偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい

あきのみどり

文字の大きさ
上 下
54 / 94
三章

10 ベアエールデ救出会議

しおりを挟む
──それは少し時間を巻き戻した、ベアエールデの談話室での事だった。



「……まずはミリーの安否を確かめるのが先だと思うんだよねえ」

 ぽりぽりと野菜をかじりながら言ったのはローラントだ。
 ベアエールデの少年隊士用隊舎談話室。顔を突き合わせているのはローラントとイグナーツ、エメリヒの三人である。
 現在アデリナの締め付けの強くなった砦ではあったが、流石の彼女も見習い達の隊舎にまでは警戒の手を伸ばしていない。三人はヴォルデマーを解放する為にはどうしたらいいのかという議題で今、この談話室に集まっていた。
 
「ヴォルデマー様なんだから……ミリーの無事が確保出来ればどうとでもなると思う」
「まあ、そうだな……誰かを隠密に領都に送り込むか……でもその辺り奥方は厳しいんだよ、隊士の誰かが抜ければ必ずばれる。俺なんか使いっぱしりにされてるから絶対無理だ。あとアデリナ様に恩義や義理のある連中も動かせない」
「じゃあ僕が……」
「駄目だ! 見習いにそんな事させられるか!!」
「じゃあわしが行こうかのう……」

 談話室の向こうの管理人室からロルフが声を放ってくる。しかしイグナーツはそれも直ちに却下した。

「ご老体にそんな事させらるわけないでしょう!!」
「そうかい?」

 ロルフは、ふぇ、ふぇ、と笑っている。すると今度はエメリヒがおずおずと手を上げた。

「あの……では侯爵家の方々にお願いするのはどうですか? ミリーさんはもともとあちらのお家の関係者です。手伝ってくれるんじゃ……」

 しかしそのエメリヒの言葉にイグナーツが胃が痛そうな顔をする。

「それが……フロリアン殿は侯爵領にお戻りになられた……ご配下は半分以上残して下さったから砦の職務には影響が無いが……いやむしろ、我々砦の面々の方が取り乱して影響出しまくりだが……」

 はーとイグナーツがため息をつくと、ローラントが怪訝そうな顔をした。

「……え? どうして? こんな時に?」
「さあ……此度の件に関して手を講じると仰っていたからな、侯爵家の方から何か働きかけをして下さるのかもしれない。ご自分もミリヤムに求婚しているのだ、放っておく事はありえないだろう」

 だが、その言葉をローラントが怪しむ。

「ふうん……でもそれ大丈夫なのかなぁ……」
「……ん? 何故だ?」
「だって、あの人ヴォルデマー様の恋敵だよ? ヴォルデマー様が動けないうちにアデリナ様と侯爵家で裏でやり取りされたらどうするの? 侯爵様はもうミリとあの人の婚姻を許してるんだよね?」
「……いやっ! しかしあのフロリアン様だぞ!? そんな……」
「でもルカスさんは彼の為なら結構何でもするってミリーさんが言ってましたよ……私もしますけど、って……」

 再びおずおずとエメリヒが言うと、イグナーツが椅子の上で沈黙した。

「ああ、あの人いつもヴォルデマー様睨んでるもんねえ。一緒について戻ってたら何かしそう」
「…………」
「で? ルカスさんは残ったの? 侯爵領に戻ったの?」
「…………戻られた」

 がっくりとイグナーツが答えた瞬間、少年二人が、あららぁ、という顔をする。

「兄上しっかりしてよ、そこは引き止めなきゃ。ヴォルデマー様の側近でしょ」
「す、すまな……いや、俺もちょっと迷ったんだが……」
「その件ですけど、アデリナ様は侯爵様にお手紙を送られたそうですわ」
「ええ? ほらあ! やっぱり! どうするの兄上! あっちは結託してるよ!!」
「す、すまん! しかし俺にはフロリアン様を留め置くほどの権限がだな…………ん……?」

 ローラントにばしばし叩かれながら、イグナーツが、何かに気が付く。
 彼が怪訝そうに視線を上げると──いつの間にか彼等が囲むテーブルに、ひとり人数が増えている。

「あ、れ……?」
「……あなたは……」

 イグナーツがギョッと仰け反る。
 その人物はにっこりと微笑んだ。

「こんにちは、皆さん」
「ウ、ウウウウ、ウラ、ウラ嬢……!? な、何故此処に……」

 其処にいたのは──艶やかな民族衣装を身につけたウラだった。
 イグナーツは長椅子から飛び退いたが、呑気なローラントはこんにちはーと応えている。エメリヒは慌てて傍にあったお茶をウラに差し出した。
 お茶を受け取りながら、ウラは微笑んだままイグナーツを見る。

「何処かでヴォルデマー様救出会議でも開かれて無いかと思って探してましたの。アデリナ様は数日前にリヒター家に向けてお手紙をお出しです。彼の言った通り領都経由であの娘を送り返すおつもりみたいですわね」
「……ふうん、という事は、やっぱりミリーは領都かあ……」
「ちょ、ローラント待て! 喋るな!! ……あ、あの……ウラ様……? どうして……」

 イグナーツは弟の口を塞ぎ、戸惑ったように問う。ウラはアデリナ側の獣人だ。下手をすれば奥方に彼等の話が筒抜けになってしまう。裏でこそこそしていたとバレればイグナーツ達もどこかに拘束されてしまうかもしれなかった。
 イグナーツは緊張した面持ちでウラを見た。
 すると、そんな彼の視線を受けて、ウラがイグナーツをギロリと睨む。その迫力に白豹(兄)が怯む。

