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二章
17 サラとカーヤは地獄耳
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「……いいのかなあ……」
少年隊士達の隊舎の廊下の奥の方。ひやりと冷たい窓硝子を磨いていたミリヤムは、ふと灰色の空に目を留めて呟いた。
ヴォルデマーに結婚の申し込みを受けたのは一昨日の事。それからミリヤムはこうして一日に何度もそれを思い出しては、物思いにふけったり、照れ照れとにやけたり、呻いたりを繰り返していた。
実は、ヴォルデマーへの求婚の返事はまだ出来ていなかった。
あの求婚の直後──ヴォルデマーの言葉に驚いたミリヤムはしばし呼吸を忘れたような顔をしていた。
ミリヤムは思った。これは夢か、だとしたらなんといい夢なんだろう、と。一瞬にして頭の中には、何処か明るい部屋で二人仲睦まじく食卓を囲む様子が思い浮かべられた。白いテーブルクロス、白い皿の上には温かな料理、湯気の立つ二つの茶器、柔らかに見つめてくれる金色の瞳。想像だけでもため息が落ちた。
ミリヤムは幸せな気持ちになって、二つ返事でそれを了承しようとしたのだが──……その瞬間、隣で同じくぽかんとしていたルカスがハッと我に帰った。ルカスは慌ててミリヤムの口を塞ぐと「駄目だ!」と短く叫んだ。
「馬鹿! 無謀に突き進むな! 問題は何も解決していないだろう! それに坊ちゃまはどうするんだ!」
「も、もが……」
「……」
「申し訳ありませんが長様、実現可能な展望を示して下さい。それなくしてこいつをむざむざ送り出せません。現時点で貴方はフロリアン様の足元にも及ばない」
「もがー!!!」
ルカスが棘のある口調でヴォルデマーを睨むと、ミリヤムが口を封じられたまま憤慨する。だがヴォルデマーは勿論だと頷いて見せた。
「貴殿らの懸念もよく分る。……必ず活路を見つけるゆえ待っていて欲しい」
ヴォルデマーは優しい顔でミリヤムを見ていた。ミリヤムは口を塞がれ窒息しそうになりながらもヴォルデマーに向かって何度も首を縦に振って見せたのだった。
「……はあ」
その光景を思い出したミリヤムの口からはまたため息が落ちる。
「……ミリーちゃんさっきからため息ばかりねえ、どうしたの?」
「あ、サラさん……」
気がつくと傍にサラがやって来ていた。彼女の抱えた篭には沢山の洗い上がった洗濯物が詰まっている。ミリヤムは乗っていた木製の踏み台から飛び降りて、サラの腕からその篭を受け取り足元へ置く。
「洗濯物有難うございます。今日は膝の調子如何ですか?」
「少し痛むけど温かくなってきたから今日はましね。それで、ため息の原因はなあに?」
「あー……えっと……」
相談してもいいのだろうか、とミリヤムが考えていると、にゅっと大柄な身体が二人に影をつくる。
「あれじゃないの? ヴォルデマー様の求婚」
「!!!???」
「ああ、それ?」
サラは現れたカーヤの言葉に事も無げに頷いた。ミリヤムは二人の様子に仰天している。
「な、なんで……」
「知ってるかって? うふふ。おばちゃん達の地獄耳を侮ったら駄目よ」
「耳は遠いけどね」
二人はほのぼの笑んでいる。ミリヤムは恐るべし、と思わず一歩後ずさる。
「それで? 悩んでるの? どうして? お似合いだと思うけど」
首を捻るカーヤにミリヤムは異を唱える。
「お、お似合い!? 何処がですか!? 天秤の片方が重すぎて釣り合いが取れないにも程があるではありませんか……! ヴォルデマー様は凛々しくて、ご立派で、紳士で、大人で、ご身分もあって、おまけに物凄く武芸に秀でていらっしゃるとイグナーツ様が……!」
わなわなと並べ立てるミリヤムをサラ達は「あらあら」と見守っている。
「それにフロリアン坊ちゃまのことも一体どうしたらいいのか……主に膝をつかせておきながら……あの麗しい膝を汚しておいてそれを断るなんて……坊ちゃまの悲しそうなお顔を想像すると……気が、気が遠のきます!」
ミリヤムはあれからフロリアンとまともに話が出来ていない。新しい職場についた主は己の職務や配下の指導監督でとても忙しそうで、すれ違うように少し話を交わす時間はあっても、それでは込み入った話はとても出来ない。
ミリヤムは忙しそうな主を手伝えないかとも思ったが、彼からも求婚された事を思うとヴォルデマーにフロリアンの手伝いにいかせてくれと願い出るのは流石のミリヤムも言い出しづらかった。
「くっ、しかしお話をしなければ何も……でも一体どう言ったら!?」
今度は青い顔で頭を抱えたミリヤムにサラはのんびりと応えた。
「それはまあ素直に心の内を話すしかないわよねぇ……」
「ミリーちゃん、どんなに高貴でも膝は膝よ。膝も汚さない男性なんてろくでもないわ」
カーヤはすんとした顔で鼻息荒くきっぱり持論を言い放つ。
「そうねえ、でもあのフロリアン様という方は結構良いと思うわ。良い匂いよね。凛として部下の方達にも慕われておられるし、お働きもそつがないわ。私達にも丁寧よ」
「あら、でも私はヴォルデマー様推しよ。ヴォルデマー様は絶対いい旦那様になるわ。ミリーちゃんヴォルデマー様にしときなさいな! サラはどう?」
「そりゃあ私だってそうよお!」
二人はきゃあきゃあと楽しげに話し出したが、ミリヤムは眉を八の字にする。
「でも……私、人族だし……」
ヴォルデマーは気にしなくてもいいと言うが、やはりそれは気になっていた。ミリヤムは胸のつかえを吐き出すように言い募る。
「……辺境伯様は異種族結婚をお許しになっていないと聞きました。もしそれでヴォルデマー様が、物凄く恐ろしいと噂の辺境伯のお怒りに触れて勘当でもされたら? ヴォルデマー様はどうなります? 砦長を辞職しなくてはならなくなるかもしれないし、ご家族も失うことに……」
それを思うとミリヤムの心は重くなった。ミリヤムにはもう肉親は無い。だからこそ折角家族が生きているというのに仲違いするなんて悲しいことだと深く思う。でもその為にヴォルデマーを諦めるのかと考えると、その何倍も悲しくなるのだった。
しゅんと雑巾を握り締めた娘に、老婆二人が顔を見合わせている。カーヤが慰めるように、のしっとミリヤムの頭の上に前足を乗せる。
「う」
「大丈夫よミリーちゃん、そんな事にはならないわ。もし辞職されたとしてもヴォルデマー様なのよ? どこでもご立派に生きていけるに違いないわ。だってヴォルデマー様なのよ? 辺境伯様に負けるはずないわよお」
「そうねえ、ミリーちゃんが玉の輿を狙ってなければ特に問題は無いんじゃない?」
サラは「狙ってた?」と軽い調子で笑う。
「いえ、それはどうでもいいんですけど……」
「大丈夫、ね、元気出してミリーちゃん! 悩まない悩まない」
「そうそう、うふふ」
「……もー……サラさんもカーヤさんも適当なんだから……」
二人のあまりに軽い口ぶりにミリヤムは思わず苦笑いする。ふたりのあっけらかんとした表情にはうっかり肩から力が抜ける思いだった。
カーヤにぐりぐりと撫でられながら、ミリヤムは呟く。
「……ヴォルデマー様が築き上げてこられた尊い財産を私などのせいで失わせるのは嫌だと思ったんです……でも、はあ、まあ……そうですね、悩みすぎても仕方ないかもしれませんね……」
「うふふ」
サラは飴色の目を優しく和らげてミリヤムの頭を撫でる。
「そうそう。微笑んでいなさい。その財産にも負けない価値がそこにはあると思うわよ」
「そーよぉ、幾ら身分や見目の良さなんかがつりあっていても、当人同士が幸福そうじゃないとお似合いとは言えないし、幸せなのが一番だわ」
「サラさん……カーヤさん……」
ミリヤムは二人の言葉に感じ入ったようにうるうると涙ぐむ。が
「そこいくと一昨日のヴォルデマー様とミリーちゃんはほのぼの幸せそうで可愛らしかったわねえ」
