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31 困った令息 ⑪
しおりを挟む『こ、このぬいぐるみ! 私がいただいては駄目でしょうか⁉︎』
言った途端、ヘルムートの顔がカッと朱色に染まる。
……十二歳にもなってぬいぐるみが欲しいなんて言うのは恥ずかしかったし、ましてやそれは幼い妹へと彼女に渡されたもの。
彼はそれまで、妹や弟の持ち物や彼女たちに与えられたものを欲しがったりしたことは一度としてない。
だが、今回ばかりは。
ヘルムートは、どうしても彼女が作ったというそれが欲しかった。
『今日お会いした記念に……ダメでしょうか⁉︎』
大きな声で思い切って頼み込む。
傍目から見たら、かなり奇妙な光景だったに違いない。
同世代の中でも抜きん出て身長の高い彼が、自分の半分ほどしか背丈のない年下の女の子に『ぬいぐるみをくれ』とねだっているなんて。
そんなことをうっすら思ってしまい、ヘルムートの顔は額まで真っ赤。じんわり汗までかいてきて、少年は自分の必死さが恥ずかしくて仕方ない。
おそるおそる少女の反応を窺うと、懇願されたほうの彼女は驚いたような顔で彼を見ている。
そのぽかんとした表情を見たヘルムートは、余計に顔が熱くなる。
『あ、あの……このぬいぐるみはすごく可愛いですし……よくできてますし……あの、私は猫が、好きですし……』
見つめられてしどろもどろになりながら、少年は白猫のぬいぐるみをぎゅっと抱く──と、その時だった。
『もちろん』という彼女の嬉しそうな声が聞こえた。
ハッとして顔を上げると、そこにはにっこりと頬を持ち上げた少女がいた。
『もちろんですよ、お坊ちゃま! ぜひなかよくしてあげてくださいね!』
どうやら彼女は自分の作品を『欲しい』と言ってもらえたことが相当嬉しかったらしい。
ふっくら柔らかそうな頬にちょこんとえくぼを作って。少しくすぐったそうに頭を傾けて笑う姿が、とても愛らしかった。
こうして二人は出会った。
──ただ、残念なことに。
ヘルムートと令嬢グステルとの出会いはそれきりのものだった。
やはり互いに社交会にもまだ出る前の歳で、父親同士も交流がなく、両家の領地も遠いとあって関係も薄く。子供のヘルムートがいくら強く願っても、彼女と再会することはかなり困難で。
それでもヘルムートはこの出会いを忘れることはできなかった。
大人になって宮廷で職でも得れば可能性はあるだろうか、なんてことを考える日々。
けれどもそのおよそ二年後。
あの大事件が起こってしまう。
公爵家令嬢の誘拐事件。
なんとあの時であった少女が何者かにさらわれて、公爵邸から忽然と姿を消してしまったという。
その大事件はすぐに王都中に広まって。ヘルムートたち一家の耳にも入ることになった。
それがあの時自分を助けてくれた令嬢だと知った時の、ヘルムートの受けた衝撃は計り知れないものだった。
いつか再会したいと願っていたものが……まさか、そんなふうに望みがついえるとは思ってもみなかった。
こうして、悲劇に彩られた彼女との思い出は、彼の心の中で一層消せぬものとなる。
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