75 / 194
75
しおりを挟む……ああ、怒っているなぁと、グステルは思った。
目の前でほがらかに笑う青年は、一見とても機嫌が良さそうに見える、が。グステルが彼から視線を外した時、彼の自分を見る目がふっと冷たくなることに、もちろん彼女は気が付いている。
陽気に見えて、実はかなり冷静そうなこの青年が、こうしてチラリとでも怒りを漏らしているということは、どうやら彼も自分がこちらの馬車に乗ったことが、とても気に入らなかったらしい。
(うーん、でもなあ……)
グステルとしては困ってしまう。彼女にも、こちらに乗ったのには事情があるのだ。
……とはいえ。
エドガーのこの不満が誰のためなのかを考えると、困る反面なんだかほっこりしてしまう。
思わずグステルは頬を緩める。
(ヘルムート様のためですよね。……仲がよろしいこと……)
彼に嫌われるのはもちろん残念だが、かわいいお坊ちゃんたち(?)が、仲が良い風景はとても気持ちが和む。
グステルはふと思った。
(……もしや……私は彼らの友情物語の布石なのでは……?)
そもそも自分は詰まるところ、ラーラと王太子の恋物語のための障害という役回り。物語には書かれていなかったが、その裏で、もしかするとヘルムートとエドガーの友情を硬くする役割も担っていたのかもしれない。
そう思い当たったグステルは、エドガーをまじまじと見てしまう。……その真顔に、エドガーが笑顔の裏で不審がっているが……グステルは気にせず、おばちゃん根性で青年を見つめた。
見目麗しい青年たちの、その儚い青春に生まれる友情。……それを高める障害たる自分。
……胸に湧き上がってくるものを感じた。
(……、……、……なんだか私、尊い役回りのような気がしてきたわね…………)
グステルは真顔のまま、一人重く頷く。
「……なるほど……」
「……お、嬢さん……?」(※エドガー、意味が分からない)
怪訝そうな青年に、グステルはニコッと大人の顔で「なんでもありません」と笑みながら。それがいっそう気味が悪いと思われているとまでは気が付かず。グステルはちょっと自分という存在に誇りを感じた。
(存在意義があるのだわ、私にも……)
そう思うと、なんだかちょっぴり嬉しい。
……まあ、もちろんだからといって悪役令嬢の本分をまっとうしよう! ……だなんて暑苦しいことは思いやしないが。
ただ、このエドガーに警戒される状況は、物語としてはむしろ道理にかなっていると思った。
グステルは悪役令嬢という星のもと生まれた女なのだから、ヒロインラーラ側の殿方エドガーとしては、当然こうあるべきであろう。
(……そもそも、ヒロインの兄でありながら、私に懐いておしまいになるヘルムートお坊ちゃんがおかしいのよ……)
グステルは一人納得。
エドガーから密かに向けられるこの刺々しさこそが理にかなっているのだと分かると、なんだかほっとする。
「ああ、なごみますねぇ……」
思わずそんな言葉がぽろりとこぼれる。
気分は、どこか気持ちのいい縁側で茶でも飲んでいるかのよう。すっかり安心しきった顔のグステルに、向かい側のエドガーは沈黙。
彼は、先ほど彼女に『なぜヘルムートを袖にしてまで、こちらの馬車に乗ったのか?』と尋ねた。
すると、目の前の娘は突然ほのぼのと陽光を浴びるが如く心地よさげな顔で自分を見る。
もしや好感を持ったという意味か? とも思ったが……。
彼女が自分を見る目には、若い男女の間にあって然るべきのときめきの類がかけらも感じられない。
なごやかーで、ほのぼのーとした、まるで子供を見つめる目の娘に、青年は何か異質なものを感じて戸惑う。
(な──んだ……? この、まるでヒヨコでも眺めるような眼差しは……)
これはエドガーにとってはいささか心外なことである。
彼は自分の見目の良さをよくわかっている。……というか、この青年は世の中の女性が好きすぎるゆえに、彼女たちに愛を囁くならば、きちんとそれに相応しく自分を整えておかねば女性方に大変失礼であると考えている。
見目よく、品よく、清潔に。
幸い彼は容姿にも恵まれ、愛想もよく、引き際もわきまえているので女性には好かれるたちだ。
相手に別に想い人がいても気にしない。恋愛がダメなら友愛で愛を囁ければ満足なのである。
そうして彼は、ヘルムートに呆れられながらも、年がら年中女性に言い寄っているわけだが……。
言い寄っているからには、ときめいてもらわねば困るわけで。
そのために、これまで他人が『そこまでするか……』と呆れるような努力をしてきた彼にとっては、こんなふうに女性と二人きりの場面で『なごむ』なんて真逆の評価を向けられるのはやや不本意。
つい、驚いてしまって、
「それは……私に対する評価ですか……?」と、戸惑いのままに尋ねると。
その不本意なる言葉を彼に向けた娘は、しみじみと言う。
……グステルとしては、エドガーがそんなことを不満に思っているなんてことは思いもよらない。
だって彼は、彼女にとっては(精神年齢的に)“四十歳ほど年下のお坊ちゃん”なのだから。
まさに、エドガーが感じた“ヒヨコを愛でるような眼差し”で、グステルは答える。
「いやぁ、お坊っちゃまとご一緒すると、(悪役としての)自分の立場が明確になるようでほっとします。ヘルムート様の馬車ではこうはいきませんからね……」
ヘルムートと過ごした車内での、あまりにも甲斐甲斐しい時間を思い出したグステルの言葉には、深い深い実感が込められている。
グステルとしては、謎にヘルムートに追いかけられていると、時々まるで自分が“悪役令嬢グステル”ではなかったのだろうかと不安に思うことが多々。しかも王都には今、自分の偽物がいるらしいから余計だ。
もしそうであったとしたら、自分がこれまで運命を変えようと足掻いた十年余りの年月は、いったいなんだったんだということになってしまうではないか。
……そういった安堵を込めて、グステルはエドガーに微笑みかける。
「ああ本当によかった。立場が明確でないと、人間足元がおぼつかず進む先にも迷いますからね。身が引き締まる思いです!」
「……ちょっと……意味がわかりませんが……。喜んでいただけているようで……よかった? です……?」
……どうやら百戦錬磨のエドガーにも、さすがに今回はいつもと勝手が違うようである。
213
あなたにおすすめの小説
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
死にキャラに転生したけど、仲間たちに全力で守られて溺愛されています。
藤原遊
恋愛
「死ぬはずだった運命なんて、冒険者たちが全力で覆してくれる!」
街を守るために「死ぬ役目」を覚悟した私。
だけど、未来をやり直す彼らに溺愛されて、手放してくれません――!?
街を守り「死ぬ役目」に転生したスフィア。
彼女が覚悟を決めたその時――冒険者たちが全力で守り抜くと誓った!
未来を変えるため、スフィアを何度でも守る彼らの執着は止まらない!?
「君が笑っているだけでいい。それが、俺たちのすべてだ。」
運命に抗う冒険者たちが織り成す、異世界溺愛ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる