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10 従騎士
しおりを挟むその日の午後、流石に休憩しなくてはと思っていた矢先……廊下から「どうしよう、どうしよう」という小さな声が聞こえた。
(ん……?)
不思議に思ったコニーは顔を上げ、革手袋を外してテーブルに置いた。そうして、声のしたほう──部屋の外の廊下を覗き込む……と、その瞬間、誰かが「ひゃっ!?」と、跳びあがった。
「え……?」
一瞬ぽかんとするコニー。
悲鳴をあげた誰かは、廊下の向こうへ転がるように逃げて行った。
その身のこなしに驚いたコニーの目がまるくなる。どうやら相手は獣人族だったようだ。角の向こうに消えていった茶色い塊に、コニーはそういえば……と思い出す。
(もしかして、マリウス様がおっしゃっていた……)
「……あのぅ、もしかして……従騎士さん……?」
小声で問うと、廊下の角から──まるいフォルムの顔がひょっこりと現れた。
「……子熊?」
ぴょこぴょこっと柔らかそうなまるい耳が頭に二つついた焦げ茶色の子供の顔。
彼女のほうを不安そうに見つめる黒い両眼の間には、これまた可愛らしい黒い豆のような鼻がポツンとついている。
全身みっちりした焦げ茶の短毛に覆われていて、その上に従騎士用の制服をまとっていた。
全体的にまるまるしたフォルムも手伝って、それはなんともメルヘンな生き物であった。
子熊従騎士のあまりのかわいらしさにコニーが無言だ。
「……こんなかわいらしいお坊ちゃんを……よくお母上は騎士団にお預けになったわね……」
従騎士たちは、騎士たちの傍で騎士見習いとして住み込みで働いている。
実家を出て見習い用の宿舎で過ごし、家へ帰るのは長期休暇のみ。きっと母熊は断腸の思いであったに違いない。
コニーはビクビクしている子熊をこれ以上怯えさせないよう出来るだけ優しい声音で言った。
「あの……驚かせてごめんなさい。あなた、どうしたの?」
戸口にしゃがんで子熊と目を合わせると、彼は困ったような顔をした。
「すみません、僕、従騎士のフランソワです……あの……あの、昨日マリウス様にあなたのお世話をするように言われたんですけど……昨日も今朝も、何度声をかけても戸を開けてくださらなかったので……」
「え?」
言ったきり子熊は瞳をウルウルさせはじめた。
驚いたのはコニーだ。どうやら作業に夢中になりすぎて無視してしまったらしい。
それでもスタンレーの吠える声は耳に入ったというのに、なんとも申し訳ないことだった。
「ご、ごめんなさい。そうだったの? 全然気がつかなかったわ」
コニーが慌てて謝ると、子熊のフランソワは昨日も今朝も食事を持ってきてくれたと言う。それを聞いたコニーは反省した。こんなかわいらしい子供に何度も足を運ばせたうえ、悲しい思いをさせていたとは。
いつもは工房で一人仕事をするものだから、作業中は没頭するとどうしても食事が疎かになる。忙しい時は食べないこともざらだった。
そういえばここは騎士団の本部棟だったわ……と悔やんだコニーは、少年に思い切りよく頭を下げた。
「本当にごめんね……もしかしてそのせいでマリウス様に叱られちゃった?」
コニーがちゃんと説明しにいくと申し出ると、まだ十代そこそこの少年従騎士は、涙目を服の袖で拭ってほっとしたような顔をした。
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