にゃんにゃん言ってもダメですよ騎士団長さま! 〜偏愛魔法薬師とワガママな狼の騎士〜

あきのみどり

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5 呪い

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 ──“獣鳴病”とは。
 近年の王都で流行りはじめた、獣人のみがかかる呪いである。
 俗称的に獣鳴“病”とは呼ばれているものの実は伝染する呪いで、ここ数年突如世に現れて、多くの獣人たちを困らせている。
 この呪いにかかった獣人たちは、言葉を話すことができなくなり、獣の鳴き声しか口に出せなくなってしまう。
 はじめは呪いの知識がなかった者たちに、病だと勘違いされたことから“獣鳴病”と呼ばれるに至った。
 どこでどんな人物が最初にこのような呪いを生み出したのかは不明だが……いまだ研究も十分でなく、いくつかの治療法は提案されはじめたものの、しっかりと確立された方法はない。そのせいで今も多くの獣人たちを悩ませ続けていた。

 ただ幸いなことに、この呪いは特に命に関わるものではない。
 症状も言葉が話せなくなるというだけなので、人族とは違い、独特のコミュニケーション能力を持つ獣人族たちは、それぞれ鳴き声や身振りなどで意思の疎通もはかれることから、同族間ではあまり困ることもない。
 その緊急性の低さが治療法がなかなか確立されない一因でもある。
 
 ──が。それでも多くの獣人たちが悩むのは、多くは自尊心の問題にあった。
 案の定、スタンレーは一瞬の逡巡ののち、コニーの問いにため息まじりにうなずいた。
 その顔は、もう最初の一声以外はもう二度と鳴き声を聞かせたくないという苦々しいものである。
 獣人たちには獣人たちのプライドがある。ただの獣のようには振る舞いたくないのだろう。しかも、このスタンレー・ブラックウッドは、豪胆で、かなりの自信家と有名だ。
 なるほどとコニー。彼女にもやっと自分がこっそりこの騎士団に呼ばれたわけが分かった。
 と、そんな彼女に、背後に立っていた騎士が話しかけてくる。

「ごめんねースタンレー様の目つきが悪くって。ああなってから、ずっと落ち込んじゃっててガラが悪いんだ」

 苦笑しながら言ったのは半獣人の青年。謝られて、しかしコニーは「大丈夫です」と小声で返しながらも──心の中では(かわいいばかりで何も苦ではありません)と心底思っていた。

「それで……状況は分かった? 君にはスタンレー様を治してほしいんだ」

 その依頼にコニーはやはりと思いながら頷いた。
 ……ちなみにこの半獣人の彼は、今朝コニーの家に来たあの騎士である。
 名前はマリウスと名乗った。人の顔をしているが、黒い髪の中にぴょんぴょんと三角の耳が突き出ていて、腰元に同じ色の尾がある。スタンレーの副官を務める者だったようだ。
 彼は期待のこもった声で言った。

「覆面魔法薬師さん、君、最近街で何人か同じ症状の獣人族を完治させたって聞いたけど……本当?」

 覆面魔法薬師……とは、いつでもフードと襟巻きを外そうとしないコニーの町でのあだ名である。頬のアザを隠し続けていたらいつの間にかそんな名が付いていた。まあ、コニーはあまり気にしてはいないが。
 マリウスがコニーに問うと、難しい顔をしていたスタンレーも視線を上げて、彼女をじっと見つめてくる。
 その視線に気がついたコニーは、スタンレーの切羽詰まった視線にハッとして。内心の興奮を必死で振り払った。
 つらい状況にある人を前に、不埒な気持ちなど持つなどなんたることか。そう自分を律すると、今度は代わりに彼の役に立たねばという気持ちがむくむくと湧いて来た。
 コニーはマリウスの問いにもう一度しっかりと頷いて、懐から小さな筒を取り出した。
 筒はコニーの手のひらに触れると、すぐに勝手にクルクルと巻物のように開いて行く。
 そこに記されているのは、正規に王国で魔法薬師の資格を取った者だけが与えられる国章入りの免状だった。それをまずはマリウスに手渡す。これは大事なことで、国民から依頼を受ける場合は、きちんと資格を有することを示さなければならない決まりだ。
 免状には資格取得者の実績についても、自動で更新される魔法文字で記載がなされている。そこに獣鳴病の治療についての記載もある。
 コニーに免状を渡されたマリウスは中身を確認すると、それをスタンリーにも広げて見せて。彼と目線で会話してから彼女にそれを返却した。

