ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

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98 ラーラとグステル・メントライン ②

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 ゼルマは悔しそうにうなだれた。

「坊ちゃん本当に申し訳ありません……私も精一杯反論したのですが……大勢に自分が仕える令嬢だからかばっていると決めつけられて、そのまま押し切られてしまいました……」

 あまりにも分が悪かったとゼルマは嘆く。
 場にはいつの間にかカトリナ以外にも目撃者を称する者たちが現れ、皆ラーラがやったと言い張った。
 その者たちはまるで周りに聞かせるように、ラーラがメントライン家の令嬢に王太子を取られそうなので嫉妬していると声高に騒ぎ立てた。
 あっという間に周りに敵意が広がっていく様を思い出して、ゼルマはゾッとしたと身震いをする。

「皆、口々にラーラ様を貶めるようなことばかり……あんまりですよ! だって本当は色々失礼なことを言ったのはあちらなんですよ⁉︎ 家格が上でもあんな物言いをするなんて……!」

 集まった友人たちの中にはラーラのことを信じてくれた者もいたものの、泣き続ける令嬢に同情しラーラに軽蔑の眼差しを注ぐ者もいた。
 そもそも皆、その公爵令嬢が、幼い頃に誘拐された気の毒な身の上だと思っている素地があった。ヘルムートは、きっとそのことが、余計にラーラに悪く働いたのだと察する。
 いきなりそんな窮地に立たされて、ラーラは動揺を隠せなかったらしい。
 何よりとゼルマは悲しそうな顔。
 今回ラーラに一番衝撃を与えたのは、彼女と特別仲の良かったカトリナが、メントライン家の令嬢に味方したこと。その混乱が、ラーラに言いがかりをつけてくる者たちへ反論する余裕を失わせ、すると、黙っているラーラを見たその者たちは余計に図に乗り、『ほら見ろ、本当のことだから言い訳もできない』と彼女を嘲笑った。
 ゼルマが声を上げても、周りは一つも取り合わなかった……。

 そんな状況を聞いたヘルムートの瞳には、沸々とした怒りが浮かぶ。
 明らかなる恋敵の攻撃。そして、友の裏切り。大勢の前でいわれなき中傷を受けたことも不憫でならない。
 妹が傷ついただろうことを思うと、兄の目は怒りに染まり、その奥には彼本来の──妹を第一と考え、傷つけるものは何人たりとも許さぬとする、物語上の彼の気性がちらつく。
 目つきが鋭くなった青年に、古くから彼ら兄妹の世話をしてきたゼルマは、悔し涙を拭いながら続ける。

「カトリナ嬢は、その後ラーラ様が何度会いに行っても門前払いなさいます。あれほど親しくしておられたのに……いったいどういうおつもりなんだか……。カトリナ様はなぜあんな性悪な女に肩入れするんです⁉︎ あのグステル・メントラインという娘は見た目は綺麗ですが、中身は本当に真っ黒なんですよ!」
「…………」

 憤りのままに吐き捨てたゼルマの言葉を、ヘルムートは複雑な思いで聞いた。
 もちろん、ゼルマが言ったのは偽物の公爵令嬢のこと。
 しかし、その名前は、本来なら、彼の大切な人のものだった。
 彼女の名で行われる卑劣な行いには、二重の意味で腹が立つ。
 ──ただ。
 ヘルムートは。ゼルマの口からその名を聞いた瞬間に、自分の中で怒りの性質が変わったのを感じた。
 身内を攻撃され、相手をひどく憎む気持ちに駆られてはいたが、そこに本物のグステルを想う気持ちが重なると……ヘルムートは少しだけ気持ちが冷静になる。
 許せない気持ちは同じだ。
 グステルの名前を騙って妹を貶めた者は許せない。
 けれども。

(……、……不思議だ……)

 ゼルマの言葉を聞きながら、ヘルムートは片手でそっと己の胸を押さえる。そこに宿る自分の気持ちを確かめるように。
 今も、彼にはなりふり構わず、どんな手を使ってでもことを収め、妹を慰めて。すぐにでも彼女のもとに戻りたい気持ちもあるのに。
 グステルのいつでも朗らかな顔を思い出すと。彼はどうしても『彼女に恥じない行いをしたい』と思わされるのである。


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