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21 騎士団長様と筆談①
しおりを挟むベッドに放り込まれたコニーは夕刻遅くに目が覚めた。
しかし困ったことに、それが帰り際のフランソワたちに見つかって。少年たちには『短すぎる!』『もうちょっと寝なさい!』と叱られてしまう。追い立てられて、しおしおとベッドに戻ったコニーだったが……次に彼女が目を覚ましたのは真夜中。もう深夜と言われる時刻であった……
恐る恐る静かに作業場のほうへ戻ると、もうそこには誰もいなかった。
ただ、ランプは誰かが残していったようで、暗闇のなか暖かい灯りが作業場を照らしていた。
と、その灯りのそばに、布がかぶせられた何かが置かれている。
「?」
きれいに片付けられた作業台の一角。布をめくったコニーは、あっと思う。その下には、たくさんの食べ物が並べられていた。
パンやスープ、焼きソーセージや白身魚のフライ。煮物にチーズ、ナッツ入りのクッキーなどなど。
それを見たコニーは、それが厨房の人々が自分へ用意してくれた夕食だとは分かったものの、いつもより内容が豪華なことを不思議に思った。……が……布を持ち上げた拍子に、床に小さな紙がはらりと落ちる。拾うと素っ気なく、『世話になった』という一言が。
それを見て──コニーはなんとなくそれが誰からの、どういう意図で置かれたものかが分かった気がした。
コニーは微笑んで。作業台の椅子に座る。そうして「いただきます」とつぶやいて。ありがたくその料理を賜ることにしたのだった。
「あ、どうしよう……いたた……」
翌日。騎士団本部に来て四日目の昼過ぎ。
コニーは中庭の端で困っていた。
昼食後、昨日までよりちょっぴり厳しくなったフランソワに、少し休憩して来なさいと部屋を追い出されて。
ならば木陰で少し涼んでくるかと、騎士団の中庭へ降りて来たのだが……
今後の作業のことを考えながら中庭へ出て……考え事をしながら歩き、後ろをろくに確認もせずに腰を下ろそうとしたら──その途端、襟巻きの後ろが何かに引っかかってしまった。
しかも、引っ張っても引っ張ってもそれが全然取れないのだ。後ろがどうなっているのか確認しようとしても、引っかかった襟巻きにはあまり余裕がなく、動くと首が締まって苦しい。コニーは変な体勢のまま、わたわたと慌てた。
どうやら……コニーの襟巻きは、後ろにあった騎士の石像の持つ剣の柄の部分に引っかかってしまったようだった。それがまた微妙な高さで。柄の形が返しのようになっていて一筋縄では抜けない。
ならばと、コニーは両手を後ろに回し、必死で襟巻きの後ろの結び目を解こうとするが……
「ど、どこ、どこ? あれ?」
目視もできず、はっきり言って難しい。苦戦してずっと腕を上げ続けていると、疲れてしまってそれがまたうまくいかない要因になった。
「と、取れない……どうしたら……」
──と……コニーがあれこれもがいていると──不意に、首元が楽になった。
「? あ、れ……? っ!? ぅわわ!?」
「…………ワン(何をやっているんだ貴様は……)」
気がつくと、そばにスタンレーが立っていた。
どうやら……彼が襟巻きを石像から取ってくれたらしい。
唐突に解放されたコニーは、驚いたこともあって前のめりに地面に転んでしまった。
そんな娘を見て、呆れた様子のスタンレー。
彼はやれやれと転がったコニーのそばに片膝をつき、ひっくり返ったコニーを起こしてやる。と……
「? スタンレー……様……?」
何を思ったのか、スタンレーはそもまま自分もコニーの斜め前にしゃがみ込んだ。
コニーはキョトンと口をつぐんで彼を見上げる。すると彼女のそばに身を低くした獣人は、地面を見下ろして、そこに己の鋭い爪を突き立た。
「え?」
唐突に地面に何かを書きはじめた騎士団長の手元をコニーも覗き込む。と、それは文字だった。
『このような暑い日になぜそんな暑苦しいものを身につけている? 邪魔だろう』
「わ……」
その文を読んだコニーは、スタンレーが自分に筆談を求めているのだと分かって、思わず嬉しくなった。
地面に質問を書いただけで破顔した娘に、スタンレーは思い切り怪訝そうな顔だ。そんな彼に気がついて、コニーは慌てて、ついつい浮かんでいたニマニマ笑いを消し、彼に向かってペコリと一礼する。
「ええと……まず襟巻き取っていただいてありがとうございました」
「……ワン」
「あのですね、これはええと、確かに暑いんですけど……私頬に大きなアザがあって……」
コニーは恥ずかしそうに襟巻きを押さえながらそう言う。
「あまり人に見られたくなくって……」
「?」
するとスタンレーは分からないと言う顔をして。再びカリカリと地面に文字を書きだした。
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