23 / 49
22 騎士団長様と筆談②
しおりを挟む巨体の狼族が背中を丸めて地面に何かを書いている様がかわいくてコニーがそっと顔を綻ばせている。
スタンレーが書いた文字はこうだ。
『何が問題だ? 毛並みにムラがあることなどそう珍しいことではあるまい』
書かれた文字を読んで、コニーが微笑みを消して身動きを止める。瞳も見開かれている。相当驚いたようだった。
「……色、ムラ……?」
ガリガリと地面を引っ掻くように、スタンレーの文字はまだ続く。
『色の濃淡など誰にでもあるであろう?』
「…………」
そんな発想のなかったコニーは驚いて黙する。……そういえば獣人たちはほとんどが毛深くて肌が露出していない。打撲で一時的にアザができようとも、体毛に隠れてほとんど見えることはない。痛みもない古傷のことなど気にするという概念すらないに違いがなかった。
それに彼らの毛並みには様々な色合いがある。毛の濃淡、模様も様々。成長によって模様が変わることすらある。
彼らからすれば、模様も古いアザもさほど大した違いはないのかもしれなかった。
「…………」
コニーは襟巻きの上からそっとアザに触れた。
(……そうか、じゃあ、このアザは……スタンレー様にとってはただの色ムラ……?)
そう考えると、なんだか少しだけ心が軽くなった。
人族社会ではジロジロ見られて、汚いとさえ言われることもあるが……スタンレーがそんなふうには考えていないことが分かって複雑な嬉しさがあった。気にする必要がないと言われたような気がした一方で……これまでの自分を卑屈すぎだと言われたような気もした。
少しだけ恥ずかしくなって、コニーは誤魔化すように「ええと……」と、問いを探す。
「その……では、狼族の方々はどのような形で美醜を定めていらっしゃるのですか? やっぱり、毛艶、とかですか?」
質問すると、スタンレーが眉間にシワをよせる。
「ワンン……? (美醜ぅ……?)」
彼は一瞬面倒臭そうな顔をして。その顔からコニーはスタンレーがあまりそういった話題には興味がないのだと分かった。
しかし質問には答えてくれる気があるらしく、彼は地面の文字を、立派なしっぽの一振りで消し、そこに新たな文字を書き出した。器用なしっぽ使いにコニーが密かに悶絶しているが……
そのうちに書かれた文字は実に短いものだった。
『強さ』
「あ……なるほど」
スタンレーはどうだと言わんばかりの顔。
シンプルで、スタンレーらしい答えだった。思わず微笑みかけたコニーだったが、スタンレーは少し考えて、地面に文字を書き足す。
『、と……匂い』
「匂い? ああ、そうですね、獣人の方々は匂いを重視されますよね」
多くの獣人たちは人族たちよりも鼻が利く。ただの獣たちのように、その代わりに視力が極端に悪いなどということはないが、それでも本能的に視覚よりも嗅覚を頼りにしているようだ。
「美醜もそこで判断されるのですか?」
問うと、スタンレーが頷き、地面に字を書く。
『人族のお前たちには分からぬ感覚だろうが、体臭からは様々なことが分かる。その者の人格、生活、嗜好など。……まあおおよそだが。我らはそこで美醜というよりは、好ましいか好ましくないかを判断する』
「……そう、なんですか……匂い……」
スタンレーの文字を読んだコニーは──ちょっとだけ落胆した。
ということはだ……彼が青臭いと嫌っていた薬草の類をいくつも扱う生業をしているコニーは、彼にとってはきっといい香りではない。なんだかそれが残念で。
「…………」
ちょっとがっかりしたコニーはそろそろとスタンレーの傍から離れる。
と、スタンレーが不思議そうな顔をした。
「ワン? (どうした?)」
「あ、いえその……私、薬草臭いかなって……」
「?」
コニーが気まずげに苦笑しながら言うと、スタンレーは一瞬首を捻って。それから再び地面に爪を立てる。
「?」
不思議に思ったコニーがそこに書かれた文字を覗き込むと……
コニーが瞳を瞬いた。
「え……?」
『気にするな、嫌いな匂いではない』
さらにスタンレーは文字を足す。
『勤勉な者の匂いがする』
「……」
そこでスタンレーは、確かめるようにコニーの頭に鼻先をやって。
「!?」
上から覆いかぶさるように髪をクンクンされた娘の顔が、思い切り強張った。が、そんなことには頓着しないらしいスタンレーは、素知らぬ顔でまた地面に何事かを書いた。
「っえ……」
その文字を読んだコニーがブワッと真っ赤になった。
『いい匂いだ』
コニーは思わず息を止めて。無言でスタンレーを見上げるのだった……
──と……
二人がそんなやりとりで見つめあっていた時。
「…………」
その場を偶然通りかかり中庭で二人を見つけたマリウスは……怪訝そうな顔をした。
「……あの二人……仲良く地面にしゃがみこんでいったい何してるんだ……?」
大きな身体の狼族騎士団長と、華奢な娘がちんまり背中を丸めて同じ地面を眺めている様子はとても奇妙に映ったらしい。
0
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

あなた方には後悔してもらいます!
風見ゆうみ
恋愛
私、リサ・ミノワーズは小国ではありますが、ミドノワール国の第2王女です。
私の国では代々、王の子供であれば、性別や生まれの早い遅いは関係なく、成人近くになると王となるべき人の胸元に国花が浮き出ると言われていました。
国花は今まで、長男や長女にしか現れなかったそうですので、次女である私は、姉に比べて母からはとても冷遇されておりました。
それは私が17歳の誕生日を迎えた日の事、パーティー会場の外で姉の婚約者と私の婚約者が姉を取り合い、喧嘩をしていたのです。
婚約破棄を受け入れ、部屋に戻り1人で泣いていると、私の胸元に国花が浮き出てしまったじゃないですか!
お父様にその事を知らせに行くと、そこには隣国の国王陛下もいらっしゃいました。
事情を知った陛下が息子である第2王子を婚約者兼協力者として私に紹介して下さる事に!
彼と一緒に元婚約者達を後悔させてやろうと思います!
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、話の中での色々な設定は話の都合、展開の為のご都合主義、ゆるい設定ですので、そんな世界なのだとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
※話が合わない場合は閉じていただきますよう、お願い致します。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

王太子様、丁寧にお断りします!
abang
恋愛
「……美しいご令嬢、名前を聞いても?」
王太子であり、容姿にも恵まれた。
国中の女性にはモテたし、勿論男にも好かれている。
そんな王太子が出会った絶世の美女は少し変……?
「申し訳ありません、先程落としてしまって」
((んな訳あるかぁーーー!!!))
「あはは、面白い冗談だね。俺の事を知ってる?」
「はい、多分王太子殿下ではないかと……」
「……うん、あたりだね」
「じゃあ、落とし物を探して参りますので……さようなら」
「え"っ!?無礼とか、王太子殿下だ、とか考えない?」
「ワーオウタイシサマダ、ステキ……では失礼致します」
「……決めた、俺は彼女を妻にする」
「お断りします」
ちょっと天然なナルシ王太子×塩対応公爵令嬢
「私は平和で落ち着いた愛を育みたいので」
「俺は、キミと愛を育みたいよ」
「却下!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる