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しおりを挟む彼女から思ってもみなかった打ち明け話をされた時。
ヘルムートはまず、心底ほっとした。
(そうか──彼女は、悪人に攫われたのではなかったか……)
それは、永年彼女を案じてきた彼にとっては何よりの報せ。
彼女が誘拐されたという話をずっと信じて悲しんできた。
あの小さな少女が、どんなに苦しんでいるのだろうか、どんなに家に帰りたいと願っているだろうかと思うと居た堪れなくて。街で孤児を見つけるたびに、その哀れな姿に彼女を重ねてしまい、父からはひどく叱られたが、どうしても放っておくことができなかった。
──だが、そうではなかったのだ。
その事実を彼女自身の口から聞くことができて、ヘルムートは本当に泣きたいほどによかったと思った。
とはいえもちろん、少女が一人きりで生きてきたのなら、きっと大変なことも多かったはず。
それでも、それが悪人のすぐそばなどではなく、彼女自身が選んだ道の上であったというそのことが、彼を深く安堵させたのだった。
そして彼女は、そんなヘルムートに、『私は転生者で、妹君を傷つける運命にあります。それが嫌で家を出ました』と説明した。
なぜそう定められていると思うのか? と尋ねると、『前世で読んだ物語に書かれていた』という。この点が、ヘルムートには不可解に思えたが、ではそれはなんの目的のために妹を傷つけるのか? という質問には、彼女は、『王太子殿下を取り合って』と、答えたのだった。
「…………」
店を後にした青年は無言で振り返り、たった今出てきたばかりの木の扉を見て考える。
グステルの話自体には、彼は疑いを抱いてはいない。彼女の顔は常に真剣で、質問に答える口調にも終始淀みがなかった。
前世、転生といった話も、女神教会の教えからはそう外れていない。
……ただ、
(……、……やはり、いきなり求婚したのは性急過ぎたか……?)
彼女のギョッとした顔を思い出して、ヘルムートは少しばかり反省する。
咄嗟に求婚してしまったのは、彼女が様々なものを犠牲にして家を飛び出した行動のすべてが『王太子』のために引き起こされたという話を聞いてしまったせい。
その男の顔を思い出すと、ヘルムートの顔はどうしても苦々しくなる。
王太子が大変見目麗しく、聡明な男であることは分かっている。誰もが彼を褒め称える。
だが……彼としては複雑だ。
妹ラーラといい、グステルといい……その男は、いつでも自分の大切な娘の視線の先にいる。
早い話が妬ましかった。
……いや、妹のほうは心底彼に恋心を抱いているようだから、応援したい気持ちもないではない。
だが、グステル・メントライン、彼女は違う。
彼女が『私は王太子殿下を愛し、妹君を嫉妬のあまり陥れようとします』と真剣な顔で訴えてきた時の、驚きと失意ときたら。よくもまあ、あそこで嫉妬を顔に出さなかったものだと自分を褒めてやりたいくらいである。
だがつい、言ってしまった。
『私と結婚しましょう』と。
我ながら先走ったなとは思ったが、本気ではある。
彼女のいった危機は、それで概ね回避できると感じたし、何より、絶対に、あの男に彼女を渡したくはなかった。
これまで彼女が大変な思いをしてきたことも知らず、彼女になりかわったものを彼女と信じるあの男のことなど、早く彼女のなかから消してしまいたかった。
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