にゃんにゃん言ってもダメですよ騎士団長さま! 〜偏愛魔法薬師とワガママな狼の騎士〜

あきのみどり

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28 コニー、団長の背中にて沈没

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 その時──騎士たちの喧騒の外側で、魔法使いは思っていた。

 …………俺……ちょっと蔑ろにされすぎじゃ……?

 麗しい侯爵家令嬢のセシリアに連れられて騎士団本部にやって来た魔法使い。
 彼が王都で仕事を始めてから数年。今では城下ではちょっと名の知れた魔法使いという自負が彼にはある。
 客はみな貴族、他の同職の者たちよりも稼ぎが断然多い自信もあった。

 ……が……実は……
 それは彼の実力というよりは、彼のおかれた環境による力が大きい。
 なぜならば、魔法使い自身、貴族の出身であり、仕事はすべて親の紹介づて。
 建前と見栄、そして世辞にまみれた世界でのみ仕事をしてきた彼の実力は、正直不明。
 ただし、これだけははっきりしていた。彼はプライドだけはやたら高い。

 ──それなのに……
 依頼人の美しい令嬢は、ここに来たらほとんど自分のことを見やしない。
 英雄スタンレーの解呪が目的と聞いて、これはまた己の経歴に箔がつくと期待したが……その英雄にもなかなか会うことができず。
 やっと彼が現れたかと思えば、周囲とまとめて一喝されて、おまけに彼は自分には一瞥もくれず、なんだか町民ふうのみすぼらしい女を肩に担いでいる。
 意味が分からなかったが、とりあえず英雄スタンレーも、令嬢も、その娘のほうばかり見ているのがとても気に食わなかった。



 ──さて、こちらはスタンレー。
 ひとまず騎士たちが騒ぎ立ててガチャガチャした床の上には置いておけないと。コニーを自分の肩の上に緊急避難させたスタンレーは……しかし皆が静まりかえってもなぜだかコニーを下におろさなかった。

(……ない……)

 黄金の目玉だけを動かして、周囲を見回したスタンレーは、ちょっと無念そうに三角の耳を外側に向ける。
 探しているのは、どこかに行ってしまったコニーの黒い襟巻きだ。

 しかし人が多いせいか、その長い黒布は周囲を見渡しただけでは見つからなかった。
 肩の上の娘がいつも気にして身につけているそれをどうせなら見つけてやりたかったが……

(ふむ……)

 しかし、肩の上で依然脱力したままの娘の様子も気になった。
 騎士どもにもまれてさぞ苦しかっただろうと、労ったつもりで彼女の身体を叩いたのだが……もしかしたら……とスタンレーはハッとする。
 もしや力加減を間違って打ち身でも与えてしまったのだろうか……
 普段から、ガサツだ粗暴だとマリウスに注意されるスタンレーは、やや慌てる。
 襟巻きは後で探せばいい。早く娘をどこか安全なところに下ろし、具合を聞くべし。
 そう気持ちの早った男は、肩の上で小刻みに震えはじめたコニーを担いだまま、急いで己の部屋に戻ろうと身を返し──

 それを見た令嬢は、唖然と瞳を見開いた。

(な、なんなのあの女は……! 私だって団長室には入れてもらったことがないのに……)

 スタンレーの足は明らかに、自分の部屋に戻ろうとしている。
 それを察した令嬢は、すぐさま娘をスタンレーの肩の上から引きずり下ろしたい衝動に駆られるが……しかし思い止まった。
 スタンレーの前でそれはまずい。婚姻前に、気性の荒さを露呈させる訳にはいかなかった。
 そこで令嬢は、素早く誰にも見とがめられぬよう己の侍女を睨んだ。
 その役目を果たせという視線に気がついて、慌てた侍女がスタンレーに追いすがり、彼の行く手を塞いだ。

「あああの! お待ちくださいスタンレー様! お嬢様の質問に答えてください! いいえ早くその娘と離れてください! なぜそんな……その娘とは一体どんな仲なんですか!?」

 責めたてる声に、しかしスタンレーは、チラリと不審げに侍女を見下ろしただけだった。
 なんでそんなことをお前に言わねばならぬという目だ。鋭い視線で刺された侍女は怯み、令嬢を振り返って助けを求める。と、侍女に言いたいことを代弁させた令嬢は、フランソワ少年に『変わり身エグい』と称された能力を発揮し、すぐさま潤んだ瞳でスタンレーを見上げる。

