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170 ラーラの変化
しおりを挟むその変化に、ヘルムートはとまどっていた。
例の行方知れず騒動のあとから、ラーラの様子がどうにもおかしい。
いや、別に挙動がおかしいのではない。
無事戻ってきたことにほっとして様子を見に行けば、彼女は愛想よく兄を迎え、疲れたと甘えてくる姿は彼にとっては見慣れた光景だ。
……だが、屈託なく「心細いからそばにいて」と、口にするさまは、ここ最近の兄妹のわだかまりなど、まるでなかったかのよう。
あれだけ拒絶を見せ、強固な岩のようだった妹の態度が一変。うそのように消えてしまったことに、ヘルムートは少々困惑した。
もちろん、もとのように仲の良い兄妹に戻れたことは嬉しいが……この急な変化には、何か理由があるはずだった。
その戸惑いを、ヘルムートは素直にラーラに訊ねてみた。
と、ラーラは「わたしもすこし反省したのよ」と、微笑む。
「ごめんなさいお兄様、わたし、すこしヤキモチを焼いてしまったの。すねてお兄様に冷たい態度をとって、悪かったと思ってるわ。……許してくれる?」
うわめづかいで見上げられたヘルムートは、安堵の息。
当然、もちろんだと頷いた。
ここ最近思いつめたような妹の姿ばかり見ていた彼にとっては、今回のラーラの失踪は衝撃であった。
だが、こうして彼女が無事で、明るい顔で謝罪すら口にする様子を見て、彼はすっかりその言葉を信じた。
妹は、今とてもつらい時期ではあるのだろうが、彼女なりに、それを乗り越える道をみつけたのかもしれない、と。
ヘルムートは、寝間着姿で寝台に起き上っている妹の傍らに腰を下ろす。
ゼルマによれば、ラーラは疲れ切って帰ってきたらしい。兄はふがいなさを感じながら彼女に謝罪。
「……私も気遣いが足りず悪かった。自分のことに夢中になりすぎて、お前に負担をかけてしまった……。だが、わたしがお前のことを案じているのは本当だ。今後は、行く先をかならず家の者に伝えなさい。ゼルマも置いていかず、もし家の者がついていくのがいやなら、わたしができうる限りつきそうようにするから……」
ヘルムートがそういうと、ラーラは笑みを浮かべて首を振る。
「ありがとうお兄様。でも大丈夫。お兄様は……最近お忙しいみたいだし……私なら大丈夫よ」
その言葉には、ヘルムートはため息をつく。
こうもしおらしくされると、よけいに責任を感じた。
「お兄様ったら、そんな顔なさらないで!」と、苦笑しつつ。
ラーラは、内心で、ひっそりとほくそ笑む。
(……大丈夫、お兄様のなかにはまだ私がちゃんといるわ……)
ラーラは本能的に、兄のなかに、まだ“シスコンの芽”がきちんと残っていることを感じとった。
これまでは、愛を失った悲しさにまかせて嘆き、兄にあたってばかりだった。
だが、ここからは、それではいけない。
もっと、賢く立ち回らなくては。
これまでのように、気持ちを病んで喚き散らすだけでは、きっとその言葉には信憑性がない。
だからこれからは、“明るく善良で兄想いのラーラ”に戻るのだ。
兄を気遣い、一歩引いて見せて。
そうしてこそ、兄は、自分の言葉を信じるようになるだろう。
(……それに……人の気持ちなんて、あんがいあっさり変わってしまうもの)
ラーラは己を自虐的に笑った。
あれだけ親しいと信じていた王太子が、ぱったり来なくなったのと同じ。
そう、同じことがあのイザベル・アンドリッヒに起こっても、なんら不思議はない。
そうなるように、ラーラがうまく誘導してやればいいだけ。
兄が部屋をあとにした寝室で、ラーラはくったくなく微笑んだ。
「よかった……あの子がすごく嫌な子で!」
あれなら破局への道筋は案外楽に見つかるだろう。
そう確信したラーラは、久方ぶりに、とても晴れやかな気持ちで眠りについた。
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