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40 相談相手不適合者、ハルシロ
しおりを挟む──さて、ところ変わって。
『団長がいるとコニーちゃんが落ち着かないから』
『あ、そんなに心配なら、コニーちゃんの夕食でも持って来てください』──と。
半ば強制的にマリウスに部屋を追い出された男はその頃──……
「…………ん?」
団員の一人が気がついた。
食堂の端で誰か──赤い後頭部に大きな背中とくれば、顔が見えずとも、それが誰であるかはすぐに知れるが……。広いテーブルの並んだ部屋の隅っこで、背中を丸めた大柄な背を発見し、その団員は怪訝な顔をした。
「…………団長はあそこで何をしていらっしゃるんだ?」
と、傍のテーブルで食事をしていた騎士が答える。
「ん? ああ……知らねえ。さっきからずっとあそこでなんか話し込んでるな」
「話している? 誰と」
騎士はテーブルに着きながら続けて聞いた。
団長は一人でしゃがみ込んでいるように見えたが……どうやらその巨軀に隠れた向こうに誰かがいたらしい。
「……ダメだ、団長が邪魔で見えん、誰とあんなに熱心に……マリウス様か?」
と、向かい側で夕食を食べていた団員は違う違うと手を振る。
「ハルシロだよ、猫族の」
「ハルシロ? それはまた……どういう組み合わせだ……?」
小さな従騎士の名を聞いて、騎士は一層変な顔をした。が、相手の男は「さあ」と肩を竦める。
──騎士団長と、年端も行かない子猫の従騎士。
さて。傍目には、大小、おかしな組み合わせだが……その時、二人はとても真剣に──……
──ニャーニャー言っていた。
「にゃー? にゃ?」(※スタンレー。顔が険しい)
「にゃあにゃあ」(※ハルシロ。うんうん頷いている)
「にゃ……⁉︎」
「にゃん」
「にゃ、にゃぁあああ……⁉︎」(※スタンレー。必死)
「にゃ?」(※ハルシロ。何もわかってなさそう)
「………………──や、あの組み合わせはダメだろ……」
「…………」
その猫語オンリーで繰り広げられるやりとりを──外から眺めていた男は思わず突っ込んだ。向かい側の男も沈黙する。
──どうやら。スタンレーはハルシロに何かを相談(?)しているようだ。が、はっきり言って……相談相手を間違っているようにしか見えなかった。
鈍感ガサツな英雄と、どこかのんびりぼんやりした少年ハルシロ。……あの組み合わせの二人で、一体何が解決するというのだろうか……
男達は皆、微妙そうな顔つきをした。が……あの会話では、他種族の彼らの誰もその会話の内容すら分からず。助言もしようがなく……
「……」
「……」
男達が戸惑った顔を見交わしているうちにも、スタンレー達はずっと「にゃあにゃあ」会話を交わしている。そんな二人の様子に、いつの間にか周囲には彼らに見入るギャラリーが増えて来て。
……微妙なような……滑稽なような……癒されるような……
それはなんだかついつい見入ってしまう、とても珍妙な光景だった。
……ふと、騎士が言う。
「…………まあ、多分重要な内容ではないんだろうが……内容が気になるな。どうする? 通訳を連れてくるか?」
「……、……、……、……いや……なんか……見てると団長が面白いからやめとこうぜ」
だいぶん悩んでから、騎士はそう言った。
会話の内容は気になるが──普段は道に何かが置いてあっても、たとえそれが邪魔であったとしても。手で退けるようなこともせず、巨軀で弾き飛ばして通るようなスタンレーが。部屋の隅でちんまりと背を丸めて子供と、必死に「ニャーニャー」言っている様は、騎士達に、何かしらの癒しを与えたようである。
通訳されると逆に夢が壊れそうだからやめとこうぜ……と騎士。相手の男もなんとなく気持ちは理解できたらしい。──深く頷く。
そんなことをコソコソと囁きながら。男達はスタンレーとハルシロを生暖かい眼差しを向ける。
そんなこととはつゆ知らず……見守られているスタンレー達は、ひたすらにゃーにゃーと鳴いていた。
その会話の中身が──ある一人の女性のことであるなどとは、まさか周囲の者達は誰も思いもしなかった。
──作業場を追い出されたスタンレーは、とても気になっていた。
実は彼は、コニーが自分に対して頑なだった訳を、まだ理解していなかった。
……いや、なんだか興奮した娘が色々と言っていたのは彼も聞いたのだ。しかし……半信半疑。彼自身、自分を『可愛い』などと形容してくる者はなかなかいないもので……しかも床に転がり落ちてまで……『可愛い』ともんどりうたれるとは──まだ、事態がよく呑み込めずにいた。
『凛々しい』やら『屈強そう』などと言われることはあるのだ。が、成人してからというもの、親にですら『可愛い』などとは言われることはない。色々と無頓着な彼でも、流石に鏡に映る自分の巨体はもちろん知っていて。あれを見ての『可愛い』というコニーの言葉は、彼に少々の混乱をもたらしていた。
(……あれは……いったい………………)
彼は不可思議に思い、悩み、気を揉んだ。そして男は待ちきれず聞いた訳だ。手近にいて、彼の呪いで変質した言葉でもすぐに解する少年──ハルシロに。ハラハラしながら『どうしてだと思う?』と。
──しかし。
当然の如く、それは相談相手を間違っていた。
せめて相手がフランソワであったならば、もう少し核心をついた会話も可能だっただろう。だが、彼は自分は猫語ができないからハルシロ、スタンレー様と待っていてね、と……コニーの食事を取りに料理長のところへ行ってしまって。
残された子猫従騎士、曰く。
『コニーたんが怒っていたのは、“病”です。フランソワが言ってました』
フランソワが言うなら間違いがないのだと。ぴっこーん! と、断言する子猫。
それを聞いてスタンレーはギョッとした。
『や、病⁉︎ ではやはり、あの娘は体調を壊していたのか⁉︎』
『らしいです』
異国出身、まだまだこの国の言葉を勉強中のハルシロには──フランソワの言った『恋とか変とか』は、理解できていなかった。どうやら……『コイトカヘントカ病』というものがあると思い込んだらしい。
スタンレーの問いにハルシロはこっくりと頷いて見せて。その確信的な様子を見たスタンレーは、そういえばコニーはどこか言動がおかしかった、なるほどそのせいだったのか……と、納得してしまった。
「にゃん……(なんと……)」
そんなことであったとはと。
あの娘、俺様の面倒など見ている場合ではないではないかとスタンレーは、一層の不安に駆られたのだった……。
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