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しおりを挟む事実、グステルは家出して以降はかなり苦労してきた。
大人だった頃の経験や記憶があっても、幼い身で世間を渡るには、それなりに大変なことがあっても当然。
家出した直後は、別の街で孤児として雇い先を探してさまよったこともある。その頃には、満足に食事を取れないこともあった。
資金はそれなりに貯めて持ち出したが、小さな子供一人では、不審がって食べ物を売ってくれない店もあったし、宿屋もなかなか泊めてくれない。
何度か孤児として保護されてしまったこともあって。そこを抜け出すのにも一苦労。
その後、親切な宿屋の女将さんに雇ってもらえたが、仕事の手際が『子供とは思えない』とは褒められはしても、そこはやはり体力が子供。
できることには限りがあって、歯痒い思いをした時期もある。
前世の記憶なんてチートな情報があっても、この店を持てるようになるまでには、それなりの奮闘があったのだ。
だからこそ、この店は大切な場所。
できれば手放したくないし、父に報告されて実家に連れ戻されたりもしたくない。
あの自尊心が服を着て歩いているような父は、きっと自分の娘が街で町民に混じって商売をしているなんてことを知れば激怒するだろう。
無理矢理にでも連れ戻されてしまうのが目に見えていた。
そうなれば店はとっとと引き払われて、グステルが一体一体丹精を込めて作り上げたぬいぐるみたちも捨てられてしまうはず。
何より、永年苦楽を共にしたユキを取り上げられるかもしれないと思うと、グステルは本当に恐ろしい。
彼女の知る父は、そういうことを平気でしそうな男だ。
グステルはついゾッとしてしまって。座った膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。
(……またユキを取り上げられたら……私、今度こそもう、生きてはいけない……)
そのつらく悲しかった記憶を思い出すと、今でも心が固く冷たくなってしまう。
──ここはなんとかして、この青年を説得なり納得してもらうなりしなければならなかった。
(……あ、誓約書を提出するのはどう? ラーラたちがいる王都には二度と近寄りませんから、私には関わらないでください、お父様たちにも黙っていてください! って……)
誰だって、愛する家族に危険人物は近づけたくないだろう。
その思いつきに、グステルは両手を胸の前で合わせていい考えかもしれないと表情を明るくする。それにと、グステル。
(『前世』だとか『転生』だとか、『悪役令嬢』だとか。こいつ変なことをいうやつだなと気味悪がられてもいい! もし説得できなくても、寄り付かなくなってさえくれれば、逃げ出す余裕も生まれるはずだわ!)
逃げ出すための荷物はとっくにまとめたが、こう毎日彼に通い詰められていては、逃げてもすぐに異変に気がつかれてしまう。
だが、彼がグステルを『変人だ』と嫌って離れてくれれば。
ここシュロスメリッサから王都までは距離もあるから、たとえ彼が父に連絡しても、迎えが来るまでにはきっと時間はある。
(──よし、なんとかなりそう……!)
グステルはそう算段し、意気揚々とヘルムートに向き直った。
そうして思い切って彼に事情を打ち明けることを決めて──……。
つまり、こうして物語は冒頭の求婚騒動へ戻るというわけであった。
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