ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

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124 恐ろしい同行者

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 グステルは呆れ返って兄を見ている。
 自分とヴィムの向かいの席に陣取り、自分に向かって赤黒くカラカラに干された肉を突き出してくる大男。
 実はグステルは、先日兄の押しに負けて一度これを食べてみたのだが……とても食べられたものではないのだ。非常に硬く、筋が屈強で、グステルには噛みきれる代物ではなかった……。

 そもそもよ、と、グステルは怪訝。
 兄が妹に何かくれようとするにしても、なぜそこで干し肉がチョイスされるのだろうか……。
 兄は次期公爵であるわけで、おそらくなんでも手に入る身分だろう。そこで、なぜに干し肉。
 グステルは真顔でいう。

「……お兄様知ってますか、世間にはもっと美味しいものがあるんですよ……?」

 できるだけ淡々といった妹に、兄は仏頂面。……この兄の表情も不可解だった。グステルを見る兄はいつも、不機嫌そうである。仏頂面だし、目は据わってるし、それに何より態度がふてぶてしい。
 ラーラの物語で、妹を想う兄がどんなものか、どんなに甘いものかを読み込んだグステルにとっては、これは非常に怪訝。
 その表情から測ると、嫌われているようにしか思えないのに……どうしてこうも絡んでくるのか……。

 そんな妹の戸惑いも知らず、兄は憤慨。

「何をいう! これはいい肉を使っているのだぞ。甘味などよりもよほど身体にもいい。お前はもっと肉を食って身体を大きくしろ!」
「いえ……ですから……それすごく硬いので私には無理です……」

 と、いうと、兄はキョトンとした顔。

「硬い?」

 そして兄は、干し肉を自分の口に持っていき、パクりと一口。その口に、なんなくブチッとちぎられた干し肉に、グステルとヴィムがギョッとして「ひぇっ」と、声を揃えた。
 干し肉を引きちぎる兄の形相は、まさに野獣のそれ。怖いにも程があった。
 そして兄は、慄く二人にけろりといった。

「硬くない」
「…………」

 グステルは──とりあえず途方に暮れて顔面を両手で覆った。
 これまでこの世界で、いろんな人と関わってきた。
 よほどの高齢者でない限り、そのほとんどは皆、転生したグステルよりは年下だと暖かい目で見てきたが……。
 しかし、この兄は、ちょっと、年下の可愛い坊ちゃん……と、定義するには抵抗がある。

「……、……、……といいますか……お兄様……」
「なんだ、やっぱり干し肉が欲しいのか」
「いりません」

 顔を上げたグステルに、フリードはさっと懐に手を入れてそれを取り出そうとする。
 兄はせっかく高貴な身なりをしているのに、高そうなジャケットの中に、なぜそんな野性味あふれるものを入れているのだろうか……。甚だ疑問だが……。しかしグステルは、今度こそ兄の珍行動に誤魔化されずに、それを訊ねなければと、怪訝そうな兄の顔をキッと見上げる。

「あの! そうじゃなくて……‼︎ お兄様? なんで……私についてきてるの……?」
「ん?」

 本当に、グステルはそれが疑問でならなかった。
 彼女たちが乗るこの馬車は、現在王都に向かっている。
 それはもちろん、ヘルムートに会うためであり、グステルの偽物の問題を解決するためである。
 もともとの予定では、馬車の同乗者はヴィムだけ。そして馬車とは別に、母が選んでくれた特に信頼のおける家人が数人、騎乗でついてきてくれるはず、だった、の、だが……。

 しかしいざ出発日になると、なぜかこの男が馬車に堂々腕組みで鎮座している。
 馬車も予定していた小さなものではなく、四頭立ての高級馬車に変えられていた。装飾も見事で、車内の座面もフカフカ。馬もかなり高級馬で……どう見ても、王侯クラスが乗るやつである。
 豪奢な車内を呆れたように眺めていたグステルに、するとフリードが王者のような顔で平然という。

「? 俺様はもちろんお前の保護者だが?」

 その言葉に、グステルは困惑の宇宙を見た。

「保……護者……? え? 私が? お兄様の?」
「……お前は何を聞いている? そんなわけがあるわけがないだろう。私が、お前の、といっただろう」

 呆れたように指で示されたグステルは、一瞬黙してから、ぽろりと本音をこぼす。

「……それは……なんともはた迷惑……」
「なんだと⁉︎」

 憤慨して座面から腰を浮かせた兄に、グステルは上目遣いで彼を睨む。

「いや、お兄様、私より領地のことをやってくださいよ! まだまだいろいろやることあったでしょう⁉︎」

 父もまだ伏せっているのだから、当然嫡男として父の代わりにやることも多いはずだ。
 グステルはある程度のことをやり終えたのでこうして出立したが……将来領地を継ぐ兄の立場では、責任の重さが違う。

 しかし兄はふんぞり返って鼻で笑う。

「──馬鹿なことをいうな。この状況で、私がお前を放って置けるとでも?」
「は……?」

 ぽかんとするグステルに、フリードはいかめしくのたまう。

「我らは何年も離れ離れで暮らした。──兄妹の時間を、取り戻さねばならぬ」
「は……ぇ……?」

 居丈高に言い切った兄に、グステルはあいた口が塞がらない。ヴィムも、隣で目をまんまるにしている。
 だが兄は腕を組み、じろりと妹を見てまたもや昂然と言い放つ。

「グステル、俺様は、お前を愛しているぞ」
「っう……⁉︎」※グステル
「ふぁっ⁉︎」※ヴィム

 その唐突で押し付けるような告白に、グステルとヴィムがのけぞった。二人は驚きのあまりか身を寄せ合って慄くが、兄はしめやかに続けるのだ。

「我が唯一の妹よ……これからは俺様が守ってやろう。父上と母上も、ぜひそうせよとおおせだった」
「え⁉︎」

 そんな家族の会話は初耳だったグステルは、声を大にして驚く。ということは、この兄の付き添いストーカー行為は、両親公認ということか。
 戸惑うグステルに、兄は片方の口の端を持ち上げて、勝ち誇った顔で妹を見る。

「お前もせいぜい俺様を兄としてしっかり頼るがいい。かわいがってやるぞ」
「⁉︎」

 いって兄は、まるで獲物でも見据えるかのような顔で笑う。その顔に──愕然とするグステル。

「……ぇ……け、結構です……わた、私、自分のことは、自分でできま……」
「遠慮は許さん」
「⁉︎」

 ……ズバッと斬られた。
 即座に辞退を却下されたグステルは……兄が心底わからず恐ろしかった。

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