「ありがとう、魔法薬師コニー。是非薬の調合をお願いしたい」
「はい、喜んで」

 もうすっかり(かわいい)スタンレーの力になる気満々だった娘は即答。
 その応答に満足したらしいマリウスはにっこりと笑って「実は……」と苦笑しながら語り出した。

「昨日別の魔術師に治療を頼んだんだけれど、うまくいかなくて。余計に呪いが複雑になってしまったらしくお手上げ状態だったんだ。スタンレー様も自分が呪いに負けるなんてって、すっかり落ち込んじゃって」

 ケラケラ笑いながら言う騎士を、スタンレーは鋭い瞳で睨み付けている。その恨めしそうな顔にコニーは慌てた。

「あ、あ……大丈夫ですよスタンレー様! ワンちゃんみたいな鳴き声も素敵です!」
「…………」

 全力でフォローされたが、スタンレーは複雑そうな顔で憮然としている。マリウスが噴き出しながら手をふった。

「ダメダメ魔法薬師さん。スタンレー様犬族とか狐族と間違われるのものすごく嫌がるから」
「ぎゃ!? ……そ、そうなんですか!? すみませんっ」
「…………」

 さっと青ざめるコニー。スタンレーはムスッとした耳をすっかり後ろに倒し切ってしまった。マリウスはまたそんな顔すると呆れ顔。……ただコニー的には、耳がぺったり後ろに倒れたスタンレーは、まるでアザラシか何かのように頭がまるくなって、それがまた可愛くて仕方なかったが。思わず視線を外して襲いかかってくる萌えに耐えていると、それをマリウスは怯えていると勘違いしたらしい。マリウスはため息をつく。

「ほら、スタンレー様そんな顔したらコニーちゃんが気にするでしょう? まったく団長ときたら……まあ、獣人族界隈も色々対抗意識あるから。ごめんねコニーちゃん」
「い、いえ、私こそ失礼なことを口走ってしまってすみません……」

 確かに騎士団長に向かって『ワンちゃんみたい』はなかったか。コニーは悶えている自分を隠そうとプルプルしながらも、必死で二人に深く頭を下げた。

「いやいや、いいのいいの。さっきも言ったけど、呪いにかかってからこの人特に機嫌が悪くて。でもとにかく、この人がこんな調子じゃ騎士たちも調子が出なくってね。こう見えて結構みんなに慕われてるからさ……どうかな? 解呪……できそう?」

 問われたコニーは、気を引き締め、改めてスタンレーのほうを見た。
 集中して彼の周りに漂う魔力を読み解くように見つめると、フサフサの喉まわりに首輪のような赤い魔力の陣が見える。ただしそれはコニーが知るものよりも、形がいびつなのが気になった。

「……そうですね……やはり後から魔法で干渉したために少し呪いの形式が組み変わってしまっていますね……」

 いつもより解呪に時間がかかるかもしれないと、コニーはマリウスを見る。
 その目に雑念(萌え)はない。スッと氷のように冷静になった魔法薬師の瞳を見て、密かに彼女を吟味していたマリウスが満足そうな視線を返す。
 コニーは考察を続ける。

「今はまだ解呪法がはっきり確立されていないので、こういった事例もよくあります。皆さん早く解呪したくて、魔法や解呪薬など色々な方法を模索されるので……」

 そうして闇雲に様々な方法を試した挙げ句、呪いと術が絡み合うようなことは割とよくあった。

「……もしかしたら最初にスタンレー様がかかってしまった呪いもオリジナルではなく、そうやって変質したものだったのかも……」

 前に依頼を受けたという魔術師は、そこへオリジナル用の解呪魔法をかけてしまったのかもしれない。きちんと事前に調べれば分かったはずだがとコニー。

「……でも大丈夫です」

 コニーはこのような事例の解呪経験もあると二人に告げた。

「時間をいただければ、スタンレー様の呪いに合わせた解呪薬を微調整しながら調合させていただきます」

 そうコニーが請け負うと、そのしっかりとした口調に安堵したのか──執務机の向こうでスタンレーがほっと気を緩めたのが分かった。あらとコニー。
 彼の豊かなしっぽが床の上でフサフサと揺れている。……どうやらちょっとは気持ちが持ち直したようだ。
 それを見て、コニーも少し嬉しくなった。

(……スタンレー様……大丈夫ですよ。すぐに解呪して差し上げますからね)

 襟巻きの中で微笑み、ローブの中でこっそり拳を握り。コニーは心の中で熱くそう誓う。

 ……こうして街のしがない魔法薬師コニーは、騎士団からの依頼で解呪用の魔法薬を作ることになったのだった……

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