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後日談
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その時ヴォルデマーはルカスに出会った。
「……ルカス」
思わず名を呼ぶと、普段通りの表情がこちらを向く。
「ああ、ヴォルデマー様」
「……」
振り返ったその侯爵家の騎士の姿を見て、ヴォルデマーは問い返さずにはいられなかった。
「……ルカス、その出で立ちはどうした……何かあったのか?」
ルカスは両手に多くのものを抱えていた。
まず右手の大カゴに洗い上がったおむつが大量に入っている。左腕にも大きなカゴが下げられ、中には幾つかの包みが入れられていて、さまざまなこうばしい香りを放っている。
更にそちら側の手にも別の袋が握られていて(匂いからするに恐らく何かの薬の類だろう。)、そしてサラから賜ったというピンク色のエプロンには、両側のポケットに何故かそれぞれ別の種類の花が挿されており、その下の衣服のポケットも同じ様に花で埋められていた。
両手が塞がっているから直せないのか、髪はボサボサで眼鏡は鼻の中ほどまでずり落ちている。
恐らくその原因だろう小さな小姓達は、何故だか彼の背に三人ほどがぶら下がっていて。加えて、それを追うようにして幾人かの小姓達がとてとてと彼の服の裾を持って歩いていた。
その様子を見てヴォルデマーが一瞬無言になったのを見て、ルカスが頭痛を耐えるような顔をした。
「それが……ご覧のとおり双子の洗濯物を交換してミリヤムの薬を受け取りに行ったのですが……途中で会った者達がミリヤムと双子宛にと色々渡して来るもので……何やらいつの間にかこの様な有様に……。おまけにこいつ等が『かまえ』だの、『その菓子はなんだ』としつこくて……」
そういう間にも、人狼の小姓っ子達はよじよじとルカスの背中をよじ登り、「ルキー、お菓子ちょうだいよー」「お菓子ー」と……彼が荷物が多くて何も出来ないのをいいことに好き放題やっている。その加重にルカスが顔を顰めて重さに耐えているが、子供達はお構い無しだった。お構いなしでぷるぷるしているルカスの黒髪をボサボサにし、そして毛だらけにして行く。
「……」
それを見たヴォルデマーは、無言の下で「相変わらず面倒見が良さそうだな……」と思いながら、ルカスの手から大量のおむつの入ったカゴを取り上げた。
そして低く響く声で小姓達に言う。
「……菓子は後で別のものを持ってくる。お前達、ルカスから降りて手伝いをしなさい」
すると途端、子供達がわっと沸く。
「っお菓子!!」
「はーい!」
「っ!?」
すると見る見るルカスの手の内から荷物が減って。ルカスが呆気にとられているうちに、小姓達はそれらを手にミリヤムの寝室の方へと駆けて行った。ポケットからも花が抜かれていき……気がつくとルカスの手の内には薬の袋しか残されていなかった。
「っ!?」
その素早さにルカスが目を丸くしていると、ヴォルデマーが苦笑を漏らす。その彼の手からも、小姓達はおむつのカゴを奪って行った。
「ルカス……あの者達を上手く使いなさい。あれでなかなか優秀だ」
「は、はあ……」
「それと……もうそろそろ休んでおいては? 昨夜はミリヤムに付き合って夜通し双子の面倒を見ていただろう? 少し眠りなさい」
ヴォルデマーが勧めると、ルカスは一瞬眉を物言いたげにひそめた。そう平然とした顔で言う男こそ一睡もしていないことをルカスはよく知っていたのだ。
しかし、ルカスが言い返したくらいでは彼が休んだりしないこともよく分かっていた。ルカスは内心で「……後でミリヤムに釘を刺させよう」と、思いながら首を振る。
「私ならまだ大丈夫です」
「しかし……」
ヴォルデマーは気遣わしげな顔をしたが、ルカスは「いいえ!」と彼を強い目で見上げた。
「私はミリヤムの奴がしっかり子供達の面倒を見れるのか監視していなければ……はっきり言って私は奴のことを信用していません! あいつがいつ何かに気をとられて赤子を抱いたまま床に転んだり、眠っている赤子の傍で気味の悪い念仏を唱えないかと心配で……あんな気持ちの悪いものを誕生早々に聞かされては赤子達の情緒が不安定になります!! 将来が心配で目なんか離しておれません!!」
「…………」
ヴォルデマーは酷い言われようだな、と思ったが、ルカスの気持ちもなんとなく理解した。
ヴォルデマーは己の妻たるミリヤムの気味の悪いところもおもしろいなと思っているのだが、何故か昔から彼女の母親気分らしいこの騎士からすると、それは心配で仕方ないことらしかった。
ルカスは青い顔で呻いている。
「ルドルフがよく泣くのはあいつのそういう挙動が原因ではないかと……」
「……心配してくれているのは有難いが……ルカス、実は手紙が来た」
ヴォルデマーの言葉にルカスが「は?」と顔を上げる。
「フロリアン殿から。……数日内に我が子らとミリヤムの様子を見に御出でになるらしい」
だから、今の内に身体を休めておきなさい──……と、ヴォルデマーは言うつもりだったのだが……それを聞いた途端、ルカスの目がカッと見開かれた。
「フ、フロリアン様がいらっしゃる!? ま……不味い!! 色々整えておかなければ……あ、ど、何から……ああああ!!」
とにかくミリヤムからだ!! と──……半ば怒るように慌てて──ルカスは薬を手に風のようにその場を走り去って行ったのだった。
「…………」
