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二章

33 黄金の瞳と黒い毛並み

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 その時ミリヤムは──間近に迫る黄金の瞳に息を呑んでいた

 黒の毛並みの人狼は白いシーツの上にミリヤムを押し付けている



 


 それは、夕日に染まった空を背景に彼女が一人、たなびく洗濯物達に手を伸ばしていた時の出来事だった。
 広い広場は洗濯物干しの列で埋まっていて、洗い上げられた様々なものがそこで風に踊っていた。
 洗濯番であるミリヤムは乾いたそれを丁寧に回収しているところだった。
 彼女の持ち場は広場の端の方で、昼前に自分が洗い上げた少年隊士達の衣服やシーツ類を次々と手持ちの篭に収めていく。
 忙しかったが、ミリヤムはとてもわくわくしていた。
 もうすぐ鐘が鳴る時刻だ。仕事が終われば、黒い毛並みの砦長と夕食がとれる。
 そう思うと、胸が焦がれるような、くすぐったいような、なんとも浮かれた気持ちになった。
 
 ミリヤムには、この夜、ちょっとした企みがあった。
 フーゴに頼み込んで、今晩はヴォルデマーの夕食を一から全て自分で作らせて貰うことになっているのだ。勿論ヴォルデマーには内緒で。
 仕込みはもう昼までにすませてあって。後は夕食の直前に肉と野菜を焼き、盛り付けを終わらせるだけだった。
 その料理は人狼族の伝統食ともいえるもので、慣れないミリヤムは少々苦戦をしいられた。しかしそれでも準備はなんとか無事に終わって。ミリヤムは浮き立つ気持ちでその時が来るのを待っていた。

 ミリヤムは、ふと、にっこり微笑んでエプロンのポケットを撫でる。その中で、何かがカサリと音を立てた。
 その紙には、伝統食の調理法が書かれている。

 それは──ウラがくれたものだった……

 ここ二日、何故かアデリナのガードが少し緩くなって、大っぴらにではなかったが、ミリヤムはヴォルデマーと食事がとれるようになっていた。
 それに首を傾げていた今朝──
 ウラがミリヤムの前に現れた。
 ミリヤムはちょっぴり涙ぐんだ彼女に「負けたんじゃないわよ!」と引っ叩かれて。呆然として叩かれた頬に手をやると──そこに、小さな紙が張り付いていた。
 なんだろうと目を丸くして紙を手に取ると、遠くからは追加のように、「まだ諦めてないわ!」と、遠吠えのような声が聞こえて──それが、その料理のレシピだったのである。

 頬は本当に痛かったが、ミリヤムはなんだかとても──嬉しかった。
 レシピはそれからずっとエプロンのポケットに大切に入れてあって、ミリヤムは色んな意味でにやにやしている。
 ウラの事を考えると感謝と彼女への好意で、ヴォルデマーの事を考えるとその料理を見て彼がどう反応するかという想像で、胸が膨らんだ。
 
 そうして、早く時間が来ないかと──ああでも、もし料理を失敗したらどうしよう……なんて事を考えながら──
 
 夕陽色に染まったシーツを手に取った、時だった。


 唐突に背後から腕が伸びて来て──何者かに腕を掴まれたミリヤムは悲鳴を上げる間もなく体勢を崩す。

 翻る視線の端、空を散らばり舞っていく洗濯物の隙間に──一瞬黒い毛並みが見えた気がした──

 けれど

 それに彼女が何かを感じる前に、背は衝撃を感じて、でも不思議と痛くはなくて──そして、閉じた目を開くと

──そこに金の瞳が迫っていた。

 
「!?」

 見覚えのある虹彩に、息を呑んで。ミリヤムはその目を凝視した。
 瞳の持ち主は、じっと彼女を見つめている。

「ヴォ……、」

 驚いたミリヤムは起き上がろうとしたが、肩に乗せられた手が重かった。

──押し倒されている

──しかも馬乗りで

 そう悟ったミリヤムは、愕然として──と、同時に体温を急騰させた。

 動揺に身体を固くしながら、揺れる瞳で、その──黒い毛並みの人狼──を見上げる。

「な」

 ぜ、と問おうとして、ハッとした。

(この人……)


「おわっ!?????」

 しかし、思考が動きかけた時、ミリヤムは白いもので顔を覆われた。
 それがたった今己が手に取ろうとしていたシーツであることに気がついた時、人狼は彼女を肩に担ぎ上げた。

「へぇ!?」
「黙れ。手荒にされたくなければ静かにしていろ」

 男のひどく低い声にミリヤムは思わず押し黙った。
 しかし言われるまでもなかった。ミリヤムの頭は混乱で、まともに思考が働かなかったのだ。
 ミリヤムは──ただただ……シーツ越しに感じる風を切る感触に、息を呑んでいた……








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