にゃんにゃん言ってもダメですよ騎士団長さま! 〜偏愛魔法薬師とワガママな狼の騎士〜

あきのみどり

文字の大きさ
上 下
41 / 49

40 相談相手不適合者、ハルシロ

しおりを挟む
 

 ──さて、ところ変わって。

『団長がいるとコニーちゃんが落ち着かないから』
『あ、そんなに心配なら、コニーちゃんの夕食でも持って来てください』──と。

 半ば強制的にマリウスに部屋を追い出された男はその頃──……


「…………ん?」

 団員の一人が気がついた。
 食堂の端で誰か──赤い後頭部に大きな背中とくれば、顔が見えずとも、それが誰であるかはすぐに知れるが……。広いテーブルの並んだ部屋の隅っこで、背中を丸めた大柄な背を発見し、その団員は怪訝な顔をした。

「…………団長はあそこで何をしていらっしゃるんだ?」

 と、傍のテーブルで食事をしていた騎士が答える。

「ん? ああ……知らねえ。さっきからずっとあそこでなんか話し込んでるな」
「話している? 誰と」

 騎士はテーブルに着きながら続けて聞いた。
 団長は一人でしゃがみ込んでいるように見えたが……どうやらその巨軀に隠れた向こうに誰かがいたらしい。

「……ダメだ、団長が邪魔で見えん、誰とあんなに熱心に……マリウス様か?」

 と、向かい側で夕食を食べていた団員は違う違うと手を振る。

「ハルシロだよ、猫族の」
「ハルシロ? それはまた……どういう組み合わせだ……?」

 小さな従騎士の名を聞いて、騎士は一層変な顔をした。が、相手の男は「さあ」と肩を竦める。

 ──騎士団長と、年端も行かない子猫の従騎士。
 さて。傍目には、大小、おかしな組み合わせだが……その時、二人はとても真剣に──……

 ──ニャーニャー言っていた。

「にゃー? にゃ?」(※スタンレー。顔が険しい)
「にゃあにゃあ」(※ハルシロ。うんうん頷いている)
「にゃ……⁉︎」
「にゃん」
「にゃ、にゃぁあああ……⁉︎」(※スタンレー。必死)
「にゃ?」(※ハルシロ。何もわかってなさそう)


「………………──や、あの組み合わせはダメだろ……」
「…………」

 その猫語オンリーで繰り広げられるやりとりを──外から眺めていた男は思わず突っ込んだ。向かい側の男も沈黙する。
 ──どうやら。スタンレーはハルシロに何かを相談(?)しているようだ。が、はっきり言って……相談相手を間違っているようにしか見えなかった。
 鈍感ガサツな英雄と、どこかのんびりぼんやりした少年ハルシロ。……あの組み合わせの二人で、一体何が解決するというのだろうか……
 男達は皆、微妙そうな顔つきをした。が……あの会話では、他種族の彼らの誰もその会話の内容すら分からず。助言もしようがなく……

「……」
「……」

 男達が戸惑った顔を見交わしているうちにも、スタンレー達はずっと「にゃあにゃあ」会話を交わしている。そんな二人の様子に、いつの間にか周囲には彼らに見入るギャラリーが増えて来て。
 ……微妙なような……滑稽なような……癒されるような……
 それはなんだかついつい見入ってしまう、とても珍妙な光景だった。

 ……ふと、騎士が言う。

「…………まあ、多分重要な内容ではないんだろうが……内容が気になるな。どうする? 通訳を連れてくるか?」
「……、……、……、……いや……なんか……見てると団長が面白いからやめとこうぜ」

 だいぶん悩んでから、騎士はそう言った。
 会話の内容は気になるが──普段は道に何かが置いてあっても、たとえそれが邪魔であったとしても。手で退けるようなこともせず、巨軀で弾き飛ばして通るようなスタンレーが。部屋の隅でちんまりと背を丸めて子供と、必死に「ニャーニャー」言っている様は、騎士達に、何かしらの癒しを与えたようである。
 通訳されると逆に夢が壊れそうだからやめとこうぜ……と騎士。相手の男もなんとなく気持ちは理解できたらしい。──深く頷く。