残されたヴォルデマーは、しまった、と思っていた。
「……逆効果だったか……」
「……ルカス」
思わず名を呼ぶと、普段通りの表情がこちらを向く。
「ああ、ヴォルデマー様」
「……」
振り返ったその侯爵家の騎士の姿を見て、ヴォルデマーは問い返さずにはいられなかった。
「……ルカス、その出で立ちはどうした……何かあったのか?」
ルカスは両手に多くのものを抱えていた。
まず右手の大カゴに洗い上がったおむつが大量に入っている。左腕にも大きなカゴが下げられ、中には幾つかの包みが入れられていて、さまざまなこうばしい香りを放っている。
更にそちら側の手にも別の袋が握られていて(匂いからするに恐らく何かの薬の類だろう。)、そしてサラから賜ったというピンク色のエプロンには、両側のポケットに何故かそれぞれ別の種類の花が挿されており、その下の衣服のポケットも同じ様に花で埋められていた。
両手が塞がっているから直せないのか、髪はボサボサで眼鏡は鼻の中ほどまでずり落ちている。
恐らくその原因だろう小さな小姓達は、何故だか彼の背に三人ほどがぶら下がっていて。加えて、それを追うようにして幾人かの小姓達がとてとてと彼の服の裾を持って歩いていた。
その様子を見てヴォルデマーが一瞬無言になったのを見て、ルカスが頭痛を耐えるような顔をした。
「それが……ご覧のとおり双子の洗濯物を交換してミリヤムの薬を受け取りに行ったのですが……途中で会った者達がミリヤムと双子宛にと色々渡して来るもので……何やらいつの間にかこの様な有様に……。おまけにこいつ等が『かまえ』だの、『その菓子はなんだ』としつこくて……」
そういう間にも、人狼の小姓っ子達はよじよじとルカスの背中をよじ登り、「ルキー、お菓子ちょうだいよー」「お菓子ー」と……彼が荷物が多くて何も出来ないのをいいことに好き放題やっている。その加重にルカスが顔を顰めて重さに耐えているが、子供達はお構い無しだった。お構いなしでぷるぷるしているルカスの黒髪をボサボサにし、そして毛だらけにして行く。
「……」
それを見たヴォルデマーは、無言の下で「相変わらず面倒見が良さそうだな……」と思いながら、ルカスの手から大量のおむつの入ったカゴを取り上げた。
そして低く響く声で小姓達に言う。
「……菓子は後で別のものを持ってくる。お前達、ルカスから降りて手伝いをしなさい」
すると途端、子供達がわっと沸く。
「っお菓子!!」
「はーい!」
「っ!?」
すると見る見るルカスの手の内から荷物が減って。ルカスが呆気にとられているうちに、小姓達はそれらを手にミリヤムの寝室の方へと駆けて行った。ポケットからも花が抜かれていき……気がつくとルカスの手の内には薬の袋しか残されていなかった。
「っ!?」
その素早さにルカスが目を丸くしていると、ヴォルデマーが苦笑を漏らす。その彼の手からも、小姓達はおむつのカゴを奪って行った。
「ルカス……あの者達を上手く使いなさい。あれでなかなか優秀だ」
「は、はあ……」
「それと……もうそろそろ休んでおいては? 昨夜はミリヤムに付き合って夜通し双子の面倒を見ていただろう? 少し眠りなさい」
ヴォルデマーが勧めると、ルカスは一瞬眉を物言いたげにひそめた。そう平然とした顔で言う男こそ一睡もしていないことをルカスはよく知っていたのだ。
しかし、ルカスが言い返したくらいでは彼が休んだりしないこともよく分かっていた。ルカスは内心で「……後でミリヤムに釘を刺させよう」と、思いながら首を振る。
「私ならまだ大丈夫です」
「しかし……」
ヴォルデマーは気遣わしげな顔をしたが、ルカスは「いいえ!」と彼を強い目で見上げた。
「私はミリヤムの奴がしっかり子供達の面倒を見れるのか監視していなければ……はっきり言って私は奴のことを信用していません! あいつがいつ何かに気をとられて赤子を抱いたまま床に転んだり、眠っている赤子の傍で気味の悪い念仏を唱えないかと心配で……あんな気持ちの悪いものを誕生早々に聞かされては赤子達の情緒が不安定になります!! 将来が心配で目なんか離しておれません!!」
「…………」
ヴォルデマーは酷い言われようだな、と思ったが、ルカスの気持ちもなんとなく理解した。
ヴォルデマーは己の妻たるミリヤムの気味の悪いところもおもしろいなと思っているのだが、何故か昔から彼女の母親気分らしいこの騎士からすると、それは心配で仕方ないことらしかった。
ルカスは青い顔で呻いている。
「ルドルフがよく泣くのはあいつのそういう挙動が原因ではないかと……」
「……心配してくれているのは有難いが……ルカス、実は手紙が来た」
ヴォルデマーの言葉にルカスが「は?」と顔を上げる。
「フロリアン殿から。……数日内に我が子らとミリヤムの様子を見に御出でになるらしい」
だから、今の内に身体を休めておきなさい──……と、ヴォルデマーは言うつもりだったのだが……それを聞いた途端、ルカスの目がカッと見開かれた。
「フ、フロリアン様がいらっしゃる!? ま……不味い!! 色々整えておかなければ……あ、ど、何から……ああああ!!」
とにかくミリヤムからだ!! と──……半ば怒るように慌てて──ルカスは薬を手に風のようにその場を走り去って行ったのだった。
「…………」
残されたヴォルデマーは、しまった、と思っていた。
「……逆効果だったか……」
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