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12 好き嫌い①
しおりを挟む夕暮れ時を過ぎた頃。
「え……?」
驚いて顔をあげると、そこには少し申し訳なさそうなマリウスの顔。
コニーはパチクリと瞳を瞬いた。
夕刻にフランソワから運んでもらった食事を食べて、もう少し作業をしようとテーブルに向かっていた時のことだった。やってきたマリウスは困り切った顔である。
「…………スタンレー様が……夕食を食べてくださらない……? あの……呪い耐性を上げるための薬草入りの料理を──と、いうことですよね?」
「……ごめん、そうなんだ……」
マリウスは頭痛を堪えるように額を手で押さえている。その顔にコニーはピンと来る。
「もしかして……好き嫌い、ですか……?」
「…………面目ない」
まさかと思ったがそうだった。半獣人の騎士はガクッと肩を落としてしまった。
「……ごめん、いや僕らも頑張ってみたんだけど、スタンレー様、実は苦味のある野菜が嫌いで……あのさ、ほら、狼族って肉が主食だから……」
「あ、ああ……なるほど……」
「おまけにあの人かなりの頑固者で……薬だって言っても、そんな青っちょろいものに本当に効果があるのかとか疑ってて……」
「…………」
まあ、スタンレーが頑固なのはなんとなく分かっていた。
しかしとコニー。
「困りましたね……」
そこは薬だと思ってぜひ食べていただきたい。
呪いを受けている本人が取り組んでくれなければ意味がないのだし。
「うーん……そうですか……」
コニーは少し考えて、それから丁寧に願いでる。
「あの、マリウス様……私、スタンレー様と少しお話しさせていただいてもよろしいですか?」
するとマリウスが明らかにほっとした表情を見せて。
「お願いできる? 僕らじゃ気心が知れすぎているのかスタンレー様のわがままっていうか……甘えが出るっていうか……とにかくうまく説得できないんだよね……」
げっそり笑みを浮かべているマリウスにちょっぴり苦笑いしながら、コニーは頷く。
「わかりました。なんとかしてみます」
請け負うとマリウスは嬉しそうな顔をした。
そんな半獣の騎士にほのぼの微笑み返しながら……コニーは、ふっと思った。
「……スタンレー様に甘えられるなんて羨ましい……」……と、ちょっとだけ。
「スタンレー様……」
「……ワン……!」
狼顔がプイっと横を向いて。
マリウスの通訳はなかったが、その意味はコニーにもよく分かった。多分、「嫌だ、そんな草は食わん……!」とかなんとか言っているのだろう……
コニーは薬草スープ入りの器とスプーンを手に、困りきる……よりも先に、内心で思わず噴き出した。
苦い薬草が食べたくないだなんて、騎士なのにまるで幼子である。
コニーは、おもしろいなぁと駄々っ子な狼族の青年を見た。彼女の背後ではマリウスが、大きな図体をしてまったく……と呆れ果てている。さらにその背後にはコック帽とエプロン姿の料理長が。彼の右手には薬草まみれの肉料理、左手には砂糖つぼを持っている。……どうやら彼もいろいろと試行錯誤してくれたらしい……
ちなみに……料理長は豚の獣人だ。
コニーは苦笑いを浮かべるのを堪えながら説得を続ける。
「スタンレー様、お願いですから召し上がってください。せっかく料理長が作ってくださったんですよ? スタンレー様だって早く獣鳴病を治してしまわれたいのでしょう?」
なんだか見ているとスタンレーが子供のように思えて来て。コニーは彼の食卓の横に座りながら、彼を「めっ」と言うように目で叱る。と、いさめられたスタンレーが黄金の瞳でコニーをギロリと睨んだ。
「ワンワン!」
「!」
触れれば切れそうなほどに鋭い眼差しは、まさに強き騎士たちの長という威厳を備えている、が……
あくまでもそれが、嫌いなものを食べたくないがゆえに発せられているかと思うと、コニーはもうおもしろくて仕方がない。
抗議の声を上げるスタンレーにコニーがプルプルして笑いをこらえている。そんなに食べたくないのか。コニーは、笑いを堪えるのに必死だ。
そんな彼女に、マリウスが背後から「……通訳する?」と、疲れたように名乗り出てきてくれる。が、なんとか笑いをおさめたコニーは、彼に「大丈夫ですよ」と、笑顔を向け──次の瞬間、彼女は、スタンレーに、にっっっこりと強い威圧を込めた眼差しを向けた。
「ワンッワッ……ワ?」
その急な圧に、スタンレーが吠え声を呑み込んだ。
大人しそうだった娘の顔が、突然ガラリと雰囲気を変えていた。
黒い襟巻きで覆われた娘の、唯一あらわな目元の気迫に、スタンレーはぽかんと目をまるくしている。
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