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しおりを挟む──数日前。グステルの母のいる別邸を目指し、シュロスメリッサを発ったグステルとヘルムート。
連れはヴィムと、馬車の御者と数人の護衛のみという一行であったのだが……。
それが、このメントライン家の領地に到着すると、いつの間にかしれっとした顔のエドガーがいた。
唖然とする二人に青年は『やあ友よ!』と、ニコニコぐいぐいやってきて……今に至る。
グステルは、はじめは彼のそのさも当然という顔に、(もしかして彼はヘルムートが手配した協力者か何かだろうか……)とも思ったのだが。
どうやらそうではなかったらしく、エドガーを見たヘルムートは、グステル以上に驚き友人に詰め寄った。
「私がいつお前に公爵夫人に会いにいくと話した⁉︎ いったいどこから……⁉︎ どういうつもりだ⁉︎」
「まあまあまあ」
「…………」※グステル
「…………」※ヴィム
グステルは、目の前で押し問答する青年たちをヴィムと並んで見守った。
ヘルムートは本気で怒っているようだが、エドガーが終始ヘラヘラしているのであんまり危機感は感じない。
エドガーは悠々とした笑顔を崩さずヘルムートに答える。
「何故って……そりゃあ公爵夫人だってお前のような愛想のない男が来るより、俺のような愛嬌のある人間が来るほうが嬉しいに決まっているだろ? ──ね、そうですよねお嬢さん?」
「……はあ……」
突然、はちきれんばかりの笑顔を向けられたグステルは、そりゃあまあ、と、呆れ顔のまま頷いた、が。その途端青年はヘルムートに「彼女に話しかけるな!」と憤慨され、グステルとヴィムが一層呆れを滲ませた。
乱入青年の名前はエドガー・アーべライン。
実はグステルは前々から彼を知っている。
それはもちろん前世で読んだ物語の知識。
彼は、物語の中でヒロインラーラに恋をする青年のうちの一人で、物語が予定通りに進んだ先ではヘルムートと共にラーラを助け、悪役令嬢グステルを退けようとする一人である。
ただ、グステルは、彼がシュロスメリッサの領主の息子だったということは知らなかった。
物語では語られていなかったか、前世のグステルが読み飛ばしていたのか、単に忘れていただけかは定かではないが……。気をつけなければとグステルは気持ちがヒヤリとした。
物語で知っているつもりでも、案外いろいろと取りこぼしている情報があるらしい。
この件だって、もしシュロスメリッサの領主の息子が、ヒロインラーラの兄と親しいなんてことを知っていたら、きっと過去のグステルはシュロスメリッサで店を構えなかっただろう。
エドガー・アーべラインは、あんなふうにヘラヘラしているが、内心でよく他者を測り、頭もきれるというなかなか侮れない人物。
──ただ、まあ……と、グステル。
今回に関していえば、グステルは突然現れた彼を迷惑だとは感じたが、特に警戒はしなかった。
なぜならば、今は物語と違い、彼の友ヘルムートが彼女に味方をしてくれている。
エドガー青年はなかなか油断ならない人物だが、友情には厚く、ヘルムートとは真の友情で結ばれている。
それを物語知識で知っているゆえに、ああだこうだとヘルムートにウザ絡みしながら、無理やりここまでついてきたエドガーにも(若者、じゃれあってるなぁ……)と、しみじみ眩しく思う程度の気持ちであった。
エドガーは瞳のぱっちりした青年で、一見とても人好きがする。
髪はゴールドに近い茶髪で、瞳は紫。しかし紫といっても、ヘルムートの鮮明な青紫色の瞳と比べると、彼の瞳は乳白色の藤色というところ。
にこやかな表情はいかにも好奇心旺盛な若者という感じで、顔立ちも端正で。まあ確かに、彼がいうように、愛嬌があるといって相違ない。