 そんなことをコソコソと囁きながら。男達はスタンレーとハルシロを生暖かい眼差しを向ける。
 そんなこととはつゆ知らず……見守られているスタンレー達は、ひたすらにゃーにゃーと鳴いていた。
 その会話の中身が──ある一人の女性のことであるなどとは、まさか周囲の者達は誰も思いもしなかった。

 ──作業場を追い出されたスタンレーは、とても気になっていた。
 実は彼は、コニーが自分に対して頑なだった訳を、まだ理解していなかった。
 ……いや、なんだか興奮した娘が色々と言っていたのは彼も聞いたのだ。しかし……半信半疑。彼自身、自分を『可愛い』などと形容してくる者はなかなかいないもので……しかも床に転がり落ちてまで……『可愛い』ともんどりうたれるとは──まだ、事態がよく呑み込めずにいた。
 『凛々しい』やら『屈強そう』などと言われることはあるのだ。が、成人してからというもの、親にですら『可愛い』などとは言われることはない。色々と無頓着な彼でも、流石に鏡に映る自分の巨体はもちろん知っていて。あれを見ての『可愛い』というコニーの言葉は、彼に少々の混乱をもたらしていた。

(……あれは……いったい………………)

 彼は不可思議に思い、悩み、気を揉んだ。そして男は待ちきれず聞いた訳だ。手近にいて、彼の呪いで変質した言葉でもすぐに解する少年──ハルシロに。ハラハラしながら『どうしてだと思う?』と。

 ──しかし。
 当然の如く、それは相談相手を間違っていた。
 せめて相手がフランソワであったならば、もう少し核心をついた会話も可能だっただろう。だが、彼は自分は猫語ができないからハルシロ、スタンレー様と待っていてね、と……コニーの食事を取りに料理長のところへ行ってしまって。

 残された子猫従騎士、曰く。

『コニーたんが怒っていたのは、“病”です。フランソワが言ってました』

 フランソワが言うなら間違いがないのだと。ぴっこーん! と、断言する子猫。
 それを聞いてスタンレーはギョッとした。

『や、病⁉︎ ではやはり、あの娘は体調を壊していたのか⁉︎』
『らしいです』

 異国出身、まだまだこの国の言葉を勉強中のハルシロには──フランソワの言った『恋とか変とか』は、理解できていなかった。どうやら……『コイトカヘントカ病』というものがあると思い込んだらしい。
 スタンレーの問いにハルシロはこっくりと頷いて見せて。その確信的な様子を見たスタンレーは、そういえばコニーはどこか言動がおかしかった、なるほどそのせいだったのか……と、納得してしまった。

「にゃん……(なんと……)」

 そんなことであったとはと。
 あの娘、俺様の面倒など見ている場合ではないではないかとスタンレーは、一層の不安に駆られたのだった……。



しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

王太子様、丁寧にお断りします!

abang
恋愛
「……美しいご令嬢、名前を聞いても?」 王太子であり、容姿にも恵まれた。 国中の女性にはモテたし、勿論男にも好かれている。 そんな王太子が出会った絶世の美女は少し変……? 「申し訳ありません、先程落としてしまって」 ((んな訳あるかぁーーー!!!)) 「あはは、面白い冗談だね。俺の事を知ってる?」 「はい、多分王太子殿下ではないかと……」 「……うん、あたりだね」 「じゃあ、落とし物を探して参りますので……さようなら」 「え"っ!?無礼とか、王太子殿下だ、とか考えない?」 「ワーオウタイシサマダ、ステキ……では失礼致します」 「……決めた、俺は彼女を妻にする」 「お断りします」 ちょっと天然なナルシ王太子×塩対応公爵令嬢 「私は平和で落ち着いた愛を育みたいので」 「俺は、キミと愛を育みたいよ」 「却下!」

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

いつか国のお外にほっぽりだされる、というのなら…。

イチイ アキラ
恋愛
「ディアーナ! お前との婚約を破棄する!」 その日、アルテール公爵令嬢のディアーナは国外追放を命じられた。 王太子ヒューバードの愛しき人、ソレイユへの非道の罪により。 ソレイユは義母と義姉より虐げられる哀れな娘であった。 そんな娘をディアーナも、また。 嗚呼、なんて冷たい女だろう――と。 そしてディアーナは、国のお外にほっぽりだされた。

処理中です...