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後日談
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ヴォルデマーがミリヤムのいる部屋に戻ると、既にルカスは去った後だった。
が、その代わりに別の訪問者が双子達のゆりかごの周りを取り囲んでいた。
「はー……むちむちねぇ。なんて愛らしいのかしら」
「本当ねぇ。しっぽはふさふさよ」
癖になるわーなどと言いながら、子供達につんつんと触れているのは、サラとカーヤである。
因みに部屋を訪れていたギズルフはサラによって追い出された。祖母に『後は私達がやるから領の仕事をしなさい』と、言われた彼は渋々己の執務室へ帰って行った。
「おはようございます」
ヴォルデマーが声を掛けると、二人はおはようと返し、それから父子を見比べてひそひそと耳打ちしあう。
「……やっぱりヴォルデマー様に似ているの?」
「ええ。皮膚の感じは違うけど、やっぱり目なんかはヴォルデマーの小さい頃に似ているわね」
「あらあ、じゃあ二人共将来はきっといい男になるわね!! 羨ましいわミリーちゃん両手に花よ!!」
と、言われたミリヤムは傍の長椅子の上にいた。紫紺の布張りの艶やかな背もたれに寄りかかり、栗毛の娘はうつらうつらしている。サラ達が来てくれてホッとしたのか、もう半分以上夢の世界に足を突っ込んでいるらしかった。
それを見たサラ達がにっこりと微笑む。
「あらあら」
「昨晩は余程疲れたのねえ」
カーヤはそう言って室内を見渡した。
ミリヤムの寝台の上には替えのオムツや赤子の服が散らばっていて、他にも手ぬぐいやら赤子の世話用の道具達があちらこちらに放り出されたままだ。その下の床には着替えようと思ったけれど、そう出来なかったらしい服が放り出され、傍のテーブルの上には食べかけの朝食の膳やお茶がそのまま残されていていた。
だがサラ達には分かっていた。それら全てが、双子達に代わる代わる泣かれた末に中断させられて放り出されたままであるということが。片付ける余裕などなかったのだろう。
「まあ、こんなものよね」
「ええ。子育てって大変よ。特に最初の数ヶ月は戦争だわ」
二人はそう感慨深そうに頷きあいながら周囲に散らばった物を拾っていく。城の使用人達が、慌てて自分達がやると申し出て来るが、サラ達は「自分達がやりたいのだ」とそれを断った。
そうして張り切って働き始めた老女達にヴォルデマーは感謝の意を伝えて、長椅子で眠りかけているミリヤムの傍に歩いて行った。
抱き上げると、眠そうな瞼が僅かに開いてヴォルデマーを捉える。
「……ぼ、るでまぁさま?」
「よい、眠っていなさい」
ぼんやりした様子の妻に夫は笑うと、彼女を抱えてその身を寝台に移動させた。
柔らかなシーツの上に横たわらせ、寝巻き姿の身体の上に布団を被せると、ミリヤムの表情が安堵したように和らいだ。
ヴォルデマーはその枕元の傍に腰を下ろし、ミリヤムの寝顔を見下ろしている。
精悍な顔つきをした人狼は無言だったが、彼の金色の瞳はいかにも幸せそうで。
その黒い毛並みに覆われた手が妻の頬を撫でる様子が。その、妻の寝顔を覗き込むために少しだけ丸められた背から立ち上る雰囲気がなんと穏やかなことか、と傍で見ている二人の老女達は思わず静かな笑みを零した。
「……大変だけど、幸せな光景ね」
「そうね、ヴォルデマーのあんな様子を見ることが出来るなんて。少し前は思いもよらなかったわ……」
しみじみと言うサラは「長生きしてよかった」と、牝牛の友に微笑みかける。するとカーヤが真面目くさった顔で首を振る。
「あら、まだまだよ。だって私達、双子ちゃんがイケメンに成長するところをちゃんと見届けなきゃならないのよ」
「あら、本当だわ」
カーヤの言葉にサラが噴出す。と──、同時に部屋の扉が吹き飛ばされそうな勢いで開かれた。
「!?」
その激しい音にヴォルデマーが緊張を走らせ、ミリヤムは「オムツ!?」と言いながら寝ぼけ眼で飛び起きた。
