーのためにも、騎士団のためにも、自分の社会的信用というもののためにも。
その青白い顔の、異様にも思える決意の目に、フランソワが気圧されている。
「ときめき禁止、萌え禁止、鼻血禁止。ですから私はスタンレー様を……」
「は、はい」
「──出禁に──、したいと思います」
「……で、……きん……?」
フランソワの顔が、一瞬意味がつかめないという表情をした。そして何言ってるんだこの人……という表情へ移行し、ハッとした。
──禁断は禁断でも……どうやら──……
コニーに禁断症状の出そうな手段……と、いうことらしかった。
「……、……、……あの…………でもそれだと……またふりだしっていうか……こないだと同じ流れっていうか……。コニーさんが根を詰めていることに怒ったスタンレー様がまた突撃してくるんじゃないですか……?」
しばしの沈黙のあと。おずおずと手をあげたフランソワが指摘すると、コニーは目を閉じて、それなんですが……と彼に返す。
「私そもそもを考えたんです。どうしてスタンレー様のようなお方が、私のような者にお構いになるのだろうと……」
国の英雄スタンレー。彼のような立派な人が、どうして自分の鼻血など拭きに来てくれるのだろうと。
よく分からないのですが、と前置きをするコニーに、フランソワが密かに生暖かい眼差しで呆れているが、まあそれは置いておいて……
コニーは言った。
「……スタンレー様は、どうやら私が不健康な生活をしているところが引っかかっておいでなのだろうと……」
寝ろと寝台に連れて行かれたり、食べろと食堂で迫られたり。
規律正しく厳しい騎士団の長であるスタンレーは、おそらく不健康であり、自己管理のできていない業者(※コニー)を許せないのだろう。
「つまり、そこを解消すれば、スタンレー様も安心なさるのではないかと思うんです」
「はぁ……」※呆れ
コニーは真剣な顔でフランソワに向き直って、彼を見つめる。
「そこでフランソワ君にお願いです。私の、健康観察をしてください」
「健康観察……」
コニーは両膝に手を突いて前のめりで宣言した。いつの間にか……少年に対し、すっかり敬語になっている。
「毎日書面で報告いたします! 起床と就寝の時間を記録します! あとは食事内容と、体調も! それを、フランソワ伝手にスタンレー様に提出すれば、わざわざご足労いただき、私が萌え転がることもなくなると思うんです」
「……」
「そうして集中して! 最速で! 解呪薬をお作りしますとスタンレー様にお伝えください!」
ご期待に添います! と、堅く誓いながら──……コニーはそうして解呪を果たした後のことへ、思いを馳せる。
そうして依頼を成し遂げ、彼の言葉を取り戻したら。その時は、ご褒美として、少しだけでも彼と会話を楽しませてもらえないだろうか。
マリウスは『快も不快も交流しなきゃ生まれない』と諭してくれた。
それなのに、また“スタンレー断ち”をするとは何故だと思われるかもしれないが。ただ、コニーとしては、ここに来た役目を果たしていてこそ、自分にはそれが出来ると思った。
スタンレーのお陰で少しは悩みも和らいだが、もとより頬のアザのせいで自分には自信がない。……おまけに好きな人の前で鼻血を出すという失態を犯した。二度も。
……考えてみて欲しい……想い人の手を己の鼻血で汚したのだ。これは本来なら、思い出すだけでも軽く七日は布団の中に引きこもって落ち込める案件である……。
だからせめて。期待されている役目を果たさずしては、コニーは自信を持って、スタンレーの前に立てないのだ。
(……頑張ろう……)
コニーはため息をついた。
──スタンレーと、話したい。
その想いが胸を締め付けるようだった。
「………………」
そんなコニーの横顔をはたから見て。フランソワもため息をつく。
どうやらコニーはコニーなりにいろいろと考えて、それを決めたらしい。フランソワは思った。
「……ここは僕が大人になって応援してあげなくちゃいけない気がする……」
コニーはとてもスタンレーに会いたそうなのに、彼を出禁とは。またずいぶん回りくどいことをしているような気もするが。フランソワは、フッと達観した笑みを薄く浮かべる。
「……本にも書いてあったもんな……“人生時には回り道も必要”“見守ることも大切だ”って……」
子熊はまた少し、大人びた。
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