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後日談

4ー2 ギズルフの結婚、が一筋縄では行かない件

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 ミリヤムがギズルフに飛び掛った日の七日ほど前のこと──
 
 その日、ギズルフの婚約者クローディア嬢の邸はいつにない賑わいの中にあった。
 広い玄関前には馬車が何台も止まり、荷台からは続々と荷物が降ろされていた。降ろされた荷は、紫紺の上着を着た者達が次々と忙しく邸の中へ運びこんで行っている。
 彼等の多くは人狼で、纏う紫紺の上着はとても仕立ての良いいものだった。この領内では、紫紺と言えば辺境伯家の色で……それはこのせっせと働く彼等が、辺境伯家から使わされた者達であることを示していた。
 そんな辺境伯家からの使いたちの手によって次々運び込まれる荷は、どれも華やかな贈り物用の箱に納められていた。
 そんな美しい品々が、立派な使い達によって運び込まれているとあって、邸周辺にはいつの間にか見物人が大勢集まっていた。皆、豪華な箱の中身はなんだろうと囁きあい、好奇の視線を邸の中へ向けているのだった。

 ──そんな己の邸の様子を──クローディアは玄関ホールの中央で、耳を後ろに倒しきって呆然と見ていた。
 運び込こまれる荷はとにかく数が尋常ではない。既に、決して狭いとはいえない玄関ホールが半分以上埋め尽くされている。クローディアの隣では、父と母が呆気にとられた顔でそれを見ていた。
 気持ちは分かるわ……とクローディアは、普段は威厳ある風貌の父の、そのぽかんと開いた大口を見ながら思った。煌びやかな贈り物達が一堂に会するとそれはそれは壮観な眺めではあるのだが、その冗談のような数には呆れてしまう。
「…………」
 クローディアが言葉を失っていると、玄関から様子を見に来た友人達が姿を現す。二人の人狼嬢は、あらまあと呆れたような半笑いを浮かべながらクローディア達の傍までやって来た。それも山のような荷の間を縫うようにして歩かなければならず、なんだかとても大変そうだった。
「ふぅ、やっと着いた。何事かと思ったら……相変わらずギズルフ様はおやりになることがとんでもないわねえ……一体幾つあるのかしら……結婚式直前の花嫁に向けた贈り物にしたってちょっと多すぎよねぇ」
「見て。箱の一つ一つにギズルフ様のお名前が書かれてる。今回はアデリナ様からではないというアピールかしら」
 面白いわねぇ、と呑気に肩を揺らして笑う二人の人狼嬢達を、クローディアは微妙な顔つきで見る。
 クローディアはとても笑う気分にはなれなかった。
 出迎えの言葉も忘れて、クローディアは贈り物の山を細い指で指差しながら訴えた。
「人事だと思って……分かっているの貴女達……ギズルフ様からの贈り物なのよ? あの、ギズフル様なのよ? これ全部!」
 そうすると友人の一人は「あら」と首を傾げ、綺麗な尻尾をふよんと動かした。
「? 何が不満なのクローディア。貴女この間ギズルフ様に花と恋文を頂いたといって喜んでいたじゃないの」
「それは……そうだけれど、その後が大変だったでしょう!?」
 友人の言葉に、クローディアはそう力説する。
 幾らか前、友人が言うとおりギズルフが初めてクローディアに恋文と花を贈ってくれたことがあった。
 確かにその時はクローディアもとても喜んでいたのだ。可憐な花の花言葉を調べて、それが愛の言葉であると知った時は本当に幸せな気持ちになりもした。

──だが、問題はその後だったのだ。

 あの初めての贈り物の後、ギズルフは、クローディアが想像以上に喜んだことにとても気をよくした。
 永らく不仲だった婚約者に初めて自分の行いを喜んでもらえたギズルフは、気をよくし、喜んで──すぐさま次の贈り物を用意しに行ったのだ。
 が、しかし、それには間の悪いことが一つあった。
 その頃──二人の仲を何とかしようと密か(?)に暗躍していたミリヤム(妊娠前)が、夫ヴォルデマーと共にベアエールデに出向いていて、城をあけていたのだ。
 ミリヤムという調整役を背に担いでいなかったギズルフは、誰のアドバイスも受ける事なく次の贈り物を選んだ。元より自信家なギズルフである。彼は別に口うるさいムササビ娘が居なくとも自分で贈り物くらい出来る──気になっていた。
 そうしてふんふんと鼻歌交じりにクローディアに贈る為、もう一度花を摘みに出掛けて──持ち帰ってきたのは──……

「……狩りの獲物だったのよね」
「大きな立派な鹿ね」
 友人達がそう言うと、クローディアがか細い首をガクッと項垂れさせた。
 そう、ギズルフが持ってきたのは狩りの獲物だったのだ。生暖かく、血も滴るような。
 だが、彼の為に補足させてもらうと……ギズルフとて最初は綺麗な花を摘む気だったのだ。
 しかし悪いことに、彼の気配に敏い黄金の瞳は、可憐な花よりも、良い狩りの獲物を見つけるほうに特化していた。そもそもギズルフには花と草の区別もあまりついていない。
 野原に咲く草花を見下ろしながら、真剣な顔で、『何か……違うのか?』と、ミリヤムに問うて、『よく見ろ!?』と思い切り瞼を指で上下に開かれ、『あと匂い、匂い嗅げてます!? 可憐な匂いがするでしょう!?』と……思い切り鼻をつままれた事もあった。ようするに、興味がさらさら無いのだ。
 さて、そうして突っ込み役不在で一人で出掛け、獲物を見事に発見したギズルフは、『俺様が好きなものはクローディアも好きだろう』『クローディアは肉が好物だしな』的論理で……結局花を摘むのを忘れた。
 そうして巨体の人狼は、るんるんして獲物を捕まえて、意気揚々と領都へ帰って行った。
 そうしてクローディアの元へは、その仕留めたての立派な獲物が届けられることとなったのである……

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