「スタンレー様……」

 ここに来て、今日一番のいたいけな表情。涙輝くこの愛らしい顔を、もしコニーが見ていたら……心臓を貫通するほど射抜かれて、慌ててスタンレーの肩から床へダイブしたことだろう。
 この令嬢はよく心得ていた。こんな時、男を責め立てても逆効果なのだ。彼女は憤りを隠しながら、心の中で嘲笑う。

(ええいいでしょう……少しくらいのつまみ食いは許すわ……だけど最後に勝つのは私よ……あんな女に私が負けるはずがない)

 あの女、絶対あとで身元を暴いて酷い目に合わせてやる……と、嫉妬をたぎらせる内心とは裏腹に、令嬢は悲しげに微笑む。

「スタンレー様お願いです。私に少しだけお時間をいただけませんか……? スタンレー様の呪いを解きたくて……私、評判の魔法使いを連れて来たんです」

 マリウスの時と同様、うるうるとした瞳で懇願する令嬢。
 男がとても放っておけない顔だ。
 再び周囲では、騎士たちが騒めきはじめ、見つめられたスタンレーは……

「…………」

 令嬢を見下ろし何事かを考えていたが……狼族の男は、不意に令嬢に向かって「ワン」と頷いた。
 その了承の意に、令嬢がパァッと表情を輝かせる。
 彼女は、やはり己の魅力に抗える男などいないのだと、心の中でほくそ笑んで──しかし表面的には、聖女のような微笑みを浮かべてスタンレーに頬を赤らめて見せる。

「嬉しいですわスタンレー様──」

 ──と、彼女が言いかけた時。
 スタンレーが傍にマリウスを呼びよせた。と、何やら彼に耳打ちをする。

「?」
「あー……はいはいかしこまりました。……セシリアさん」
「は、はい!」

 呼ばれた令嬢が、晴れやかな顔でマリウスを見る。と、こちらもまたにこやかなマリウスが言った。

「団長が──どうしてもと言うなら下の客間でしばしお待ちいただけと。コニーさんとお話しされた後、お会いするそうです」

 紳士然と、マリウスが慇懃な様子で令嬢にそう言うと、途端──令嬢の顔が、え……? と、固まった。

「え……? あ……あと……? わ、私が……?」

 信じられないと言いたげな顔で己を指差す令嬢に、

「ええ、そう後です」

 キッパリ頷くマリウス。その弧を描く口もとには、どこか意地の悪い色が浮かんでいる。
 言われた令嬢は唖然としてスタンレーを見る。

(わ、私が……後? ……え?)

 令嬢の価値観からすると……麗しい令嬢たる自分は、騎士たちから、ここにいる誰よりも優先されてしかるべきだった。
 団長のために魔法使いを探してあげたのに? せっかくここまで足を運んできてあげたのに? 相手はあんな下賤な女なのに……?
 たのにたのに……と、令嬢は困惑を隠せない。
 その茫然とした視線の先で──スタンレーは、彼女のほうを振り返ることもなく、のしのしと団長室の中へ入って行く。……もちろんコニーを担いだまま。
 その背中を見て、ついに令嬢が取り乱した。なぜ自分ではなく別の女が選ばれるようにしてそこに入っていくのかが、理解できなかった。

「な、なんで、あの女が先……い、いやです私も団長室に入れてください! わ、私は侯爵家の……!」

 そんな令嬢を、マリウスがさりげなく遮りながら宥める。

「あーはいはいそうですよねそうですよね。それは客間でゆっくり騎士たちがお持てなししながら聞きますから。ほらほらお前たち、麗しいお嬢様を客間にご案内して、お茶でも差し上げてお相手しろ!」

 ……その命令に異を唱える騎士がいようはずもなかった……
 令嬢に魅了されていた騎士たちは、喜んで我先にとセシリア・ティーグ嬢の周りに群がった。その勢いに押され……セシリア嬢は、侍女と魔法使い男とともに客間に向かって押し流されて行く。

「う、うわなんなんだ!?」
「お、お嬢様!」
「ちょ、ま、待ちなさい! わ、私はスタンレー様に……スタンレー様ぁっ!」

 ──と、その令嬢の悲鳴のような声に、スタンレーの背中でげっそり延びきっていたコニーがハッとした。
 そして何事かと顔を上げた娘の目と、騎士たちに連れて行かれる令嬢の目とが合う。

「う……」

 コニーが思わず怯んだ。
 その瞬間の……令嬢の殺気は尋常ではなかった……



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