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26 金色
しおりを挟むその日、スタンレーは午前から宮廷の会議に出席を求められていた。
呪いのこともある。一応通訳係の狼族騎士を連れては行ったものの、面倒なので会議中はほとんど何もしゃべらずにやり過ごした。議題もたいしたものではなかったし、まあ……スタンレーは普段からああ言った高官たちと着席で行う仕事は『面倒』と言って憚らない。盗賊討伐にでも出ていたほうがよほど元気な騎士団団長がずでんと座ったまま無口でも、ほとんどの者たちはあまり違和感を感じていないようだった。
さて、そんなこんなで用事を終え彼らが本部へ戻ると、団長室の前がいやに賑やかしい。
「?」
スタンレーは廊下を埋め尽くすような騎士たちの後頭部を後ろから眺め、いったい何事だと顔をしかめる。
彼はほとんどの騎士たちよりも頭一つ上背が高く、状況がよく見渡すことが出来た。
団長室の前にはマリウスとどこかの女(※このあたりスタンレーは大雑把)が二人。魔法使いらしい男がその後ろに一人。
そんな彼らを囲むのは、多くは人族の騎士たちだった。
皆、やいやいと「女性を泣かせるなんて!」だとか、「セシリア嬢が可哀想ではないですか!」などと訴えていて、これがやたらうるさい。
その顔ぶれのほとんどが、騎士団の中でも“大臣派”と呼ばれる者たちであることをスタンレーは見分けた。
そこでやっとスタンレーは、マリウスの前で泣いている女が、ティーグ家の令嬢なのだと気がつく。
(……ああ、ティーグ家の令嬢のために大臣派が騒いでいるのか……)
ティーグ家の当主はこの国の大臣の腰巾着である。そして大臣は人族王の治めるこの地で人族至上主義を掲げる面倒な男だ。
スタンレーが憮然とする。
(まったく……厄介な……)
スタンレー自身は大雑把な性格ゆえに、はっきり言って人種の違いなどどうでもいいと思っている。人族こそが一番だというのなら、まあそれもよかろう。
しかし、そのせいで、大臣派だ、公爵派だと、騎士団内部が割れるのは本当に厄介。団長としても、騎士団の統率に関わるもので……実に頭の痛い問題だった。
だが今も、場にはその分断がくっきりと浮かび上がっている。
騒ぐ大臣派、その後ろで、遠巻きに騒ぎを見ている他の派閥の獣人騎士たち。このままにしておくと、そのうち狼族の者たちが、マリウスを擁護するために騒ぎに乱入してくるだろう。
渦中のマリウスも、それを気にしてそんな事態を避けようとしている節がある。
(面倒だが、さっさと止めねば一層ややこしいな……やれやれまったく仲良くやればいいものを……)
舌打ちし、仕方ないとため息をつくスタンレー。
全身を使い大きく息を吸い。轟く咆哮を上げ、場を収めようとした、時──……
「!」
……騎士たちの群れた中に、埋もれるような……薄い金色がちらりと見えた。
ハッとしたスタンレーは、開きかけた口を閉じ、その色を目で追う。
(……? ヒヨコ頭?)
その頭の主は背が低いゆえに──騎士たちに紛れ、スタンレーも発見が遅れた。
見つけた娘は、集まった騎士たちに挟まれて、スタンレーの目にはとても窮屈そうに見えた。
どうやら抜け出そうともがいているようだが、周りは体格のいい男たちばかりである。
男どもときたら、騒ぎ立てることに気を取られているのか、「女性を大事に」などと叫びながら、もがく娘にはちっとも気がついていない。
それを見たスタンレーの眉間と長い鼻面のシワが一層深まった。
(あいつら……)
──この時……スタンレーは、なぜか自分でも意外なほどに不安に思った。
(あ、あんなチビがあんなところにいて……だ、大丈夫なのか……?)
潰されないのかと恐ろしくなって……
──気がつくと、腕が伸びていた。
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