偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい

あきのみどり

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三章

41 養女 ②

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 男がいつまでも固まったままなのを見て、フロリアンは「こんなに驚いてくださるなんて」とにこにこしている。
 それから「もういいかな?」と己の母親達の方を窺って。口元に手を添えると、涼やかな声で「ミリー」と、その名を呼んだ。

 途端──
 
 フロリアンの母の隣で、アタウルフと話していたミリヤムが、瞳をぴかぴかっと光らせた。
 娘は伯らに一瞬の一礼をしてせると、飛ぶ勢いで駆けて来た。

「ははあっ!! なんでございましょうか、坊ちゃ……お父様っっ!!!」
「おっ……!?」

 びたりとフロリアンの前にかしずいた愛しい娘に、ヴォルデマーがぎょっと身体を強張らせた。
 驚きすぎて言葉がない様子の彼の前で、フロリアンは嬉しそうにミリヤムの頭を撫でている。

「ふふふ、いい子だねえ。ミリー」
「は! ぼっ……お父様!! 有難き幸せにございます!!」

 ミリヤムは呼ぶたびに褒められるもので、一生懸命「お父様!」と叫んでいる。

 フロリアンは、其処で目を見開いたまま硬直しているヴォルデマーに向き直った。ものすごく楽しいという顔つきで。

「どうですか? 呼び方を変える様に私が仕込みました。いいでしょう?」

 ね? と若干得意げな青年に、ヴォルデマーがやっと言葉を絞り出した。

「………………………………いや……確か……フロアリアン殿はミリヤムより僅かに年下にあたるのでは……」

 フロリアンは「ふふふ」と笑いながらそれに頷く。

「ええまあ少し。でも……その辺りの領の法は。ほら、当家で決めているものですから。どうとでも」
「………………」

 ふふふとそよ風のように笑みながら小首を傾げる様は、誰の目から見ても邪気も無く美麗で……ミリヤムが傍で「お父様眩い!」と呻いている。が……ミリヤムは真顔に戻ってヴォルデマーに言った。

「ああ、ええそれで。諸事情で私め、誕生日が少し遅くなりました。フロリアン様より遅めに」

 ミリヤムは何処か遠い神妙な目で、「神(フロリアン)は時に天地をも動かすものですからねえ……」と呟いている。「誕生日くらい造作も無いようで……」とも。流石に若干呆れが入っている。

「…………………………」
「駄目だよミリ、黙っておかないと」
「ははー、しかし黙るも何もー」と言いながらミリヤムはフロリアンを拝んでいる。

「…………………………」

 ヴォルデマーは押し黙った。その聖君の様な顔をしている青年の秘めたる破天荒さに、その、計り知れなさに。
 しかしそんなヴォルデマーを余所に、フロリアンはミリヤムの栗毛を存分に撫で回している。

「ミリーが私の娘になる日が来るなんて。人生って面白いよね。ふふふ」
「はあ、わたくしめもまさか自分が、我が天使の君様の養女となる日がこようとは思ってもみませんでしたよ。光栄すぎて胸も目もつぶれそうです。眩すぎて」
「ふふふ、娘だと思うと余計可愛い気がするよ。どうしてかなあ」

 ……と、ミリヤムの髪に頬を寄せるフロリアンを──ヴォルデマーが無言で押し留める。

「おや」
「……もうそのくらいにして頂けませんか……」
「おや何故ですか? 私達は親子なんですが。ふふふふふ」
「…………」

 そのなんとも複雑そうな仏頂面に、フロリアンが愉快そうにころころ笑う。それを言葉に訳すなら、「あーおもしろい」だ。その顔つきのまま彼は言う。

「いえ、何も私は私欲の為だけにミリを自分の養女にしたわけではないんですよ?」

 フロリアンの説明によれば、大きな領土や財産を抱える彼の父、侯爵の養女とするよりは、彼の方がミリヤムを迎え入れやすかったのだと言う。

「それは兄弟達も臣下達も大いに渋りまして。その点、私の養女であれば、三男の養女ですから兄二人が健在な今、ミリヤムは殆ど父の財には関係なくなる訳です」
「……相続権もなく了承が得やすかった、と?」

 微妙そうにヴォルデマーがそう問うと、フロリアンは「はい」と頷き。そして苦笑した。

「そもそも──ずっと頑固にも、己の侍女を妻にしようとしていた私がそれを諦め、一先ずその席を空けておくことにした事は、彼等にとっては利のあることでした。領の為、そこにどこかのご令嬢を政略的に迎え入れることも可能となったわけですから」
「……フロリアン殿……」

 その言葉にヴォルデマーが複雑そうな顔をする。それはつまり、彼がいずれミリヤム以外の誰かと政略結婚をしなければならなくなる可能性を示唆していた。彼の美貌ならばその申し入れは数多あることだろう、とヴォルデマーは眉尻を下げる。
 が、それを見たフロリアンはくつくつと笑いだした。

「そんな顔をなさらないで下さいヴォルデマー様。そんなお顔をされると申し訳なくなってしまいます。私は当分、我が娘となったミリヤムと楽しく過ごすつもりで居るのですから」

 フロリアンはそう言うと、憚る事無くミリヤムを後ろから抱きすくめた。当然ヴォルデマーはギョッとしたが、もともと家族に近い視線、若しくは神的存在としてフロリアンを見ていたミリヤムはあまり動じはしなかった。普段通り、「有難き幸せー」などと言いながらぬくぬくうっとりしている。ミリヤムからしてみると、少々溺愛しすぎの兄弟が、突然父になって擦り寄ってきているような感覚だった。それもどう考えてもとんでもないが。

「…………」

 その時の、ヴォルデマーの心象風景は見事に荒れていた。
 二人に触れ合っては欲しくない。だがその自己犠牲でミリヤムを此処に舞い戻らせた青年には感謝の気持ちしかない。しかし──行き成り養父養女などと言われても──……
 
「…………」

 普段から弁が立つような性質でもないヴォルデマーは、正直なんと返していいのかが分からなかった。が──……
 取り合えずミリヤムの事は取り返しておいた。

「…………」
「お……?」

 ヴォルデマーは無言でミリヤムの腕を引きフロリアンの腕の中から引っ張り出すと、彼女を己の背中に隠す。と、ミリヤムはなんともこそばゆそうに、照れくさそうにもしながらも嬉しげな表情で、その背に頬を添え彼を見上げた。
 その顔に、ヴォルデマーはやっとほっとして。娘が戻った嬉しさがじわじわと彼の心を締め付けて行った。
 
 が、しかし──そんな彼に、フロリアンがこれまた何とも絶妙に美しい表情で宣言する。

「ふふふ……夫の座はお譲りします。でもこれからは私はミリの養父です。しかしご安心下さい。心配なさらずとも、私はミリを本当の娘だと思い、娘として接し、娘として慈しみ愛しますから。娘として頬を撫で、娘として抱き寄せているだけなんですよ」
「…………」
 
 にっこーっと良い笑顔で投下されたその言葉に……ヴォルデマーは壮絶に眉間に皺を寄せた。それを見て、彼の背後に照れ照れとくっついていた娘が真顔に戻り、彼の代わりに一言。

「ぼっ……お父様、さては安心させる気皆無ですね?」
「ふふふ……少しくらい意地悪しても許されると思うんだけど……駄目?」

 だって私、父だし、とフロリアンは微笑しながら首を傾けるのだった。
 








──それを──……少し離れていたところで見ていた、もう1人の黒い人狼が今か今かとそわそわ落ち着かぬ様子で傍の衛兵に問う。

「……で……? 俺はいつあやつ(ミリ)を背負えばいいのだ?」
「………………」

 そんな事を俺に聞かれても困る……と、衛兵は思った。
 ギズルフはずっとそわそわしている。







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お読み頂き有難うございます(*^^*)後日談、「偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい。後日談」も現在更新中です。よろしくお願いいたします♪
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