にゃんにゃん言ってもダメですよ騎士団長さま! 〜偏愛魔法薬師とワガママな狼の騎士〜

あきのみどり

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36 コニー、鼻血の後悔

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 スタンレーにグリグリされながら、コニーはしかし、そんな彼の首元を見て苦悩するような表情を見せた。
 スタンレーの首元の呪いの陣はより複雑化し、強固になってしまっている。一見しただけでは、その変化を把握することすら難しい。

「……はあ……もう、なんてこと……」

 これでは再び解呪の方も準備からやり直しである。
 と、コニーのつぶやきを聞いて、呪いの呪式の見えないマリウスが、恐る恐る問うて来る。

「どう? やっぱりスタンレー様のこれって……呪いのせい、なんだよね?」

 その問いに、コニーは渋い顔でこくりと頷いた。

「……呪式の陣が変化したことが原因としか考えられません。幸い鳴き声以外にはスタンレー様に異変は見られませんが、あの……エセ魔法使い……」

 コニーが低音で呻くように言うと、スタンレーがすかさずコニーの頭をグリグリ撫でる。

「う……」
「なぁぁ……」
「あのね、コニーたん、スタンレーたまがオチツケ、って」

 従騎士づてに窘められたコニー。髪をかき混ぜるように撫でられて、スタンレー自身が先ほど整えたはずの金髪は再びすっかりボサボサになりつつある。
 しかし、そんなガサツな慰めにも──偏愛娘コニーはグッと目頭を熱くする。
 つらいのは呪いを受けているスタンレーのほうのはずで。その優しさが心に染み入る反面、己が慰められてどうするのだと不甲斐なく思った。その想いが──娘の偏愛を加速させた。
 コニーは強く奥歯を噛みしめる。

「大丈夫──私、愛するスタンレー様のためなら! 落ち着いて! 巧妙に! あの男を燃えカスにして来ますよ⁉︎」
「なぁぁああぁぁ!」

 意気込んで立ち上がったコニーに……途端スタンレーが(おそらく猫語で『やめろ』と言いながら)ブルンブルンと首回りの毛を揺らし頭を横に振っている……


「………………ねぇ……」

 ──と、そこでマリウス。
 神妙な顔つきの青年は、隣にやって来たフランソワに、シン……ッと静寂に包まれた眼差しで問う。

「……あのさ、……目の前で堂々と愛が告られてるんだけど……どうしたらいい?」

 聞いてていいやつかな……僕ら退散したほうがいいの? と、困惑の眼差しで助けを求めてくる大人に、フランソワは冷静に首を振る。

「しっ! 静かにマリウス様! 邪魔したらダメですよ」
「でも……あれ多分コニーちゃん全然落ち着いてないよね……?」

 自分が「愛」とか口走っていること気がついてないよね? あとで後悔に苛まれるのではと、心配そうなマリウスに、大人びた顔のフランソワは首を振る。

「時には勢いも大事ですよ、コニーさん見るからに奥手そうだし、スタンレー様も激鈍だし」
「…………そ、うか……な……ぅん……まあ……」
「うだうだ言わず、そっとしておきましょう、ね? 恥をかくことを恐れていたら何にも進展しないんですよ?」
「う、うん……」

 高僧のような顔で静かに圧をかけて来る子熊の顔に、マリウスはまあそうだよね……と、沈黙。
 しかし……従騎士にここまで言われるスタンレー騎士団長っていったい……
 マリウスの獣の耳は、微妙そうに下がり切っていた……




「……コニーさん、落ち着きました?」

 職務に戻るというスタンレーとマリウスたちと別れて。
 作業場に戻り長椅子にしょんぼりと座り込むコニーに……フランソワが温かい茶を手渡した。
 立ち上る湯気を見つめながら、深くため息をつく魔法薬師に、フランソワは、これからどうしますかと聞いた。

「……とりあえず……呪いの様式は書き写してきたから、これを元に解読をして、もう一度はじめからやり直しかな……」

 すでに前の呪いに合わせて処理してしまった材料の多くはもう使えない。
 その下処理からやり直しだと言うと、フランソワが気掛かりそうな顔をした。

「コニーさん……あんまり無理しないでくださいよ? スタンレー様もゆっくりでいいって言ってましたし……」

 これまでも、コニーは随分根を詰めて作業を進めていた。
 そこへ来てこの騒ぎでは、意気込む娘がさらに気負ってしまわないかが心配だった。ここを去る時、スタンレーも眉間にかなり深いシワを寄せていたが……あれはフランソワと同様にかなり彼女を心配していたのだと少年は思う。
 そして彼が懸念した通り──案外頑固、そして嘘のつけないコニーは少年の言葉に頷かなかった。

「でも……だって、私があそこで鼻血なんか出さなければ……」
「……ん? はなぢ?」

 は? と、フランソワ。
 コニーがスタンレーの接近に頭に血を昇らせて、鼻から流血したことを知らない少年は……いったい何のことだと怪訝そう。が、コニーはそれどころではないらしい。うっすら瞳に涙を溜めながら、娘は鼻声で嘆く。

「はぁあぁ……わ、私がスタンレー様に興奮して動揺してしまったせいで! でなければあんな……あんな雑な魔法を使う人に遅れを取ってしまうことなんか……! だってスタンレー様があまりにも凛々しくておいでで……!」
「…………」

 苦悶の表情で「情けないっ」と悔いる娘に──フランソワちびっ子は微妙そうに無言である。(まあ、何やら二人に素敵なことでも起こっていたのだな……と少年はその微妙な気持ちをそっと胸にしまうことにした)
 と、コニーはしゅんと肩を落とし、つぶやく。

「それに──……」
「? それに?」
「…………」

 言葉を切って黙り込んだコニーに、フランソワは不思議そうに問う。
 しかしコニーから返事は返ってこない。彼女は俯いて、己の胸を手で押さえたまま、なぜか気まずそうな顔で床を見つめている。頬が微かに赤い気がした。

「? コニーさん?」
「ぅうぅ……!」

 どうしたんですかと、少年が続けようとした瞬間……コニーが、おもむろに長椅子から勢いよく立ち上がった。娘はそのままの勢いで、手に持っていた茶をぐいっと一気に飲み干して──

「え、ちょ、それ──」

 フランソワは驚く。茶は淹れたてで、まだ相当に熱いはずで──と、
 案の定、ひと息にそれを口に入れたコニーは、うっと顔を歪め、身を折り床に膝をついた。

「ぅっ、っ、っ……!」
「コ、コニーさん──⁉︎」

 フランソワは慌てて駆け寄り、涙目で熱さを堪えているらしい娘の背をさする。

「だ、大丈夫ですか⁉︎ 火傷しませんでした⁉︎」
「っ、っ……あ、ありがとうフランソワ……だ、大丈夫……! いいの……! これくらいの方が戒めに……」
「い?」

 ヒリヒリしているのだろう、痛そうに舌を出しつつ言うコニーの言葉に、フランソワがキョトンとする。が、コニーは、気遣ってくれる従騎士に大丈夫大丈夫と繰り返し、握りしめていた茶器を、コンッ! と、キレのいい音を立ててテーブルに置いて。その手で傍に置いてあった紙──スタンレーの首の呪式を書き写したもの──を、ぐっと強く握りしめた。

「コニーさ……」

 と、フランソワは、上げられた顔のコニーの顔に目を瞠る。
 娘の瞳は決意に燃えていた。

「──大丈夫……私、絶対に! すぐに解呪薬を作り上げてみせるわ!」
「コ、コニーさぁん、ダ、ダメだよ無理しちゃ──」

 コニーの気迫にフランソワが怯む。が、コニーは「ありがとう! 大丈夫!」の一点張りで──……
 彼女はそのまま鬼気迫る顔で作業台のほうへ駆けて行ってしまった。
 残された世話役の従騎士は、困り切った表情でオロオロとしていたが……結局は慌ててコニーのあとについて行くのだった……


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