ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

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39 ラーラ・ハンナバルト ①

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「あら? ヴィム?」
「⁉︎」

 屋敷のエントランスを通りかかった青年ヴィムは声をかけられて、ギクリと肩を揺らした。
 鈴を転がすような可憐な声に慌てて上を見上げると、通り過ぎたばかりの階段の上から、黒髪の令嬢が彼を見ていた。
 彼女は青い瞳をぱっと明るく輝かせて、弾むような声で身を乗り出すように言った。

「ヘルムートお兄様がお戻りになったのね! お兄様は今どちらにいらっしゃるの⁉︎」

 令嬢は清楚な藤色のワンピースの裾をふわりふわりと揺らしながら、彼のいる階下へ小走りで駆け降りてきた。
 嬉しそうに頬を上気させてやってくる姿は、おとぎの国のお姫様のように愛らしい……と、ヴィムは一瞬その姿に見惚れ──……そうになったが。
 青年はハッとする。現在彼は若干困った立場にあった。

(し、しまった……お嬢様には見つからないようにしようと思っていたのに……)

 ヘルムートの従者ヴィムがおろおろしているうちに、令嬢は彼のもとまでやってきて。エントランスの中をキョロキョロと不思議そうに見回している。
 令嬢は、そこに目当ての貴公子がいなことを確認すると怪訝そうに従者の青年に尋ねた。

「ヴィム……お兄様はどこ? それに、この間のお手紙では昨日お戻りになるっておっしゃっていたのに……いったいどうして遅れたの? お兄様はお父様のところ?」
「あ、あ……ラーラ様……それがその……」

 ヴィムは言葉を濁す。
 とても言いづらいが、言わねばならぬ。青年は思い切って言った。

「あの、ヘルムート様はですね……エドガー様のお屋敷にもう少し滞在なさることになりまして……」

 それを伝えると、ラーラはまつ毛の長い瞳で瞬きして。そして嫌だわと噴き出し、小首を愛らしく傾けてコロコロと笑う。

「え……何をいってるのヴィム。そんなはずないでしょう? だって……もう明日は私の誕生日なのよ? お兄様が戻らないはずがないわ」

 それを言われることがわかっていたヴィムは決まりの悪い顔。
 ヴィムだって、あの妹を誰よりも溺愛しているはずのヘルムートが、まさか妹の誕生日に彼女のそばに帰ってこないなんてことは、思ってもみない事態だった。
 しかし、そうは言っても、それが事実。令嬢にそれをどう伝えればいいのか頭を悩ませていると……。
 そんな従者の表情を見て、ラーラが「え……?」と、目をまるくして声をもらす。

「……本当に……? 本当にそうなのヴィム……? 本当に……お兄様はお戻りにならなかったの……?」

 やっとそれを事実と受け止めたらしいラーラは、困惑を覗かせる。そして彼女はややうろたえたように青年に手のひらを差し出した。

「え……? ラ、ラーラ様……?」

 ヴィムは、咄嗟にその手の意味が分からず、こちらも困惑の顔で令嬢の顔を見返す。
 そんな兄の従者の困った顔を見て、ラーラが「え……」とさらに目を瞠った。

「ま、さか……手紙も……ないの……?」
「あ……」

 令嬢の驚愕の眼差しに、ヴィムは冷や汗をかく。

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