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しおりを挟む……ああ、怒っているなぁと、グステルは思った。
目の前でほがらかに笑う青年は、一見とても機嫌が良さそうに見える、が。グステルが彼から視線を外した時、彼の自分を見る目がふっと冷たくなることに、もちろん彼女は気が付いている。
陽気に見えて、実はかなり冷静そうなこの青年が、こうしてチラリとでも怒りを漏らしているということは、どうやら彼も自分がこちらの馬車に乗ったことが、とても気に入らなかったらしい。
(うーん、でもなあ……)
グステルとしては困ってしまう。彼女にも、こちらに乗ったのには事情があるのだ。
……とはいえ。
エドガーのこの不満が誰のためなのかを考えると、困る反面なんだかほっこりしてしまう。
思わずグステルは頬を緩める。
(ヘルムート様のためですよね。……仲がよろしいこと……)
彼に嫌われるのはもちろん残念だが、かわいいお坊ちゃんたち(?)が、仲が良い風景はとても気持ちが和む。
グステルはふと思った。
(……もしや……私は彼らの友情物語の布石なのでは……?)
そもそも自分は詰まるところ、ラーラと王太子の恋物語のための障害という役回り。物語には書かれていなかったが、その裏で、もしかするとヘルムートとエドガーの友情を硬くする役割も担っていたのかもしれない。
そう思い当たったグステルは、エドガーをまじまじと見てしまう。……その真顔に、エドガーが笑顔の裏で不審がっているが……グステルは気にせず、おばちゃん根性で青年を見つめた。
見目麗しい青年たちの、その儚い青春に生まれる友情。……それを高める障害たる自分。
……胸に湧き上がってくるものを感じた。
(……、……、……なんだか私、尊い役回りのような気がしてきたわね…………)
グステルは真顔のまま、一人重く頷く。
「……なるほど……」
「……お、嬢さん……?」(※エドガー、意味が分からない)
怪訝そうな青年に、グステルはニコッと大人の顔で「なんでもありません」と笑みながら。それがいっそう気味が悪いと思われているとまでは気が付かず。グステルはちょっと自分という存在に誇りを感じた。
(存在意義があるのだわ、私にも……)
そう思うと、なんだかちょっぴり嬉しい。
……まあ、もちろんだからといって悪役令嬢の本分をまっとうしよう! ……だなんて暑苦しいことは思いやしないが。
ただ、このエドガーに警戒される状況は、物語としてはむしろ道理にかなっていると思った。
グステルは悪役令嬢という星のもと生まれた女なのだから、ヒロインラーラ側の殿方エドガーとしては、当然こうあるべきであろう。
(……そもそも、ヒロインの兄でありながら、私に懐いておしまいになるヘルムートお坊ちゃんがおかしいのよ……)
グステルは一人納得。
エドガーから密かに向けられるこの刺々しさこそが理にかなっているのだと分かると、なんだかほっとする。
「ああ、なごみますねぇ……」
思わずそんな言葉がぽろりとこぼれる。
気分は、どこか気持ちのいい縁側で茶でも飲んでいるかのよう。すっかり安心しきった顔のグステルに、向かい側のエドガーは沈黙。
彼は、先ほど彼女に『なぜヘルムートを袖にしてまで、こちらの馬車に乗ったのか?』と尋ねた。
すると、目の前の娘は突然ほのぼのと陽光を浴びるが如く心地よさげな顔で自分を見る。
もしや好感を持ったという意味か? とも思ったが……。
彼女が自分を見る目には、若い男女の間にあって然るべきのときめきの類がかけらも感じられない。
なごやかーで、ほのぼのーとした、まるで子供を見つめる目の娘に、青年は何か異質なものを感じて戸惑う。
(な──んだ……? この、まるでヒヨコでも眺めるような眼差しは……)
これはエドガーにとってはいささか心外なことである。
彼は自分の見目の良さをよくわかっている。……というか、この青年は世の中の女性が好きすぎるゆえに、彼女たちに愛を囁くならば、きちんとそれに相応しく自分を整えておかねば女性方に大変失礼であると考えている。
見目よく、品よく、清潔に。
幸い彼は容姿にも恵まれ、愛想もよく、引き際もわきまえているので女性には好かれるたちだ。
相手に別に想い人がいても気にしない。恋愛がダメなら友愛で愛を囁ければ満足なのである。
そうして彼は、ヘルムートに呆れられながらも、年がら年中女性に言い寄っているわけだが……。
言い寄っているからには、ときめいてもらわねば困るわけで。
そのために、これまで他人が『そこまでするか……』と呆れるような努力をしてきた彼にとっては、こんなふうに女性と二人きりの場面で『なごむ』なんて真逆の評価を向けられるのはやや不本意。
つい、驚いてしまって、
「それは……私に対する評価ですか……?」と、戸惑いのままに尋ねると。
その不本意なる言葉を彼に向けた娘は、しみじみと言う。
……グステルとしては、エドガーがそんなことを不満に思っているなんてことは思いもよらない。
だって彼は、彼女にとっては(精神年齢的に)“四十歳ほど年下のお坊ちゃん”なのだから。
まさに、エドガーが感じた“ヒヨコを愛でるような眼差し”で、グステルは答える。
「いやぁ、お坊っちゃまとご一緒すると、(悪役としての)自分の立場が明確になるようでほっとします。ヘルムート様の馬車ではこうはいきませんからね……」
ヘルムートと過ごした車内での、あまりにも甲斐甲斐しい時間を思い出したグステルの言葉には、深い深い実感が込められている。
グステルとしては、謎にヘルムートに追いかけられていると、時々まるで自分が“悪役令嬢グステル”ではなかったのだろうかと不安に思うことが多々。しかも王都には今、自分の偽物がいるらしいから余計だ。
もしそうであったとしたら、自分がこれまで運命を変えようと足掻いた十年余りの年月は、いったいなんだったんだということになってしまうではないか。
……そういった安堵を込めて、グステルはエドガーに微笑みかける。
「ああ本当によかった。立場が明確でないと、人間足元がおぼつかず進む先にも迷いますからね。身が引き締まる思いです!」
「……ちょっと……意味がわかりませんが……。喜んでいただけているようで……よかった? です……?」
……どうやら百戦錬磨のエドガーにも、さすがに今回はいつもと勝手が違うようである。
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