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後日談
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その時、寝台に腰掛けたミリヤムはぼそりと呟いた。
「双子様、最強伝説……」
と、言った瞬間後ろからぽかっと叩かれて、切り裂く様な泣き声が聞こえた。
「おい! 馬鹿言ってる場合か! ローリンがまたおむつを濡らしたぞ! さっさとそっちも変えてしまえ!!」(愛称問題、ギズルフはアデリナ支持派)
そう咆えた大きな人狼は、ミリヤムがまだ寝台の上でランドルフのおむつを変えているのを見ると、結局「もういい俺様がやる」と真顔で言って、寝台の反対側へ回って行った。
大きな人狼ことギズルフは、小さなルドルフをそこに寝かせると、仏頂面で濡れたおむつを替え始める。その大きな背を丸め、大きな手で小さなおむつを扱いづらそうにしながら──……この城の嫡男が。それを見てミリヤムも思わず無言になった。
そうしてまた思うのだ。赤子様最強伝説、と。
「……若様が我が子のおむつを替えてくださっている……」
そう再び掠れるような声をもらし、「ありがたや、ありがたや……」と呟いているミリヤムを見て、ギズルフは怯えるような顔をした。
「お前……大丈夫か? ぼろぼろじゃねえか……その今にも消えてしまいそうな幽鬼のような顔色を見ると怖気が走るんだが……」
そう指摘されるミリヤムは彼の言うとおりぼろぼろの青白い顔をしている。
抗い難い眠気と戦っているらしく、その顔で身体をふらふらさせながらランドルフのおむつを替えてしまうと、小さな身体を抱き上げた。
「ふふふ……」
ミリヤムは小さな我が子が可愛いなあと思って微笑んだつもりだったのだが……それを傍から見ていたギズルフに「気味の悪い顔で笑うな」と一層怯えられた。
「お前……さてはまた睡眠時間が取れなかったのか。乳母達に預けて少し休めばいいではないか」
ギズルフが仏頂面のままそういう。ルドルフのおしめをえっちらおっちら替えながら。多少の不器用感は許してほしい。それでも手伝ってくれるだけ神、とミリヤムは思っていた。
しかし、このミリヤムの夫ヴォルデマーの兄ギズルフは、相変わらずミリヤムが寝巻きであろうが、授乳中であろうがケロリとした顔で部屋に入ってくる。
毎日何度か「赤子は元気か!?」とノックも無しに行き成り扉を開けては、ずかずか部屋に入って来て、生まれたばかりの双子達を興味深げに眺めていく。
そんな彼の堂々たる様子には、ミリヤムも最早「若様デリカシー……」と突っ込むことすら忘れていた。
ただしそれがヴォルデマーかアデリナのいる時だった場合、彼は死ぬほど怒られるが。その確率は高い。にも関わらず、何度怒られてもケロリとしている辺り、「若様は、平和な性格をしていらっしゃる、」とミリヤムはその精神の強靭さ? に、将来彼が治めることになるだろう領都の未来も何だかんだ平和そうだな、と思うのだった……
それはさて置き、「乳母を」というギズルフの言葉に、ミリヤムはため息をつきながら首を振る。
「駄目なんですよ……どうにもこの子達混血なせいか、それとも単に母親以外は駄目なのか……人狼の乳母様方の乳を受け付けてくれなくて……」
アデリナは出産の何ヶ月も前から乳母候補を探してくれていたのだが、皆駄目だった。
ミリヤムは別に我が子の世話を人に任せきりにする気は毛頭無かったが、現在、産後の疲れと睡眠不足で今にも寝落ちしてしまいそうな己の現状を考えると……一人くらいはそうして自分の代わりに双子に乳を与えてくれる存在がいてくれた方が安心だと思っていたのだが……
しかし、ミリヤムのため息を余所に、それを聞いたギズルフは感心したように、寝台の上でおむつを替えてもらって機嫌の直ったルドルフを見る。
「ほう、このように小さいのにもうお前を見分けるか」
