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32 困った令息 ⑫
しおりを挟む街の中を歩きながら当時のことを思い出していたヘルムートを、不意に誰かが呼び止めた。
「お、ヘルムート、ここにいたのか!」
「……エドガーか……」
振り返ると、一人の青年が手をあげて彼に小走りに近づいてきた。
歳の頃はヘルムートと同じ。こんがやり焼けたパンのような髪の色に、乳白色のすみれ色の目の青年は、明るい笑顔で彼に手を振っている。
と、その青年の登場に、ヘルムートの従者ヴィムはとてもホッとした顔をする。
「おい、急に走り出してどうした? びっくりしたじゃないか。……ん? げ、お前また泣いたのか?」
ヘルムートの真っ赤な目を見て、エドガーが顔をしかめて呆れを滲ませた。
そんな青年に、ヘルムートはムッと目を逸らす。
「……泣いてない」
ふいっと顔を背けて否定する青年。──の、後ろでヴィムが困り果てたという顔で首をふるふる横に振っている。
それを見た青年は「やっぱりな」と生温かい表情で笑う。
「今度はなんだ? 捨て猫か? 孤児か?」
またそういったものに心を痛めたのかと、笑いと呆れを混ぜた顔の友人に。ヘルムートは沈んだ調子で「いや……」と答える。
「すまない、昔の知り合いを見かけたものだから……」
そうつぶやく青年の言葉には覇気がない。青紫の瞳には悲哀があって、それを見たエドガーは瞳を瞬く。この短時間に友人にいったい何があったのだと不思議そうな顔だった。
「知り合い? 誰だ?」
心配そうに尋ねてくるエドガーに、しかしヘルムートは言葉を濁す。
「……いや……それよりエドガー……すまないが、もう少しの間、私を屋敷に滞在させてもらえないだろうか」
「ん……?」
その申し出には、エドガーも、ヘルムートの背後にいたヴィムも戸惑ったような顔。
「そ、れは別にかまわないが……? しかしお前、さっき妹に早く会いたいからさっさと王都に帰りたいっていってなかったか?」
エドガーはらしくない友の様子に若干困惑している様子。
この青年とヘルムートとは、学徒時代からの付き合い。友人の妹ラブな性格を知っているし、その妹を置いて彼が滞在期間を伸ばそうというところを怪訝に思った。
が、しかしヘルムートは、彼に向かって深く頭を下げる。
「……この町ですべきことがある、頼む」
そんな思い詰めた様子の青年に、エドガーとヴィムは顔を顔を見合わせている。と、不意にヘルムートがヴィムを呼ぶ。
「ヴィム、すまないが、お前には父への連絡と使いを頼みたい」
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