「……へ? お、と、とい……?」
カーヤの言葉をミリヤムがゆっくり繰り返すと、サラがうっとりと頬に手を当てる。
「そうねぇ、ミリーちゃんの照れくさそうな恥じらいがひしひし伝わって来て……こそばゆかったわ。じれったくて堪らなかった。あそこでルカスちゃんが邪魔しなければね……」
「!?」
惜しかったわーと首を振り合う老婆達に、ミリヤムの身体にはじわりじわりと汗が滲んだ。まさか、とぷるぷる震える。
「み……み、み……みみみ?」
「え? 見てたかって? ええ見てた」
「だってロルフが大浴場の前で隊士さん達とはしゃいでるって聞いたから。ねえ。何事かと思って」
「…………ど、どどこ、どこから!?」
「えーと……」
「ミリーちゃんが脱衣所に駆け込んで来て引っくり返ったくらいかしらねぇ。有難き幸せって叫んでいた時? 何が有難き幸せなのか気になって気になって妄想が止まらなかったわ」
「ほぁあああああ!!!」
カーヤの言葉にミリヤムは真っ赤になって悲鳴を上げた。という事は、二人は地獄耳などと言っておいて、その実じかに聞いていたのだ。ヴォルデマーの求婚やその他諸々を。
「ひぃいいい!!!」
廊下の床に沈んだミリヤムに老婆達は吃驚している。
「どうしたのミリーちゃん?」
「行き成り叫びだして……あっ……」
ミリヤムは床に転がったまま、どうしたのじゃない……と思ったが、その時不意に彼女に駆け寄ろうとしたサラが敷物の端に足を取られてびたんとこける。
「あ、らあ、サラったら大丈夫!?」
「さ、さ、さらさん……」
ミリヤムも汗だくの顔をよろよろと上げサラの方を見る。サラは尻餅をついたまま足首を押さえていた。
「いたたた……いやあねぇ歳をとると足元が不安定で……あ、ら? ミリーちゃん……おばちゃん……足をくじいちゃったみたい……」
そう悲しげに老婆に視線を寄せられたミリヤムは──
「わあああああああああああああ!!!!!」
真っ赤な顔で羞恥に悶えながら、サラをおぶって医務室まで駆けていくのだった……
少年隊士達の隊舎の廊下の奥の方。ひやりと冷たい窓硝子を磨いていたミリヤムは、ふと灰色の空に目を留めて呟いた。
ヴォルデマーに結婚の申し込みを受けたのは一昨日の事。それからミリヤムはこうして一日に何度もそれを思い出しては、物思いにふけったり、照れ照れとにやけたり、呻いたりを繰り返していた。
実は、ヴォルデマーへの求婚の返事はまだ出来ていなかった。
あの求婚の直後──ヴォルデマーの言葉に驚いたミリヤムはしばし呼吸を忘れたような顔をしていた。
ミリヤムは思った。これは夢か、だとしたらなんといい夢なんだろう、と。一瞬にして頭の中には、何処か明るい部屋で二人仲睦まじく食卓を囲む様子が思い浮かべられた。白いテーブルクロス、白い皿の上には温かな料理、湯気の立つ二つの茶器、柔らかに見つめてくれる金色の瞳。想像だけでもため息が落ちた。
ミリヤムは幸せな気持ちになって、二つ返事でそれを了承しようとしたのだが──……その瞬間、隣で同じくぽかんとしていたルカスがハッと我に帰った。ルカスは慌ててミリヤムの口を塞ぐと「駄目だ!」と短く叫んだ。
「馬鹿! 無謀に突き進むな! 問題は何も解決していないだろう! それに坊ちゃまはどうするんだ!」
「も、もが……」
「……」
「申し訳ありませんが長様、実現可能な展望を示して下さい。それなくしてこいつをむざむざ送り出せません。現時点で貴方はフロリアン様の足元にも及ばない」
「もがー!!!」
ルカスが棘のある口調でヴォルデマーを睨むと、ミリヤムが口を封じられたまま憤慨する。だがヴォルデマーは勿論だと頷いて見せた。
「貴殿らの懸念もよく分る。……必ず活路を見つけるゆえ待っていて欲しい」
ヴォルデマーは優しい顔でミリヤムを見ていた。ミリヤムは口を塞がれ窒息しそうになりながらもヴォルデマーに向かって何度も首を縦に振って見せたのだった。
