【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

文字の大きさ
160 / 194

159 可愛すぎてしかれない

しおりを挟む

 
「……大丈夫ですか?」
「⁉」

 メントライン家の邸を出ると、すぐに声をかけられた。
 警戒して街邸を抜け出してきたグステルは、思わずぎくりと足を止める。
 さっと横を見ると、たった今出てきたばかりの裏口の門柱裏に男が立っていた。
 グステルは、その姿を見て驚き、つい目を丸くする。

「ヘルムート様? なぜこんなところに……」

 これから彼と落ち合うために、申し合わせた場所に向かうつもりだった。
 しかしつい言ってから、グステルはハッとして後ろをふりかえる。
 視線は不安げに邸のほうを確認するが、幸い今来た勝手口から延びる小道には誰の姿もない。グステルは、ホッと胸をなでおろす、……が。

「!」

 しかし安堵しかけたところで、あるものが目に入り、グステルは身をこわばらせた。
 邸の窓に、誰かがいた。
 勝手口の横にある窓だ。ガラス越しに見えた人影は、すぐに室内に消えていったのでよく見えなかったが……服装は、メイド服を着ていたような気がした。
 その人物の視線が、自分たちに向けられていたような気がして。
 グステルは焦りを感じ、素早く歩き出す。

「……誰かに見られたようです。ヘルムート様、すみませんが、すぐに場所を移しましょう」

 小声でささやくと、ヘルムートも無言でその場を離れる。どうやらグステルとは別のルートで落ち合い場所に向かうつもりのようで、その姿はいったん見えなくなった。
 その気配を感じ、グステルはやれやれと内心でため息。
 彼女が出てきた出入り口は街邸の裏手で、庭に挟まれた小道をゆくと、使用人たちの台所や作業場の勝手口へと続いている。
 主に使用人だけが使う出入口で、叔母らの目は届かない。
 おまけに今は、邸の使用人たちも兄の連れてきた従者たちを相手に、邸の内装についてすったもんだの最中。抜け出しても誰の目にもつかぬだろうと油断もあったのかもしれない。

(見られてしまったわよね……大丈夫かしら……)

 グステルは一抹の不安を覚える。
 兄フリードが街邸に乗り込むために連れてきた従者の中に、メイドは彼女だけ。
 つまり、先ほど彼女たちを見ていたのは、確実に街邸の家人。

(しまったわ……)

 何がきっかけで、叔母たちにこちらの企みがバレるかもわからない。できるだけ不安要素は作りたくなかったのに。
 街邸をズカズカと調べて回った彼女のことを、あの邸の家人たちは絶対によく思っていない。
 その自分が、裏口でなにやら男と会っていたとなれば、不審に思われ、叔母に報告されるのは確実である。

(ヘルムート様ったら……)


「……申し訳ありません」

 事前に決めてあった落ち合い地点にたどり着くと、そこに別ルートで先にたどり着いていた男がさっそく謝罪を口にした。
 二人がいるのは、公爵邸からは少し離れた庭園。
 庭園といってもそう広くはなく、大邸宅の並ぶ高級住宅街内の限られたスペースをうまくつかい、コンパクトに憩いの場を設けてある。木々が邸宅と邸宅の間を埋めるようにたくさん配置されていて、人目を避けられるような木陰も多い。
 グステルに向かってうなだれる青年は、よほど気に病んでいるのか顔が青かった。
 そんな彼を、グステルはしばしまじまじと無言で見つめてしまった。
 このしおれた様子を見るに……どうやら彼が、自分を心底案じて邸の傍にまで来てしまったのだなとは、なんとなく察しがついた。
 とはいえ、ここは危険を冒してはならないと、グステルは叱ってもいいところ。だが──グステルの顔にはつい、苦笑が漏れてしまう。
 正直、街邸の家人に二人でいるところを見られたのは不安だが……。
 それを押しても彼女が眉尻を下げるのは、うなだれた青年の姿を見たがゆえ。

