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70 泣いても不屈
しおりを挟む今のローズの心の中では、『なぜ?』がずっと渦巻いている。
あの幸せで、疲れる夢を見た日以降。
明らかに、ローズはリオンに避けられていた。
王宮内で出会うと、一目散に逃げられる。
どんなに遠くからでも、ローズを発見したリオンはすぐにギョッとした顔をして、そのきれいな顔はすぐに背けられた。
ローズのほうでも、どんなにリオンが遠くにいても、豆粒ほどにしか見えていなくても。必ず目ざとく彼を見つけてしまうもので……。
余計に彼が自分を避けている事実が突きつけられるようだった。
そして、たとえリオンが任務中でローズの近くから離れられない場合でも、彼は逃げない代わりにローズとは目も合わせてくれない。
何度もそんな対応をされると、リオンにかまってもらいたくてたまらないローズも、さすがに察して彼には話しかけられなくなっていった。
リオンは明らかに、ローズにそばに来て欲しくなさそうなのだ。
瞳がこちらを見ない横顔は少し引きつっていて、それは、ローズが見たことのないリオンの表情だった。
ハニートラップ疑惑が持ち上がる以前──。
リオンが『自分のことは呼び捨ててくれ』と言って、優しく『ローズ様』と彼女を呼んだ、あの時以前だって。彼はいつも厳しい顔つきではあったが、それでもローズときちんと目を合わせて会話をしてくれた。
(内容はそりゃあそっけなかったわ……態度だってツンとしていて……でも、目だけは見てくれていたのよ……しっかり、きちんと話だって終わりまで聞いてくれて…………)
この異変には、ローズは本当にとてもとてもショックを受けた。
先の夜見た夢が、リオンが出てきてくれた部分に関して言えば、とても幸せな夢であったから……その落差もあって、ローズの戸惑いは大きかった。
今、ローズは危機的状態だ。
職務中でも、歩行中も、食事中も、入浴中でも。寝床に入っても。昼でも夜でも、いつでも泣ける。泣いてしまう。
こんな状況が続いて数日。
今ではリオンを見かけるたびに、ローズのほうでも思わずギクリと身体が強張るようになった。
逃げないでと祈るような気持ちで見ていると……やはりリオンは慌ててローズの前から姿を消してしまう。
当然ローズはうちひしがれた。
──ただ。
ローズは思い出した。
このような事態になった理由はきっとあれしかない。
(私……やっぱりリオンの気に障ることをしてしまった……いえ、嫌われるようなことをしてしまったのだわ……)
こうなってしまう直前の日中、ローズはリオンにと凄まじく迷惑をかけた自信があった。
ダンスホールで煩悩を消そうと走り狂っていたあの日のことだ。
王太子と言い争った挙句リオンに助けられたあの時。
タイミングから考えても、あの日が原因には違いない。
思い出せば思い出すほどに、自分はリオンには迷惑をかけている。
(私、汗臭かったし……それに殿下と言い争っている姿だってきっとみっともなかったわね……それにお礼すら後回しにしてしまった)
他人の体臭や汗臭さ、そしていがみあう姿、恩知らずな行動は、多くの場合人には嫌煙される。
助けてもらった礼に関しては、あの時は自分の格好がひどすぎてとても彼の前に立てず。身ぎれいにしてから明日改めて……と思っていたのだが……。
それは、この事態で実現できていなかった。
ローズはがっくりきた。
自分はリオンに幻滅された。きっとそうなのだ。
(……あれだけ傍に来るのを嫌がるということは……相当臭かった……? 鼻が曲がるような悪臭だったのね。自分の匂いの程度は本人にはあまりわからないというし……)
そう思うと、また泣きたくなった。
しかし、どんなに自分にがっかりしても、落ち込んでも。
リオンに嫌われたかもしれないと失望しても。
ローズには放り出せない職務があった。
それは国王の手足の一つとなり、多くの人々の生活を左右する仕事。
今もローズは、国王から自分同様に和平のくさびとなった一人の女性を出迎える仕事を任されている。
祖国を離れたエマ王女の気持ち、苦労、心ぼそさ、そして求めるものは、きっと同じ立場の自分が一番わかるに違いないと思うのだ。
だから、ローズは泣きながらでも必死に仕事をした。
今は、それしかすがるものがなかった。
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