「……私、ヴォルデマー様が好きなんです。ずっと、以前から」
「は、はあ……」
「ええそれはもう、同じ様な気持ちでいる人狼娘達を沢山蹴落としてきましたわ。高官の娘や毛並みの美しいと評判の貴族令嬢も……様々な手を使って。そうしてやっと此処まで来て……もう、あと一歩……だと思っていたのに……」

 ウラはそう言って、鋭い視線のまま、ため息をつく。

「でも、もうやめますわ……アデリナ様が見込んで下さるのは嬉しいんですけど、多分……無理に妻の座に座ってもヴォルデマー様の視線の向きは変わりません……、きっとあの変な娘を見たまま……。だって……あの子相当変ですもの。気になってつい見てしまう気持ち、分りますわ」

 ふん、とウラは鼻を鳴らす。

「確かに」(ローラント)
「確かに」(エメリヒ)
「お、お前ら黙ってろ!」(※小声、イグナーツ)

「……ヴォルデマー様は一途な御方です。ずっと見つめてきた私には分かっています。でも……それでも逃したくなかった。だって、伴侶選びは一生の問題でしょう!? もう一歩なら、なんとしても其処に辿り着きたかった……」

 でも、とウラは呟く。

「あと一歩という距離に近づいてしまったら……ああもうこれは可能性は皆無なんだと分ってしまったのです……だってヴォルデマー様のあの子を見る目、全然違うんですもの……」

 はあ、とウラはため息を落とした。
 アデリナに命じられてヴォルデマーの世話をして過ごした数日、ふとした瞬間に、ああこれは、あの子の事を考えているのだな……と感じることが幾度もあった。ヴォルデマーがウラに忠告した通り、それはとてもとても悔しくて、辛い時間だった。
 だが、あの時──馬場で二人が共にいるのを見た時──ウラの中で、もうそれが突き抜けてしまったのだ。
 

「……可能性が僅かでもあるならとアデリナ様にも縋ってみましたけれど……それが皆無ならば、いつまでもそうするのは女が廃ります。私、諦めも悪いですが、プライドも高いんですの」
「……」

 うふふと笑うウラにイグナーツは耳を伏せる。気の毒だと思う気持ちと、まあそうだろうな、と思う感情で複雑そうだ。

「そういうわけで、私も協力させて頂きます。本当は私を振るんだったら一生独身のままでいて頂きたいくらいですし、私も次のお相手探しで忙しんですけど!!」

 ウラの表情がガラリと毒のあるものに変わって、イグナーツがビクついている。
 ウラは鼻を鳴らす。

「ふん、……まあ、でもいいですわ……あの時アデリナ様のドレスを守ってくれたお返しに、最後に少しくらい……」
「ウ、ウラ嬢……」

 憂い顔で少し目線を落としたウラに、イグナーツが少しほろりとしている。が。
 次の瞬間ウラはキッと視線を上げると、手の平の爪をむき出しに。

「少しくらい……少しくらい、あの娘、引っ掻いてやらないと気がすみませんからね!」
「…………」
「わー頼もしー」

 ローラントがパチパチ手をたたいている。エメリヒは怖くて涙目になった。

「さ、それで。あの娘の安否を確かめればいいのでしょう? だったら私の家の者を使いに出しましょう。同じ人狼族です、多分警戒されることなく領都の城にも行ける筈です。まず手紙を家に届けさせなければなりませんから、少し時間がいりますけど……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 話を進め始めたウラをイグナーツが止める。

「本当によろしいのですか……? 我等に協力したことが奥方様にばれたら……ご実家共々奥方の信頼を失ってしまわれるのでは……」
 
 イグナーツの案じるような表情にウラは微笑む。

「ええ、でも……いいんです。これは……私からの、アデリナ様への餞です」
「餞……? アデリナ様に?」

 ウラがこくりと頷く。少し幸せそうな、寂しそうな顔で。

「アデリナ様は……私を見込んで下さり、とても慈しんで下さいました。私はそれがとても嬉しかった……」

 ウラは一瞬目を伏せて、何かを思い出すような顔で自らの胸の辺りを手で押さえた。そして瞳を上げる。

「だから……私はアデリナ様の愛するヴォルデマー様の幸せの為に働きます。ご子息が本当に愛する伴侶を得て幸せになられる方が、きっとアデリナ様も幸せなはずですもの。……今はちょっとアデリナ様は意固地になっておられて、受け入れられないかもしれませんが、最終的にはきっとその方が良かったと分って下さると思います」
「……」

 そう笑うウラをじっと見ていたローラントが、にっかりと笑う。

「……お姉ちゃん、良い人だね。アデリナ様のドレス、飛ばしてごめんね」

 ローラントがそうぺこりと頭を下げると、ウラは高らかな笑い声を上げる。
 
「そう? 嬉しいわ有難う。ああでも……あの子を引っ掻くのは本気ですからね」(にこり)
「そうなの? まあ、それもひとつの思い出だよね」(きゃはは♪ とローラント)

「……」(イグナーツ)
「……」(エメリヒ)


 人狼嬢とぽっちゃり白豹は楽しそうに笑いあっている。
 その様を眺めながら、「いいんでしょうか……」と、呟くエメリヒに、イグナーツは、その肩をぽんと叩いた。

「……いいという事に……しておこう。実際ウラ嬢は物凄く頼もしい……力強い味方だ……」
「…………はい……」

 ミリーさん頑張ってね……と、エメリヒは祈るのだった。







 
しおりを挟む
お読み頂き有難うございます(*^^*)後日談、「偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい。後日談」も現在更新中です。よろしくお願いいたします♪
感想 151

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

巻き戻ったから切れてみた

こもろう
恋愛
昔からの恋人を隠していた婚約者に断罪された私。気がついたら巻き戻っていたからブチ切れた! 軽~く読み飛ばし推奨です。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。