きっとこの顔で微笑みかけられて悪い気がする女性はいないだろうな……とグステルは思った。現に、彼の隣にいる公爵家の女性使用人たちも、その馴れ馴れしさを不快に思うどころか嬉しそうに頬を染めている。
それらを鑑みて、グステルは率直に答えた。
「まあ確かに……殿方も朗らかなほうが人も近寄りやすくはありますね」
「ス、ステラ⁉︎」
「ほらな!」
エドガーを肯定的にいうと途端エドガーが笑い、ヘルムートの表情が曇る。隣にいたヴィムは明らかにハラハラした顔で(それ以上余計なことを言ってくれるな!)という顔である……が。
グステルがエドガーを見る目は明らかに困った者を見る目であった。
「でもねえ、お坊ちゃん……」
「……お坊ちゃん?」
深々とため息混じりに呼ばれたエドガーがキョトンとした。
エドガーからすると、目の前のその娘は明らかに五つは歳が下。身内の者でもなく、お坊ちゃんなんて呼ばれる筋合いはない。
しかしどうしたことだろう。その娘には、まるで実家で子供の頃から彼の面倒を見てくれている女中頭を思わせるような風格があった。叱られそうな気配に、エドガーがちょっと怯む。
「……エドガー坊ちゃんは少々ノリが軽すぎるような気がいたします。誰でも彼でも話しかけて……しかもなんだかちょこちょこ贈り物までしていらしたでしょう? あれはいかがなものかと……誰でも彼でもにそんなことをしていては、無駄に修羅場の種をまくことになるのでは? エドガー坊ちゃんは結構なイケメンですし、軽い気持ちで接しても、お相手が本気になる確率もかなり高そうでおばさん非常に心配です」
「……おばさん……?」
やんわり嗜めるグステルの口調に、エドガーは小さな戸惑いを見せ、ヘルムートがこそっと安堵している。
しかし、グステルがこうも呆れて、説教口調になるのも仕方がないのだ。
いつの間にか自分たちにしれっと合流していたこの青年の陽キャ行動は、ここだけで発揮されているのではない。
別邸入りする前の村でも彼はずっと、若い娘を見れば『やあ! 美しいお嬢さん!』と、どこからともなく取り出した花や菓子の包みを差し出して、マダムを見れば『そこの麗しいご婦人!』ときて、幼女を見れば『なんて可愛いおチビちゃんだ!』……と、破顔する。……もちろん全員に、花やら菓子を捧げているのである。
これは、久々に母と緊張の再会に臨もうとしているグステルからすると、結構な迷惑行為。
おまけにのらりくらりとついてくる彼に辟易したヘルムートはずっと怖い顔。これは別に彼が自分たちを害するかもしれない……という警戒ではないらしいが……(※単にグステルに凄まじい女性好きの友人を近づけたくないだけ)そんなヘルムートがずっとグステルにべったり張り付いてくるもので……グステルはちょっと勘弁して欲しいなと思っているのである。
ゆえに、彼女はエドガーに言う。
「坊ちゃんは見るからに活きのいいお年頃ですから、まあ人生を謳歌なさるのは自由ですよ? でもせめて、他所でやってくれませんか。わたしたち遊びで公爵邸にきているのではないのです。もしそれでも一緒に行動なさるなら、その間は修羅場生産行動は謹んでください」
穏やかに、しかしきっぱりエドガーの目を見ていったグステルに、エドガーは思わず口をつぐむ、が……。
一瞬黙った青年の藤色の瞳は、すぐに愉快そうににやっと細められる。
「……いいですねぇお嬢さん……! いい感じに迷惑そうで! 私、そういうつれない女性も割と好き──」
「やめろ」
喜色を浮かべて嬉しそうにグステルの手を取った友を、ヘルムートは即座に殴った。
しかしそれでもエドガーは笑い転げてヘルムートをからかっている。そんな青年らを見て、グステルはしみじみ。
(めげないパワー……若者すごいな……)
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