「……はあ」
その光景を思い出したミリヤムの口からはまたため息が落ちる。
「……ミリーちゃんさっきからため息ばかりねえ、どうしたの?」
「あ、サラさん……」
気がつくと傍にサラがやって来ていた。彼女の抱えた篭には沢山の洗い上がった洗濯物が詰まっている。ミリヤムは乗っていた木製の踏み台から飛び降りて、サラの腕からその篭を受け取り足元へ置く。
「洗濯物有難うございます。今日は膝の調子如何ですか?」
「少し痛むけど温かくなってきたから今日はましね。それで、ため息の原因はなあに?」
「あー……えっと……」
相談してもいいのだろうか、とミリヤムが考えていると、にゅっと大柄な身体が二人に影をつくる。
「あれじゃないの? ヴォルデマー様の求婚」
「!!!???」
「ああ、それ?」
サラは現れたカーヤの言葉に事も無げに頷いた。ミリヤムは二人の様子に仰天している。
「な、なんで……」
「知ってるかって? うふふ。おばちゃん達の地獄耳を侮ったら駄目よ」
「耳は遠いけどね」
二人はほのぼの笑んでいる。ミリヤムは恐るべし、と思わず一歩後ずさる。
「それで? 悩んでるの? どうして? お似合いだと思うけど」
首を捻るカーヤにミリヤムは異を唱える。
「お、お似合い!? 何処がですか!? 天秤の片方が重すぎて釣り合いが取れないにも程があるではありませんか……! ヴォルデマー様は凛々しくて、ご立派で、紳士で、大人で、ご身分もあって、おまけに物凄く武芸に秀でていらっしゃるとイグナーツ様が……!」
わなわなと並べ立てるミリヤムをサラ達は「あらあら」と見守っている。
「それにフロリアン坊ちゃまのことも一体どうしたらいいのか……主に膝をつかせておきながら……あの麗しい膝を汚しておいてそれを断るなんて……坊ちゃまの悲しそうなお顔を想像すると……気が、気が遠のきます!」
ミリヤムはあれからフロリアンとまともに話が出来ていない。新しい職場についた主は己の職務や配下の指導監督でとても忙しそうで、すれ違うように少し話を交わす時間はあっても、それでは込み入った話はとても出来ない。
ミリヤムは忙しそうな主を手伝えないかとも思ったが、彼からも求婚された事を思うとヴォルデマーにフロリアンの手伝いにいかせてくれと願い出るのは流石のミリヤムも言い出しづらかった。
「くっ、しかしお話をしなければ何も……でも一体どう言ったら!?」
今度は青い顔で頭を抱えたミリヤムにサラはのんびりと応えた。
「それはまあ素直に心の内を話すしかないわよねぇ……」
「ミリーちゃん、どんなに高貴でも膝は膝よ。膝も汚さない男性なんてろくでもないわ」
カーヤはすんとした顔で鼻息荒くきっぱり持論を言い放つ。
「そうねえ、でもあのフロリアン様という方は結構良いと思うわ。良い匂いよね。凛として部下の方達にも慕われておられるし、お働きもそつがないわ。私達にも丁寧よ」
「あら、でも私はヴォルデマー様推しよ。ヴォルデマー様は絶対いい旦那様になるわ。ミリーちゃんヴォルデマー様にしときなさいな! サラはどう?」
「そりゃあ私だってそうよお!」
二人はきゃあきゃあと楽しげに話し出したが、ミリヤムは眉を八の字にする。
「でも……私、人族だし……」
ヴォルデマーは気にしなくてもいいと言うが、やはりそれは気になっていた。ミリヤムは胸のつかえを吐き出すように言い募る。
「……辺境伯様は異種族結婚をお許しになっていないと聞きました。もしそれでヴォルデマー様が、物凄く恐ろしいと噂の辺境伯のお怒りに触れて勘当でもされたら? ヴォルデマー様はどうなります? 砦長を辞職しなくてはならなくなるかもしれないし、ご家族も失うことに……」
それを思うとミリヤムの心は重くなった。ミリヤムにはもう肉親は無い。だからこそ折角家族が生きているというのに仲違いするなんて悲しいことだと深く思う。でもその為にヴォルデマーを諦めるのかと考えると、その何倍も悲しくなるのだった。