「はあ、匂いでも違うんでしょうかねえ……」と、言った後、ミリヤムはため息混じりに続ける。
「今はまだ頻繁にちょこちょこ授乳じゃないですか……しかも双子だから代わる代わる欲しがるので……おむつもすぐ汚れるし……とても傍を離れている時間もございませんで……」
双子が生まれてからまだ七日ほど。
ミリヤムはそれからずっとこの辺境伯の城に与えられた私室で、双子と共に過ごしていた。
双子はよく泣いた。特にルドルフは非常によく泣く子で、ミリヤムは最近ほぼ不眠で世話をしている。
夫であるヴォルデマーも仕事の合間に良く手伝ってはくれるのだが……生まれたてと言ってもいい時期の双子達は、まだ母親以外の匂いには不安を覚えるのか、父親であるヴォルデマーですら上手くあやせないことも多いのだった。(ヴォルデマーちょっと寂しそう)
因みにこの私室の隣はアデリナの部屋だ。今は夜通し手伝ってくれた義母は疲れて眠っているが、ヴォルデマー同様彼女も良く手を貸してくれた。……辺境伯夫人としての様々な仕事を放り出して。(「こんな時、男はあまり役にたたぬからのう」と笑うロルフが仕事を肩代わりしている。色々不都合もあるが。前領主の威光を存分に発揮。)
今日は彼女と交代でもうすぐ、サラと、ベアエールデから手伝いに来ているカーヤが来てくれることになっている。
……余談ではあるが、義父たる辺境伯は、アデリナに伯が寝れないと領都の治世に影響が出ると言って、双子の鳴き声の聞こえない遠くの部屋へと強制的に私室を移された。伯は少し寂しそうにもふっとしていた……
ミリヤムの訴えを聞くと、ギズルフはにやりとルドルフを抱き上げる。
「そうか、元気なのは良いことだ。鼻も良いならば尚のこと良い。壊れ物にはあまり似るなよ? お前まで、お前の母のように脆くては怖くてかなわん。強い男になるのだ、よし、俺が鍛えてやろう」
まずは剣か、槍か、と、嬉々として言うギズルフに、ミリヤムは眠さで傾き気味のすんとした顔で一言。
「……若様……おむつ落ちましたよ……」
ギズルフはもう一度おむつに挑んだ。
「双子様、最強伝説……」
と、言った瞬間後ろからぽかっと叩かれて、切り裂く様な泣き声が聞こえた。
「おい! 馬鹿言ってる場合か! ローリンがまたおむつを濡らしたぞ! さっさとそっちも変えてしまえ!!」(愛称問題、ギズルフはアデリナ支持派)
そう咆えた大きな人狼は、ミリヤムがまだ寝台の上でランドルフのおむつを変えているのを見ると、結局「もういい俺様がやる」と真顔で言って、寝台の反対側へ回って行った。
大きな人狼ことギズルフは、小さなルドルフをそこに寝かせると、仏頂面で濡れたおむつを替え始める。その大きな背を丸め、大きな手で小さなおむつを扱いづらそうにしながら──……この城の嫡男が。それを見てミリヤムも思わず無言になった。
そうしてまた思うのだ。赤子様最強伝説、と。
「……若様が我が子のおむつを替えてくださっている……」
そう再び掠れるような声をもらし、「ありがたや、ありがたや……」と呟いているミリヤムを見て、ギズルフは怯えるような顔をした。
「お前……大丈夫か? ぼろぼろじゃねえか……その今にも消えてしまいそうな幽鬼のような顔色を見ると怖気が走るんだが……」
そう指摘されるミリヤムは彼の言うとおりぼろぼろの青白い顔をしている。
抗い難い眠気と戦っているらしく、その顔で身体をふらふらさせながらランドルフのおむつを替えてしまうと、小さな身体を抱き上げた。
「ふふふ……」
ミリヤムは小さな我が子が可愛いなあと思って微笑んだつもりだったのだが……それを傍から見ていたギズルフに「気味の悪い顔で笑うな」と一層怯えられた。
「お前……さてはまた睡眠時間が取れなかったのか。乳母達に預けて少し休めばいいではないか」
ギズルフが仏頂面のままそういう。ルドルフのおしめをえっちらおっちら替えながら。多少の不器用感は許してほしい。それでも手伝ってくれるだけ神、とミリヤムは思っていた。