「まあまあ……あなた様まで変装してくださるなんて……」

 言ってグステルは、今度はしみじみとヘルムートを眺めてしまう。
 目の前にいる青年は、いつものようなきっちりしたジャケットやベストを身に着けておらず、白シャツにサスペンダーというラフな出で立ち。上着がないぶん彼の程よく筋肉のある体格と、足の長さも際立っていた。
 おそらく……これはこの界隈を歩いていても人目に付かないように、使用人階級の服装を装ったのだろう。
 いつもはきれいに整えられているだけの黒髪も、少し長めの襟足を首の後ろで小さく束ね、それがまた……可愛らしく黒の細いリボンで結んであるのだ。
 端正な顔には知的な銀フレームの眼鏡。(但しこちらはグステルのようなビン底系眼鏡ではない)
 そして着ているものは質感からしてそう高級な品ではなく、サイズは彼の身体にピッタリ。
 そこからうかがい知れるのは。
 どうやら彼が、今日のこの街邸潜入計画のために、わざわざそれらを用意していたのだろうということ。
 グステルが心配になり急遽用意したのでは、こうしっくりとは来ないだろう。
 自分のためにこんなことまでしてくれる彼を、このグステルがしかれようはずがなかった……。
 駆けつけてしまったことを責められるだろうかと高い背筋を縮める青年に、グステルは沈痛の面持ち。

(……なんなのこの方……愛おしいにもほどがある……)

 思わず口の中をぐっと噛んでしまった……。
 ため息をこぼしつつ彼を眺めていると、それを呆れと取ったのだろうか。ヘルムートは気恥ずかしそうに彼女を見る。

「申し訳ありません……待機すると言っておいて……。いえ、あの……この姿は、このほうがここでは目立たぬかと……。……すみません、どうしても心配で……」

 まあ確かに、貴公子然とした彼が公爵邸の裏口あたりをウロウロしていては相当に目立つ。
 グステルが彼の後頭部を飾ったリボンを覗き込んでいると、ヘルムートは渋い顔で「これは配下が……」と、言い訳のようにこぼした。

 ……しかし、実はこたびの事前準備で。ヘルムートの配下は、これらの衣装のほかに、変装用のウィッグを用意していた。
 それは『グステル様に何か不測の事態が起こったときは、絶対に家のことも忘れて駆けつけてしまう自信がある』と、堂々言い切った主のため。
 その発言を聞いて生暖かい気持ちになった配下は、ならばぜひ、髪形も変えておいてくれ……と思ったようで。
 ところがだ。その配下らが用意した品物を、作戦当日に確認したヘルムートは、なぜかそこで難色を示した。
 その、黒髪の彼を別人たらしめるために配下たちが用意したウィッグは……金色の髪だった。
 その色を見た瞬間、ヘルムートは、押し黙り、憮然とした。
『……目立つだろう』と静かにいって、彼は配下にそれを下げさせ、こうして髪を束ねるにとどめたのだが……。
 実は、彼がそのウィッグを気に入らなかったのは、とっさにグステルの発言を思い出したからだった。

『私は金髪碧眼に弱いんです!』

 再会当初に、迫りくる彼を退けようとぶっちゃけられた彼女の嗜好。窮地の言葉ゆえに本当かは分からないと彼は思っている(思いたい)が。その金髪碧眼とは、もちろん件の王太子のことである。
 それを思い出すと、ヘルムートはなんだかとてもムッとしてしまって。
 配下がせっかく用意してくれたのはわかっていたが。彼はそれを被る気には到底なれなかった。

 グステルが、自分の結んだ髪を見ているのに気が付いて。そんな自分を思い出し。ヘルムートは自分が恥ずかしくてならない。
 つい苦虫をかみつぶしたような顔になり。しかしその頬は赤く。その顔を見たグステルは、金髪ウィッグの件は知らぬことだが、複雑に嘆く。

(……どうしよう……ヘルムート様が可愛すぎて、心配事が心配できない……)

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します

みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが…… 余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。 皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。 作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨ あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。 やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。 この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。

死にキャラに転生したけど、仲間たちに全力で守られて溺愛されています。

藤原遊
恋愛
「死ぬはずだった運命なんて、冒険者たちが全力で覆してくれる!」 街を守るために「死ぬ役目」を覚悟した私。 だけど、未来をやり直す彼らに溺愛されて、手放してくれません――!? 街を守り「死ぬ役目」に転生したスフィア。 彼女が覚悟を決めたその時――冒険者たちが全力で守り抜くと誓った! 未来を変えるため、スフィアを何度でも守る彼らの執着は止まらない!? 「君が笑っているだけでいい。それが、俺たちのすべてだ。」 運命に抗う冒険者たちが織り成す、異世界溺愛ファンタジー!

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

処理中です...