ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

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 グステルは堪らず、慌てて彼を呼び止めていた。
 ヘルムートの言葉には、明日もここへ来る……というか、さらにその後も日参してきそうな予感さえ含まれている。
 これはとても聞き捨てならない。
 焦りのあまり口調が粗暴になって。しかしすぐに自分の立場を思い出し、慌てて改めた。

「い、いえ、違った! ま、待ってください、あの……! わ、我々……少々話し合いが必要ですね⁉︎」

 いって、店を出て行こうとしていた彼に追いすがる。と、なぜだかとても嬉しそうな顔が振り返ってきた。
 まるで、ぱぁああ……と、音がするようだった。
 あからさまに瞳の色が明るくなった黒髪の貴公子の反応に、グステルがたじろぐ。

「え……な、なんですか……?」

 思わず及び腰になっていると、ヘルムートは静かに言う。

「……あなたから呼び止めてくれたのは初めてですね」
「へ……?」

 喜びを噛み締めるような言葉に、グステルは……ぽかんとした。

「……え? あ、の……?」

 ヘルムートは、少しくすぐったそうに顔の前に手を持ち上げてはにかむ。

「いつもは最初からあまり長居していてはご迷惑かと思い、泣く泣く短時間で切り上げていたのです。でも……本当はまだ帰りたくなかったので嬉しいです」
「…………」

 ヘルムートの言葉通り、確かに彼はここに日参はしてきても長居はしない。
 商品を買いに来た時は購入後は、二言三言で退店し、傷の様子を見にきたといえば、医師の診察が終わるとそれだけで帰っていた。まあ……医師を連れてくるのは正直大袈裟すぎるが。
 とはいえ。
 敵対的交渉くらいの気持ちで彼を呼び止めたグステルは、思いがけず彼に素直な言葉で喜ばれてしまってとても戸惑った。
 青年の若々しい顔を凝視ながら、グステル、驚愕の思い。

(……こ、このお坊ちゃまは……なぁんて可愛らしいことをいうのだろうか……)
(うっかり彼の天敵であるということを忘れてしまいそうな子犬感……え……おばさんほだされそう……)

 この辺りで、グステルはうっすら思った。

 ……もしや……私は彼に懐かれているだけなのか……?

(……え……? そんなことって……あ、る……?)

 こちらを見るヘルムートの顔は、しみじみと嬉しそうで。彼のそんな様子を見ていると、グステルもなんだかそんな気もしてきて──……。

 しかし彼女はすぐにその考えを振り払う。

(──い、いやいやまさか……! そんな馬鹿なことあるわけ……)
(物語の筋書きっていうのは、キャラクターにとっては運命も同然。その強い力に支配されて生きているはずの彼らが……私みたいに転生者でもない彼らが、そんな簡単にキャラ変して天敵キャラに好感を持つなんてこと、あるわけない……)

 “悪役令嬢グステル”(自分)は、その物語を彼女自身が読んだ時も、『なんて卑劣で自分勝手な令嬢なんだろう』と憎らしく思っていたほどの娘だ。
 簡単に、誰かに好かれるはずもない。
 今更ながら、その運命を背負わされたことが恨めしくもあった。
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