しゅんと雑巾を握り締めた娘に、老婆二人が顔を見合わせている。カーヤが慰めるように、のしっとミリヤムの頭の上に前足を乗せる。
「う」
「大丈夫よミリーちゃん、そんな事にはならないわ。もし辞職されたとしてもヴォルデマー様なのよ? どこでもご立派に生きていけるに違いないわ。だってヴォルデマー様なのよ? 辺境伯様に負けるはずないわよお」
「そうねえ、ミリーちゃんが玉の輿を狙ってなければ特に問題は無いんじゃない?」
サラは「狙ってた?」と軽い調子で笑う。
「いえ、それはどうでもいいんですけど……」
「大丈夫、ね、元気出してミリーちゃん! 悩まない悩まない」
「そうそう、うふふ」
「……もー……サラさんもカーヤさんも適当なんだから……」
二人のあまりに軽い口ぶりにミリヤムは思わず苦笑いする。ふたりのあっけらかんとした表情にはうっかり肩から力が抜ける思いだった。
カーヤにぐりぐりと撫でられながら、ミリヤムは呟く。
「……ヴォルデマー様が築き上げてこられた尊い財産を私などのせいで失わせるのは嫌だと思ったんです……でも、はあ、まあ……そうですね、悩みすぎても仕方ないかもしれませんね……」
「うふふ」
サラは飴色の目を優しく和らげてミリヤムの頭を撫でる。
「そうそう。微笑んでいなさい。その財産にも負けない価値がそこにはあると思うわよ」
「そーよぉ、幾ら身分や見目の良さなんかがつりあっていても、当人同士が幸福そうじゃないとお似合いとは言えないし、幸せなのが一番だわ」
「サラさん……カーヤさん……」
ミリヤムは二人の言葉に感じ入ったようにうるうると涙ぐむ。が
「そこいくと一昨日のヴォルデマー様とミリーちゃんはほのぼの幸せそうで可愛らしかったわねえ」
「……へ? お、と、とい……?」
カーヤの言葉をミリヤムがゆっくり繰り返すと、サラがうっとりと頬に手を当てる。
「そうねぇ、ミリーちゃんの照れくさそうな恥じらいがひしひし伝わって来て……こそばゆかったわ。じれったくて堪らなかった。あそこでルカスちゃんが邪魔しなければね……」
「!?」
惜しかったわーと首を振り合う老婆達に、ミリヤムの身体にはじわりじわりと汗が滲んだ。まさか、とぷるぷる震える。
「み……み、み……みみみ?」
「え? 見てたかって? ええ見てた」
「だってロルフが大浴場の前で隊士さん達とはしゃいでるって聞いたから。ねえ。何事かと思って」
「…………ど、どどこ、どこから!?」
「えーと……」
「ミリーちゃんが脱衣所に駆け込んで来て引っくり返ったくらいかしらねぇ。有難き幸せって叫んでいた時? 何が有難き幸せなのか気になって気になって妄想が止まらなかったわ」
「ほぁあああああ!!!」
カーヤの言葉にミリヤムは真っ赤になって悲鳴を上げた。という事は、二人は地獄耳などと言っておいて、その実じかに聞いていたのだ。ヴォルデマーの求婚やその他諸々を。
「ひぃいいい!!!」
廊下の床に沈んだミリヤムに老婆達は吃驚している。
「どうしたのミリーちゃん?」
「行き成り叫びだして……あっ……」
ミリヤムは床に転がったまま、どうしたのじゃない……と思ったが、その時不意に彼女に駆け寄ろうとしたサラが敷物の端に足を取られてびたんとこける。
「あ、らあ、サラったら大丈夫!?」
「さ、さ、さらさん……」
ミリヤムも汗だくの顔をよろよろと上げサラの方を見る。サラは尻餅をついたまま足首を押さえていた。
「いたたた……いやあねぇ歳をとると足元が不安定で……あ、ら? ミリーちゃん……おばちゃん……足をくじいちゃったみたい……」
そう悲しげに老婆に視線を寄せられたミリヤムは──
「わあああああああああああああ!!!!!」
真っ赤な顔で羞恥に悶えながら、サラをおぶって医務室まで駆けていくのだった……
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