サラとカーヤは片眉を上げて扉の方を見やる。と──……
「双子の尻は汚れたか!?」
叫びながら室内に乱入してきたのは──言わずと知れたギズルフだった。
先程祖母に『仕事しろ』と追い出されたにも関わらず、黒い巨体の人狼はケロリと、どこか嬉々として舞い戻ってきた。
途端双子達が泣き出して、ヴォルデマーがその兄に対して強い殺気を放つ。
「ほぉえ? わか、さま?」
ギズルフに叩き起こされることには慣れっこなのか、ミリヤムはもそもそと目元を擦りながらも寝台に起き上がる。と、ずかずか室内に入ってきたギズルフはミリヤムの両肩をがしっと掴む。
「そろそろだろう!? どっちだ!? ローリンか!? ランダルか!? おい寝ぼけているのか!?」
しっかりせよ!、と大声を出しながらミリヤムの肩を揺り動かすギズルフ。の頭を、殺気を膨らませきったヴォルデマーが無言で思い切りはたく。
その、べしーっと、いい音を聞きながら、二人の老女はしんとした顔をしていた。
「……」
「……サラ、貴女当分元気でいないと駄目ね……双子の前にギズルフ様をなんとかしないと。」
「そうね……まずあの子だわ……」
はーやれやれ、とサラはため息をつく。怪力のカーヤがいてくれて助かったわー、と言いながら。
果たして数分後、牝牛のカーヤの掌底突きを顔面に喰らったギズルフは、ちょこんと巨体を丸めて双子の洗濯物をたたまされていた。
二人の老女達がこの城の嫡男の背後に立ち、彼を微笑み顔で威圧している。
「ほらほらギズルフ様、きちんと端を揃えておたたみください。全然角が揃っておりませんわよ!!」
「ギズルフ、貴方もうちょっと落ち着いて行動なさいね。ノックもしないで女性の部屋に入ってくるなんて無礼千万ですよ」
「…………」
祖母達に叱られて、ギズルフはすっかり憮然としているが、その耳はしゅんと垂れ下がっていた。その横でヴォルデマーはいい気味だと言いたげな顔で双子達をあやしている。
そんな室内の様子をミリヤムは微妙そうな顔で、はらはらと見ていたが、
しかし、そのサラ達の働きのお陰で、ヴォルデマーとギズルフの血の流れる兄弟喧嘩の再勃発が無事回避されたのだけは確かだった。
が、その代わりに別の訪問者が双子達のゆりかごの周りを取り囲んでいた。
「はー……むちむちねぇ。なんて愛らしいのかしら」
「本当ねぇ。しっぽはふさふさよ」
癖になるわーなどと言いながら、子供達につんつんと触れているのは、サラとカーヤである。
因みに部屋を訪れていたギズルフはサラによって追い出された。祖母に『後は私達がやるから領の仕事をしなさい』と、言われた彼は渋々己の執務室へ帰って行った。
「おはようございます」
ヴォルデマーが声を掛けると、二人はおはようと返し、それから父子を見比べてひそひそと耳打ちしあう。
「……やっぱりヴォルデマー様に似ているの?」
「ええ。皮膚の感じは違うけど、やっぱり目なんかはヴォルデマーの小さい頃に似ているわね」
「あらあ、じゃあ二人共将来はきっといい男になるわね!! 羨ましいわミリーちゃん両手に花よ!!」
と、言われたミリヤムは傍の長椅子の上にいた。紫紺の布張りの艶やかな背もたれに寄りかかり、栗毛の娘はうつらうつらしている。サラ達が来てくれてホッとしたのか、もう半分以上夢の世界に足を突っ込んでいるらしかった。
それを見たサラ達がにっこりと微笑む。
「あらあら」
「昨晩は余程疲れたのねえ」
カーヤはそう言って室内を見渡した。
ミリヤムの寝台の上には替えのオムツや赤子の服が散らばっていて、他にも手ぬぐいやら赤子の世話用の道具達があちらこちらに放り出されたままだ。その下の床には着替えようと思ったけれど、そう出来なかったらしい服が放り出され、傍のテーブルの上には食べかけの朝食の膳やお茶がそのまま残されていていた。
だがサラ達には分かっていた。それら全てが、双子達に代わる代わる泣かれた末に中断させられて放り出されたままであるということが。片付ける余裕などなかったのだろう。
「まあ、こんなものよね」
「ええ。子育てって大変よ。特に最初の数ヶ月は戦争だわ」