しかし、このミリヤムの夫ヴォルデマーの兄ギズルフは、相変わらずミリヤムが寝巻きであろうが、授乳中であろうがケロリとした顔で部屋に入ってくる。
毎日何度か「赤子は元気か!?」とノックも無しに行き成り扉を開けては、ずかずか部屋に入って来て、生まれたばかりの双子達を興味深げに眺めていく。
そんな彼の堂々たる様子には、ミリヤムも最早「若様デリカシー……」と突っ込むことすら忘れていた。
ただしそれがヴォルデマーかアデリナのいる時だった場合、彼は死ぬほど怒られるが。その確率は高い。にも関わらず、何度怒られてもケロリとしている辺り、「若様は、平和な性格をしていらっしゃる、」とミリヤムはその精神の強靭さ? に、将来彼が治めることになるだろう領都の未来も何だかんだ平和そうだな、と思うのだった……
それはさて置き、「乳母を」というギズルフの言葉に、ミリヤムはため息をつきながら首を振る。
「駄目なんですよ……どうにもこの子達混血なせいか、それとも単に母親以外は駄目なのか……人狼の乳母様方の乳を受け付けてくれなくて……」
アデリナは出産の何ヶ月も前から乳母候補を探してくれていたのだが、皆駄目だった。
ミリヤムは別に我が子の世話を人に任せきりにする気は毛頭無かったが、現在、産後の疲れと睡眠不足で今にも寝落ちしてしまいそうな己の現状を考えると……一人くらいはそうして自分の代わりに双子に乳を与えてくれる存在がいてくれた方が安心だと思っていたのだが……
しかし、ミリヤムのため息を余所に、それを聞いたギズルフは感心したように、寝台の上でおむつを替えてもらって機嫌の直ったルドルフを見る。
「ほう、このように小さいのにもうお前を見分けるか」
「はあ、匂いでも違うんでしょうかねえ……」と、言った後、ミリヤムはため息混じりに続ける。
「今はまだ頻繁にちょこちょこ授乳じゃないですか……しかも双子だから代わる代わる欲しがるので……おむつもすぐ汚れるし……とても傍を離れている時間もございませんで……」
双子が生まれてからまだ七日ほど。
ミリヤムはそれからずっとこの辺境伯の城に与えられた私室で、双子と共に過ごしていた。
双子はよく泣いた。特にルドルフは非常によく泣く子で、ミリヤムは最近ほぼ不眠で世話をしている。
夫であるヴォルデマーも仕事の合間に良く手伝ってはくれるのだが……生まれたてと言ってもいい時期の双子達は、まだ母親以外の匂いには不安を覚えるのか、父親であるヴォルデマーですら上手くあやせないことも多いのだった。(ヴォルデマーちょっと寂しそう)
因みにこの私室の隣はアデリナの部屋だ。今は夜通し手伝ってくれた義母は疲れて眠っているが、ヴォルデマー同様彼女も良く手を貸してくれた。……辺境伯夫人としての様々な仕事を放り出して。(「こんな時、男はあまり役にたたぬからのう」と笑うロルフが仕事を肩代わりしている。色々不都合もあるが。前領主の威光を存分に発揮。)
今日は彼女と交代でもうすぐ、サラと、ベアエールデから手伝いに来ているカーヤが来てくれることになっている。
……余談ではあるが、義父たる辺境伯は、アデリナに伯が寝れないと領都の治世に影響が出ると言って、双子の鳴き声の聞こえない遠くの部屋へと強制的に私室を移された。伯は少し寂しそうにもふっとしていた……
ミリヤムの訴えを聞くと、ギズルフはにやりとルドルフを抱き上げる。
「そうか、元気なのは良いことだ。鼻も良いならば尚のこと良い。壊れ物にはあまり似るなよ? お前まで、お前の母のように脆くては怖くてかなわん。強い男になるのだ、よし、俺が鍛えてやろう」
まずは剣か、槍か、と、嬉々として言うギズルフに、ミリヤムは眠さで傾き気味のすんとした顔で一言。
「……若様……おむつ落ちましたよ……」
ギズルフはもう一度おむつに挑んだ。
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