にゃんにゃん言ってもダメですよ騎士団長さま! 〜偏愛魔法薬師とワガママな狼の騎士〜

あきのみどり

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22 騎士団長様と筆談②

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 巨体の狼族が背中を丸めて地面に何かを書いている様がかわいくてコニーがそっと顔を綻ばせている。
 スタンレーが書いた文字はこうだ。

『何が問題だ? 毛並みにムラがあることなどそう珍しいことではあるまい』

 書かれた文字を読んで、コニーが微笑みを消して身動きを止める。瞳も見開かれている。相当驚いたようだった。

「……色、ムラ……?」

 ガリガリと地面を引っ掻くように、スタンレーの文字はまだ続く。

『色の濃淡など誰にでもあるであろう?』
「…………」

 そんな発想のなかったコニーは驚いて黙する。……そういえば獣人たちはほとんどが毛深くて肌が露出していない。打撲で一時的にアザができようとも、体毛に隠れてほとんど見えることはない。痛みもない古傷のことなど気にするという概念すらないに違いがなかった。
 それに彼らの毛並みには様々な色合いがある。毛の濃淡、模様も様々。成長によって模様が変わることすらある。
 彼らからすれば、模様も古いアザもさほど大した違いはないのかもしれなかった。

「…………」

 コニーは襟巻きの上からそっとアザに触れた。

(……そうか、じゃあ、このアザは……スタンレー様にとってはただの色ムラ……?)

 そう考えると、なんだか少しだけ心が軽くなった。
 人族社会ではジロジロ見られて、汚いとさえ言われることもあるが……スタンレーがそんなふうには考えていないことが分かって複雑な嬉しさがあった。気にする必要がないと言われたような気がした一方で……これまでの自分を卑屈すぎだと言われたような気もした。
 少しだけ恥ずかしくなって、コニーは誤魔化すように「ええと……」と、問いを探す。

「その……では、狼族の方々はどのような形で美醜を定めていらっしゃるのですか? やっぱり、毛艶、とかですか?」

 質問すると、スタンレーが眉間にシワをよせる。

「ワンン……? (美醜ぅ……?)」

 彼は一瞬面倒臭そうな顔をして。その顔からコニーはスタンレーがあまりそういった話題には興味がないのだと分かった。
 しかし質問には答えてくれる気があるらしく、彼は地面の文字を、立派なしっぽの一振りで消し、そこに新たな文字を書き出した。器用なしっぽ使いにコニーが密かに悶絶しているが……
 そのうちに書かれた文字は実に短いものだった。

『強さ』
「あ……なるほど」

 スタンレーはどうだと言わんばかりの顔。
 シンプルで、スタンレーらしい答えだった。思わず微笑みかけたコニーだったが、スタンレーは少し考えて、地面に文字を書き足す。

『、と……匂い』
「匂い? ああ、そうですね、獣人の方々は匂いを重視されますよね」

 多くの獣人たちは人族たちよりも鼻が利く。ただの獣たちのように、その代わりに視力が極端に悪いなどということはないが、それでも本能的に視覚よりも嗅覚を頼りにしているようだ。

「美醜もそこで判断されるのですか?」

 問うと、スタンレーが頷き、地面に字を書く。

『人族のお前たちには分からぬ感覚だろうが、体臭からは様々なことが分かる。その者の人格、生活、嗜好など。……まあおおよそだが。我らはそこで美醜というよりは、好ましいか好ましくないかを判断する』
「……そう、なんですか……匂い……」

 スタンレーの文字を読んだコニーは──ちょっとだけ落胆した。
 ということはだ……彼が青臭いと嫌っていた薬草の類をいくつも扱う生業をしているコニーは、彼にとってはきっといい香りではない。なんだかそれが残念で。

「…………」

 ちょっとがっかりしたコニーはそろそろとスタンレーの傍から離れる。
 と、スタンレーが不思議そうな顔をした。

「ワン? (どうした?)」
「あ、いえその……私、薬草臭いかなって……」
「?」

 コニーが気まずげに苦笑しながら言うと、スタンレーは一瞬首を捻って。それから再び地面に爪を立てる。

「?」

 不思議に思ったコニーがそこに書かれた文字を覗き込むと……
 コニーが瞳を瞬いた。

「え……?」
『気にするな、嫌いな匂いではない』

 さらにスタンレーは文字を足す。

『勤勉な者の匂いがする』
「……」

 そこでスタンレーは、確かめるようにコニーの頭に鼻先をやって。

「!?」

 上から覆いかぶさるように髪をクンクンされた娘の顔が、思い切り強張った。が、そんなことには頓着しないらしいスタンレーは、素知らぬ顔でまた地面に何事かを書いた。

「っえ……」

 その文字を読んだコニーがブワッと真っ赤になった。

『いい匂いだ』

 コニーは思わず息を止めて。無言でスタンレーを見上げるのだった……



 ──と……
 二人がそんなやりとりで見つめあっていた時。

「…………」

 その場を偶然通りかかり中庭で二人を見つけたマリウスは……怪訝そうな顔をした。

「……あの二人……仲良く地面にしゃがみこんでいったい何してるんだ……?」

 大きな身体の狼族騎士団長と、華奢な娘がちんまり背中を丸めて同じ地面を眺めている様子はとても奇妙に映ったらしい。


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