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しおりを挟むブルブルしながら額に汗をにじませるコニー。もう少し胆力がなければ膝から床に崩れ落ちて悶えていたかもしれない。
と、不意にスタンレーの目が彼女を見た。その視線にドキリとする。
しかしスタンレーはコニーと目が合うと、プイっと金の瞳を逸らし、どこかふてくされたような表情でそっぽを向く。その頭の上にピンと立った三角の耳も不機嫌そうにパタパタと動いていて……それがまた死ぬほどかわいくて──
(あ……どうしよう、気が遠くなりそうなほどかわいい……)
たまらんと萌えダメージを喰らうコニー……
だが……それはあくまでもコニーの解釈である。
第三者の目から見れば、むくれたスタンレーの顔はひたすらひたすらにいかめしい。
──スタンレー・ブラックウッド。
彼は狼の頭に、人に似た身体を持つ狼族の青年。
前出のように剣術大会では何度も優勝してしまうほどの武人で、戦歴も華々しい。数々の功績から王や高官からの信望も厚く、民たちからは英雄と慕われる。
その人柄は……豪胆でやや自己中心的。
少々ガサツと評判で、よく勢い余って物を破壊しているところを民に目撃される。粗暴と言われることはしばしばだが、乱暴なわけではなく、さっぱりとした性格も手伝ってあまり他者に悪く言われることはない。
たまに町の子供に『あースタンレーさまが、またモノをこわしてるー』……と、後ろ指さされるが、本人はあっけらかんとまったく気にしない。(※弁償はする)
子供の後ろ指を気にしないどころか、そのまま指差して来た子供と同レベルで遊んでしまう無邪気な人でもあって、よく城下で子供と大人気のかけらもない本気の駆けっこを目撃されては、町民たちに『今日も無事にスタンレー様は子供だな……』と揶揄まじりに笑われている。──有事には戦場に駆り出される彼が、城下で遊んでいればそれだけ町が平和であるという意味らしい。(が、そんな揶揄も本人はぜんぜん気にしない)
とにかく、多少(?)子供でわがままなところはあるが、そこがまた親しみやすいのかなんなのか。民からも好かれ、且つ、確かな実力で騎士団を支えて来た団長スタンレー。
盗賊や魔物の討伐でも活躍し、戦場でも負けなしとあって、国外にもその名は轟いている、この国が誇る豪傑。まさに街のしがない魔法薬師コニーにとっては遠い遠い存在である。
……はず……なのだが……
その英雄が……なぜか今はかわいくて仕方がないコニー。
娘は信じられないものを見る目でスタンレーを凝視した。
あのいくつもの極悪盗賊の根城を叩き潰し、試合でも戦場でも負けなしというスタンレー・ブラックウッドが──
つい先日も剣術大会で三年連続の優勝を飾った彼が、落ち込んだ犬のような声で鳴き、しょんぼりと耳としっぽを垂れさせて椅子に座り込んでいる。……彼の背後には、その大会で彼が勝ち取ったらしき立派すぎる優勝旗がでかでかと飾ってあって……
なんだかコニーはギャップをこれでもかと見せつけられているような気すらして。
意外というか……ギャップの塊というか……
(……とにかくっ、死ぬ程愛おしい……!)
「ぐ……」
おもむろに身体を折って顔面を手で覆うコニー。その色は耳まで真っ赤だ。心なしか肩もプルプル震えている。
これまではかなり遠目に、悠々と町を闊歩しているような彼の姿しか知らなかったコニーは……そのギャップに悶え苦しんでいる。
(か──かわいらしすぎる……)
何だか申し訳ないことに──しょんぼり耳を垂れたスタンレーの姿は、激しくコニーの性癖に刺さってしまった。
(いや……だめよコニー!)
コニーは己を叱咤した。なんとか心の声の発露を堪える。
スタンレーは大きな身体をまるめていて、明らかに落ち込んでいるふうだ。その原因が……『ワン』であることは明白だ。
どうやら不機嫌そうなのも、そのせいであるらしい。
おそらく、もしここでコニーが馬鹿なことを言ってしまえば、絶対に彼を傷つけるに違いない。
……ああ確かに……いかつい身体に、いかめしい狼顔の騎士団長様が、『ワン』と言った姿は衝撃的に可愛かった、可愛かったが……しかしこれをそのまま表に出すわけにはいかない。と……コニーは必死で平静を装った。
「あ、あの……(※コニー。若干プルプルしながら)スタンレー様……」
動悸を抑えつつ手のひらを突き出したコニーは、スタンレーに問いかける。と、そっけない彼の、三角の耳だけがコニーに向いた。それを確認したコニーは、恐る恐る問う。
「……もしやスタンレー様……あなた様は──……」
ゴクリとコニーの喉が鳴る。
「……獣鳴病……なの、ですか……?」
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