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後日談
3 ふわふわ、むちむち、もふもふ
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そうして月日は流れる。
二人が結婚してから、既に半年ほどの時が経っていた。
ヴォルデマーは砦長の任に戻り、今は領都と砦を行き来する暮らしを送っている。
ミリヤムも、領都で彼の妻としての役割に勤しむ傍ら、時折共に砦におもむいては、“獣砦”の汚名返上の為に働いたりと忙しい毎日を送っていた。
しかし彼女は、それをある時から固く禁じられてしまうことになる。
それはいつものように城の食堂で昼食をとっていた時のことだった。
ヴォルデマーの隣の席で、嬉しそうに、にへにへ食事していた娘が、その料理が運びこまれてきた途端真っ青になって口元を押さえた。鼻と口元を押さえたまま青くなりぶるぶるしている娘に、皆は何事かと目を丸くして娘を見た。
娘の前に置いてある料理は、娘が好きだからと毎食ヴォルデマーが用意を頼んだもの。パンの上に乗せた焼きチーズだった。
息子が慌てて椅子を立ち、その傍に駆け寄るのを見ながら──事態に一番最初にハッとしたのはアデリナだった。
彼女はぽかんとするギズルフと辺境伯の前でさっとミリヤムの傍に駆けて行くと、すぐさまヴォルデマーに彼女を医務室に運ぶように命じた。
そうして検査を受けたミリヤムは──めでたく懐妊していることが分かったのだった……
それからというもの、ミリヤムは困った事態に陥った。
その状況を、ミリヤムは、報せを聞いて訊ねてきたフロリアンに疲れた顔でこう零す。
「まるで──……周囲の人々が皆、若様になってしまったかのようなのです……」
「? ギズルフ様?」
フロリアンが首を傾げると、ミリヤムはげっそり答える。
「……皆様、危ないから、それをするな、これをするな。やめろ走るな、転んだらどうする!? 少しでも走ろうものなら使用人の方々すら走って止めに来る始末で……今やアデリナ様自ら若様に私の送迎命令を下される有様です……そのアデリナ様も……よっぽど心配されているのか……一時間に一回は必ず自ら様子を見に──」
と、ミリヤムが言った時、その応接間の扉がノックされる。
そして返事を待たずして開かれた扉の隙間からは、噂の主、アデリナがすっと顔を覗かせた。
「……ミリヤム? 大丈夫ね……? 走っちゃ駄目よ……? 絨毯の端に気をつけなさい。足を取られてはなりませんよ……?」
「…………は、い」
扉の隙間から顔半分でじっと己を見てくる姑に、ミリヤムが緊張した顔つきで引き攣っている。
娘が頷くのを見ると、アデリナは安心したように立ち去って行った。それ以外に特に用はなかったらしかった。
「おやおや……よほど心配なさっておいでなんだねえ」
ほのぼのと微笑む元主を前に、ミリヤムは消沈した。
「……やばいです、一時間どころか……時間が縮まってしまいました!! さっきのアデリナ様の見回り点検からまだ三十分しか経っていないのに……!」
「まあまあ。暫らくはお付き合いして差し上げなさい。皆心配なんだよ、だってミリーは確かに落ち着きがないからね。うっかり身重なのを忘れて走って転びそうだと思っておいでなんじゃないかな」
「ううぅうう……反論の余地がなさ過ぎる……」
「ふふふ、大切にされているって事だよ。本当に良かったねミリー。ヴォルデマー様もお喜びでしょう?」
フロリアンがそう言ってやると、ミリヤムが途端にへら、と、表情を緩める。その如何にも幸せそうな様子に、フロリアンも嬉しそうに微笑んだ。
が、彼はふと周囲を不思議そうに見回した。
「それで……ルカスはどうしたの? 今日は居ないようだけど……」
フロリアンは、そこに彼女の護衛を頼んだはずの幼馴染の姿がないことに首を傾げる。すると途端、ミリヤムが再びげっそりした表情に戻る。
「それが……あの母性溢るるルカスは……毎日赤子様グッズの偵察を……何か色々比較検討しているみたいです。混血の子供なので、出産時期がどうなるか分からぬ、早かったらどうするのだと……」
普通人族は身ごもってから大よそ280日程度で出産となるが、ヴォルデマー達狼族はもっと早いらしいのだ。
辺境伯家お抱えの医師ヘンリックによると、種族を超えたその出産の見立ては、なかなかに難しく、予想が立てにくいとの事だった。
「特にこの領都では前例の無いことなので……情報が少ないらしいんです。一応前もって、ヘンリック先生が他の領から情報を取り寄せては下さっていたみたいなのですが……」
ミリヤムの言葉にフロリアンが頷く。
「つまり母体の状況を見て対応していくしかないという事かな。だから余計に皆さんが心配しておられるのだね」
「そうなんです……」と、ため息をつく娘に、フロリアンはよしよしとその頭をなでる。
「まあ、これからは私もちょくちょく顔を見に来るから」
「坊ちゃ、お父様ぁっ! お願いです! もう私めはしばらくベアエールデに出張できません! ですからどうか……どうにかローラント坊ちゃんの事をお願いします!」
「ああ、あの可愛い子?」
「あの白豹坊ちゃんが泥色の豹になるのと、脂肪細胞をお蓄えになるのをどうか阻止して頂きたいのです!」
「うん。でも……ここ最近あの子少し痩せたみたいだよ?」
「え!?」
にっこり知らされた言葉にミリヤムがぎょっと目を剥く。
「最近ミリーが来ないから寂しいんだって。兄上のイグナーツ様が心配しておられたよ」
「!? !? …………」
それを聞いたミリヤムは押し黙った。……そして無言で立ち上がる。
「ミリー?」
「…………行きましょう坊ちゃま……」
「え?」
「今すぐベアエールデに!!」
きょとんとするフロリアンにミリヤムは目を三角にしてそう言った。
「ローラント坊ちゃんが、坊ちゃんがお痩せになったなんて、しかも私めのせいで……駄目だ、今すぐお会いしに行かなければ!!」
駆け出そうとする娘をフロリアンが押し留める。
「駄目だよミリー、つわりもあるんだろう? 何があるか分からないし、危険だよ」
「しかし……! ローラント坊ちゃんが! あのローラント坊ちゃんがお痩せになるなど……天変地異の前触れですよ!? 放ってはおけません! す、すり足で歩きます! 周囲の警戒怠りません! だから……お願いです坊ちゃま!!」
ミリヤムは必死の形相で取りすがったが……フロリアンはきっぱりと首を振る。
「駄目」
「駄目よ!!」
「!?」
その時、ドバタンッ! と、扉が開き、そこからアデリナが現れた。
「母体と赤子の安全第一よ!! そんな事は絶対に許しません!!」
カッと瞳を見開く姑に、ミリヤムは思わず口走った。
「!? またっ、間隔が短くなった!?」、と。
目一杯アデリナに叱られて。平謝りしたミリヤムの監視体制は、その後、より厳しいものとなった。
件のローラント少年は、「私がちょっと面倒見ておくよ」──と、フロリアンがにこにこしながら砦へと帰って行った。
そんなこんな、色々な事がありつつも、ミリヤムは──それから200日と少しで元気な子供を産んだ。
黒い毛並みのころころ、ふさふさの男の子は──二人。
ヴォルデマーに良く似た瞳の双子の男の子達は──……
可愛らしい大きな耳と、ふっさふさの尻尾を備えた半獣人タイプの容姿を天から授かったのだった……
子供達を見たヴォルデマーは、まずミリヤムの額に「ありがとう」と、キスをした。
そして生まれたばかりの息子達のゆりかごの傍に座り、眺め、じっと佇んでいた。その身体からは全身から幸福そうな雰囲気がふわふわと立ち上っていた。
「……愛らしいな」
そう目元を和らげる夫の姿に、ミリヤムは心の底から幸せだと思った。
大仕事を終えた己の身体はとてもくたくたでぼろぼろで。でも、ふつふつとした気力が、ミリヤムのどこか底の方でみなぎっているような気がした。
(ふふ、ふふふ……やりましたよ……やって見せましたよ! 私めは!! これで私めも偉大なる母達の末席に仲間入り……やりますよ……ふふふ、やりますよ私めは!!)
「ふ、ふふふふふ……」
げっそりした顔色で、しかしくつくつと悪役のような顔で密やかに笑っている娘を見て、その夫はぷっと吹き出した。彼はその悪人面の頬に擦り寄る。
「ヴォルデマー様?」
「もう一度言わせてくれミリヤム。……頑張ってくれて本当にありがとう。二人で共に息子達を守っていこう」
そう言って己の肩を抱くヴォルデマーにミリヤムは微笑んで頷いた。
「……はい。かならず」
ミリヤムがそう返すと、ヴォルデマーは彼女の頬をそっと両手で包み、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「天命尽きるまで、お前達を守っていくと誓う。ミリヤム」
その言葉に娘はにっこりと微笑んで──そして、ええ私めも、とつぶやいた。
「私めも、必ずヴォルデマー様をお守りいたします……」
「…………」
「…………」
「あ、あの……閣下……アデリナ様……」
押し黙ってゆりかごの中を覗き込んでいる舅と姑の姿に、ミリヤムは不安な気持ちで一杯になった。
その赤子たちの白い肌を見た夫妻が、ガッカリしていたらと思うと胃がキリキリした。
と、夫妻がお互い目を見交わして、ぽつぽつと言葉をもらし始める。
「……ふたり……ふたりだわ、貴方……どうしたらいいの……?」
「……うむ……第二候補を使うしかあるまい……」
「まあ!? いいんですの!? 嬉しいわ! 私が考えたやつね!?」
「では……こっちが、第一候補、こっちが第二候補、か?」
「ええ!? いいええ! こっちですわ! こっちがより……」
……と、何やら忙しそうに会話している夫妻に、ミリヤムがおずおずと声をかける。
「あ、あのぉ……閣下……?」
そんなミリヤムに気がついた伯が振り返る。
「ああ、すまぬ。腹が大きいなとは思っていたが、まさか双子とは思わなんだゆえ、名をな」
「あ……名前……ああ、なる、ほど……」
夫妻は子供達の容姿については微塵も気にしていない様子だった。
アデリナにいたっては、その頬をむにむにしながら「貴方の名は私がつけるのですよ」と嬉々としている。
この名づけについては出産前に多いに揉めて。ロルフやサラ、そして辺境伯夫妻、そして何故かギズルフがその命名権を争って。結局勝ち取ったのはこの二人なのであった。ギズルフは何故かとても落ち込んでいた。そんな彼はようやく婚約者クローディア嬢との結婚の日取りが決まり、アデリナに「お前はそっちをつけなさい!」と叱り付けられていた。
「ええと……それで、名前はどのような名にしていただいたのでしょう……?」
ミリヤムがそう問うと、二人は珍しくも揃って上機嫌な顔で微笑んだ。
伯はもっふりして恭しく告げる。
「ヴォルデマーとお主の子を、我等は……“ランドルフ”と“ルドルフ”と名づけることとする」
「ランドルフ、ルドルフ……」
ミリヤムが口の中でつぶやくと、アデリナが真面目な顔で言った。
「愛称は、ランダルとローリンよ。もう決めたわ」
そのきっぱりとした言葉に、伯が聞き捨てならぬと眉間に皺をよせた。
「何!? ランドとロロの方が愛らしいぞ!?」
「いいえ。もう決めました。ランダルとローリンです。」
「アデリナよ!?」
横暴だ、議会にかけろ! ……という辺境伯夫妻の言い争う姿を、ミリヤムは微妙な顔つきで見ていた。が……その肩からふっと力が抜ける。
そして傍のゆりかごの中を覗き込み、幸せそうにその双子の赤ちゃん達に語りかけた。
「……よかったね、あなた達。おじい様もおばあ様も、とっても喜んでくださったみたいよ」
ミリヤムは、その喧々囂々と言い争う二人を、幸せそうに……とても幸せそうに見つめているのだった。
……夫妻の愛称争いは、
結局、それぞれがそれぞれ好きな呼び方をすればいいでしょう……という、ヴォルデマーのもっともな、呆れ混じりの言葉で、決着づく事になるのだった。
二人が結婚してから、既に半年ほどの時が経っていた。
ヴォルデマーは砦長の任に戻り、今は領都と砦を行き来する暮らしを送っている。
ミリヤムも、領都で彼の妻としての役割に勤しむ傍ら、時折共に砦におもむいては、“獣砦”の汚名返上の為に働いたりと忙しい毎日を送っていた。
しかし彼女は、それをある時から固く禁じられてしまうことになる。
それはいつものように城の食堂で昼食をとっていた時のことだった。
ヴォルデマーの隣の席で、嬉しそうに、にへにへ食事していた娘が、その料理が運びこまれてきた途端真っ青になって口元を押さえた。鼻と口元を押さえたまま青くなりぶるぶるしている娘に、皆は何事かと目を丸くして娘を見た。
娘の前に置いてある料理は、娘が好きだからと毎食ヴォルデマーが用意を頼んだもの。パンの上に乗せた焼きチーズだった。
息子が慌てて椅子を立ち、その傍に駆け寄るのを見ながら──事態に一番最初にハッとしたのはアデリナだった。
彼女はぽかんとするギズルフと辺境伯の前でさっとミリヤムの傍に駆けて行くと、すぐさまヴォルデマーに彼女を医務室に運ぶように命じた。
そうして検査を受けたミリヤムは──めでたく懐妊していることが分かったのだった……
それからというもの、ミリヤムは困った事態に陥った。
その状況を、ミリヤムは、報せを聞いて訊ねてきたフロリアンに疲れた顔でこう零す。
「まるで──……周囲の人々が皆、若様になってしまったかのようなのです……」
「? ギズルフ様?」
フロリアンが首を傾げると、ミリヤムはげっそり答える。
「……皆様、危ないから、それをするな、これをするな。やめろ走るな、転んだらどうする!? 少しでも走ろうものなら使用人の方々すら走って止めに来る始末で……今やアデリナ様自ら若様に私の送迎命令を下される有様です……そのアデリナ様も……よっぽど心配されているのか……一時間に一回は必ず自ら様子を見に──」
と、ミリヤムが言った時、その応接間の扉がノックされる。
そして返事を待たずして開かれた扉の隙間からは、噂の主、アデリナがすっと顔を覗かせた。
「……ミリヤム? 大丈夫ね……? 走っちゃ駄目よ……? 絨毯の端に気をつけなさい。足を取られてはなりませんよ……?」
「…………は、い」
扉の隙間から顔半分でじっと己を見てくる姑に、ミリヤムが緊張した顔つきで引き攣っている。
娘が頷くのを見ると、アデリナは安心したように立ち去って行った。それ以外に特に用はなかったらしかった。
「おやおや……よほど心配なさっておいでなんだねえ」
ほのぼのと微笑む元主を前に、ミリヤムは消沈した。
「……やばいです、一時間どころか……時間が縮まってしまいました!! さっきのアデリナ様の見回り点検からまだ三十分しか経っていないのに……!」
「まあまあ。暫らくはお付き合いして差し上げなさい。皆心配なんだよ、だってミリーは確かに落ち着きがないからね。うっかり身重なのを忘れて走って転びそうだと思っておいでなんじゃないかな」
「ううぅうう……反論の余地がなさ過ぎる……」
「ふふふ、大切にされているって事だよ。本当に良かったねミリー。ヴォルデマー様もお喜びでしょう?」
フロリアンがそう言ってやると、ミリヤムが途端にへら、と、表情を緩める。その如何にも幸せそうな様子に、フロリアンも嬉しそうに微笑んだ。
が、彼はふと周囲を不思議そうに見回した。
「それで……ルカスはどうしたの? 今日は居ないようだけど……」
フロリアンは、そこに彼女の護衛を頼んだはずの幼馴染の姿がないことに首を傾げる。すると途端、ミリヤムが再びげっそりした表情に戻る。
「それが……あの母性溢るるルカスは……毎日赤子様グッズの偵察を……何か色々比較検討しているみたいです。混血の子供なので、出産時期がどうなるか分からぬ、早かったらどうするのだと……」
普通人族は身ごもってから大よそ280日程度で出産となるが、ヴォルデマー達狼族はもっと早いらしいのだ。
辺境伯家お抱えの医師ヘンリックによると、種族を超えたその出産の見立ては、なかなかに難しく、予想が立てにくいとの事だった。
「特にこの領都では前例の無いことなので……情報が少ないらしいんです。一応前もって、ヘンリック先生が他の領から情報を取り寄せては下さっていたみたいなのですが……」
ミリヤムの言葉にフロリアンが頷く。
「つまり母体の状況を見て対応していくしかないという事かな。だから余計に皆さんが心配しておられるのだね」
「そうなんです……」と、ため息をつく娘に、フロリアンはよしよしとその頭をなでる。
「まあ、これからは私もちょくちょく顔を見に来るから」
「坊ちゃ、お父様ぁっ! お願いです! もう私めはしばらくベアエールデに出張できません! ですからどうか……どうにかローラント坊ちゃんの事をお願いします!」
「ああ、あの可愛い子?」
「あの白豹坊ちゃんが泥色の豹になるのと、脂肪細胞をお蓄えになるのをどうか阻止して頂きたいのです!」
「うん。でも……ここ最近あの子少し痩せたみたいだよ?」
「え!?」
にっこり知らされた言葉にミリヤムがぎょっと目を剥く。
「最近ミリーが来ないから寂しいんだって。兄上のイグナーツ様が心配しておられたよ」
「!? !? …………」
それを聞いたミリヤムは押し黙った。……そして無言で立ち上がる。
「ミリー?」
「…………行きましょう坊ちゃま……」
「え?」
「今すぐベアエールデに!!」
きょとんとするフロリアンにミリヤムは目を三角にしてそう言った。
「ローラント坊ちゃんが、坊ちゃんがお痩せになったなんて、しかも私めのせいで……駄目だ、今すぐお会いしに行かなければ!!」
駆け出そうとする娘をフロリアンが押し留める。
「駄目だよミリー、つわりもあるんだろう? 何があるか分からないし、危険だよ」
「しかし……! ローラント坊ちゃんが! あのローラント坊ちゃんがお痩せになるなど……天変地異の前触れですよ!? 放ってはおけません! す、すり足で歩きます! 周囲の警戒怠りません! だから……お願いです坊ちゃま!!」
ミリヤムは必死の形相で取りすがったが……フロリアンはきっぱりと首を振る。
「駄目」
「駄目よ!!」
「!?」
その時、ドバタンッ! と、扉が開き、そこからアデリナが現れた。
「母体と赤子の安全第一よ!! そんな事は絶対に許しません!!」
カッと瞳を見開く姑に、ミリヤムは思わず口走った。
「!? またっ、間隔が短くなった!?」、と。
目一杯アデリナに叱られて。平謝りしたミリヤムの監視体制は、その後、より厳しいものとなった。
件のローラント少年は、「私がちょっと面倒見ておくよ」──と、フロリアンがにこにこしながら砦へと帰って行った。
そんなこんな、色々な事がありつつも、ミリヤムは──それから200日と少しで元気な子供を産んだ。
黒い毛並みのころころ、ふさふさの男の子は──二人。
ヴォルデマーに良く似た瞳の双子の男の子達は──……
可愛らしい大きな耳と、ふっさふさの尻尾を備えた半獣人タイプの容姿を天から授かったのだった……
子供達を見たヴォルデマーは、まずミリヤムの額に「ありがとう」と、キスをした。
そして生まれたばかりの息子達のゆりかごの傍に座り、眺め、じっと佇んでいた。その身体からは全身から幸福そうな雰囲気がふわふわと立ち上っていた。
「……愛らしいな」
そう目元を和らげる夫の姿に、ミリヤムは心の底から幸せだと思った。
大仕事を終えた己の身体はとてもくたくたでぼろぼろで。でも、ふつふつとした気力が、ミリヤムのどこか底の方でみなぎっているような気がした。
(ふふ、ふふふ……やりましたよ……やって見せましたよ! 私めは!! これで私めも偉大なる母達の末席に仲間入り……やりますよ……ふふふ、やりますよ私めは!!)
「ふ、ふふふふふ……」
げっそりした顔色で、しかしくつくつと悪役のような顔で密やかに笑っている娘を見て、その夫はぷっと吹き出した。彼はその悪人面の頬に擦り寄る。
「ヴォルデマー様?」
「もう一度言わせてくれミリヤム。……頑張ってくれて本当にありがとう。二人で共に息子達を守っていこう」
そう言って己の肩を抱くヴォルデマーにミリヤムは微笑んで頷いた。
「……はい。かならず」
ミリヤムがそう返すと、ヴォルデマーは彼女の頬をそっと両手で包み、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「天命尽きるまで、お前達を守っていくと誓う。ミリヤム」
その言葉に娘はにっこりと微笑んで──そして、ええ私めも、とつぶやいた。
「私めも、必ずヴォルデマー様をお守りいたします……」
「…………」
「…………」
「あ、あの……閣下……アデリナ様……」
押し黙ってゆりかごの中を覗き込んでいる舅と姑の姿に、ミリヤムは不安な気持ちで一杯になった。
その赤子たちの白い肌を見た夫妻が、ガッカリしていたらと思うと胃がキリキリした。
と、夫妻がお互い目を見交わして、ぽつぽつと言葉をもらし始める。
「……ふたり……ふたりだわ、貴方……どうしたらいいの……?」
「……うむ……第二候補を使うしかあるまい……」
「まあ!? いいんですの!? 嬉しいわ! 私が考えたやつね!?」
「では……こっちが、第一候補、こっちが第二候補、か?」
「ええ!? いいええ! こっちですわ! こっちがより……」
……と、何やら忙しそうに会話している夫妻に、ミリヤムがおずおずと声をかける。
「あ、あのぉ……閣下……?」
そんなミリヤムに気がついた伯が振り返る。
「ああ、すまぬ。腹が大きいなとは思っていたが、まさか双子とは思わなんだゆえ、名をな」
「あ……名前……ああ、なる、ほど……」
夫妻は子供達の容姿については微塵も気にしていない様子だった。
アデリナにいたっては、その頬をむにむにしながら「貴方の名は私がつけるのですよ」と嬉々としている。
この名づけについては出産前に多いに揉めて。ロルフやサラ、そして辺境伯夫妻、そして何故かギズルフがその命名権を争って。結局勝ち取ったのはこの二人なのであった。ギズルフは何故かとても落ち込んでいた。そんな彼はようやく婚約者クローディア嬢との結婚の日取りが決まり、アデリナに「お前はそっちをつけなさい!」と叱り付けられていた。
「ええと……それで、名前はどのような名にしていただいたのでしょう……?」
ミリヤムがそう問うと、二人は珍しくも揃って上機嫌な顔で微笑んだ。
伯はもっふりして恭しく告げる。
「ヴォルデマーとお主の子を、我等は……“ランドルフ”と“ルドルフ”と名づけることとする」
「ランドルフ、ルドルフ……」
ミリヤムが口の中でつぶやくと、アデリナが真面目な顔で言った。
「愛称は、ランダルとローリンよ。もう決めたわ」
そのきっぱりとした言葉に、伯が聞き捨てならぬと眉間に皺をよせた。
「何!? ランドとロロの方が愛らしいぞ!?」
「いいえ。もう決めました。ランダルとローリンです。」
「アデリナよ!?」
横暴だ、議会にかけろ! ……という辺境伯夫妻の言い争う姿を、ミリヤムは微妙な顔つきで見ていた。が……その肩からふっと力が抜ける。
そして傍のゆりかごの中を覗き込み、幸せそうにその双子の赤ちゃん達に語りかけた。
「……よかったね、あなた達。おじい様もおばあ様も、とっても喜んでくださったみたいよ」
ミリヤムは、その喧々囂々と言い争う二人を、幸せそうに……とても幸せそうに見つめているのだった。
……夫妻の愛称争いは、
結局、それぞれがそれぞれ好きな呼び方をすればいいでしょう……という、ヴォルデマーのもっともな、呆れ混じりの言葉で、決着づく事になるのだった。
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