ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

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 脱力するグステルの横で、男女が恐ろしい顔で睨み合っている。
 片方はこの界隈では『意地が悪い』『高慢』と名高いイザベル嬢。
 その評判に見合うだけの気難しそうな顔で、自分の要求が一番尊ばれて当然という表情。
 片や、その令嬢に意中の人との甘い時をぶち壊された貴公子ヘルムート。
 生年は眉間にしわを寄せて、グステルとの間に割り込んできた彼女を見据えている。

「お嬢さん……この方が誰の針子だと? 聞き捨てならない……勝手で不遜な決めつけはやめなさい」
「はぁ⁉︎ あんたこの私が誰だかわかってる⁉︎ あんたがどこの誰だか知らないけれど、今日この日まで、この店で一番金を使ってるのは私なのよ⁉︎ ステラは私が養ってるも同然なの!」

 ……と、堂々偉ぶる令嬢のお部屋は、ご本人の申告通りグステルが作ったぬいぐるみで溢れている。こう見えて、可愛いものがとても好きなのである。
 令嬢は、店内を示すように尖った鼻先をつんと上げる。

「この店だって、私のお父様の持ち物なんだから。ゆくゆくは私が相続すると決めてるの。だから、この店で一番発言力があるのは私よ!」

 バーンと言い切る令嬢に。グステルは低姿勢。両手を合わせ、大家の娘を拝んでいる。

「ええ、ええ重々承知しております。感謝しておりますとも。ですからイザベル様、ちょっと落ち着きましょうか……」

 勝ち誇った顔でヘルムートを嘲笑するイザベルに。グステルは「はいはいはい」と幼児をあやす顔でなだめにかかる。彼女にとってわがままなイザベルは幼女も同然である。

 しかし、それを見て気に入らないのがヘルムート。
 令嬢たちの距離感は明らかに自分とグステルのそれよりも近い。そのことも気に食わないし、二人だけの時間も邪魔された。
 しかも令嬢は、明らかにグステルを下に見ている。
 イザベルは、なだめようとするグステルに憤慨し、彼女の桜色の頬を膨れっ面で遠慮なしにつねりあげている。その態度には腹が立った。
 本来ならば、グステルは国王に特別な位を授かった、王家とも血筋の繋がった高貴な家の娘なのである。
 ヘルムートは今にも『君こそこの方がいったいどなただと……!』と口にしてしまいそうになるが……。
 グステルの意向を考えると、ここで彼女の身分を明かすわけにいかず。それがますます悔しい。
 すると、自然ヘルムートのイザベルを見る目は冴え冴えと冷たくなり、その視線に気がついたグステルは大いに慌てた。
 ヘルムートを嘲笑するイザベルと、彼女を睨むヘルムート。まるで……龍虎が睨み合っているようで……。

(え、こ、怖……)

 まったく……グステルを巡り変な争いが勃発してしまったものである。まあ、一方はグステルというより、彼女が作るぬいぐるみに執着しているようだが……。ともかく。
 確かにヘルムートが言ったように、彼女を取り巻く物語は大いに運命から外れてしまっているようだ。
 
(……もしかして……この先も予想外の問題が出てくる……?)

 目の前のハブとマングース状態の男女を見ていると、なんだかそんな不穏な予感を感じてしまうグステルであった。

 と、その時だった。
 先ほどイザベルが飛び込んできた店の出入り口が再び開く。
 今度はゆっくり遠慮がちに開けられたその扉の向こうからは、見慣れない顔の青年が、おずおずと頭を覗かせる。

「あ、の……すみませんこちらにヘルムート様は…………」

 言いかけて。その来店者は、店内にヘルムートを見つけ「あ!」と高い声を上げた。

「い、いた! ヘルムート様!」

 彼は安堵したような顔で主人のそばに駆け寄ってくる、が……。
 その主人の前に、彼を凶悪な顔で睨んでいる令嬢を見つけ、ギョッとする。そんな青年に、令嬢はぎろりと鋭い視線。

「あ、さっきの馬の骨」
「……あ、さっきの馬の骨」
「う、馬の骨……?」

 イザベルのいいように、青年は顔をしかめ、グステルも咎めるような目をした。

「イザベル様……失礼ですよ」
「何よ、うるさいわね!」
「ちょ……ヘルムート様いったい何をやって……揉め事ですか……?」

 青年ヴィムは慌ててヘルムートの腕をつかむと、彼をイザベルから引き離した。主人の顔を不安そうに見上げる。が、ヘルムートは彼を見ず、目を細めてイザベルを睨んだままである。

「……ヴィム、いいところに戻った。今すぐこの女性の素性を調べろ。即刻彼女の家の家長からこの店を買い取る」

 厳格に言い放ったヘルムートに、ヴィムとグステルが同じ顔でぽかんとする。

「え……?」※ヴィム
「へぁ⁉︎」※グステル
「⁉︎ な、なんですって……? わ、渡すわけないでしょ! ここは私の店よ!」(※違う)

 ……なぜか、勝手に店の権利が争われている。

 しかしまあ……店子のグステルには、大家さん問題には口出しできない。
 どうしたものか、頭が痛いんだけど……という顔でげっそりしていると。
 隣で同じく困惑した様子で、場にいる者たちの顔をオロオロ見ていたヴィムが、はっと我に返る。

「ちょ、な、何言ってるんですかヘルムート様! それどころじゃないんですよ! ヘルムート様のせいで僕は大変な目にあったんですからね!」
「ん?」

 憤慨した様子の従者の訴えに、ヘルムートが怪訝な顔をした。

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