19 / 49
18 従騎士たちのヒソヒソ話と、大人気ない思いやり③
しおりを挟むスタンレーや従騎士たちに、二晩連続の徹夜がバレてしまったコニー。
スタンレーにつまみ上げられて。そのまま作業場の隣に設けてある寝室に即時連行。
団長直々にベッドに放り込まれてしまった……
──といっても。
もちろんコニーはベッドの上に放り投げられたりは──しなかった。
獣人の強靭な腕力に物を言わせ、コニーを軽々つまみ上げ走り出したスタンレーの勢いは、一瞬コニーも、このままベッドに向かって放り投げられてしまうのではないか──と、覚悟するほどのものだった、が……
そんな彼女の懸念に反し、スタンレーはベッドの前にたどり着くと、腕の中で身を竦ませている娘を横抱きに抱き直した。そしてそのまま布団の上にそっとコニーをおろしたのだった。
「へ……?」
コニーが声を漏らす。
腰から着地させ、足もどこかにぶつけぬように気遣われ。直接優しい言葉をかけられたわけではないが……コニーには、なんとなく彼の様子から、スタンレーが自分をずいぶん慎重に扱ってくれていることを理解した。
もしかしてとコニー。もしかして、徹夜と聞いて心配し、乱暴には扱えぬとでも思ってくれているのだろうか……
コニーは思わずスタンレーの顔を見る。
ツンとすました狼の顔。黄金色の凛々しい瞳──……けれどもフカフカの三角の耳はどこか緊張したように横を向いている。
「──……っ」
……とりあえず、その時コニーが猛烈に思ったのは──
(………………す──好き!)
と……、それだけだった。
垣間見えた優しい素振りは、つい数分前の荒々しい登場と大人気ない様子とは相反し紳士的なように思え、心臓が痛いくらいに高鳴って──いたのだが。
「ぅ、あ、あの……」
コニーが下されたベッドの上で、真っ赤になってうろたえているうちに……獣人騎士団長スタンレーは、一瞬見えた紳士の顔をかき消して。勝ち誇った顔で鼻からフンッ! と、息を吐き──そのままのっしのしと部屋を出て行った。
扉が閉じられる直前──戸の隙間からギロリとこちらを見て「ワン……!」と唸るように言っていたが……おそらくあれも「大人しく寝ろ!」という意だったのだろうな……とコニーは察する。
「…………」
呆然と騎士団長が部屋を出ていく様子を見つめていたコニー。パタンと戸が完全に閉じられてから、やっと緊張が解けたようで……その口から大きく息が吐き出される。どうやら……呼吸をするのを忘れていたらしい。
(い、今──……)
気のせいでなければ──コニーはスタンレーに抱きかかえられたのだ。
(……スタンレー様に……ベッドに運ばれてしまった……)
もちろんそれで何かが起こったわけではないし、彼からすれば些細なことだろう。が──なんとなく照れくさくて、とてもとても恥ずかしい。
コニーは火照った顔の熱を感じながらため息をついて。ひとまず落ち着こうと布団の中にもぐり込んだ。
ふと、そんなコニーが漏らす。
「……でもそうか……徹夜って、ダメなのね……」
忙しい時は何日か睡眠を抜いても、後でまとめて眠ればいいと思っていた。
そんな当たり前のことが分からないなんて……と思うかもしれないが。孤児院育ちのコニーには、そういう概念が少し抜けているところがある。
孤児院では、朝の鐘が鳴れば起床し、夜の鐘が鳴れば就寝する。大人の決めたスケジュールはきっちりしていて、守らなければなんらかの罰がある。子供たちは皆罰を受けないために時間を守るが、その理由が『夜更かしは身体に悪い』から……などとは考えない。理由よりも先に罰が怖い。それに──考えないというより、教えられていないのである。
コニーが子供だった頃、国が戦をしたこともあって、孤児院には大勢の戦争孤児がいた。にも関わらず世話人はとても少なく、彼らは忙し過ぎて、子供たちにいちいちそんなことを説明している余裕はなさそうだった。
特にコニーのように顔のアザにコンプレックスがあって、人を避けていたような子供は余計だ。
多くは決められたスケジュールに沿って生活するだけというそんな暮らしぶりの中で、残念なことに、コニーには『寝る子は育つ』『徹夜はダメだ』なんて、普通の家庭ではありふれているだろう言葉をかけてもらえる機会には恵まれなかった。
さらにその後、孤児院を出てからは、自分たちを管理する鐘と大人たちから解放されて、コニーは一人気ままにやってきた。
幸い真面目な性格のおかげで堕落することはなかったが、寝たい時に寝るし、仕事があれば数日眠らないこともザラ。でも、それが彼女にとっての当たり前。
それがダメだと誰かに指摘されたことなどなかった。──これまでは。
「……ふふ」
スタンレーのこともそうだが、フランソワたちの様子を思い出したコニーは、少しだけこそばゆくなって布団の中で笑う。
てっきりアザについて何か言われるのかとハラハラしてしまったが──彼らがまさかあんなふうに心配してくれるとは。
スタンレーからの子供扱いは正直微妙だったが、でも──気遣われたのは新鮮で。
なんだかとても嬉しかった。
0
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。

王太子様、丁寧にお断りします!
abang
恋愛
「……美しいご令嬢、名前を聞いても?」
王太子であり、容姿にも恵まれた。
国中の女性にはモテたし、勿論男にも好かれている。
そんな王太子が出会った絶世の美女は少し変……?
「申し訳ありません、先程落としてしまって」
((んな訳あるかぁーーー!!!))
「あはは、面白い冗談だね。俺の事を知ってる?」
「はい、多分王太子殿下ではないかと……」
「……うん、あたりだね」
「じゃあ、落とし物を探して参りますので……さようなら」
「え"っ!?無礼とか、王太子殿下だ、とか考えない?」
「ワーオウタイシサマダ、ステキ……では失礼致します」
「……決めた、俺は彼女を妻にする」
「お断りします」
ちょっと天然なナルシ王太子×塩対応公爵令嬢
「私は平和で落ち着いた愛を育みたいので」
「俺は、キミと愛を育みたいよ」
「却下!」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

男性アレルギー令嬢とオネエ皇太子の偽装結婚 ~なぜか溺愛されています~
富士とまと
恋愛
リリーは極度の男性アレルギー持ちだった。修道院に行きたいと言ったものの公爵令嬢と言う立場ゆえに父親に反対され、誰でもいいから結婚しろと迫られる。そんな中、婚約者探しに出かけた舞踏会で、アレルギーの出ない男性と出会った。いや、姿だけは男性だけれど、心は女性であるエミリオだ。
二人は友達になり、お互いの秘密を共有し、親を納得させるための偽装結婚をすることに。でも、実はエミリオには打ち明けてない秘密が一つあった。

【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる