にゃんにゃん言ってもダメですよ騎士団長さま! 〜偏愛魔法薬師とワガママな狼の騎士〜

あきのみどり

文字の大きさ
上 下
23 / 49

22 騎士団長様と筆談②

しおりを挟む
 
 巨体の狼族が背中を丸めて地面に何かを書いている様がかわいくてコニーがそっと顔を綻ばせている。
 スタンレーが書いた文字はこうだ。

『何が問題だ? 毛並みにムラがあることなどそう珍しいことではあるまい』

 書かれた文字を読んで、コニーが微笑みを消して身動きを止める。瞳も見開かれている。相当驚いたようだった。

「……色、ムラ……?」

 ガリガリと地面を引っ掻くように、スタンレーの文字はまだ続く。

『色の濃淡など誰にでもあるであろう?』
「…………」

 そんな発想のなかったコニーは驚いて黙する。……そういえば獣人たちはほとんどが毛深くて肌が露出していない。打撲で一時的にアザができようとも、体毛に隠れてほとんど見えることはない。痛みもない古傷のことなど気にするという概念すらないに違いがなかった。
 それに彼らの毛並みには様々な色合いがある。毛の濃淡、模様も様々。成長によって模様が変わることすらある。
 彼らからすれば、模様も古いアザもさほど大した違いはないのかもしれなかった。

「…………」

 コニーは襟巻きの上からそっとアザに触れた。

(……そうか、じゃあ、このアザは……スタンレー様にとってはただの色ムラ……?)

 そう考えると、なんだか少しだけ心が軽くなった。
 人族社会ではジロジロ見られて、汚いとさえ言われることもあるが……スタンレーがそんなふうには考えていないことが分かって複雑な嬉しさがあった。気にする必要がないと言われたような気がした一方で……これまでの自分を卑屈すぎだと言われたような気もした。
 少しだけ恥ずかしくなって、コニーは誤魔化すように「ええと……」と、問いを探す。

「その……では、狼族の方々はどのような形で美醜を定めていらっしゃるのですか? やっぱり、毛艶、とかですか?」

 質問すると、スタンレーが眉間にシワをよせる。

「ワンン……? (美醜ぅ……?)」

 彼は一瞬面倒臭そうな顔をして。その顔からコニーはスタンレーがあまりそういった話題には興味がないのだと分かった。
 しかし質問には答えてくれる気があるらしく、彼は地面の文字を、立派なしっぽの一振りで消し、そこに新たな文字を書き出した。器用なしっぽ使いにコニーが密かに悶絶しているが……
 そのうちに書かれた文字は実に短いものだった。

『強さ』
「あ……なるほど」

 スタンレーはどうだと言わんばかりの顔。
 シンプルで、スタンレーらしい答えだった。思わず微笑みかけたコニーだったが、スタンレーは少し考えて、地面に文字を書き足す。

『、と……匂い』
「匂い? ああ、そうですね、獣人の方々は匂いを重視されますよね」

 多くの獣人たちは人族たちよりも鼻が利く。ただの獣たちのように、その代わりに視力が極端に悪いなどということはないが、それでも本能的に視覚よりも嗅覚を頼りにしているようだ。

「美醜もそこで判断されるのですか?」

 問うと、スタンレーが頷き、地面に字を書く。

『人族のお前たちには分からぬ感覚だろうが、体臭からは様々なことが分かる。その者の人格、生活、嗜好など。……まあおおよそだが。我らはそこで美醜というよりは、好ましいか好ましくないかを判断する』
「……そう、なんですか……匂い……」

 スタンレーの文字を読んだコニーは──ちょっとだけ落胆した。
 ということはだ……彼が青臭いと嫌っていた薬草の類をいくつも扱う生業をしているコニーは、彼にとってはきっといい香りではない。なんだかそれが残念で。

「…………」

 ちょっとがっかりしたコニーはそろそろとスタンレーの傍から離れる。
 と、スタンレーが不思議そうな顔をした。

「ワン? (どうした?)」
「あ、いえその……私、薬草臭いかなって……」
「?」

 コニーが気まずげに苦笑しながら言うと、スタンレーは一瞬首を捻って。それから再び地面に爪を立てる。

「?」

 不思議に思ったコニーがそこに書かれた文字を覗き込むと……
 コニーが瞳を瞬いた。

「え……?」
『気にするな、嫌いな匂いではない』

 さらにスタンレーは文字を足す。

『勤勉な者の匂いがする』
「……」

 そこでスタンレーは、確かめるようにコニーの頭に鼻先をやって。

「!?」

 上から覆いかぶさるように髪をクンクンされた娘の顔が、思い切り強張った。が、そんなことには頓着しないらしいスタンレーは、素知らぬ顔でまた地面に何事かを書いた。

「っえ……」

 その文字を読んだコニーがブワッと真っ赤になった。

『いい匂いだ』

 コニーは思わず息を止めて。無言でスタンレーを見上げるのだった……



 ──と……
 二人がそんなやりとりで見つめあっていた時。

「…………」

 その場を偶然通りかかり中庭で二人を見つけたマリウスは……怪訝そうな顔をした。

「……あの二人……仲良く地面にしゃがみこんでいったい何してるんだ……?」

 大きな身体の狼族騎士団長と、華奢な娘がちんまり背中を丸めて同じ地面を眺めている様子はとても奇妙に映ったらしい。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

だから言ったでしょう?

わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。 その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。 ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

王太子様、丁寧にお断りします!

abang
恋愛
「……美しいご令嬢、名前を聞いても?」 王太子であり、容姿にも恵まれた。 国中の女性にはモテたし、勿論男にも好かれている。 そんな王太子が出会った絶世の美女は少し変……? 「申し訳ありません、先程落としてしまって」 ((んな訳あるかぁーーー!!!)) 「あはは、面白い冗談だね。俺の事を知ってる?」 「はい、多分王太子殿下ではないかと……」 「……うん、あたりだね」 「じゃあ、落とし物を探して参りますので……さようなら」 「え"っ!?無礼とか、王太子殿下だ、とか考えない?」 「ワーオウタイシサマダ、ステキ……では失礼致します」 「……決めた、俺は彼女を妻にする」 「お断りします」 ちょっと天然なナルシ王太子×塩対応公爵令嬢 「私は平和で落ち着いた愛を育みたいので」 「俺は、キミと愛を育みたいよ」 「却下!」

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

最初から間違っていたんですよ

わらびもち
恋愛
二人の門出を祝う晴れの日に、彼は別の女性の手を取った。 花嫁を置き去りにして駆け落ちする花婿。 でも不思議、どうしてそれで幸せになれると思ったの……?

処理中です...