にゃんにゃん言ってもダメですよ騎士団長さま! 〜偏愛魔法薬師とワガママな狼の騎士〜

あきのみどり

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30 コニーの情けない告白

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 困った……!


 と──いう顔で、真っ赤になっている娘の顔を不意に見て。その茹だりそうな色に少々驚いたスタンレー。
 彼は獣人ゆえに、あまり人族の変化する顔色には詳しくないが……
 ハッとした。
 せっせ、せっせとコニーの金髪を整えていた(悪化させていた)男の手がはたと止まる。
 そういえば……以前、半分人族のマリウスが激怒した時に、このような顔色になったことがあったなと。
 
(……もしや……怒っている……のか?)

 コニーの額に滲む汗。赤らんだ顔。奥歯を噛みしめたような表情は俯いている。それにどうやら……動悸が著しく激しい。
 その小刻みな振動は、スタンレーが触れている彼女の髪にまでありありと伝わってくる。
 ふともしや娘が怒りに震えているのかと不安に駆られた男は……おそるおそる彼女の匂いをスンスンと嗅ぎ──そんな彼の行動にも娘が心の中で絶叫していることにも気がつかず──その中にある感情を探ろうとして──そして、ホッと胸を撫で下ろした。

(うむ……別に嫌がっているわけではないな)

 娘の体臭からは、特にトゲトゲした気配は読み取れない。
 ならばよし、と、のんきに断じるスタンレー。
 ……この娘に構うのは、なぜだかとても楽しかった。嫌がっているのならばやめるが、もう少し、この柔らかい髪に触れていたいと思って──
 が……しかし、この娘は嫌がっても怒ってもいないのに、どうしてこんなに俯いているのだろうかと首を捻った男は……

「?」

 あとでマリウスが聞いたら激怒しそうなことに……おもむろに、コニーの噛みしめられた顎の下に手を添えて、それをヒョイッと己の顔のほうへ上向かせる。

「!」

 驚いたのはコニーである。その口からは、ひっ……と小さな声がもれる。

「ワン? (なぜそんなに歯を噛みしめている?)」

 顎と牙を痛めるぞと男はトンチンカンなことを言ったが、それはもちろん犬の鳴く声にしか聞こえない。
 当然意味の分からないコニーは──……真っ赤な顔でワナワナしている。

(はぇっ!? な、ななな、なに、何事なの……!?)

 突然始まった毛繕いだけでも、今にも意識が飛びそうだったが……
 ブルブル震える顎にはスタンレーの手。顎を持ち上げられた視線のすぐ上には黄金の凛々しい眼差しがじっとこちらを眺めている……
 大柄なスタンレーがコニーを上から覗き込むと、まるでそれは覆いかぶさるような体勢である。
 それを悟ったコニーはくらりと来て……

 己に迫りくるものを感じるのだった……


「……、……、……スタンレー様……」

 しばしの沈黙のあと、コニーは弱々しい声で言った。

「ワン?」

 呼び掛けられた男は、なんだと言うように不思議そうな顔をする。──と、コニーは──告白する。

「………………………………鼻血出そう、です」
「!? ワン!? (な、何ぃ!?)」

 娘の情けなさそうな顔の申告に……スタンレーがギョッとした。なぜ今!? と、慌てた男は、コニーの後頭部を支えて上を向かせる。

「ワン! (な、なぜだ!? う、上を向け!)」
「も、申し訳ありませんんん…………」
 
 ほよょ……と、涙ぐむコニー。心の中は、スタンレーに、よりによって己の鼻血を目撃されることへの恥ずかしさと情けなさがいっぱいだ。
 そしてなぜここで鼻血なのだとうろたえながらも己の懐を探りハンカチを取り出すスタンレー……

 ──そんな瞬間に──
 嵐は訪れた。

 唐突に──大きな音を立て、乱暴に団長室の扉が開かれた。

 コニーの鼻の奥に、本当に覗きはじめた血の色にうろたえていたスタンレーが──驚いて振り返る。(※彼に血が出ぬよう鼻の付け根をつままれてコニーは動けず。)

 乱入して来たのは──

 セシリア・ティーグだった。
 騎士たちの制止を無理やり振り切って来たらしい令嬢は、入室するなり嫉妬に燃える瞳でスタンレーを探し──

「私は絶対に諦め──!」

 ません! と……叫び……かけて。
 長椅子の上で二人を見つけ──絶句した。
 意中の男が(体勢的に)自分ではない他の女の上に覆いかぶさっている(ように見えた)姿に……令嬢の顔色はみるみる失われて行く。そのまま令嬢はドアの傍でよろめいた、が──

 その後ろから団長室に駆け込んで来た魔法使いは止まらなかった。
『あなたこそが英雄の窮地を救う勇者なのだ』と、おだてにおだてられてここまで来ていた彼は、自分が追い返されるようにあしらわれたことをいたく不満に思っていたようだった。
 魔法使いは高らかに、「我こそはいずれ宮廷魔法使いとなる──!」……などとごちゃごちゃ宣言していたが──

 鼻血とスタンレーのどアップにクラクラ来ていたコニーはハッとした。
 乱入して来た魔法使いの手に不穏な魔力の高まりを感じた。

「ふがっ……! (スタンレー様!)」

 コニーがくぐもった声で叫ぶ。
 しかし、彼女の鼻血を止めようとしたスタンレーの大きな手に後頭部を預け、もう片方の手で鼻の付け根をつままれていたコニーは……瞬時には動くことができなかった。
 コニーを抱えるように支えていたスタンレーも同じだ。

「!」

 魔法使いが杖を振り──自分に向かって光を投じた瞬間。危険を感じたスタンレーは、咄嗟にコニーの頭を胸に抱え込んだ。

「スタンレーさっ……」

 グッと強く腕に閉じ込められたコニーが驚くが、そのまま光はスタンレーの背中に当たり──あっという間に、男の身に魔力が流れ込んだ。
 途端、スタンレーの顔が苦痛に歪み、それを彼の腕の中から見上げたコニーは息を呑む。

「スタンレー様!」




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