24 / 49
23 五日目の出会い①
しおりを挟む五日目。材料の下処理が終わり、とうとう薬の調合がはじまった。
こうなるとコニーは一層忙しくなって。
従騎士たちは作業場に立ち入り禁止となった。
唯一コニーの世話を任されたフランソワだけが入室を許されたが、そんな彼でも作業台の周りは危険と近寄ることを禁じられる。コニーは普段とても柔和だが、そういうところは厳しかった。
さて。子熊の従騎士が心配そうに見守る中で、魔法薬師の顔をしたコニーは作業台の上に魔法陣を敷いて、その上に鍋をつるし、魔法の炎で緑色の液体を煮ている。
真剣な顔のコニーは、時々呪文を唱え、鍋をかき混ぜ、魔法陣に炎の結晶石をくべたりと忙しい。
陣の上で結晶石がはぜると、その度炎が上がり結晶がキラキラと赤く輝いた。
フランソワはそれを興味深そうに見ていた。
作業場はなんとも言えない不思議な匂いが充満していて。コニーはもう早朝から数時間ずっとこの調子。
初めて目にする光景は面白くていいのだが……フランソワは、もうそろそろ休憩してはどうかとコニーを心配していた。だが、彼女の目はいつになく真剣で。とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。
そうして昼を過ぎ──しばらく時間が過ぎた頃。
片時も鍋から目を離さなかったコニーがやっと視線を上げた。
「ふう……」
緊張し、ずっと息をつめていたのが苦しかったのか、コニーはため息と共に襟巻きを緩める。深呼吸をしていると作業場の扉が開き、ちょうどお茶用の湯を取りに行っていたフランソワと目があった。
「あ! コニーさん!」
鍋から離れ、肩を回しているコニーを見た来た少年は嬉しそうにやってくる。
「フランソワ」
「おつかれさまです、大丈夫ですか? だいぶん長時間作業したから疲れたでしょう? お茶にします? あ、それよりお昼ご飯……あ、わ……っ」
にわかに慌てだした少年に、コニーは小さく笑う。
「ありがとう、大丈夫よ」
と、言った途端。コニーのお腹が、ぐぅ……と鳴って。
「!」
「あ」
顔を見合わせた二人は。──次の瞬間弾けるように笑いあった。
「ごめんねフランソワ、気がつかなくて……」
二人仲良く並んで座った中庭のベンチ。コニーはパンを手に隣のフランソワに頭を下げる。
彼女の隣に腰を下ろしたフランソワは、器とスプーンを手にもぐもぐと口を動かしている。
どうやら……彼もコニーと共に昼食を取るつもりでいて、結局食べ損ねていたらしい。
それを聞いたコニーは驚いて。さすがの没頭魔のコニーもこれはまずいと慌て、彼にこれ以上の迷惑をかけることを避けるべく、一度しっかりと作業から離れようと二人で作業場を出て来た。
はじめは食堂で食事をとらせてもらうつもりが、生憎と食堂は清掃中。仕方なく二人は中庭で遅い昼食と相成った。
「お腹すいたでしょう? 次からは待たないでいいからね? ううん、これからはどうしても手を話せない時以外は私もきちんとご飯の時間を気にする……ごめんね?」
従騎士の彼とはいえまだ子供の彼にひもじい思いをさせてしまったことを反省したコニーが重ねて謝ると、フランソワはにこりと笑う。
「いいえ。僕、コニーさんと一緒に食べたかったんです」
「フランソワ……(天使……)」
コニーがじぃんと感じいっていると、フランソワはそれにと言う。
「コニーさんのお仕事も、見ていてとっても楽しかったんです。僕たち普段そんなに魔法って見ることないから」
いろいろ知りたいと言うフランソワ。興味津々のイキイキとした瞳に、コニーが嬉しそうに微笑む。と、そんな彼女に「でも」と少年は言葉を強める。
「コニーさん、ご飯はなるべく規則正しく食べましょうね?」
「……はい」
すみませんとコニー。
と、そんな時だった。
「……あら……?」
誰かの声がした。
「?」
コニーの手が反射的に食事のために下ろしていた襟巻きを引き上げて。二人はベンチに座ったまま横を見る。
──と、視線の先に、見慣れない人族の女性が二人と魔法使いふうの男が一人。
どうやら外部からの来客のようだった。
女性のうち一人はどこかの令嬢のようで、他の二人は彼女が引き連れて来たらしい。
令嬢は見るからに上質な服を身に纏っている。愛らしい顔に長い睫毛。柔らかそうな栗毛にグレーがかった淡いすみれ色の瞳と……可憐を絵に描いたような娘だった。お付き女性らしい人が手に持っている夏用のツバの大きな美しい帽子はきっと彼女のものだろう。それを被ったらさぞ様になることだろうなぁ……と思ったコニーはちょっとうっとり美少女を眺めたが……
令嬢から向けられる目は冷たかった。そのじろじろと遠慮のない視線には、やや惚け気味だったコニーも戸惑った。
コニーがおそるおそる会釈をすると、隣でフランソワが、あ……という顔つきをした。どうやら彼女たちの身元について何か心当たりがあるらしい。
しかし、コニーが彼に何かを聞く前に、令嬢が愛らしい眉間にシワを寄せて言う。
「……ちょっと、どういうこと? どうして騎士団本部に女がいるの?」
0
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、142話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(11/21更新)
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる