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後日談
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その時、彼女はしーん、としていた。
日頃にじみ出る騒々しさが嘘のように、長椅子の上で身体を傾かせ、ずんと暗いその顔を見て、娘の様子がおかしいと呼ばれた金の髪の青年が笑いながら言った。
「おやおや……これは、異常事態ですね」
「と、言いますと……」
世話係の困惑ぎみな問いに、フロリアンは苦笑して見せた。
「この子は昔から静かになると、体調が悪いか、よっぽどの緊張状態にあるという事なので……これは、式で転ぶくらいではすまないかもしれませんね」
「……ぼ、お、とうさま……」
するとミリヤムが幽鬼のようなおどろおどろしい顔で呻く。ほの暗い表情は、まるで別人のようだ。
「お父様……一生のお願いです……今すぐイグナーツ様か、若様を……連れてきてください……」
「? どうして?」
「……」
フロリアンがきょとんとするとミリヤムは、唐突にわっと泣き出す。
「私め、現在、今生一の緊張に襲われていて……あ、あのお二人を見れば正気に返れるような気がするのです! 私め、己より心配なお人を見ると冷静になれる系女子です!! ああ!! 今すぐめそったイグナーツ様か怯えた若様にかまいたい!!」
もしくはお菓子をむさぼり食べるローラント坊っちゃんでもよいです!! と、顔を覆いながら叫ぶミリヤムは、純白のウエディングドレスを身につけている。何とも残念な光景である。
フロリアンはやれやれとため息をつくと、世話係にしばらく席を外してくれるようにと頼んだ。
それから呻いている娘の傍に近寄ると、その隣に腰を下ろす。
「ミリー、ほらほら……泣き止まないとお化粧が取れてしまうよ?」
フロリアンはミリヤムの目元を指でぬぐってやりながら、その真っ青な顔を覗き込む。
「あのね、ミリー……君はこれから幸せになるんでしょう?」
「ぼ、坊ちゃま……?」
静かな声に、ミリヤムがやっと焦点を定める。
「君は、これからこのドレスを着て、ヴォルデマー様と幸せになる。その為に、今ここにいるんでしょう?」
「は、はい……」
「だったら……しっかり微笑んでくれなきゃ」
その優しげな表情にミリヤムが呻く。
「ううう……坊ちゃまは相変わらずの天使……こんな坊ちゃまのお顔に泥を塗ってしまったら……ルカスに地獄に叩き落されてしまうっ!」
ミリヤムは再び真っ青になった。
「もう、また……大丈夫だよ。ルカスも、ここにいる人達もみんな君の味方だよ。ミリーは安心してヴォルデマー様のところまで歩いていけばいい」
「ううううぅうう……はい、歩く、そう、歩けば……ヴォルデマー様のところまで……。わ、わた、私めがこけたら……ルキが怒り、イグナーツ様が泣き、ローラント坊ちゃまがこの荘厳な教会の中で大爆笑してしまう……しかもアデリナ様の前で!!」
娘は頭を抱えて叫び、慌てて立ち上がると、その重そうなドレス姿で必死に「右、左、右……」と歩く練習をし始めた。そのどうあっても今は気楽には出来ぬらしい娘に、フロリアンはやれやれと苦笑する。
「……心配しなくても、そのままでいいのに……」
たとえ彼女がどこで転ぼうとも、どんな失敗をしようとも、その先で待つあの人は、きっとそんなミリヤムを愛してくれている。それは、彼と同じ様に。
「……ふふ」
フロリアンは笑う。
寂しさもある。後悔もある。だが、今やっと、彼女が、彼女自身の望む家族の中に迎え入れられようとしていることは、彼もとても嬉しかった。それが例え、彼が描いたとおりのものではなかったとしても。
昔、己が失くさせてしまったその温かいものを、もう二度と彼女が失わないようにと彼は祈る。
「……幸せになるんだよ、ミリー……」
──と、呟いてから……
フロリアンは思わず噴出した。
そこで例の念仏を唱えながら、必死でうろうろ徘徊している娘を見ると……どうあっても思ってしまうのだ。
「まあ、ミリは……放っておいても幸せになりそうな気もするけどね」
そう思えることが、幸せだな、と感じるフロリアンだった。
日頃にじみ出る騒々しさが嘘のように、長椅子の上で身体を傾かせ、ずんと暗いその顔を見て、娘の様子がおかしいと呼ばれた金の髪の青年が笑いながら言った。
「おやおや……これは、異常事態ですね」
「と、言いますと……」
世話係の困惑ぎみな問いに、フロリアンは苦笑して見せた。
「この子は昔から静かになると、体調が悪いか、よっぽどの緊張状態にあるという事なので……これは、式で転ぶくらいではすまないかもしれませんね」
「……ぼ、お、とうさま……」
するとミリヤムが幽鬼のようなおどろおどろしい顔で呻く。ほの暗い表情は、まるで別人のようだ。
「お父様……一生のお願いです……今すぐイグナーツ様か、若様を……連れてきてください……」
「? どうして?」
「……」
フロリアンがきょとんとするとミリヤムは、唐突にわっと泣き出す。
「私め、現在、今生一の緊張に襲われていて……あ、あのお二人を見れば正気に返れるような気がするのです! 私め、己より心配なお人を見ると冷静になれる系女子です!! ああ!! 今すぐめそったイグナーツ様か怯えた若様にかまいたい!!」
もしくはお菓子をむさぼり食べるローラント坊っちゃんでもよいです!! と、顔を覆いながら叫ぶミリヤムは、純白のウエディングドレスを身につけている。何とも残念な光景である。
フロリアンはやれやれとため息をつくと、世話係にしばらく席を外してくれるようにと頼んだ。
それから呻いている娘の傍に近寄ると、その隣に腰を下ろす。
「ミリー、ほらほら……泣き止まないとお化粧が取れてしまうよ?」
フロリアンはミリヤムの目元を指でぬぐってやりながら、その真っ青な顔を覗き込む。
「あのね、ミリー……君はこれから幸せになるんでしょう?」
「ぼ、坊ちゃま……?」
静かな声に、ミリヤムがやっと焦点を定める。
「君は、これからこのドレスを着て、ヴォルデマー様と幸せになる。その為に、今ここにいるんでしょう?」
「は、はい……」
「だったら……しっかり微笑んでくれなきゃ」
その優しげな表情にミリヤムが呻く。
「ううう……坊ちゃまは相変わらずの天使……こんな坊ちゃまのお顔に泥を塗ってしまったら……ルカスに地獄に叩き落されてしまうっ!」
ミリヤムは再び真っ青になった。
「もう、また……大丈夫だよ。ルカスも、ここにいる人達もみんな君の味方だよ。ミリーは安心してヴォルデマー様のところまで歩いていけばいい」
「ううううぅうう……はい、歩く、そう、歩けば……ヴォルデマー様のところまで……。わ、わた、私めがこけたら……ルキが怒り、イグナーツ様が泣き、ローラント坊ちゃまがこの荘厳な教会の中で大爆笑してしまう……しかもアデリナ様の前で!!」
娘は頭を抱えて叫び、慌てて立ち上がると、その重そうなドレス姿で必死に「右、左、右……」と歩く練習をし始めた。そのどうあっても今は気楽には出来ぬらしい娘に、フロリアンはやれやれと苦笑する。
「……心配しなくても、そのままでいいのに……」
たとえ彼女がどこで転ぼうとも、どんな失敗をしようとも、その先で待つあの人は、きっとそんなミリヤムを愛してくれている。それは、彼と同じ様に。
「……ふふ」
フロリアンは笑う。
寂しさもある。後悔もある。だが、今やっと、彼女が、彼女自身の望む家族の中に迎え入れられようとしていることは、彼もとても嬉しかった。それが例え、彼が描いたとおりのものではなかったとしても。
昔、己が失くさせてしまったその温かいものを、もう二度と彼女が失わないようにと彼は祈る。
「……幸せになるんだよ、ミリー……」
──と、呟いてから……
フロリアンは思わず噴出した。
そこで例の念仏を唱えながら、必死でうろうろ徘徊している娘を見ると……どうあっても思ってしまうのだ。
「まあ、ミリは……放っておいても幸せになりそうな気もするけどね」
そう思えることが、幸せだな、と感じるフロリアンだった。
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