二人はそう感慨深そうに頷きあいながら周囲に散らばった物を拾っていく。城の使用人達が、慌てて自分達がやると申し出て来るが、サラ達は「自分達がやりたいのだ」とそれを断った。
そうして張り切って働き始めた老女達にヴォルデマーは感謝の意を伝えて、長椅子で眠りかけているミリヤムの傍に歩いて行った。
抱き上げると、眠そうな瞼が僅かに開いてヴォルデマーを捉える。
「……ぼ、るでまぁさま?」
「よい、眠っていなさい」
ぼんやりした様子の妻に夫は笑うと、彼女を抱えてその身を寝台に移動させた。
柔らかなシーツの上に横たわらせ、寝巻き姿の身体の上に布団を被せると、ミリヤムの表情が安堵したように和らいだ。
ヴォルデマーはその枕元の傍に腰を下ろし、ミリヤムの寝顔を見下ろしている。
精悍な顔つきをした人狼は無言だったが、彼の金色の瞳はいかにも幸せそうで。
その黒い毛並みに覆われた手が妻の頬を撫でる様子が。その、妻の寝顔を覗き込むために少しだけ丸められた背から立ち上る雰囲気がなんと穏やかなことか、と傍で見ている二人の老女達は思わず静かな笑みを零した。
「……大変だけど、幸せな光景ね」
「そうね、ヴォルデマーのあんな様子を見ることが出来るなんて。少し前は思いもよらなかったわ……」
しみじみと言うサラは「長生きしてよかった」と、牝牛の友に微笑みかける。するとカーヤが真面目くさった顔で首を振る。
「あら、まだまだよ。だって私達、双子ちゃんがイケメンに成長するところをちゃんと見届けなきゃならないのよ」
「あら、本当だわ」
カーヤの言葉にサラが噴出す。と──、同時に部屋の扉が吹き飛ばされそうな勢いで開かれた。
「!?」
その激しい音にヴォルデマーが緊張を走らせ、ミリヤムは「オムツ!?」と言いながら寝ぼけ眼で飛び起きた。
サラとカーヤは片眉を上げて扉の方を見やる。と──……
「双子の尻は汚れたか!?」
叫びながら室内に乱入してきたのは──言わずと知れたギズルフだった。
先程祖母に『仕事しろ』と追い出されたにも関わらず、黒い巨体の人狼はケロリと、どこか嬉々として舞い戻ってきた。
途端双子達が泣き出して、ヴォルデマーがその兄に対して強い殺気を放つ。
「ほぉえ? わか、さま?」
ギズルフに叩き起こされることには慣れっこなのか、ミリヤムはもそもそと目元を擦りながらも寝台に起き上がる。と、ずかずか室内に入ってきたギズルフはミリヤムの両肩をがしっと掴む。
「そろそろだろう!? どっちだ!? ローリンか!? ランダルか!? おい寝ぼけているのか!?」
しっかりせよ!、と大声を出しながらミリヤムの肩を揺り動かすギズルフ。の頭を、殺気を膨らませきったヴォルデマーが無言で思い切りはたく。
その、べしーっと、いい音を聞きながら、二人の老女はしんとした顔をしていた。
「……」
「……サラ、貴女当分元気でいないと駄目ね……双子の前にギズルフ様をなんとかしないと。」
「そうね……まずあの子だわ……」
はーやれやれ、とサラはため息をつく。怪力のカーヤがいてくれて助かったわー、と言いながら。
果たして数分後、牝牛のカーヤの掌底突きを顔面に喰らったギズルフは、ちょこんと巨体を丸めて双子の洗濯物をたたまされていた。
二人の老女達がこの城の嫡男の背後に立ち、彼を微笑み顔で威圧している。
「ほらほらギズルフ様、きちんと端を揃えておたたみください。全然角が揃っておりませんわよ!!」
「ギズルフ、貴方もうちょっと落ち着いて行動なさいね。ノックもしないで女性の部屋に入ってくるなんて無礼千万ですよ」
「…………」
祖母達に叱られて、ギズルフはすっかり憮然としているが、その耳はしゅんと垂れ下がっていた。その横でヴォルデマーはいい気味だと言いたげな顔で双子達をあやしている。
そんな室内の様子をミリヤムは微妙そうな顔で、はらはらと見ていたが、
しかし、そのサラ達の働きのお陰で、ヴォルデマーとギズルフの血の流れる兄弟喧嘩の再勃発が無事回避されたのだけは確かだった。
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